13 / 29
言い出せない気持ち
しおりを挟む
「どういう事なんだ?」
「聞かれても事実を報告しただけですので」
箝口令が布かれた上に、部屋に幽閉状態となったベネディクトが関与している可能性は低い。食事も小窓からで声を掛ける者も居らず外部との接触は完全に絶たれた状態。
「どうなっているんだ?」
ベネディクトは誰も訪れない部屋で1人考え込んだ。
する事もないベネディクトはディアセーラに手紙を書いた。
書いては丸めて捨てて、何度も何度も書き直した手紙は封筒に入れたが届ける者はいない。
食事が運ばれる際に頼んではみたものの断られてしまったのだ。
そんな日を4日過ごした夕方、マネゴス伯爵家の令嬢ベネデッタが郊外の雑木林で発見をされた。
「申し訳ございません。殿下が襲ったのではなくわたくしが殿下を…本当に申し訳ない事を致しました」
父親のマネゴス伯爵に連れられて国王、王妃の前で告白をしたベネデッタだったが、それまでの装いと違って修道女でもここまで質素ではないような単色のドレスだった。
化粧も薄く、眉のない顔はのっぺりとしており以前の姿しか知らないものは顔を見てもベネデッタだとは気が付かないだろう。
ベネデッタとの疑いが晴れたベネディクトだったが、ベネデッタが今月の恋人だった事実まで消えるわけではない。失意の中ベネディクトは護衛付きだが城の外に出られるようになった。
向かった先はブロスカキ公爵家である。
馬車が外門に到着したが、門を守る兵士は門の鉄格子を開こうとはしなかった。
「王太子ベネディクトだ。セーラに会いに来た」
「本日の連絡にお名前は御座いませんが?お約束をされておられましたか?」
「約束?そんなもの婚約者なんだ、必要ないだろう」
「お言葉ですがお嬢様との婚約は無くなったと聞き及んでおりますが」
「間違いなんだ。セーラにあえばすぐにわかる事だ。ここを通せ」
「申し訳ございませんが、お引き取りくださいませ」
門番は小さな扉から敷地の中に入ろうとするところをベネディクトは呼び止め、馬車から飛び降りると手紙を手渡した。
「これを、これをセーラに渡して欲しいんだ」
「無理です。私達はお嬢様とはお会いしませんので」
「連絡係がいるのだろう?屋敷に訪れるものがいるのかどうか!お前たちに伝えに来る連絡係が!」
食い下がるベネディクトに門番の兵士は強めの口調になった。
「いますけど!私達はそういう役割は出来ないんです。私達が頼まれた物をホイホイと受け取ってそれが旦那様を嵌めようとしている者の策だったらどうするのです?旦那様を公爵家を守る門番が陥れる者となる事は出来ません」
「役割って…ただ手紙を渡してくれと、それだけだ」
「その手紙の中身がどんなものかも判らないのに預かる事は出来ません」
「たかが門番の癖に王太子である私に逆らおうと言うのか!」
「えぇ。私はこの国の民。民である前にブロスカキ公爵家に忠誠を誓った者です。ブロスカキ公爵家に仇成すものがいるのなら、例えそれが国王陛下であっても旦那様の許可が出るまでここは通しませんし、何も預かりません。それがこの仕事をしている私の矜持です」
門番と言い争っていると1台の馬車が入ってきた。
「あ、奥様の馬車だ。門を開けろ」
「なんだって?公爵夫人の?!」
ベネディクトは開門の為に停車した馬車に駆け寄ると扉を激しく叩いた。
しかし馬車の中から応答する声はない。
「夫人!開けてくれ。私だ。ベネディクトだ!ここを開けてくれ」
「止めてください。誰か!この方を馬車から引き剥がしてくれ」
通用口となった小さな扉から数人の兵士が出てくると馬車からベネディクトを引き剥がし、押さえつけた。開いた大門から馬車はゆっくりと中に入ると直ぐにまた門は閉じた。
その日からベネディクトはブロスカキ公爵家に先触れを出し来訪を告げるが尽く断られた。王宮でブロスカキ公爵を見かけ直接面会を願い出てみるが、「用件はないはずだ」と一蹴される。
色々な伝手を使い、手紙と贈り物を託したが手を付けられる事もなくベネディクトに戻されてきた。
――セーラとは相思相愛だったはずだ。誰が引き裂こうとしているんだ――
会えない事で、ベネディクトは誰かが妨害をしていると思い始めた。
「兄上、いい加減執務をして書類を回してくれませんかね」
第二王子デモステネスはベネディクトから書類が回ってこない事で滞り始めた執務の苦情を言いに来たのである。ふとベネディクトは考えた。
デモステネスの婚約者ならディアセーラに接触が出来るのではないかと。
