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第15話   苛つくシュバイツァー

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「なんか調子狂うな」

夜の焚火当番のシュバイツァーは首を傾げながら火の中に枝をポキっと折って放り込む。

数日前の昼に馬が数頭バテてしまったので長めの休憩を取った。
後ろの端が見えないくらいの荷馬車が街道の片側を占領してゆっくりと移動していく。辺境伯の子息シュバイツァーの元に隣国ブートレイア王国の王女が輿入れするとあって点在する村から行列を見ようとやって来るものもいる。

周囲に見せつける・・・なんて気持ちは全く無かったけれど、1人で馬には騎乗した事がないというメリルに「教えてやるよ」といい気になって言ってしまった。

あぶみに足をかけて鞍のここ!掴んで乗るんだ』
『ほっ!よっ!!足がっ!!引っ掛からないぃぃ』
『下手くそだな。つま先から突っ込むんだよ』
『そんな事っ!言ったってっ!足がそこまで上がらないのよっ!!とりゃっ!!』

悪戦苦闘するメリルに手を貸してやり、馬の背に乗せたが上体を起こすのが怖いと馬のたてがみにしがみついて震えていた。

『怖くなんかないって!』
『そんなの!貴方は慣れてるから言えるのよぅ~怖いぃ~』
『怖い怖いってそんなにしがみ付いたら馬の方が怖がる!』
『だってぇ…もう降りるぅ』
『全く!しゃぁねぇなッ!』


シュバイツァーはメリルの背を覆うように後ろに乗り込み、落ちないように両手を柵のようにしてゆっくりと体を起こさせた。

するとどうだろう。さっきまで怖い、降りると泣き言を言っていたのに大喜び。

『うっわぁ!!高い!凄く遠くまで見える!見て!』

そう言って首だけで後ろを振り返ったメリルを見て『良かったな』と声を掛けたまでは良かったが、距離が近すぎて、『あれ見て!』『あんなところに!!』っとキョロキョロする度にメリルの髪がシュバイツァーの顔を撫でて行く。

比べてはいけないと思ったが、それまでシュバイツァーの周りにいた令嬢はシュバイツァーに「可愛い自分」を褒めろと暗に迫った。シュバイツァーに褒められる自分の可愛さに酔いたいのだ。

なのに腕の中にいてもメリルはシュバイツァーには関心を向けないし、自分を売り込まない。
馬の背という高い位置から見えるものに、ただ心を奪われている、それが悔しいと感じた。

――なんで俺と騎乗してる事を喜ばないんだよ――

馬を降りていつもは何か一言チクリと言ってくるのに『ありがとう!楽しかった』と満面の笑みを向けて来る。

『お、おぅ。また乗せてやるよ』
『ホントに!次は1人で乗れるように頑張るわ!』

そう言って昼食当番と一緒に片付けをし始めたメリルを見て、シュバイツァーは苛ついた。
屋外での野営などは当番は決まっているが、手が空けば手伝うのが当たり前。だが、メリルに話しかけて笑いながら一緒に片付けをする兵士に苛つくのだ。


これだけの大人数ともなれば食事は時間差で取る。
一度に作れないというのもあるし、遠征などもだが極力荷物は減らすので食器は使い回し。食事が終われば洗って次のものが使う。

メリルが「洗い」の当番だと判っているのに、兵士たちの食器を洗う事もだし受け取ったり、「拭き上げ」当番に笑顔で洗った食器を渡すのを見ると無性に腹が立つ。

気がつけばメリルの姿を追っているシュバイツァーに「奥に行け」と自己処理を促す兵士もいるのだが「そうじゃない!!」とこれまた苛つく。
そんな事を言われたからか、その日の夜は良からぬ夢セクシーメリルを見てしまい翌日はメリルが直視出来なかった。


