伯爵様の恋はウール100%

cyaru

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第08話   直感が訴える

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カラカラと軽快に車輪が回る。
お金持ちになったボーン子爵家の所有する馬車は最新式でお値段以外は王族の所有する馬車よりもグレードが高い。

ゼスト公爵家で開かれる茶会に出席をするため、先に出た馬車には両親が乗り、へリンは侍女と共に向かった。


領地の復興もゼスト公爵家の財政も上向きを見せていて、既に借金の返済も始まっている。特殊な事情のある婚約だったため、へリンには今回初めてスカッドからの贈り物でドレスが届いた。

公爵家からの贈り物となるのでさぞかし華美で豪奢なものかと言えば違う。
スカッドは害獣などの駆除やカーニバルの際の警備でコツコツと金を貯めて買ってくれたドレスはフルオーダーではなく既製品を少し手直しした程度。

ボーン子爵家から金を借りている。つまり豪奢な贈り物を買う金はボーン子爵家から出ているようなものなので、契約の中に【贈り物は基本的に贈らないし受け取らない】とあったためである。

スカッドはへリンのデヴュタントの日に交わした約束通り「自費で買うから」と両家の親に頼み込んでへリンにその時買える最大限のドレスを贈った。

「安物しか買ってあげられなくてごめん」
「ううん。とっても素敵なドレス。私、このデザインのドレスが欲しかったの」
「今度はネックレスを買うよ。その次はブローチかな」
「そんなに気を使わなくていいのに」
「違うよ。僕が買いたいんだ。へリンのために・・・」


幼い日に結ばれた婚約の指輪はゼスト公爵家からボーン子爵家に送ってはいるが、祖母のジュエリーを磨きに出した程度のものでスカッドは不満に思っていた。

勿論、当時ゼスト公爵家に贅沢をする余裕などなく、いくつかの宝飾品を買い取ってもらってその金で買うという案も出ていたが、「この婚約は特殊なので」とボーン子爵家が「いずれはお返しするもの」として固辞したのも原因だった。

10歳だったスカッドに指輪を買うほどの資産は無く、婚約当時は指輪を贈ることも知らなかった。
だが、成長すれば色々な事を知る。仕方がなかったとはいえ祖母の指輪が婚約指輪だと言う事に、きちんとしたものを贈りたいとずっと考えていたのだ。


スカッドの贈ったドレスはへリンの髪色と同じクリーム色のシンプルな既製品に裾上げ程度が施されたものだったが、へリンはスカッドからの贈り物、それだけで嬉しかった。

今日の茶会にヘリンはスカッドから贈られたドレスを身に纏っていた。
ともすれば貴族令嬢の普段着にも思われてしまうかも知れないシンプルなドレスはお世辞にも茶会向きではない。部屋着に見えないだけマシだが、そのままでは着ていけないため少しだけ手を加えた。



ゼスト公爵家に到着したヘリンの馬車。扉を開けると「待ちかねた」と言わんばかりに満面の笑みのスカッドが待っていた。下車をするにもエスコートをしてくれたスカッドはヘリンの侍女に控室の場所を指差し、待機するよう伝えると弾む声をヘリンに向けた。


「リン!今日はリンに紹介したい人がいるんだよ」
「どなた?」
「会場に行ってみてのお楽しみだよ」

へリンはスカッドの笑顔を見て「一言」を期待してしまった。

スカッドから贈られたドレスに侍女が着脱可能なレースの襟をつけてくれたので、少し手は加えたものの初めての着用となる今日、気が付いてくれるかと思ったのだが余程早く紹介をしたいのかいつもよりも足早に会場となるサロンに向かうスカッド。

――ドレスどころではないほど大事な人なのかしら――

そう思いをやり過ごさねばならなかった。

――いつもなら、もっとゆっくり歩いてくれるのに――

そう思いながらも、そこまでスカッドが紹介をしたい人が誰なのか。
知りたいという気持ちもあった。


「どこかな・・・先に会場には入ったんだけど…」

キョロキョロと背伸びをして周囲見回すスカッドは、まるでのように周囲を見渡す行動を変えずにヘリンに言葉を掛けた。


「婚約指輪を今日、新しいのを渡そうと思ったんだけど…いないなぁ」
「指輪なんか要らないわよ」
「僕が贈りたいって言ったろ。とびっきりのを贈るからもう少し待ってて」
「それはいいんだけ――」
「いたっ!リン。あっちだ。行こう」


スカッドにはヘリンの声が届いていたのだろうか。
大きくスカッドが手を振る方向を見れば令嬢が1人、胸元で手を振り返していた。

――誰なんだろう?――

スカッドの弟であるスペリアーズは向かう方向の反対にいるし、スペリアーズに婚約者が出来たとは聞いておらず、へリンは誰なのか判らないままスカッドに手を引かれて令嬢の元にやってきた。


「リン。この人は母上の姉、つまり僕の伯母に当たる方の娘でスナーチェと言うんだ。年は僕と同じだから姉だと思って気軽にしてくれていいよ」

「スナーチェですわ。カディの話の通り可愛い子ね。よろしく」

「へリンと申します。よろしくお願いいたします」


通り一片の挨拶だが、その会話を耳にした者が眉を顰めるのがヘリンの視界に入る。
へリンもチクリと胸が痛んだ。

「カディ」はスカッドの愛称であり、ミドルネーム。

ミドルネームを呼び合うのはかなり親しい関係恋人同士にある者だけで、近親者でも意味を知っているので口にしない。スカッドとスナーチェの話では、10歳になる少し前にスナーチェが領地に行くまでは双子の兄妹のように育てられたというので、気安さからそう呼んでいるのだ。へリンは思い込もうとした。


「へリンはえぇっと子爵家だったかしら?」
「はい、ボーン子爵家で御座います」
「ボーン?聞いた事ないわね。かなり田舎なのかしら?」
「は、はい。最近王都にタウンハウスも構えましたが領地に住まいが御座います」
「道理で!全っ然聞いた事がない家名だから。田舎なら仕方ないわね。覚えたって意味ないもの」
「ナチェはきついなぁ。その物言い。また叱られるぞ?」
「大丈夫よ。自分を偽って知らない事を知ってるというよりマシだもの」

歯に布着せぬ物言いなのだろうかとヘリンは考える。
確かに今はそれなりだか、貧乏だったボーン子爵家だ。知らなくても問題はないだろうが家名を覚えても意味がないという言葉になんだか両親を馬鹿にされたような気がした。

その上、スカッドまでスナーチェを愛称で呼んでいる。
ヘリンにとって、居心地が良いとは到底言えなかった。

スカッドとスナーチェが笑いながら歓談をしているからだろうか。
視界の端に捉えた3家の両親たちはへリンたちが仲良く話をしているのだろうと温かい目で見守っていた。

が、へリンは直感で感じていた。

【この人とは合わない】と。

そうは心で思っても、表情に出す事はとても失礼に当たる。
スカッドの婚約者になり、週に3回公爵家から派遣されて訪れるようになった講師にも習っていた。

顔に出してはいけないのは、スナーチェとスカッドの距離も不適切だと眉を顰める事も含まれる。スカッドの二の腕を撫でるように掴むスナーチェの手。

――嫉妬なんて恥ずかしい事だわ――

いつもなら茶会が終わった後もスカッドと庭を散策したりするのだが、気疲れしてしまったへリンは初めて茶会の終了と共に侍女と帰途についた。

ヘリンのドレスにスカッドが気が付く事は一度も無かった。
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