「何を言ってるんです?いい加減に諦めたらどうですか。自分から切り捨てたんでしょうに」
「切り捨てっ?!そんな事はしていない」
「その若さで呆けたのなら北の塔にでも入ってください。婚約破棄をあんな大勢の前で言い放っておいて何を今更。あの話を収拾するにあたって私やオデッセアスがどれだけ苦労したと思ってるんですか。捨てた女の事を考えている暇があれば執務を進めてください。まだ王太子なんですから」
ベネディクトはそれ以上言い返せなかった。
「それより、式典の進行。進んでるんですか?父上から聞きましたよ。元婚約者より有望な人材を2人も抱えているのだから手助けは要らないってね。そんな人材2人も隠していたなんて流石兄上だ。アハハ、アハハハ」
居た堪れなくなったベネディクトは部屋から飛び出すと厩舎に向かい、馬に跨り走らせてしまった。
やはり向かった先はブロスカキ公爵家。しかし塀があり中の様子を伺う事は出来ない。尤も屋敷までは何処からでも庭を通らねばならず、塀がなかったとしても家屋までは見えない。
馬に跨ってもその高さよりもさらに高い塀。公爵家の周りをぐるりと一周する形となったベネディクトは東側の塀の中央あたりで、欲していた声が耳に聞えた気がした。
馬を止め、目を閉じて耳を凝らす。
「‥‥てください」
「こうかしら。でもなか‥‥固いわね。痛っ!!」
ディアセーラの小さな悲鳴にベネディクトの体がビクンと跳ねた。
――まさか男がいるのか――
その頃、塀の内側ではディアセーラとペルセスが蕪を植えるために新しい畝を作っている最中だった。
「気を付けてください」
「こうかしら。でもなかなかに固いわね。痛っ!!」
「石があるのかな…私が掘ってみましょう」
ザクザクとペルセスが鋤を差し込み掘り起こしてみると拳よりも大きな石がゴロゴロと出てきた。
「柵があった形跡もあるからずっと前、ここに境界があったのかも知れませんね」
「そうなのね。でもこの石を取るのは大変そうね」
「根菜は無理かも知れません。葉物にしましょうか。家名と同じなんですがリーフレタスという若い葉がとても柔らかいレタスの親戚のような物もあるんですよ」
「リーフ子爵領でも栽培してるの?」
「採れるんですが、運ぶのに問題があって溶けてしまうんですよ」
「行ってみたいですわ」
「行ってみたいってどこへ?」
「リーフ子爵領。ずっと…憧れていたの。不毛と呼ばれる地だってきっと植物は対策次第で根付くはずなの。直接その地を足で踏みしめて…荷を運ぶ問題も何か解決策に結び付く事が見つけられそうな気がするわ」
「そうだね…うん…」
ディアセーラは小さく呟いた。「‥‥‥と‥…なら」
「何か言いましたか?」
「いいえ、何も?風じゃないかしら?」
――あなたと一緒なら――
ディアセーラはポツリと本音が零れてしまったが、風のせいにして誤魔化した。
王太子の元婚約者。生涯ついて回る肩書はディアセーラを受け入れる家にはお荷物でしかない。例え瑕疵が王太子にあったとしても、諫められない、寄り添わずに投げたと思われてしまうのである。
そして帝国との関係もディアセーラを取り込む事で後ろ盾を得たと同義と受け取られる。ペルセスがディアセーラを見つめる目は優しく、貸してくれる手は温かい。ここ数日何度もディアセーラは思いを伝えるべきか悩んだ。
――婚約破棄になってまだ1か月もしないのにふしだらな女と思われるかも――
ベネディクトにはもう思慕はない。立場を鑑みて真面目になってくれれば応援はしようと思うがもう隣に立とうという気持ちは砕けて無くなってしまった。
それでも、過去に慕った事もある。あまりにも早い切り替えをどう思われるか。
今の状況はペルセスに何の咎もないのに巻き込んでしまっている状況。
心のうちを明かし、さらに迷惑をかける事は出来ない。
せめて、ペルセスといられる時間は大事にしよう。そうすればその思い出でその先も歩いて行けそうな気がする。ディアセーラは気持ちを胸の奥に仕舞いこんだ。
ペルセスはここ数日、表情豊かに笑いながら土いじりをするディアセーラに少しづつ惹かれていた。
ただ、あまりにも差がある爵位、そして貧乏な子爵家。
今の生活を3年間だけ続け、その後は子爵領に帰ろうと考え始めていた。
思いを打ち明ければもしかするとディアセーラは応えてくれるかもしれない。
しかし、落差の大きな生活をさせる事になるのが判っていて気持ちを伝える事は出来なかった。
「聞かれても事実を報告しただけですので」