★~★

父親は辺境伯と言っても事実上の統治者。
シュバイツァーの周りには常に女性がいた。

10歳頃には年上の女性ばかりだったけれど、15歳になった今は下は12歳、上は24、25歳まで常に女性が側にいてそれが当たり前だった。

全ての女性が「わたくしはシュバイツァー様の特別」なんて言うものだから、夜会などで時折キャットファイトが繰り広げられる。

性にも開放的なモーセット王国で20歳で異性との経験がないという者は5%もいない。
15歳でも経験がないものは30%ほど。

シュバイツァーにも性欲があるが「全てを曝け出していい相手かはよく考えて見極めろ」と父の立場もあり残念ながら未経験ではあるが、迫られた数は両手両足に指が何本あっても足らない。

しかし、それだけ女性が近くにいれば面倒な事も多かった。
やれ、贈り物をしてくれ、買い物に付き合ってくれ、デートしてくれ、食事をしてくれと五月蠅い。ちょっと会わない期間が出来ればグダグダと愚痴を溢される。

『あのさ、俺、遠征だったんだけど』
『それでも文の一つは送れるでしょう?』

好きだとかそんな気持ちは一切なく、言い寄って来るから追い払うのも面倒で置いておいただけ。戦場から返り血を浴びたままでその日の出来事を書いて送ったら、屋敷に抗議文が来ていた事もある。
そのうち、黙らせておくには物を買い与えればいいと好き勝手にさせていた。

隣国ブートレイア王国の王女キュテリアにも婚約者だからと言われた時にも「へぇ、そう」としか思わなかった。

顔合わせの時には戦場から急いで駆け付けた事もあって髪はぼさぼさ、髭はまだ生えてはいなかったけれど、手足も切り傷だらけで顔は腫れていた。

その日以来会った事は無いが、贈り物は欠かすなと言われ送ってはいたが「礼の1つもない」と乳母が愚痴るので「放って置いたら?」と告げていた。

いつも擦り寄って来る令嬢。たまには驚かせてやろうと植え込みに隠れて近づいた時、令嬢達の本音を知った。

『結婚すればこっちのものよ。遠征で留守でしょ?お顔は良いけれど毎日は飽きるじゃない?』

そんな会話を耳にした日から女性などどいつもこいつもシュバイツァーの見た目、そして父親の立ち位置しか見ていない。

結婚となった。と言われて「あの王女か」と思ったが別の王女と聞き、どうせ女なんか誰だって同じなんだからと思っていたのに。


★~★


パシっと音を立てて炎に放り込んだ枝が弾ける。

ちらりと馬車を見ればランプの灯りはとっくに消えてもうメリルは夢の中。
シュバイツァーはメリルが気になって仕方ない理由も判っていた。

判っていたけれど今更で言葉にして言い出すのは恥ずかしくて言えなかった。

ブートレイア王国から戻る途中立ち寄った店で「クロムダイオプサイド」という濃い緑色の宝石を見つけた。自身の瞳の色でシュバイツァーは「メリルに贈りたい」と思った。

しかし、時間も無くてカットしている間に出立してしまう。
取りに戻るには余りにも遠い地になるため、結婚式には間に合わない。

辺境領に戻り、美しくカットしてもらおうと胸ポケットに忍ばせていた。

――女に何か贈りたいなんて考えたことも無かったな――

そっと胸ポケットに手を当てて「寒くないかな」ポツリと呟けば、向かいの兵士が「朝は霜が降りそうですね」とホットミルクを差し出しながら返事を返す。

「街は初雪も降ったでしょうかね」
「そうだな・・・今年は暖冬になりそうとは言ってたが・・・」

辺境の街は雪が積もる。
そうなると馬車は雪で滑るのと車輪に雪が絡みつくので進めなくなる。
それを見越して数日早い到着になるようにブートレイア王国にメリルを迎えに出た。

「美人ですよねぇ。帰ったら結婚式でしょう?」
「うっせ!」

シュバイツァーは炎の中にまた枝を放り込んだ。
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