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第一章☆喚く女(5話)
懐に入り込む
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架空、創作の話です。現実世界と混同しないようご注意ください。
◇~◇~◇
ブースに案内されたハワードはブースの中を見回した。
ベージュ色の薄い壁でソファテーブルを挟んで椅子は4つ。テーブルの上には何もない。
壁と天井の間があることから簡易的に作られた背の高い衝立で囲まれた空間である。
遅れて入ってきた女性がインシュアにファイルを手渡す。
「ありがとう。ハワードさんにお茶をお願い出来るかしら」
「承知しました」
「茶なんか要らねぇ。とにかく話が違う!なんとかしろ」
ハワードの言葉に怯えながら女性がブースから出て行くと開いた扉から何人かの販売員たちが様子を伺っているのが見える。インシュアはハワードに椅子をすすめ扉に歩いていく。
「千歩で一件。こんな所で聞き耳を立てるよりお客様のお話に耳を傾けなさいませ」
そう言うと静かに扉を閉めた。
◇~◇~◇
ハワードの向かいに座り、ゆっくりとファイルを開く。
数ページを確認したインシュアは【なるほど】と心で呟いた。
「失礼いたします」
先ほどの女性が茶を持って入ってくる。上目遣いでハワードを見ながら茶を差し出すと脱兎の勢いでブースを出て行った。
「慌ただしくて申し訳ございません。粗茶ですがどうぞ」
「あ、あぁ‥‥いや、茶ぁどころじゃないだろう!」
食ってかかりそうなハワードだがインシュアは表情も崩さないし後ろに仰け反る事もない。
ファイルをくるりとハワードに向けた。
「ハワードさん。落ち着いてください。今の状態でしたらおそらく奥様もお子様も名前すらすらすらと口から出てきませんよ。そのお茶はリラックス効果もあります。騙されたと思ってどうぞ」
「お、俺を睡眠薬入りの茶で眠らせてどうにかしようったってそうはいかないぞ」
「まぁ、そんな恐ろしい事出来ませんわ。ご心配ならまだ口はつけておりません。こちらをどうぞ。それでもご心配でしたらハワードさんが選んだ方をわたくしが先に飲みます。わたくしの様子を見てからでも結構ですよ」
「じゃ、じゃぁ…おれはそっちをもらう。これを先に飲め」
「ありがとうございます。では失礼を致しますね」
インシュアはくぅっと茶を飲み干すと空になった茶器を傾けてハワードに見せた。
「直ぐに効果が出ないものもあると聞きますから、少し雑談でも致しましょうか?」
「お、おう!いいぜ」
にこりと微笑んだインシュアはファイルを横に寄せてハワードに向き合った。
「ハワードさんは文字の読み書きが出来ますのね。わたくしは学院にも行けませんでしたから苦労しました。ハワードさんは如何でした?」
「へっ?あ、あぁ文字はガキの時から市場で働いていたからな、箱に書いてる文字と帳簿の文字が読めなきゃ仕事にならねぇ。自然と読めるようになった」
「まぁ!凄いですわ。では算術もお出来になりますの?」
「そりゃ帳簿の目方を間違ったら大損するか大クレームだからな」
「素晴らしいわ。わたくしは指の数を超えたらもうこんがらがってしまいました」
「なんだ。ウチの下の子と同じじゃねぇか」
「下の子…と申しますと上にお兄ちゃんかお姉ちゃんが居られますの?」
子供の事を大事にしているのだろう。子供の話を振るとハワードの表情が弛んだ。
「子供は3人いるんだ。一番上は女の子でアンナ、二番目も女の子でコリン、末っ子がやっとできた男の子でジョゼフと言うんだ」
「やっと出来たという事はアンナちゃんとコリンちゃんと年が離れて?」
「アンナは11歳、コリンは9歳だ。ジョゼフは2歳になったばかりだ」
「まぁ!まぁ!一番可愛い時期ですわ。アンナちゃん、コリンちゃんはおしゃまになっておしゃれにも気を使いますでしょう?ジョゼフ君なんかもうパパ、パパと放してくれないのではないのですか?」
「お、おう!そうなんだよ。俺が仕事から帰るとジョゼフが走って飛び込んでくる」
「きゃぁ♡想像してしまいましたわ。ジョゼフ君可愛い~♡パパ似…あ、申し訳ございませんつい…ハワードさんに似られてますの?」
さりげなく聞き出す会話にインシュアは名前を聞いてからは「お子様」「お姉ちゃん」などと一括りになる総称ではなく固有の名前でハワードの懐に入り込む。ハワードが読み書きだけでなく計算が出来る事も聞きだした。
そして、年齢も聞きだし家族構成も頭に叩き込むのだ。販売員の基本である。
「良かったらどんな字を書くか教えて頂けません?可愛い名前はわたくしも子供が出来たら参考にしたいですわ。あ、すみません。頑張っているんですけどもなかなか…」
全く頑張ってなどいないしベンジャーとの子供など絶対に作りたくない。
ベンジャーとの関係はインシュアが働きに出ても同じである。むしろ働きに出た事で夜会がある日は急いで切り上げたり、顧客の面談の予定をやりくりせねばならないので迷惑をしている。
社交もオフシーズンとなれば顔を見る事もない。数か月ぶりに見れば「こんな客いたかしら?」と首をかしげるが顧客が家に来ることないので、お飾り夫だったと思い出すくらいである。
しかし、子供が欲しいがまだいないという言葉は「子育ての先輩」としてハワードを持ち上げる。すっかり気分の良くなったハワードは茶の中に睡眠薬と疑った事も忘れて、目の前の茶を飲み干し、意気揚々と話をする事で喉が渇いてお代わりを要求するほどである。
なんと30分以上も話をしたハワードは真逆の興奮で頬を染めるまでになった。
すっかりインシュアの話術に嵌ったハワードにインシュアは本題を切り出した。
「では、ハワードさん。契約の確認を致しましょう」
◇~◇~◇
ブースに案内されたハワードはブースの中を見回した。
ベージュ色の薄い壁でソファテーブルを挟んで椅子は4つ。テーブルの上には何もない。
壁と天井の間があることから簡易的に作られた背の高い衝立で囲まれた空間である。
遅れて入ってきた女性がインシュアにファイルを手渡す。
「ありがとう。ハワードさんにお茶をお願い出来るかしら」
「承知しました」
「茶なんか要らねぇ。とにかく話が違う!なんとかしろ」
ハワードの言葉に怯えながら女性がブースから出て行くと開いた扉から何人かの販売員たちが様子を伺っているのが見える。インシュアはハワードに椅子をすすめ扉に歩いていく。
「千歩で一件。こんな所で聞き耳を立てるよりお客様のお話に耳を傾けなさいませ」
そう言うと静かに扉を閉めた。
◇~◇~◇
ハワードの向かいに座り、ゆっくりとファイルを開く。
数ページを確認したインシュアは【なるほど】と心で呟いた。
「失礼いたします」
先ほどの女性が茶を持って入ってくる。上目遣いでハワードを見ながら茶を差し出すと脱兎の勢いでブースを出て行った。
「慌ただしくて申し訳ございません。粗茶ですがどうぞ」
「あ、あぁ‥‥いや、茶ぁどころじゃないだろう!」
食ってかかりそうなハワードだがインシュアは表情も崩さないし後ろに仰け反る事もない。
ファイルをくるりとハワードに向けた。
「ハワードさん。落ち着いてください。今の状態でしたらおそらく奥様もお子様も名前すらすらすらと口から出てきませんよ。そのお茶はリラックス効果もあります。騙されたと思ってどうぞ」
「お、俺を睡眠薬入りの茶で眠らせてどうにかしようったってそうはいかないぞ」
「まぁ、そんな恐ろしい事出来ませんわ。ご心配ならまだ口はつけておりません。こちらをどうぞ。それでもご心配でしたらハワードさんが選んだ方をわたくしが先に飲みます。わたくしの様子を見てからでも結構ですよ」
「じゃ、じゃぁ…おれはそっちをもらう。これを先に飲め」
「ありがとうございます。では失礼を致しますね」
インシュアはくぅっと茶を飲み干すと空になった茶器を傾けてハワードに見せた。
「直ぐに効果が出ないものもあると聞きますから、少し雑談でも致しましょうか?」
「お、おう!いいぜ」
にこりと微笑んだインシュアはファイルを横に寄せてハワードに向き合った。
「ハワードさんは文字の読み書きが出来ますのね。わたくしは学院にも行けませんでしたから苦労しました。ハワードさんは如何でした?」
「へっ?あ、あぁ文字はガキの時から市場で働いていたからな、箱に書いてる文字と帳簿の文字が読めなきゃ仕事にならねぇ。自然と読めるようになった」
「まぁ!凄いですわ。では算術もお出来になりますの?」
「そりゃ帳簿の目方を間違ったら大損するか大クレームだからな」
「素晴らしいわ。わたくしは指の数を超えたらもうこんがらがってしまいました」
「なんだ。ウチの下の子と同じじゃねぇか」
「下の子…と申しますと上にお兄ちゃんかお姉ちゃんが居られますの?」
子供の事を大事にしているのだろう。子供の話を振るとハワードの表情が弛んだ。
「子供は3人いるんだ。一番上は女の子でアンナ、二番目も女の子でコリン、末っ子がやっとできた男の子でジョゼフと言うんだ」
「やっと出来たという事はアンナちゃんとコリンちゃんと年が離れて?」
「アンナは11歳、コリンは9歳だ。ジョゼフは2歳になったばかりだ」
「まぁ!まぁ!一番可愛い時期ですわ。アンナちゃん、コリンちゃんはおしゃまになっておしゃれにも気を使いますでしょう?ジョゼフ君なんかもうパパ、パパと放してくれないのではないのですか?」
「お、おう!そうなんだよ。俺が仕事から帰るとジョゼフが走って飛び込んでくる」
「きゃぁ♡想像してしまいましたわ。ジョゼフ君可愛い~♡パパ似…あ、申し訳ございませんつい…ハワードさんに似られてますの?」
さりげなく聞き出す会話にインシュアは名前を聞いてからは「お子様」「お姉ちゃん」などと一括りになる総称ではなく固有の名前でハワードの懐に入り込む。ハワードが読み書きだけでなく計算が出来る事も聞きだした。
そして、年齢も聞きだし家族構成も頭に叩き込むのだ。販売員の基本である。
「良かったらどんな字を書くか教えて頂けません?可愛い名前はわたくしも子供が出来たら参考にしたいですわ。あ、すみません。頑張っているんですけどもなかなか…」
全く頑張ってなどいないしベンジャーとの子供など絶対に作りたくない。
ベンジャーとの関係はインシュアが働きに出ても同じである。むしろ働きに出た事で夜会がある日は急いで切り上げたり、顧客の面談の予定をやりくりせねばならないので迷惑をしている。
社交もオフシーズンとなれば顔を見る事もない。数か月ぶりに見れば「こんな客いたかしら?」と首をかしげるが顧客が家に来ることないので、お飾り夫だったと思い出すくらいである。
しかし、子供が欲しいがまだいないという言葉は「子育ての先輩」としてハワードを持ち上げる。すっかり気分の良くなったハワードは茶の中に睡眠薬と疑った事も忘れて、目の前の茶を飲み干し、意気揚々と話をする事で喉が渇いてお代わりを要求するほどである。
なんと30分以上も話をしたハワードは真逆の興奮で頬を染めるまでになった。
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