では、こちらに署名を。☆伯爵夫人はもう騙されない☆

cyaru

文字の大きさ
25 / 52
第四章☆愚か者は藁を掴んで燃やす(6話)

線引きは必要です

しおりを挟む
地域医療センターの前は混雑をしていた。

インシュアの勘は当たったのだ。
該当する地域に診療所は2つで双方とも入院設備はない。他にクリニックがあるものの整形外科、形成外科ではなく近い位置にあるような気がするリウマチ科である。
病床数は3。つまり入院はほぼ出来ない上にリウマチなどで入院する患者はベッドの空きを待っているため埋まっているからだ。稼働率ほぼ100%と言って良い。
保険販売員ともなれば簡単に知る事も出来るし知っていなければならない事である。
間違ってはいけない。保険の販売員が知る事が出来るのは誰が入院しているかではなく病床稼働状況である。それは王宮にある医務医事課に行けば毎日入り口扉の廊下側に張り出されている事だ。



救助隊となると想定される怪我は骨折、打撲、捻挫あとは重たいものを不自然な形で持ち上げたりすることからぎっくり腰になる事もあるし、変な踏ん張り方で腱を痛めたり中には断裂する場合もある。


「あっ!インシュアさん。来てくれたのね。心強いわ」

「リーボンさん。負傷者が出たという事で急ぎ参りましたがまだのようですね」

「こちらに向かっていると言うけど‥‥誰がケガをしたか判らないというの。無事だと良いんだけど、もしもの時は支払いとかどうしよう」

「大丈夫です。今回の場合は救助隊の編成で向かわれた折の負傷ですから、領地を所有する子爵家及び街道を管理する国から労災認定されるでしょうから医療費はかかりません」

「良かった。先月妹が結婚したから紹介してもらった互助会の1口を妹に譲渡したんだけど祝い事は足が出るから足してあげて今月は厳しいのよ。長く入院になったり手術になったらどうしようかと思った。お金ないからしなくていいですなんて言えないもの。医療費が要らないだけでも助かるわ」


リーボンさんと話をしていると、インシュアが胸ポケットに付けているユズリッハ保険商会のピンバッジを見て数人の女性が近づいてきた。


「ねぇ、ユズリッハ保険商会は貴女だけなの?他の…ウチの担当のテトゥーさんは何処?」

「ウチも。ウチの担当をしてくれているデリンザさんは何処なの?受付?」

「申し訳ございません。わたくしは一人でこちらに来ましたので他の担当販売員が何処に行ったか知らないのです。こちらに来るか、若しくは後日ご自宅に伺うとは思いますがそれが何時になるという事もわたくしには判らないのです」

「もう!何やってるのかしら。こんなに不安な時に!」

「そうよ。この前子供の学費保険を契約したのに!」

「お力になれず申し訳ございません」

「貴女でいいわ、ウチの保険。これは労災だけど給付金出るのかしら?」

時折いるのである。こんな時は給付金うんぬんよりも運ばれて来ているであろう身内の心配をするべきである。ケガと言っても侮ってはいけない。それが原因で後々の就業に響く事もあるのだ。
掴みかかる勢いでインシュアに迫ってくる他の販売員のお客様。

そう、インシュアは自分と契約をしている人はご契約者様だが、他の販売員の顧客はお客様である。ユズリッハ保険商会と契約をしているのは間違いないが、誰の顧客なのか。そこは線引きが必要なのだ。


「申し訳ございません。現在何方もここに搬送されておりませんので怪我の程度が不明です。また素人主観でこの怪我はとお話する事も出来ません。診断をするのはわたくしではなくお医者様です。わたくし達販売員はその診断名を持って契約をしてくださっている保障に該当するか、しないか。該当するならどういう手続きと書類が必要かをお手伝いするだけで御座います」

「あぁもう!でも担当が来ないから聞いてるのよ!」

「申し訳ございません。お客様の契約内容は守秘義務で守られておりますので、同じユズリッハ保険商会の販売員だと言ってもそこはきっちりと線引きをされており、当方はお客様のお名前も何も存じ上げないのです。ですので、当方に問われましても答えかねます」

「あなたね、同じ会社なんだから知ってて当然でしょ!」

「いえ、お客様が個人情報を開示してよいと認められたのは法人と言う立場のユズリッハ保険商会、そして担当販売員です。わたくしがお客様の情報を知る時は、個人固有特定情報法の23条第4項の5にあるように担当販売員が所定の手続きを書面にしてユズリッハ保険商会に提出し決済された時のみです。現在ガッチガチに守られており当方は知り得ることが出来ません。ご了承ください」

「まぁまぁ、そのうち来るわよ。ちょっと私、話があるのよ。もういいかな?行きましょうインシュアさん」

「はい、ご同行いたします」



クルリと背を向けるとリーボンさんと一緒に少し離れた所にある談話室に向かう。
談話室と言っても部屋になっているわけではない。
通路となっている部分とは床の色分けがされていて、いくつかの椅子とテーブルがありセルフでお茶、水が飲める。片付けも勿論セルフである。

丸い小さなテーブルの周りには4人分の椅子があり、同じ組み合わせが幾つもある。
一つを選びリーボンさんと向かい合わせになる椅子にカバンを置くとリーボンさんの分も紙コップにお茶を淹れてそっと差し出した。

