では、こちらに署名を。☆伯爵夫人はもう騙されない☆

cyaru

文字の大きさ
45 / 52
最終章☆それぞれの立ち位置(22話)

ベンジャーの裁判・ヨハンの覚悟

しおりを挟む
架空、創作の話です。現実世界と混同しないようご注意ください。

この章は最終章となりますので第一章から第四章のインシュアの保険販売とは読んだ時の受け取り方(感じ方)が変わるかも知れません。

中間にあるライアル伯爵家日記に近いと思って頂いて構いません。

架空、創作の話です。現実世界と混同しないようご注意ください。




◇~◇~◇
※時間的にはベンジャーが判決を受けるまでです。

◇~◇~◇

「最悪だな」

リンデバークは裁判官に選ばれた3人の名を見て呟いた。貴族や貴族だったものにはとことん甘いと言われている裁判官はいるのだが、それが揃いも揃って3人の裁判官のうちの全員なのだ。
余程でなければ裁判官の途中交代はない。ベンジャーに甘い判決が出るのが決まったようなものである。
特にその内の1人はあの献金を受け取った司法議員が肩入れしている裁判官だった。


「気分が悪くなるなら廊下で待っていてもいいのよ?」

「ううん。大丈夫」

「嫌になったらいつでも言うのよ?」

「大丈夫だってば。決めたんだ‥‥僕」

「何を?」

「今は、秘密。でもおばさんは嫌わないって言ってくれたから」


シャボーン国で貴族籍を失う者は少ない。先日の元ライアル伯爵夫妻の裁判にも多くの人が傍聴席の券を求めて列を作った。他人の不幸は蜜の味。目の前でそれまで貴族法に守られていた身分を失う者を見るのは日頃の鬱憤を発散させるのに丁度良いのかも知れない。

特に元ライアル伯爵は借金でそれまでの土地も判決を受けるまでの間に失っているので本当に無一文になるのだ。このあとは数日にわたってパパラッチのような者や、破落戸達に追い掛け回される日々が待っている。
埋蔵金ならぬ【隠し財産】があっても不思議ではないほどに過去は大富豪だったのだ。

平民となれば、質の悪い者達が纏わりつく。うっかり街を歩けば四方八方から無意味に体当たりをされて当たってきた方が大げさに転んで喚き散らす。狙いは【隠し財産】なのは言うまでもない。
骨の髄まで吸い尽くすつもりで彼らは元ライアル伯爵夫妻に絡むだろう。

本当に何もないとなれば【あたり損】を回収すべく捨て駒として色々な仕事を依頼する。
腐っても元は伯爵だったのだ。王都ではこの面白い見世物を知らぬ者は少ないが地方に行けば行くほどその数は逆転する。知らない者達に伯爵の名前を使って詐欺行為をするのだ。

それらを全てやり過ごしても元ライアル伯爵夫妻には何もない。
実際、裁判が終わり財産没収と爵位の剥奪、抹消で済んだ2人が真っ先にきたのはスザコーザ公爵家だった。門の前でヨハンの名前を叫び、一目で良いから孫に会わせてくれと泣き叫んだのだ。

それを予測していたスザコーザ公爵は事前に周知をした。

【近いうちに、孫と生き別れになった。貴族に孫を攫われたという演目の練習をする者が現れるが、練習なので観劇料を支払う必要はない】


本当にやり始めた元ライアル伯爵夫妻に、人々は無関心だった。
それに場所も悪かった。公爵家となればその場を歩く人など使用人の中でもごく一部で多くは裏口から出て1本、2本別の通りを歩いているし、目立つには目立つが多くは馬車に乗った者達なので石畳のガタガタと言う音で2人が何を言っているのか判らない。結局2人の涙の懇願は徒労に終わった。


そして今日はヨハンの父であるベンジャーの初公判だった。
先に両親である元ライアル伯爵夫妻は既に貴族ではなくなった。ベンジャーも現状でははもう貴族ではないが貴族であった時の貴族籍を失うまでの行為は貴族法の恩恵に肖れるがその後は違う。
政治献金規制法と児童虐待、結婚詐欺については平民と同じ扱いで裁かれる。

