ある日王女になって嫁いだのですが、妾らしいです

cyaru

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第05話   近衛騎士のジョイス

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王都の感想。

――くっさ!――

幾つも峠を越えて王都の街並みが見えた時は、オレンジ色の屋根が太陽の光に輝いていて、御伽噺の中に出て来る世界かと思ったが近づくにつれてメリルの鼻が感じる香りは「腐敗したゴミ」「へどろ」「汚物」の混ざり合った香りで麻痺しそうだった。

近衛騎士やマイケルはこの香りが「普通」だと思っているのか平然としている。

「ここが王都ですか。凄いなぁ村一番の商店街より家がいっぱい」
「ここはまだ郊外地区です。あと4つ堀を跨げば中心部に近くなります。今夜は第4郊外地区、明日は第2郊外地区に宿を取ります」
「え?まだ王都じゃないということ?」
「敵の侵入を防ぐために輪っか上に人の住まう場と水を張った堀を作っているんです。第3地区までは郊外ですね」

堀から掘までの距離は20キロをゆうに超える。堀の巾も5キロはある。まるで運河。
メリルが見回したのは第5郊外地区で城まではあと100キロ以上はあるということだ。

外から見るより内側は煌びやかではなかった。
人は多いし、建物は立派だし道は石畳で舗装されているし活気は村よりも遥かにある。
煌びやかに思えないのは進むにつれて酷くなる悪臭。

――香りで目が痛くなるなんてヤマーメの大群が川岸で腐乱してた時以来だわ――

臭いから涙が出るのか。それとも臭いの中に刺激物質があるからなのか。
メリルの目はウサギの目よりも赤くなって充血し、涙が止まらなかった。

「感激してるんですか?」とマイケル
「刺激が強すぎて」とメリル。
「ですよねぇ。村からすると異世界のようなものですからね」とマイケル。
「ほんと、こんな場所がこの世に存在するなんて」とメリル。

気持ちの乖離は遥か彼方の距離があるが、何故か会話が噛み合う不思議。

宿屋の夕食も見た目は超豪華。
パンに具がごろごろ転がっているスープ。鉄板の上でジュゥと煙を上げる肉。

美味しそうなのだ。見た目は!

一口食べると飲み込むのにも涙が溢れて止まらない。

パンは柔らかい。柔らかいのだが香りを誤魔化すためにバニラエッセンスや香辛料が生地に練りこまれていて刺激を感じるし、スープは泥の味。肉も保管状態が良くないのかそれとも「熟成」と「放置」をはき違えているのか腐った香りがする。

近衛騎士達を見ると、普通に食べているので食べられない訳ではなさそうだが、観察していると一口食べてワインをガバガバ。また一口食べてワインをガバガバ。

――流し込むのが王都流なのかしら――

お腹は空いているし、リンダにもハンザにも『食べ物は粗末にしてはいけません』と教えられている。でも、ナイフとフォークの動きは鈍い。

小さく切って、さらに小さく切って、パンと一緒に肉を食べるが飲み込む事を体が拒否する。

「美味くないですか?」

マイケルは気を使って別のメニューを頼もうとするが、原因はおそらく水。
そして小麦粉なども大量に仕入れる事から袋の口を開けた数日はまだいいだろうが、底の方になるとダニもわいたものを使っていると思われた。

別のものを頼んでも飲み込む事に抵抗を感じるのは変わらないだろう。

「ううん。緊張であまり食べたいと思わなくて」
「水が変わると味も違いますからね。無理はしなくていいですよ」
「すみません。先に休みますね」

部屋に入ったは良いけれど、空腹は容赦なくメリルを責め立てる。
気分転換に窓を開けると、色んな香りが部屋に入って来る。昼間と同じ異臭なのだがその中に屋台から煙と共にメリルの鼻腔を擽る香りも入って来た。

「肉串だわ。でもなぁあの味は…」

しかし空腹には勝てない。幸いに巾着袋の中には僅かに小銭もある。
もしかしたら1本なら買えるかも?1本なら食べきる事も出来るかも?メリルは部屋から出て屋台に向かおうとしたのだが廊下に出た所で近衛騎士の1人とぶつかった。


「どちらへ?」
「あ~っと・・・ええぇっと・・・」
「不浄なら部屋についてますよ?もしかして詰まってます?見てみましょうか?」
「そうじゃなくて・・・えぇっと」

グゥゥ~

腹の虫は時と場所を選ばない。
近衛騎士は「ジョイスです」と名乗り、廊下にも漂って来る屋台の肉串の香りに察しを付けて連れ出してくれた。

「見つかると懲戒なんで、秘密!お願いしますよ」
「勿論!」

屋台に行き、ジョイスが肉串を2本買う。甘辛いソースがたっぷりとついて串を伝って指を濡らすが、ジョイスは「どうぞ」と1本をメリルに差し出した。

「あふっ・・・あふぃ・・・はぅはぅ」
「ゆっくりでいいですよ。俺はほら!もう1本買ってますから取りませんよ」
「美味しい!さっきのお肉と全然違う!」
「でしょ?あの屋台のオヤジは頑固で昔は肉屋やってたそうですけども、自分の目で見て納得した肉しか売らないんで店、潰れたんですよ。今は屋台でその日に売る分しか焼かないし仕入れないんですよ。臭みも無いしこっちまで来た時は俺、何時も買うんです」

あっという間に1本を食べきったメリルは巾着袋を握りしめた。
その様子にジョイスは「待っててください」と立ち上がり、メリル用にともう1本買ってくれた。

「種明かしするとね。あの屋台のオヤジ。もうすぐ俺の義父になるんですよ」

えへへと照れ臭そうに笑うジョイス。
売り上げ貢献にとメリルは巾着袋を差し出して「ではもう1本」と頼んだ。

宿までの帰りにパニーニも買ってくれたのだが、宿の玄関で仁王立ちするマイケルが目に入った瞬間、黙って出掛けた事がバレている事を悟った。

「ジョイスさんを処罰するなら、お城には行きません!」
「うぐっ!痛いところを!!しかし何もしないという訳には‥」
「なら私も処罰してください」
「出来るわけないでしょう!」
「なら、ジョイスさんにも処罰を与えることは出来ませんよね?」

翌日メリルと一緒に騎乗となったのはジョイスだったのは言うまでもない。
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