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小さな亀裂
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ナイアッド、ファデリカの婚約は生後間もなく結ばれた政略的な婚約だった。
ナイアッドは第三王子とは言っても、上の兄2人とは年齢が10以上離れている。
ナイアッドは偉ぶる事もなく、かといって甘やかされるだけでもなく育ってきた。
王子教育も王子妃教育も横並びで進み、15歳で学院に入学する時には2人揃って王族に必要な教育は修了していた。ファデリカの実家であるパンサラッサ侯爵家に婿入りするもよし、ナイアッドの母である王妃殿下の実家を継ぐもよし、王子としてどちらかの兄が王太子となり、国王となった時に支えるもよしと選択肢は幾つかあった。
「ファデリカ、俺は兄上を支えたい」ナイアッドは王子としてこの先を歩くと選択した。
ファデリカはそれを影で支え、時に隣に並ぶ。ナイアッドがどれを選択しようとファデリカは共に手を携えて行くつもりだった。
なんでも話し合って決めてきた2人の中に小さな亀裂が入ったのは16歳ももう終わろうかという頃だった。学院も2年目となり、後輩が出来た。
学年でも1、2位を争う成績の2人は生徒会の会長と副会長を務めていた。
そこに一つ下の学年の首位成績者であるパッボニス公爵家の嫡男アルティが加入した。
レイデス国の3大公爵の1つであるパッボニス公爵家の当主は国王とは年齢差があり、丁度中間に位置する年齢差。上の2人の王子には側近となる臣下を輩出していない家であった。
そのアルティが生徒会のメンバーとなった時、1人の女子生徒マスィス伯爵家のヴェリアもやってくるようになった。生徒会のメンバーと成れるほどの成績ではなく、アルティと机が隣同士で学院に入る半年ほど前に伯爵家の養女となったヴェリアはメンバーでない者の入室は禁止されていたため、いつも会合が終わるまで廊下でアルティを待っていた。
「パッボニス様、早く片付けてあげないとお待ちですわよ?」
「いやぁ…それが…来ないでくれと言ったんですけど判ってくれなくて」
会合が終わる時間が何時になるか判らないとやんわり断っても、ヴェリアはついてきた。
廊下にしゃがみこみ、何をするでもなく、生徒会室から帰りの馬車に乗るまで一緒に歩くだけの為に、アルティが出てくるのを待っているヴェリアは行き交う学院生たちからは異質な目で見られていた。
堪りかねたナイアッドはヴェリアを生徒会室に誘ってしまったのだ。
「ごめんなさぁい。ここで静かにしてますからぁ」
そうは言っても、色々な取り決めや予算配分など細かに決めていく会合はヴェリアには退屈な時間である事に変わりはない。メンバーに茶を淹れるわけでもなく、本を読んだり課題をして時間を過ごすかと思えばただ座って欠伸をしながら待つだけだった。
「マスィスさん、扉は静かに閉めるようにしたほうがいいわ」
「ごめんなさぁい。悪気があった訳じゃないんですぅ」
「マスィスさん、椅子に座る時は膝を閉じたほうが良いと思うわ」
「だってぇ。そうすると疲れちゃうしぃ」
「マスィスさん、愛称で呼ぶのはお控えなさい」
「えぇ~呼びやすいしぃ。そんな事まで言われたくないですぅ」
「マスィスさん、ブラウスのボタンはちゃんと。リボンはどうされたの?」
「この方が可愛く見えるじゃないですかぁ。」
マナーも所作もなっていないヴェリアに何度注意をしても受け入れられる事はなく、敢えて一回りサイズの小さなブラウスを胸元まで大きくボタンを外すヴェリアには男子生徒の目はどうしても向けられてしまう。
それは厳しく教育をされてきている高位貴族の子息たちやナイアッドも同じだった。
思春期の彼らにそれを見るなという方が酷でもある。
入学時は入試での成績ではないため、高位貴族も低位貴族も混ぜられていたクラスも半期ごとに行われるクラス編成で成績順となり、アルティとヴェリアは違うクラスになった。
しかし、ヴェリアはこの頃になるとアルティには目もくれずナイアッドに擦り寄るような仕草が目に付くようにもなっていた。王子という立場、上級生という立場もあるが、一旦入室を許し半年経って形骸化してしまった事も悪い方に作用してしまった。
入室を許可したのがナイアッドである事から、秘匿性の高い会合以外では今更ヴェリアを締め出す事は出来なかったのだ。
