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第17話 虫のいい話
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扉は開いたままだったので、公爵家の使用人達に会話は筒抜け状態だった。
「お嬢様、殿下は一体何をお考えなのでしょう」
使用人にも判る。王宮でアルバートが手掛ける書類は各家の経済の状況の他には領地の整備や収穫状況の見込みも書かれていて他家には知られたくないものばかり。
文官たちには守秘義務があるので外には漏れていない。
対外的には羽振りの良い振りをして見栄を張っても財政上は国に支援を求めるものだってある。
――その辺は解っているからアビゲイルに任せないってことね――
殊勝な考えだが、だからといってジャクリーンに今の状況へ追い込んでおいて手伝えは虫が良すぎる。何よりアビゲイルでなくてはならないとアルバートが言ったのだ。
王族に嫁いだり婿入りしたりする貴族の子女には単に貴族同士で結婚するよりもより重い枷が嵌められる。それも込みで恋愛結婚になる場合は申し込むし、受け入れるモノ。
「知らないわ。面倒だから成婚の儀までは別荘を転々としようかしら」
使用人達も「そうしましょう」とは言えない。
ジャクリーンが出立する時、公爵家の使用人は行きには付き合う者が数人いるが、ジャクリーンと共に帝国に骨を埋めようと言うものは1人もいない。
個人的には遥かにサジェス王国より栄えている帝国なので行きたいと願う使用人もいるが、使用人の後ろには家族がいて住み慣れた土地を離れるのを嫌がっている。
ウォレスにもその件は手紙で相談をした。
【対面的なものもあるから行きだけ数人連れて来ればいい。3カ月辺境で過ごし皇都に移動した後は帰国させればいい】
何回、何十回と手紙のやり取りをする上で「社交辞令」は省略しようとどちらからともなく決まった。だからウォレスの返事には「ありがたいわ」と心から思ったものだ。
数人であっても公爵家の使用人を連れて行かねばならないのは行き先は辺境でも、3カ月ほど過ごした後は皇都の結婚式を行うため、1人も使用人がいないとなるとサジェス王国の在り方を問われる。
王宮からも人間を派遣してくれるかと思いきや、使用人は公爵家で用意する事とあり国王や王妃が手配をするのは結婚式に参列するために議長と2人いる副議長の片方、そして第2王子のアランの予定を調整する事だった。
――うーん…舐められてるわね――
国王や王妃、議会はこぞって参列しない事で「属国になるわけではない」とあくまでも対等な立場での結婚を周辺国に見せつける狙いがある。
そうしておきながら帝国に姻戚関係があるとして守って貰おうと言うのだからこちらも虫が良すぎる。
ジャクリーンは「どうせ捨てる国」だと自分の考えも含めてウォレスには伝えてある。
アルバートの来訪は使用人達にとってはかなり強い警告に感じたよう。
何故ならその翌日、翌々日に「家族と話し合ったのですが」とジャクリーンと共に家族で辺境に行き、その後は皇都に住みたいと願い出る者が出てきた。
「お嬢様、家族とも話し合いました。なんとか了承を取り付けています。ご同行してもよろしいでしょうか」
――図々しいわね――
手のひらを返す事もだが、そのまま頃合いを見て皇都に家族を呼ぶのではなく常に家族も同行させてくれという頼みは本当に虫が良すぎないかと胸に手を当てて考えてみろと言いたくなる。
とどのつまり「旅費を出したくない」としか聞こえないのだ。
1人の使用人が願い出れば、もともと同行する予定のなかった使用人も「私なら家族ともども移住できます」と申告してくる始末。
「残念だけど予定通りよ」
冷たく突き放せば涙すら目に浮かべて懇願してくる。
「何とかなりませんか?お嬢様に誠心誠意尽くします」
「だとしても無理よ」
「何故です。専属の使用人は必要でしょう?」
――どいつもこいつも!自分の事ばかり!――
ジャクリーンは同行を突然希望し始めた使用人を集めた。
個別に話をすれば自分の良いように解釈をする者が必ず出てくるからである。
「公爵家から連れて行く従者、そして馬車に馬は全てサジェス王国に帰国の予定。これは変わりません」
「お嬢様っ!!」
「わたくしの出立まであと2週間足らずです。この婚約、婚姻は決まったのは1年も前。せめて半年前にその言葉を聞けていればウォレス様に相談も致しましたが、この時期に及んでどうしろと言うのです」
使用人と言えど連れて行くだけではない。辺境でも皇都でも仮住まいの家は必要になる。勿論食料も。
同行はしても移住はしないと言い切っていた使用人達。
仮住まいの家にずっと住めると思っているのならお門違いも甚だしい。
せめて半年前にでも言ってくれていればウォレスにも何人が移住する予定だから、どんな役目をする使用人を用意しなくていいと伝えることは出来た。
早馬を出したところで5日はかかる道のり。
1週間もすればジャクリーンは出立するし、出立から1カ月ほどで到着もする。
ウォレスが雇い入れた使用人だってこの時期ならもう試験的な仕事はさせているだろうし、辞めてくれとは言えない。