既に結婚は白紙だと認められているが、インシュアも参考人として呼ばれている。
そしてヨハンは被害者であり、可哀想だが本人の意思は無くとも加害者側の参考人としても呼ばれているのだ。

結婚詐欺についての審議はスムーズに行われた。既に白紙になっているものに対して足掻いても仕方がないと思っているのだろうか‥‥と思いきや、突然ベンジャーがごね始めた。


「・・・・ですのでこれ以上の関りを持たないで済みますから慰謝料などの支払いも不要です」

「嫌だっ!お願いだから支払わせてくれっ!」

「静かにしなさい」

「でもっ!俺とインシュアの関係を切らないで!もう一度やり直して欲しいなんて言わない!でも、慰謝料の支払いも無くなったら全然関係がなくなるっ!そんなのは俺に死ねと言ってるのと同じだ!どうせならインシュア!俺に死ねと命じてくれ!君の願いならこの命を捧げるっ!俺を見てくれ!そんな衝立の向こうじゃなく姿が見たいっ!俺を見てくれっ!金を払わせてくれっ」

衝立の向こうでインシュアが小さく「なら死ね」と呟いたのは言うまでもない。

ベンジャーは涙も鼻水も何もかもでグシャグシャになった顔で叫んだがインシュアの姿が見える事も声が返ってくることもない。そんなベンジャーを見て傍聴席からは失笑が漏れている。



だが、そんな雰囲気も一変したのが児童虐待についてである。
この件でヨハンと一緒にいるのは未成年後見人であるリンデバーグである。
裁判長の声でヨハンの名が呼ばれる。

「大丈夫か?」とリンデバーグが問えばヨハンは大きく頷いた。

「では、名前を教えてください」

「ヨハンです。以前はヨハン・ライアルだと思っていましたが、ヨハンです」

「では、ヨハン君。君はどのような事をされていましたか」

「はい、何でも買ってもらえて、皆が僕のいう事を聞いてくれてました」

「それは、父親、母親である者からですか?」

「違います。物を買ってくれるのは祖父、いう事を聞いてくれるのは使用人です」

「では父親や母親は君の教育などをしてくれていたのですか」

「いいえ。僕は最近まで自分の名前も文字で書けませんでした。数字も意味が分からなかったし計算も出来ませんでした。父はいつも怒っていて近くに行くと、鬱陶しい、手間を掛けさせるなとか…言って…僕を…」

「無理をしなくていいですよ。もう――」

「いえっ!大丈夫です。父は僕を叩きました。手のひらだったり握った手だったりで、僕が泣くと色んな物を投げてました…投げてきた物が当たった事もあります。祖父が庇ってくれる事もありました。あとは…面倒くさいからとあまり話はしてくれなかったです」

ベンジャーは顔を顰めて横を向いているが、傍聴人はざわざわとし始めた。
しかし、それは静寂に変わった。

「それはいつからですか」

「覚えてるのは5歳になる前です。5歳の誕生日に食事に連れて行ってと言ったら池に落とされました」

「・・・・」誰も声を発する事が出来ない。


リンデバーグもある程度は聞いてはいたが、こうもはっきりとは聞いておらず激しい怒りと憤り、悔しい気持ちが混じって手のひらに爪が食い込むほどに拳を握りしめた。

「は、母親は助けてくれなかったのですか?」

「助けてくれるのは違う時です」

「違う時とは‥‥どういう事ですか」

「祖父にお金やドレスなんかを強請る時です。僕の事をこんなキョグ?キョウグ?」

「境遇ですか?君のいる環境、身の回りという事ですか?」

「はい、そうです。僕がちゃんと伯爵家の子供だと言えないのは祖父のせいだと言う時は庇ってくれました。庇ったと言うか膝の上に乗せてくれて頭を撫でてくれました。でも父の時は何もしてくれなかったし、母はいつもお酒を飲んで煙草を吸ってお芝居をみたり朝から着替えをしてたりで、そんな時に近くに行くと躾棒っていう長い棒で僕を叩きました。ごめんなさいと言っても謝るくらいならするなとずっと叩かれました。謝ったり、泣いたりするともっと叩かれるので僕は黙ってました。母は僕に言いました。腹が立ったりした時は使用人に同じことをしていいって」