箝口令が布かれた上に、部屋に幽閉状態となったベネディクトが関与している可能性は低い。食事も小窓からで声を掛ける者も居らず外部との接触は完全に絶たれた状態。
「どうなっているんだ?」
ベネディクトは誰も訪れない部屋で1人考え込んだ。
する事もないベネディクトはディアセーラに手紙を書いた。
書いては丸めて捨てて、何度も何度も書き直した手紙は封筒に入れたが届ける者はいない。
食事が運ばれる際に頼んではみたものの断られてしまったのだ。
そんな日を4日過ごした夕方、マネゴス伯爵家の令嬢ベネデッタが郊外の雑木林で発見をされた。
「申し訳ございません。殿下が襲ったのではなくわたくしが殿下を…本当に申し訳ない事を致しました」
父親のマネゴス伯爵に連れられて国王、王妃の前で告白をしたベネデッタだったが、それまでの装いと違って修道女でもここまで質素ではないような単色のドレスだった。
化粧も薄く、眉のない顔はのっぺりとしており以前の姿しか知らないものは顔を見てもベネデッタだとは気が付かないだろう。
ベネデッタとの疑いが晴れたベネディクトだったが、ベネデッタが今月の恋人だった事実まで消えるわけではない。失意の中ベネディクトは護衛付きだが城の外に出られるようになった。
向かった先はブロスカキ公爵家である。
馬車が外門に到着したが、門を守る兵士は門の鉄格子を開こうとはしなかった。
「王太子ベネディクトだ。セーラに会いに来た」
「本日の連絡にお名前は御座いませんが?お約束をされておられましたか?」
「約束?そんなもの婚約者なんだ、必要ないだろう」
「お言葉ですがお嬢様との婚約は無くなったと聞き及んでおりますが」
「間違いなんだ。セーラにあえばすぐにわかる事だ。ここを通せ」
「申し訳ございませんが、お引き取りくださいませ」
門番は小さな扉から敷地の中に入ろうとするところをベネディクトは呼び止め、馬車から飛び降りると手紙を手渡した。
「これを、これをセーラに渡して欲しいんだ」
「無理です。私達はお嬢様とはお会いしませんので」
「連絡係がいるのだろう?屋敷に訪れるものがいるのかどうか!お前たちに伝えに来る連絡係が!」
食い下がるベネディクトに門番の兵士は強めの口調になった。
「いますけど!私達はそういう役割は出来ないんです。私達が頼まれた物をホイホイと受け取ってそれが旦那様を嵌めようとしている者の策だったらどうするのです?旦那様を公爵家を守る門番が陥れる者となる事は出来ません」
「役割って…ただ手紙を渡してくれと、それだけだ」
「その手紙の中身がどんなものかも判らないのに預かる事は出来ません」
「たかが門番の癖に王太子である私に逆らおうと言うのか!」
「えぇ。私はこの国の民。民である前にブロスカキ公爵家に忠誠を誓った者です。ブロスカキ公爵家に仇成すものがいるのなら、例えそれが国王陛下であっても旦那様の許可が出るまでここは通しませんし、何も預かりません。それがこの仕事をしている私の矜持です」
門番と言い争っていると1台の馬車が入ってきた。
「あ、奥様の馬車だ。門を開けろ」
「なんだって?公爵夫人の?!」
ベネディクトは開門の為に停車した馬車に駆け寄ると扉を激しく叩いた。
しかし馬車の中から応答する声はない。
「夫人!開けてくれ。私だ。ベネディクトだ!ここを開けてくれ」
「止めてください。誰か!この方を馬車から引き剥がしてくれ」
通用口となった小さな扉から数人の兵士が出てくると馬車からベネディクトを引き剥がし、押さえつけた。開いた大門から馬車はゆっくりと中に入ると直ぐにまた門は閉じた。
その日からベネディクトはブロスカキ公爵家に先触れを出し来訪を告げるが尽く断られた。王宮でブロスカキ公爵を見かけ直接面会を願い出てみるが、「用件はないはずだ」と一蹴される。
色々な伝手を使い、手紙と贈り物を託したが手を付けられる事もなくベネディクトに戻されてきた。
――セーラとは相思相愛だったはずだ。誰が引き裂こうとしているんだ――
会えない事で、ベネディクトは誰かが妨害をしていると思い始めた。
「兄上、いい加減執務をして書類を回してくれませんかね」
第二王子デモステネスはベネディクトから書類が回ってこない事で滞り始めた執務の苦情を言いに来たのである。ふとベネディクトは考えた。
デモステネスの婚約者ならディアセーラに接触が出来るのではないかと。
「何を言ってるんです?いい加減に諦めたらどうですか。自分から切り捨てたんでしょうに」
「切り捨てっ?!そんな事はしていない」