「個々の希望を聞く時間はもうとっくに過ぎているのよ。どうしてもというのなら個人でウォレス様に雇ってくれと直談判をする事ね」
使用人達は項垂れるしかなかった。
「お嬢様、殿下は一体何をお考えなのでしょう」
使用人にも判る。王宮でアルバートが手掛ける書類は各家の経済の状況の他には領地の整備や収穫状況の見込みも書かれていて他家には知られたくないものばかり。
文官たちには守秘義務があるので外には漏れていない。
対外的には羽振りの良い振りをして見栄を張っても財政上は国に支援を求めるものだってある。
――その辺は解っているからアビゲイルに任せないってことね――
殊勝な考えだが、だからといってジャクリーンに今の状況へ追い込んでおいて手伝えは虫が良すぎる。何よりアビゲイルでなくてはならないとアルバートが言ったのだ。
王族に嫁いだり婿入りしたりする貴族の子女には単に貴族同士で結婚するよりもより重い枷が嵌められる。それも込みで恋愛結婚になる場合は申し込むし、受け入れるモノ。
「知らないわ。面倒だから成婚の儀までは別荘を転々としようかしら」
使用人達も「そうしましょう」とは言えない。
ジャクリーンが出立する時、公爵家の使用人は行きには付き合う者が数人いるが、ジャクリーンと共に帝国に骨を埋めようと言うものは1人もいない。
個人的には遥かにサジェス王国より栄えている帝国なので行きたいと願う使用人もいるが、使用人の後ろには家族がいて住み慣れた土地を離れるのを嫌がっている。
ウォレスにもその件は手紙で相談をした。
【対面的なものもあるから行きだけ数人連れて来ればいい。3カ月辺境で過ごし皇都に移動した後は帰国させればいい】
何回、何十回と手紙のやり取りをする上で「社交辞令」は省略しようとどちらからともなく決まった。だからウォレスの返事には「ありがたいわ」と心から思ったものだ。
数人であっても公爵家の使用人を連れて行かねばならないのは行き先は辺境でも、3カ月ほど過ごした後は皇都の結婚式を行うため、1人も使用人がいないとなるとサジェス王国の在り方を問われる。
王宮からも人間を派遣してくれるかと思いきや、使用人は公爵家で用意する事とあり国王や王妃が手配をするのは結婚式に参列するために議長と2人いる副議長の片方、そして第2王子のアランの予定を調整する事だった。
――うーん…舐められてるわね――
国王や王妃、議会はこぞって参列しない事で「属国になるわけではない」とあくまでも対等な立場での結婚を周辺国に見せつける狙いがある。
そうしておきながら帝国に姻戚関係があるとして守って貰おうと言うのだからこちらも虫が良すぎる。
ジャクリーンは「どうせ捨てる国」だと自分の考えも含めてウォレスには伝えてある。
アルバートの来訪は使用人達にとってはかなり強い警告に感じたよう。
何故ならその翌日、翌々日に「家族と話し合ったのですが」とジャクリーンと共に家族で辺境に行き、その後は皇都に住みたいと願い出る者が出てきた。
「お嬢様、家族とも話し合いました。なんとか了承を取り付けています。ご同行してもよろしいでしょうか」
――図々しいわね――
手のひらを返す事もだが、そのまま頃合いを見て皇都に家族を呼ぶのではなく常に家族も同行させてくれという頼みは本当に虫が良すぎないかと胸に手を当てて考えてみろと言いたくなる。
とどのつまり「旅費を出したくない」としか聞こえないのだ。
1人の使用人が願い出れば、もともと同行する予定のなかった使用人も「私なら家族ともども移住できます」と申告してくる始末。
「残念だけど予定通りよ」
冷たく突き放せば涙すら目に浮かべて懇願してくる。
「何とかなりませんか?お嬢様に誠心誠意尽くします」
「だとしても無理よ」
「何故です。専属の使用人は必要でしょう?」
――どいつもこいつも!自分の事ばかり!――
ジャクリーンは同行を突然希望し始めた使用人を集めた。
個別に話をすれば自分の良いように解釈をする者が必ず出てくるからである。
「公爵家から連れて行く従者、そして馬車に馬は全てサジェス王国に帰国の予定。これは変わりません」
「お嬢様っ!!」
「わたくしの出立まであと2週間足らずです。この婚約、婚姻は決まったのは1年も前。せめて半年前にその言葉を聞けていればウォレス様に相談も致しましたが、この時期に及んでどうしろと言うのです」
使用人と言えど連れて行くだけではない。辺境でも皇都でも仮住まいの家は必要になる。勿論食料も。
同行はしても移住はしないと言い切っていた使用人達。
仮住まいの家にずっと住めると思っているのならお門違いも甚だしい。
せめて半年前にでも言ってくれていればウォレスにも何人が移住する予定だから、どんな役目をする使用人を用意しなくていいと伝えることは出来た。
早馬を出したところで5日はかかる道のり。
1週間もすればジャクリーンは出立するし、出立から1カ月ほどで到着もする。
ウォレスが雇い入れた使用人だってこの時期ならもう試験的な仕事はさせているだろうし、辞めてくれとは言えない。
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