「父親には手で、母親には棒で…という事ですね。そうですか、わかりました辛い事をよく言ってくれました。ありがとう」

「あのっ!」

「どうしましたか?」

「関係ないかも知れないんですけど…いいですか?」

「関係があるかないかはこちらが判断をしますが、それでも良ければ。ただ君はまだ10歳。無理をしてどうしても今日、全てを言わなければならないという事はありませんよ」

「いえ、今日‥‥言います」

「では、どうぞ」

「は、はい。あの‥‥えっと…僕は…学院でも屋敷でも周りの人に凄く我儘で…乱暴者でした。屋敷にいた人にも僕と同じクラスだった人たちにも‥‥いけない事をしました。たくさんの人に迷惑をして…ごめんなさい!」


少しだけヨハンの泣き声が聞こえたような気がした。
誰かが衝立の向こうで何かを言っているが傍聴人たちにはよく聞こえない。
しかし、そんな間を壊す大きな音がした。
ベンジャーが足を振り上げ、履いていた木の靴を飛ばしそれが壁に当たったのだ。


「くっだらねぇ。クソガキが。お前が!お前さえ生まれて来なきゃ!みんな幸せだったんだよッ!空気読めや!テメェだけぬくぬくいい気になってんじゃねぇよッ」


その言葉に傍聴席から色んなものがベンジャーに向かって飛んできた。バッグだったり靴だったり。途中で失速するのは判っているのにハンカチやスカーフも色んなものが罵声と一緒に飛んできた。
投げつける品が無くなってもベンジャーを罵倒する声が止む事はない。
閉廷する以外に方法は無くなり、ベンジャーは騎士に連れられて先に退廷をしたが、姿が見えなくなっても罵倒する声が止まる事はなかった。



「よく、頑張ったな」

「うん…あの…おばさん…」

「どうしたの?あ、そうだ!今日はヨハンのなグラタン食べていこうか?リンデバーグがご馳走してくれるって♡わたくしもグラタン。ついでにパフェも半分こしましょう」

「えぇっ?俺の奢りって‥‥給料日明後日で…」

「気にしない。気にしない。ねっヨハンはパフェもだよね~」

「うん…好き…」


ヨハンは知っている。インシュアがグラタンよりもドリアが好きな事を。
リンデバーグも知っている。どうしてを連呼しているかを。
2人ともそんなインシュアが大好きである。


ベンジャーの裁判は以降非公開となったが判決は早かった。
懲役43年。当然ながら執行猶予はつかない。
甘い判決に思えたが、ベンジャーの向かう刑務所の場所を聞いて誰もが納得をした。
あの密売組織の者達が先に入っている刑務所。
見た目だけが良いだけの自分たちがこうなってしまう原因を作った男が来ればどうなるか、趣味の悪い賭けが始まったが賭けにならなかった。誰もが1カ月以内にBETしたからだ。
しおりを挟む
感想 145

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

〈完結〉前世と今世、合わせて2度目の白い結婚ですもの。場馴れしておりますわ。

ごろごろみかん。
ファンタジー
「これは白い結婚だ」 夫となったばかりの彼がそう言った瞬間、私は前世の記憶を取り戻した──。 元華族の令嬢、高階花恋は前世で白い結婚を言い渡され、失意のうちに死んでしまった。それを、思い出したのだ。前世の記憶を持つ今のカレンは、強かだ。 "カーター家の出戻り娘カレンは、貴族でありながら離婚歴がある。よっぽど性格に難がある、厄介な女に違いない" 「……なーんて言われているのは知っているけど、もういいわ!だって、私のこれからの人生には関係ないもの」 白魔術師カレンとして、お仕事頑張って、愛猫とハッピーライフを楽しみます! ☆恋愛→ファンタジーに変更しました

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...