「その若さで呆けたのなら北の塔にでも入ってください。婚約破棄をあんな大勢の前で言い放っておいて何を今更。あの話を収拾するにあたって私やオデッセアスがどれだけ苦労したと思ってるんですか。捨てた女の事を考えている暇があれば執務を進めてください。まだ王太子なんですから」
ベネディクトはそれ以上言い返せなかった。
「それより、式典の進行。進んでるんですか?父上から聞きましたよ。元婚約者より有望な人材を2人も抱えているのだから手助けは要らないってね。そんな人材2人も隠していたなんて流石兄上だ。アハハ、アハハハ」
居た堪れなくなったベネディクトは部屋から飛び出すと厩舎に向かい、馬に跨り走らせてしまった。
やはり向かった先はブロスカキ公爵家。しかし塀があり中の様子を伺う事は出来ない。尤も屋敷までは何処からでも庭を通らねばならず、塀がなかったとしても家屋までは見えない。
馬に跨ってもその高さよりもさらに高い塀。公爵家の周りをぐるりと一周する形となったベネディクトは東側の塀の中央あたりで、欲していた声が耳に聞えた気がした。
馬を止め、目を閉じて耳を凝らす。
「‥‥てください」
「こうかしら。でもなか‥‥固いわね。痛っ!!」
ディアセーラの小さな悲鳴にベネディクトの体がビクンと跳ねた。
――まさか男がいるのか――
その頃、塀の内側ではディアセーラとペルセスが蕪を植えるために新しい畝を作っている最中だった。
「気を付けてください」
「こうかしら。でもなかなかに固いわね。痛っ!!」
「石があるのかな…私が掘ってみましょう」
ザクザクとペルセスが鋤を差し込み掘り起こしてみると拳よりも大きな石がゴロゴロと出てきた。
「柵があった形跡もあるからずっと前、ここに境界があったのかも知れませんね」
「そうなのね。でもこの石を取るのは大変そうね」
「根菜は無理かも知れません。葉物にしましょうか。家名と同じなんですがリーフレタスという若い葉がとても柔らかいレタスの親戚のような物もあるんですよ」
「リーフ子爵領でも栽培してるの?」
「採れるんですが、運ぶのに問題があって溶けてしまうんですよ」
「行ってみたいですわ」
「行ってみたいってどこへ?」
「リーフ子爵領。ずっと…憧れていたの。不毛と呼ばれる地だってきっと植物は対策次第で根付くはずなの。直接その地を足で踏みしめて…荷を運ぶ問題も何か解決策に結び付く事が見つけられそうな気がするわ」
「そうだね…うん…」
ディアセーラは小さく呟いた。「‥‥‥と‥…なら」
「何か言いましたか?」
「いいえ、何も?風じゃないかしら?」
――あなたと一緒なら――
ディアセーラはポツリと本音が零れてしまったが、風のせいにして誤魔化した。
王太子の元婚約者。生涯ついて回る肩書はディアセーラを受け入れる家にはお荷物でしかない。例え瑕疵が王太子にあったとしても、諫められない、寄り添わずに投げたと思われてしまうのである。
そして帝国との関係もディアセーラを取り込む事で後ろ盾を得たと同義と受け取られる。ペルセスがディアセーラを見つめる目は優しく、貸してくれる手は温かい。ここ数日何度もディアセーラは思いを伝えるべきか悩んだ。
――婚約破棄になってまだ1か月もしないのにふしだらな女と思われるかも――
ベネディクトにはもう思慕はない。立場を鑑みて真面目になってくれれば応援はしようと思うがもう隣に立とうという気持ちは砕けて無くなってしまった。
それでも、過去に慕った事もある。あまりにも早い切り替えをどう思われるか。
今の状況はペルセスに何の咎もないのに巻き込んでしまっている状況。
心のうちを明かし、さらに迷惑をかける事は出来ない。
せめて、ペルセスといられる時間は大事にしよう。そうすればその思い出でその先も歩いて行けそうな気がする。ディアセーラは気持ちを胸の奥に仕舞いこんだ。
ペルセスはここ数日、表情豊かに笑いながら土いじりをするディアセーラに少しづつ惹かれていた。
ただ、あまりにも差がある爵位、そして貧乏な子爵家。
今の生活を3年間だけ続け、その後は子爵領に帰ろうと考え始めていた。
思いを打ち明ければもしかするとディアセーラは応えてくれるかもしれない。
しかし、落差の大きな生活をさせる事になるのが判っていて気持ちを伝える事は出来なかった。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
3,347
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる