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序 章☆騙された令嬢(3話)
自分の金は自分で稼ぎます
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静かな離れには、窓を開けない限り紙を捲る音しか聞こえない。
本宅がかろうじて屋根だけ見える距離であり、木々に囲まれている事も幸いして耳障りな音も声も離れには聞こえてこない。
窓を開ければ風が葉を揺らしながら通り抜ける音と、時折鳥の声がするだけだ。
お飾りの伯爵夫人となったインシュアに会いに来る者など誰もいない。
周りから見れば結婚して半年。未だ蜜月が続いていると思われている。
そうさせているのはインシュアにとってのお飾りの夫であるベンジャーだ。
ベンジャーと私的な言葉を交わす事はほとんどない。
断れない夜会に出向く際に【仲の良い夫婦】を演じる時だけである。
ダンスも無言で1曲踊り、あとはベンジャーに連れられてのあいさつ回り。
御不浄やパウダールームに行く時ですらベンジャーは入り口まで付いてくる。
体のいい監視だ。
馬車の中で交わす会話は【判っているな】【はい】だけである。
弟と父を人質に取られたも同じであるインシュアに抗う術はない。
離れには食事を運んでくるメイドが1人いるが、茶を淹れてくれるわけでもなくベッドメイキングをしてくれるわけでもない。手を貸してくれるのは夜会のドレスを着る時だけだ。彼女もまた監視役なのだ。
リネンも洗濯物もインシュアは自分で井戸から水を汲みあげて洗って干す。
鏝を使ってアイロンをかけるのもインシュアである。
食事は作って運んできてくれるが、返す時に食器を洗い拭くのもインシュア。
離れにいるメイドはその間、内職なのだろうか。刺繍や編み物をしている。
彼女と話す言葉も定型文的なものばかり。
最初の1カ月くらいは常に動きを見られていたが、洗い物や掃除をしてただ本を読む。毎日がその繰り返しになればメイドは内職に精を出すようになった。
本を読みながら自分で井戸から水を汲んで、竈に火を起こし沸かした湯で茶を淹れて飲む。それがここ半年の日常でこの先も続くはずだった。
パタン
分厚い本を閉じて、ぬるくなった茶を飲み干すとインシュアは立ち上がった。
「ルーナ。いるかしら?ルーナ、聞こえてる?」
インシュアの声にメイドのルーナは驚いて立ち上がったため籠に入れた毛糸玉が床に落ちて転がった。自分の名を知っていた事も驚きだったが、食事のトレイを渡す時以外で声を聞いたのは何時ぶりだろう。
慌ててインシュアのいる書庫に出向いたルーナ。
「何か用ですか?忙しいんですから呼びつけないでください」
「ルーナ、用があるないは関係ないでしょう?呼ばれたら来る。それが貴女の仕事の基本よ」
今までとは何かが違う。身長差はないのに頭から突き刺すような棘のある言葉がルーナに降り注いだ。
「お茶を片付けて。本宅にいる伯爵様と夫に話があると伝えて頂戴」
「なんで…アタシがアンタの命令を聞かなきゃいけないのよ。自分でしなさいよ」
「いいのよ?連絡もなしにわたくしがいきなりアチラに伺っても。貴女がそうしてくれと言った。そう答えろという伯爵様か夫からの命令だったのでは?と聞いても良いのなら」
「だ、男爵の癖に…」
「ルーナ。わたくしは確かに男爵家の出です。貴女は子爵家。独身の時なら貴女にこんな物言いなんて出来なかったわね。でも今、わたくしの立場をご存じ?」
「ぐっ…」
「お飾りであろうと、夫が見向きをしなかろうと書類上は伯爵夫人。間違ったことを言っているかしら?貴女もあの場にいたじゃない。どう足掻いても17年、いえあと16年と半年は伯爵夫人なのよ。口の利き方に気を付けなさいな」
「わ…かりました」
「では早速言った通りにして頂戴」
悔しいのか、腹立たしいのかルーナはその場から動かない。
俯いて小刻みに体を震わせて怒りを抑え込んでいるのかも知れない。
インシュアをこの場で張り倒すのは簡単だが、いつ誘われるとも判らない夜会に頬や腕に傷跡のあるインシュアを送り出す事は出来ない。
ルーナとて判っているのだ。秘密を知る者がここを辞めた時、紹介状がないのは勿論だが紹介状すら不要な最底辺の娼館くらいしか行き先がないという事を。
「ぐずぐずしない。忙しいんでしょう?」
先ほど言った自分の言葉が返ってくる。ルーナは踵を返し本宅に駆けていった。
◇~◇~◇
夕刻になって不機嫌さを隠さない一同が揃いも揃って離れを訪れた。
「何の用だ」
切り出したのはお飾りの夫であるベンジャーだった。予見はしていたのか子供を連れてこなかった事だけは見上げたものだとインシュアは心でほくそ笑んだ。
「お話がありましたの。わざわざ愛するメイドのメイサさんまで来られなくとも良かったですのに。産褥がもうそろそろ4年になると言うのにこんな所まで歩いてまた不調がぶり返すのでは?」
時折、窓を開ければ庭師が庭の剪定をしながら話をする声が入ってくる。
男でも下世話な世間話をするものだとインシュアは思ったがそこで、子供を産んで産褥が続くメイドを伯爵たちが哀れに思って世話をしていると聞いたのだ。
「メイサに話しかけるな。用件を言え」
「そうですわね。折角掃除をしたのにこれ以上埃を舞い上げられたら困りますもの」
ライアル伯爵も夫人も半年前とは別人のような物言いをするインシュアに驚いて声も出ない。
「仰いましたでしょう?自分の金で贅沢をする分には構わないと」
「あぁ、家の金を使われるのはごめんだがお前の金まで毟り取るほど落ちぶれてはいないからな」
「お判りなら結構。そろそろわたくしもお小遣いが乏しくなりましたの。ですから少しだけお小遣い稼ぎを致します。明日から帰宅は遅くなりますわ」
「なんだって?外で働くと言うのか!」
「家の中に賃金が発生する仕事がないのにどうやって稼げと?」
「仕事なら執務を回す。それでいいだろう」
「お断りしますわ。本当に支払ってくれるかも判らない労働をする気はありませんし、なにより雑務とはいえ伯爵家の書類をわたくしに見せるのは如何なものかと思いますわ。いずれはこの家を出て行く身。まかり間違って誰ぞに執務も行う夫人だと知られたらどうなさるのです?折角夜会では引っ込み思案だがただ愛されているという夫人を演じてきましたのに泡と化してしまいましてよ?」
ライアル伯爵夫妻とベンジャーは顔を見合わせて思案をするが良い答えが出ない。
うっかりという事もある。どこかでポロリとヨハンとメイサの事を呟かれるだけで終わる可能性もあるのだ。
「許可できない。判った。金はやる。但し月に――」
「お断りしますわ」
「なんだって?働かずに金が貰えるんだ。それ以上に楽なことはないだろう」
「お断りですわ。何もしないでお金が空から降ってくることも地から湧き出る事もありませんもの。そんなお金に手を付けたら後々まで何かに怯えて暮らさねばなりません。離縁の時に返せと言われても纏まった金額を用意できる保証は今、微塵も御座いませんもの」
「しかし…」
「はぁ…お聞き届け下さらないのなら今度王宮で開催の夜会。わたくしはお花を摘みに行った個室の中で泣きながら叫んでしまうかもしれませんわ。誰かにそれを聞かれたらどうしましょう?」
「お前…俺たちを脅すのか?」
「何を仰いますの。脅されて軟禁されているのはわたくしのほうですのに」
「逃げるつもりじゃないだろうな」
「あら?失礼ね。無駄に17年も伯爵夫人を名乗りもしないで過ごすなんて勿体ないと思ったのです。大丈夫ですわ。外で働く時は結婚前の姓を使いますし、ご心配なら何人でも【護衛】をお付けになって結構ですわ。そうそう。紹介状をここで書いてくださいまし。わざわざ本宅にわたくしが出向く必要がないように」
招待された夜会では、仲睦まじい夫婦としても周知され始めているのだ。
ベンジャーはまるで口から生まれて来たかのように平気で嘘の愛を吐き出す男。
他の者はそれが嘘だとは気が付いていない。今更インシュアの口を封じる事も出来ない。
そこまで妻にご執心の男が、突然妻が亡くなったとなっても後妻に入ろうとする令嬢はいないだろう。どこに毎日昼も夜も問わず亡き妻を思って泣く夫を慰め続けようと思う女がいるのか。愛を向けられてもその後ろには亡き妻の影がずっとつき纏う。
容易に想像できることだし、秘密を享受するものは少なければ少ないほど都合も良いのだ。
妙齢の令嬢が未婚で親類も少なく疎遠な貴族など早々いるものではない。
ライアル伯爵家はインシュアを取り込んだがそれが爆弾だと気が付かず、どんどん火薬を詰め込んだのだ。
自分で自分の首を絞め続けてしまっていた愚かさをやっと認識した。
ヨハンとメイサの事は絶対に知られてはならない。押さえつけていたつもりがいつの間にか喉元に鋭利な刃物を突き付けられたのだ。
「判った‥‥だが口外をしたら判ってるな」
「何度も言わせないでくださいな。わたくしが不要な事を口にしない限り実家は安泰。自分で稼げば好きなものが自由に買える。その程度の約束を守るだけでいいんですもの。そしたら無駄に17年も伯爵夫人を名乗りもしないで過ごすなんて勿体ないと思ったのです。不利益にならない範囲で爵位は利用させて頂く。それだけですわ」
ライアル伯爵とベンジャーの連名で署名の入った紹介状を手にしたインシュアは微笑んだ。
◇~◇~◇
そしてインシュアは制限と足枷はついたままだが自由を手に入れた。
翌朝、ルーナが部屋に来る前には既に着替えを終えた。
玄関を出るところで食事を運んできたルーナとばったり出会った。
「どこに行かれるのですっ」
「ルーナ、そういう事は昨夜のうちにわたくしに確かめておく事よ。心配しなくてもほら?あの男性たちが貴女の代わりよ。貴女の仕事が減って良かったじゃない。忙しいんだもの。やっと好きな刺繍や編み物をする時間が出来るわね」
足取り軽く離れを出たインシュアは両手を上げて背伸びをすると、ちょっとだけ離れた所を歩いてくる男達など気にも留めずに街に向かったのだった。
☆~☆~☆
この家族関係の続きは最終章になり、次回から第一章になります。
章ごとに読み切りです。
序章はその章に至る経緯だと思って頂ければ幸いです。<(_ _)>
本宅がかろうじて屋根だけ見える距離であり、木々に囲まれている事も幸いして耳障りな音も声も離れには聞こえてこない。
窓を開ければ風が葉を揺らしながら通り抜ける音と、時折鳥の声がするだけだ。
お飾りの伯爵夫人となったインシュアに会いに来る者など誰もいない。
周りから見れば結婚して半年。未だ蜜月が続いていると思われている。
そうさせているのはインシュアにとってのお飾りの夫であるベンジャーだ。
ベンジャーと私的な言葉を交わす事はほとんどない。
断れない夜会に出向く際に【仲の良い夫婦】を演じる時だけである。
ダンスも無言で1曲踊り、あとはベンジャーに連れられてのあいさつ回り。
御不浄やパウダールームに行く時ですらベンジャーは入り口まで付いてくる。
体のいい監視だ。
馬車の中で交わす会話は【判っているな】【はい】だけである。
弟と父を人質に取られたも同じであるインシュアに抗う術はない。
離れには食事を運んでくるメイドが1人いるが、茶を淹れてくれるわけでもなくベッドメイキングをしてくれるわけでもない。手を貸してくれるのは夜会のドレスを着る時だけだ。彼女もまた監視役なのだ。
リネンも洗濯物もインシュアは自分で井戸から水を汲みあげて洗って干す。
鏝を使ってアイロンをかけるのもインシュアである。
食事は作って運んできてくれるが、返す時に食器を洗い拭くのもインシュア。
離れにいるメイドはその間、内職なのだろうか。刺繍や編み物をしている。
彼女と話す言葉も定型文的なものばかり。
最初の1カ月くらいは常に動きを見られていたが、洗い物や掃除をしてただ本を読む。毎日がその繰り返しになればメイドは内職に精を出すようになった。
本を読みながら自分で井戸から水を汲んで、竈に火を起こし沸かした湯で茶を淹れて飲む。それがここ半年の日常でこの先も続くはずだった。
パタン
分厚い本を閉じて、ぬるくなった茶を飲み干すとインシュアは立ち上がった。
「ルーナ。いるかしら?ルーナ、聞こえてる?」
インシュアの声にメイドのルーナは驚いて立ち上がったため籠に入れた毛糸玉が床に落ちて転がった。自分の名を知っていた事も驚きだったが、食事のトレイを渡す時以外で声を聞いたのは何時ぶりだろう。
慌ててインシュアのいる書庫に出向いたルーナ。
「何か用ですか?忙しいんですから呼びつけないでください」
「ルーナ、用があるないは関係ないでしょう?呼ばれたら来る。それが貴女の仕事の基本よ」
今までとは何かが違う。身長差はないのに頭から突き刺すような棘のある言葉がルーナに降り注いだ。
「お茶を片付けて。本宅にいる伯爵様と夫に話があると伝えて頂戴」
「なんで…アタシがアンタの命令を聞かなきゃいけないのよ。自分でしなさいよ」
「いいのよ?連絡もなしにわたくしがいきなりアチラに伺っても。貴女がそうしてくれと言った。そう答えろという伯爵様か夫からの命令だったのでは?と聞いても良いのなら」
「だ、男爵の癖に…」
「ルーナ。わたくしは確かに男爵家の出です。貴女は子爵家。独身の時なら貴女にこんな物言いなんて出来なかったわね。でも今、わたくしの立場をご存じ?」
「ぐっ…」
「お飾りであろうと、夫が見向きをしなかろうと書類上は伯爵夫人。間違ったことを言っているかしら?貴女もあの場にいたじゃない。どう足掻いても17年、いえあと16年と半年は伯爵夫人なのよ。口の利き方に気を付けなさいな」
「わ…かりました」
「では早速言った通りにして頂戴」
悔しいのか、腹立たしいのかルーナはその場から動かない。
俯いて小刻みに体を震わせて怒りを抑え込んでいるのかも知れない。
インシュアをこの場で張り倒すのは簡単だが、いつ誘われるとも判らない夜会に頬や腕に傷跡のあるインシュアを送り出す事は出来ない。
ルーナとて判っているのだ。秘密を知る者がここを辞めた時、紹介状がないのは勿論だが紹介状すら不要な最底辺の娼館くらいしか行き先がないという事を。
「ぐずぐずしない。忙しいんでしょう?」
先ほど言った自分の言葉が返ってくる。ルーナは踵を返し本宅に駆けていった。
◇~◇~◇
夕刻になって不機嫌さを隠さない一同が揃いも揃って離れを訪れた。
「何の用だ」
切り出したのはお飾りの夫であるベンジャーだった。予見はしていたのか子供を連れてこなかった事だけは見上げたものだとインシュアは心でほくそ笑んだ。
「お話がありましたの。わざわざ愛するメイドのメイサさんまで来られなくとも良かったですのに。産褥がもうそろそろ4年になると言うのにこんな所まで歩いてまた不調がぶり返すのでは?」
時折、窓を開ければ庭師が庭の剪定をしながら話をする声が入ってくる。
男でも下世話な世間話をするものだとインシュアは思ったがそこで、子供を産んで産褥が続くメイドを伯爵たちが哀れに思って世話をしていると聞いたのだ。
「メイサに話しかけるな。用件を言え」
「そうですわね。折角掃除をしたのにこれ以上埃を舞い上げられたら困りますもの」
ライアル伯爵も夫人も半年前とは別人のような物言いをするインシュアに驚いて声も出ない。
「仰いましたでしょう?自分の金で贅沢をする分には構わないと」
「あぁ、家の金を使われるのはごめんだがお前の金まで毟り取るほど落ちぶれてはいないからな」
「お判りなら結構。そろそろわたくしもお小遣いが乏しくなりましたの。ですから少しだけお小遣い稼ぎを致します。明日から帰宅は遅くなりますわ」
「なんだって?外で働くと言うのか!」
「家の中に賃金が発生する仕事がないのにどうやって稼げと?」
「仕事なら執務を回す。それでいいだろう」
「お断りしますわ。本当に支払ってくれるかも判らない労働をする気はありませんし、なにより雑務とはいえ伯爵家の書類をわたくしに見せるのは如何なものかと思いますわ。いずれはこの家を出て行く身。まかり間違って誰ぞに執務も行う夫人だと知られたらどうなさるのです?折角夜会では引っ込み思案だがただ愛されているという夫人を演じてきましたのに泡と化してしまいましてよ?」
ライアル伯爵夫妻とベンジャーは顔を見合わせて思案をするが良い答えが出ない。
うっかりという事もある。どこかでポロリとヨハンとメイサの事を呟かれるだけで終わる可能性もあるのだ。
「許可できない。判った。金はやる。但し月に――」
「お断りしますわ」
「なんだって?働かずに金が貰えるんだ。それ以上に楽なことはないだろう」
「お断りですわ。何もしないでお金が空から降ってくることも地から湧き出る事もありませんもの。そんなお金に手を付けたら後々まで何かに怯えて暮らさねばなりません。離縁の時に返せと言われても纏まった金額を用意できる保証は今、微塵も御座いませんもの」
「しかし…」
「はぁ…お聞き届け下さらないのなら今度王宮で開催の夜会。わたくしはお花を摘みに行った個室の中で泣きながら叫んでしまうかもしれませんわ。誰かにそれを聞かれたらどうしましょう?」
「お前…俺たちを脅すのか?」
「何を仰いますの。脅されて軟禁されているのはわたくしのほうですのに」
「逃げるつもりじゃないだろうな」
「あら?失礼ね。無駄に17年も伯爵夫人を名乗りもしないで過ごすなんて勿体ないと思ったのです。大丈夫ですわ。外で働く時は結婚前の姓を使いますし、ご心配なら何人でも【護衛】をお付けになって結構ですわ。そうそう。紹介状をここで書いてくださいまし。わざわざ本宅にわたくしが出向く必要がないように」
招待された夜会では、仲睦まじい夫婦としても周知され始めているのだ。
ベンジャーはまるで口から生まれて来たかのように平気で嘘の愛を吐き出す男。
他の者はそれが嘘だとは気が付いていない。今更インシュアの口を封じる事も出来ない。
そこまで妻にご執心の男が、突然妻が亡くなったとなっても後妻に入ろうとする令嬢はいないだろう。どこに毎日昼も夜も問わず亡き妻を思って泣く夫を慰め続けようと思う女がいるのか。愛を向けられてもその後ろには亡き妻の影がずっとつき纏う。
容易に想像できることだし、秘密を享受するものは少なければ少ないほど都合も良いのだ。
妙齢の令嬢が未婚で親類も少なく疎遠な貴族など早々いるものではない。
ライアル伯爵家はインシュアを取り込んだがそれが爆弾だと気が付かず、どんどん火薬を詰め込んだのだ。
自分で自分の首を絞め続けてしまっていた愚かさをやっと認識した。
ヨハンとメイサの事は絶対に知られてはならない。押さえつけていたつもりがいつの間にか喉元に鋭利な刃物を突き付けられたのだ。
「判った‥‥だが口外をしたら判ってるな」
「何度も言わせないでくださいな。わたくしが不要な事を口にしない限り実家は安泰。自分で稼げば好きなものが自由に買える。その程度の約束を守るだけでいいんですもの。そしたら無駄に17年も伯爵夫人を名乗りもしないで過ごすなんて勿体ないと思ったのです。不利益にならない範囲で爵位は利用させて頂く。それだけですわ」
ライアル伯爵とベンジャーの連名で署名の入った紹介状を手にしたインシュアは微笑んだ。
◇~◇~◇
そしてインシュアは制限と足枷はついたままだが自由を手に入れた。
翌朝、ルーナが部屋に来る前には既に着替えを終えた。
玄関を出るところで食事を運んできたルーナとばったり出会った。
「どこに行かれるのですっ」
「ルーナ、そういう事は昨夜のうちにわたくしに確かめておく事よ。心配しなくてもほら?あの男性たちが貴女の代わりよ。貴女の仕事が減って良かったじゃない。忙しいんだもの。やっと好きな刺繍や編み物をする時間が出来るわね」
足取り軽く離れを出たインシュアは両手を上げて背伸びをすると、ちょっとだけ離れた所を歩いてくる男達など気にも留めずに街に向かったのだった。
☆~☆~☆
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