「こんな待ち時間いやだわぁ」

「そうですね。負傷者がいるとは聞いておりますがご主人様でない事を祈るのみです」

「大丈夫だと思うけど、意外にウッカリ者で鈍臭いところもあるのよね」


大きな溜息を吐き出し紙コップを手にしたリーボンさん。
そこにインシュアの名前を呼ぶ女性2人が近づいてきた。

「インシュアさんっ!よかった。来てくれてる。安心したぁ」

「良かった。もう不安で不安で‥‥お金必要かもって銀行に行ってたら遅くなっちゃった」

「ジェンナさん、アレッサさん。先月は美味しいお茶ありがとうございました」

「何言ってるの。普通の番茶!夕食にも出してるからそんなセレブが飲むようなものみたいなんじゃないわ」

ジェンナさんもアレッサさんもインシュアのご契約者様である。
この3人はインシュアのご契約者様で家族構成もほぼ同じ。ご主人さんの年齢も1,2歳違うだけで子供たちもとても仲がよく3年前の転勤で王都と崖崩れがあった地の中間に引っ越しをしたのだ。

彼女らの御主人さんの職場はそこからさらに崖崩れのあった側に行ったところにある。
向こうでたむろしている女性達も同様だが、あちらはご契約者様ではなくお客様。線引きは重要だ。



4人が空になった紙コップを折りたたんだり、ギリギリ底に引っ掛かった水滴を揺らしていると外が慌ただしくなった。「行きましょう」とアレッサさんが声をかけ全員が立ち上がり小走りになって搬送されてきた患者の入り口に向かう。

しかし、処置室に入れてくれるわけではなくただ遠巻きに「あれは誰なの?」と見るだけである。
がやがやとした中、「彼で最後です」という声が聞こえてその声の主に彼女たちが一斉に駈け寄った。
駈け寄る際に、その男性の後ろに夫や息子の姿を見つけた者は進路変更で夫や息子に突進していく。


「隊長さんっ!息子はっ?息子は何処にいるの!」

重苦しい雰囲気の中、何時までもここに集まっていては通行の邪魔になる。
隊長さんと呼ばれた男性は【名を呼んだ者の家族の方は談話室へ】といい名前を読み上げ始めた。

「名を呼ばれなかったものは何ともない。隊服も汚れていないから安心して欲しい。名を呼ばれた者のご家族は診察の結果を一緒に談話室で待ちましょう」


談話室に向かう中にはリーボンさんもジェンナさん、アレッサさんの姿もある。
そして自分の担当販売員が来ないと言っていた女性達もいた。


軽傷だったものが処置を終えて出てくるたびに全員が扉の方に視線を向ける。
7、8人は擦り傷、切り傷で縫合などの処置もなく消毒をして念のために化膿止めと解熱剤を処方されて家族と共に帰って行った。

半分を過ぎて17人目が出て来ても、インシュアのご契約者様の3人の御主人様と、あの女性達の家族は出てこなかった。

「全部で26人だったわよね…あと9人…遅いわね。嫌な感じ」

「きっと大丈夫。大丈夫。いつも仰け反っている壁で練習してるもの…大丈夫だわ…」

「うん。毎日無駄に鍛えてるもの‥‥石だって岩だって上腕二頭筋で跳ね返す筈よ」


出てきた9人は念のため今日は入院となった。
頭部に落石が当たって、少ないもので2針、多いもので10針ほど縫合したものもいる。
骨折などはないようだが、頭部以外にも打撲もあった。


「良かった。生きてたぁ」


次々に生きていた事に安堵する者達。先程怪我の状態より給付金を心配した女性も軽傷だった事に安堵している。しかしインシュアの出番はここからである。

「では、皆さん。ご説明を致しますので談話室へ」

「出るの?‥‥給付金?」


不安そうなリーボンさん、ジェンナさん、アレッサさんに向かってインシュアが微笑んだ。

「出ます」


バタバタバタ!!!インシュアが返事をするが早いか数人の足音がこちらに向かって来た。
あの女性達の担当販売員である。

負傷した者達は別のルートで搬送をされたが、王宮に向けた知らせを持って走る伝令が馬を交換している場に出くわし、既に王都に向けて負傷者が運ばれた事を知って、折り返しの馬車をチャーターして走ってきたのだ。


「遅くなりました。ご容体は?!もしやお亡くなりに?!」


何て事をいの一番に聞く販売員なんだろうか‥‥インシュアは遠い目になった。

そしてそっと指を真横にシュっと宙を走らせた。

「ボーダーライン」

小さい呟きはジェンナさんだけに聞えたようで失笑されたのだった。
しおりを挟む
感想 145

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

〈完結〉前世と今世、合わせて2度目の白い結婚ですもの。場馴れしておりますわ。

ごろごろみかん。
ファンタジー
「これは白い結婚だ」 夫となったばかりの彼がそう言った瞬間、私は前世の記憶を取り戻した──。 元華族の令嬢、高階花恋は前世で白い結婚を言い渡され、失意のうちに死んでしまった。それを、思い出したのだ。前世の記憶を持つ今のカレンは、強かだ。 "カーター家の出戻り娘カレンは、貴族でありながら離婚歴がある。よっぽど性格に難がある、厄介な女に違いない" 「……なーんて言われているのは知っているけど、もういいわ!だって、私のこれからの人生には関係ないもの」 白魔術師カレンとして、お仕事頑張って、愛猫とハッピーライフを楽しみます! ☆恋愛→ファンタジーに変更しました

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...