ある日、講師に呼ばれて少し生徒会室に行くのが遅くなってしまったファデリカは扉の前でドアノブに手を伸ばしたものの、中から聞こえてくる会話に硬直してしまった。
「殿下ぁ。ぐすっ‥‥怖いんですぅ」
「大丈夫だ。俺がちゃんと言うから」
「でもぉ…私が告げ口したって判ったら…ぐすっ」
「判らないようにちゃんと言っておくよ。ファデリカは厳しいからな」
「違うと思うんですぅ。きっと…私の事が嫌いなんですよぉ」
何の事を言ってるのか理解が出来ず、後ろから他の生徒会メンバーに声をかけられ我に返ったファデリカは咄嗟に手にした書類が落ちそうになったから支えており扉が開けられなかったというふりをした。
扉を開けると、先程まで抱き合っていたのだろうか。ナイアッドの胸元に薄くリップのピンク色が擦れていた。不自然な位置で不自然な距離感のナイアッドとヴェリア。
次々に入室してくるメンバーが揃えば何事もなかったかのように、いつもの会合が始まった。
帰りの馬車でナイアッドはファデリカに向かって独り言を聞かせるかのように、目線を窓に向けて言葉を発した。
「あまり下級生にキツい物言いをするのはどうかと思うんだが」
先ほどの会話の事だと思ったがファデリカは立ち聞きしていたとは言えなかった。
そして
――部屋に2人きりは何と説明を?抱き合うのもどうかと思いますわ――
言葉に出来ない返しをナイアッドに目で訴えた。
「きつく感じられたのなら、わたくしが悪かったのでしょう。ですがわたくしもむやみやたらに注意をしているのではなく必要だ―――」
「それがキツいと言ってるんだ。下級生を泣かせてまでする事か?座る姿勢も話し言葉も些細な事じゃないか。誰だって粗はあるんだ。そこを汲み取ってこそ王子妃となる者ではないのか」
「ナイアッド。それは違います。誰の事を言ってるのか存じませんが少なくとも学院に通っていると言う事はマナーも所作も――」
「だから!何度も言わせるなよ。マナーも大事、所作も大事、それは判ってる。だけど学院なんだ。少しくらい大目に見るというそういう気持ちはないのか?些細な事も許せないとなれば誰だって息がつまる」
「大目に見るという次元ではない者に慎むように言っているだけです」
ファデリカに向かい、小さく舌打ちをしたナイアッド。
ケンカになっても何でも話し合ってきた2人に小さな亀裂が入ったのだった。
ナイアッドは第三王子とは言っても、上の兄2人とは年齢が10以上離れている。
ナイアッドは偉ぶる事もなく、かといって甘やかされるだけでもなく育ってきた。
王子教育も王子妃教育も横並びで進み、15歳で学院に入学する時には2人揃って王族に必要な教育は修了していた。ファデリカの実家であるパンサラッサ侯爵家に婿入りするもよし、ナイアッドの母である王妃殿下の実家を継ぐもよし、王子としてどちらかの兄が王太子となり、国王となった時に支えるもよしと選択肢は幾つかあった。
「ファデリカ、俺は兄上を支えたい」ナイアッドは王子としてこの先を歩くと選択した。
ファデリカはそれを影で支え、時に隣に並ぶ。ナイアッドがどれを選択しようとファデリカは共に手を携えて行くつもりだった。
なんでも話し合って決めてきた2人の中に小さな亀裂が入ったのは16歳ももう終わろうかという頃だった。学院も2年目となり、後輩が出来た。
学年でも1、2位を争う成績の2人は生徒会の会長と副会長を務めていた。
そこに一つ下の学年の首位成績者であるパッボニス公爵家の嫡男アルティが加入した。
レイデス国の3大公爵の1つであるパッボニス公爵家の当主は国王とは年齢差があり、丁度中間に位置する年齢差。上の2人の王子には側近となる臣下を輩出していない家であった。
そのアルティが生徒会のメンバーとなった時、1人の女子生徒マスィス伯爵家のヴェリアもやってくるようになった。生徒会のメンバーと成れるほどの成績ではなく、アルティと机が隣同士で学院に入る半年ほど前に伯爵家の養女となったヴェリアはメンバーでない者の入室は禁止されていたため、いつも会合が終わるまで廊下でアルティを待っていた。
「パッボニス様、早く片付けてあげないとお待ちですわよ?」
「いやぁ…それが…来ないでくれと言ったんですけど判ってくれなくて」
会合が終わる時間が何時になるか判らないとやんわり断っても、ヴェリアはついてきた。
廊下にしゃがみこみ、何をするでもなく、生徒会室から帰りの馬車に乗るまで一緒に歩くだけの為に、アルティが出てくるのを待っているヴェリアは行き交う学院生たちからは異質な目で見られていた。
堪りかねたナイアッドはヴェリアを生徒会室に誘ってしまったのだ。
「ごめんなさぁい。ここで静かにしてますからぁ」
そうは言っても、色々な取り決めや予算配分など細かに決めていく会合はヴェリアには退屈な時間である事に変わりはない。メンバーに茶を淹れるわけでもなく、本を読んだり課題をして時間を過ごすかと思えばただ座って欠伸をしながら待つだけだった。
「マスィスさん、扉は静かに閉めるようにしたほうがいいわ」
「ごめんなさぁい。悪気があった訳じゃないんですぅ」
「マスィスさん、椅子に座る時は膝を閉じたほうが良いと思うわ」
「だってぇ。そうすると疲れちゃうしぃ」
「マスィスさん、愛称で呼ぶのはお控えなさい」
「えぇ~呼びやすいしぃ。そんな事まで言われたくないですぅ」
「マスィスさん、ブラウスのボタンはちゃんと。リボンはどうされたの?」
「この方が可愛く見えるじゃないですかぁ。」
マナーも所作もなっていないヴェリアに何度注意をしても受け入れられる事はなく、敢えて一回りサイズの小さなブラウスを胸元まで大きくボタンを外すヴェリアには男子生徒の目はどうしても向けられてしまう。
それは厳しく教育をされてきている高位貴族の子息たちやナイアッドも同じだった。
思春期の彼らにそれを見るなという方が酷でもある。
入学時は入試での成績ではないため、高位貴族も低位貴族も混ぜられていたクラスも半期ごとに行われるクラス編成で成績順となり、アルティとヴェリアは違うクラスになった。
しかし、ヴェリアはこの頃になるとアルティには目もくれずナイアッドに擦り寄るような仕草が目に付くようにもなっていた。王子という立場、上級生という立場もあるが、一旦入室を許し半年経って形骸化してしまった事も悪い方に作用してしまった。
入室を許可したのがナイアッドである事から、秘匿性の高い会合以外では今更ヴェリアを締め出す事は出来なかったのだ。
ある日、講師に呼ばれて少し生徒会室に行くのが遅くなってしまったファデリカは扉の前でドアノブに手を伸ばしたものの、中から聞こえてくる会話に硬直してしまった。
「殿下ぁ。ぐすっ‥‥怖いんですぅ」
「大丈夫だ。俺がちゃんと言うから」
「でもぉ…私が告げ口したって判ったら…ぐすっ」
「判らないようにちゃんと言っておくよ。ファデリカは厳しいからな」
「違うと思うんですぅ。きっと…私の事が嫌いなんですよぉ」
何の事を言ってるのか理解が出来ず、後ろから他の生徒会メンバーに声をかけられ我に返ったファデリカは咄嗟に手にした書類が落ちそうになったから支えており扉が開けられなかったというふりをした。
扉を開けると、先程まで抱き合っていたのだろうか。ナイアッドの胸元に薄くリップのピンク色が擦れていた。不自然な位置で不自然な距離感のナイアッドとヴェリア。
次々に入室してくるメンバーが揃えば何事もなかったかのように、いつもの会合が始まった。
帰りの馬車でナイアッドはファデリカに向かって独り言を聞かせるかのように、目線を窓に向けて言葉を発した。
「あまり下級生にキツい物言いをするのはどうかと思うんだが」
先ほどの会話の事だと思ったがファデリカは立ち聞きしていたとは言えなかった。
そして
――部屋に2人きりは何と説明を?抱き合うのもどうかと思いますわ――
言葉に出来ない返しをナイアッドに目で訴えた。
「きつく感じられたのなら、わたくしが悪かったのでしょう。ですがわたくしもむやみやたらに注意をしているのではなく必要だ―――」
「それがキツいと言ってるんだ。下級生を泣かせてまでする事か?座る姿勢も話し言葉も些細な事じゃないか。誰だって粗はあるんだ。そこを汲み取ってこそ王子妃となる者ではないのか」
「ナイアッド。それは違います。誰の事を言ってるのか存じませんが少なくとも学院に通っていると言う事はマナーも所作も――」
「だから!何度も言わせるなよ。マナーも大事、所作も大事、それは判ってる。だけど学院なんだ。少しくらい大目に見るというそういう気持ちはないのか?些細な事も許せないとなれば誰だって息がつまる」
「大目に見るという次元ではない者に慎むように言っているだけです」
ファデリカに向かい、小さく舌打ちをしたナイアッド。
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