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最終章☆それぞれの立ち位置(22話)
巻き込まれた男・土地売買は計画的に
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架空、創作の話です。現実世界と混同しないようご注意ください。
この章は最終章となりますので第一章から第四章のインシュアの保険販売とは読んだ時の受け取り方(感じ方)が変わるかも知れません。
中間にあるライアル伯爵家日記に近いと思って頂いて構いません。
架空、創作の話です。現実世界と混同しないようご注意ください。
◇~◇~◇
「どうも、ありがとうございました。これはわずかですがお礼です」
「いえいえ。構いませんよ。困った時はお互い様です。当家もあの廃屋が強風などで破片が飛んで来るような事になればと危惧しておりました。なんせ持ち主はどこにいるかも判らないんですから。このお菓子だけ頂きましょう。お金は工事の職人さんと打ち上げでもしてください。経済を回すのも金があればこそです」
菓子折りだけをもらってにこやかに対応をするのはマルクスである。
旧ライアル伯爵家の本宅があった場所の本格的な解体工事が始まったのはベンジャーの公判がまだ始まったばかりの頃だった。廃屋とも呼べないほどになった建物の残骸の処理は早かった。
整地をするにも伯爵家の庭に植えられていた木々はごっそりと抜かれて誰かが持って行っているだけでなく、どこかの残土をその穴に放り込んでいるので見た目は廃屋の残骸を片付ける程度だった。
しかし、問題はその後だった。
後手に回った商人たちはこの地に抵当を打つしかなかったのだが、とにかくこの土地が売れないのだ。買い手が付かないのは勿論だが、この土地は現状では売れないのだ。
裁判で全てを失ったと思われたが、土地については商人が抵当権を打っていた事で唯一の財産として残っている。ただ、売るには抵当権を外さなくてはならず担保にしてもう金を借りる事も出来ない。
商人たちは血眼になって平民となった元ライアル伯爵を探し回った。
廃屋が綺麗に片付いた1週間後、あの離れはワイワイと賑やかである。
非番のリンデバーグもヨハンを連れてやってきてインシュアと使用人さん達と【花壇】を作っているのだ。種から植える物もあれば、苗を買ってきて植える物もある。
道路に面している部分はどうも殺風景でいけないと花を植えたのだ。
「ヨハン、上手に植えられたわね。花も喜んでるわね」
「うん。ミミズもいたね」
「うっ…ミミズは土をフカフカにしてくれる働き者だけど…苦手よ」
和やかな雰囲気で花がどんどん植えられていったのだった。
インシュアはこの地を譲渡させる際に言った。
【離れと本宅に至るまでに小さな水路があるから水路から離れのほうの土地を譲渡しろ】と言ったので元ライアル伯爵とベンジャーは面積的にはさほど広くもないしと譲渡したのだ。
そこには住み慣れたが故に忘れていることがあった。
新興住宅地にあるような住宅ではあまり見かけないが、数代続いてその地に住み続けていると住むために便利だから、逆に不便だから、時に危険だからと自分から見て祖父であったり、その前の者が【素人工事】をしている事があるのだ。
住んでいる者はそこに溝がある事を認識しているので、荷物などを持って足元が見えなくても溝に足を取られることはない。しかし初めて来た人や乳幼児、子供は違う。
【こんな所に溝が?!】っと躓いて転んでしまったり、子供は溝を危険と認識していないので走っているうちに怪我をしてしまう事がある。
かつての当主たちによって「安全第一」で素人工事が行われていたのだ。
元ライアル伯爵もベンジャーも全く気にもしていなかったからサインをしたのだ。
そう、インシュアの名義になった地は形状としてはエル、アルファベットのLの形をしていた。
水路は何代か前の当主が危ないからと思ったのだろう。木の板を置いたり、桝の蓋のようなもの(グレーチングと思ってください)を被せていたのだ。
インシュアは離れの建物がある方にはフェンスを付けて境界をはっきりさせたが、屋敷への出入り口となる部分は桝の蓋のようなもの(グレーチングと思ってください)があったため、手前でフェンスを止めたのだ。
伯爵家に入る外門は大きな門扉が付いていたが、片方の門柱はインシュアの所有する土地の中。桝の蓋のようなもの(グレーチングと思ってください)があったばかりにベンジャーや元ライアル伯爵だけでなく、押し寄せてきた債権者も気が付いていなかった。騎士団は事前に確認をしていたが、逮捕、捕縛という事で侵入をしない事は不可避と判断をしているが、後日国から使用料がランス男爵家に支払われている。
旧ライアル伯爵家は四方をほぼ完全に隣地に囲まれた土地だった。
まともな旗竿地ならまだ良かったが道路に面している長さが30cmとなると使えない。
成人男性でも45、46cmの肩幅がある。それが奥行20m近くあるのだ。カニ歩きで通過するしかない。馬車も当然屋敷に入れず、馬車置場は別途に用意しそこから歩かねばならない。下手をすると馬車の意味がない。
その上、建物基準法では接道、つまり敷地が道路に面している長さが2m以上ないと建築の許可は下りない。現在は30cm。土地を買っても家は建てられないという事である。
それはランス男爵家が「仕方ないね、通行はしてもいいよ」と言っても通行が許可されただけで他人の土地を自分の土地だと偽る事は出来ない。
自分の家に入る度に他人に断りをいれて通らないといけない土地など買う者はいない。
その土地をまぁ、買ってもいいかな?と検討出来るのは3家しかない。
インシュアの譲渡されたL型の1方は道路に面しているからだ。
隣の子爵家か、裏の伯爵家かインシュアからこの土地を売って貰ったランス男爵家。この3家しか土地を利用できるものがいないのだ。
その内、裏の伯爵家は敷地の奥いっぱいに横長の屋敷を建築していた事もあって、その土地を買っても利用法がない。建物を建てるには住んでいる屋敷の一部を壊して通路を作らなければ資材も運べないからだ。
隣の子爵家もライアル伯爵家側には大きな池を作っていて土地を買って建物を建てるもしくは何かをしようとすれば自慢の池を埋めなければならない。
即答で2家は断った。
残るはランス男爵家だが【今は要らない】と首を縦に振らない。
商人たちは平民となった元ライアル伯爵を探しついに見つけた。
元ライアル伯爵夫妻は、夫人の実家に隠れるように住んでいたのを見つけ借金の返済を迫った。
そこで口を出さねばいいのに親族の中には頭の中に思い描いたあの広い土地が安く買えるのではと欲を出すものがいる一族もある。それが元ライアル伯爵夫人の兄だった。
「こんなに安いんだ。買い取ってやるよ。もう一度真面目に商売していい思いをさせてくれ」
「お兄様、ありがとう」
「義兄上、申し訳ないっ」
「いやいや、あの高効能水の時は毎月小遣いって1億、2億とくれたじゃないか。もう60になるんだから最後にひと花咲かせて贅沢させてくれ。平民になったからと笑ったヤツを見返してやれ」
元ライアル伯爵夫妻と夫人の兄は意気揚々と王都にやってきた。
これでやっと売った品物の代金が回収できると債権者も集まってきた。その中には結局抵当も打てずに泣き寝入りかと枕を濡らした者もいた。
「本当にあの土地を買ってくれるのですか?で、では土地の説明を――」
「あぁ、そんなものは要らない。時間の無駄というやつだな。ワッハッハ。立地もいいし。勝手知ったる何とやらで後でゆっくり現地を堪能させてもらうが、先に契約を済ませよう」
「ありがとうございます。抵当を外すのはこちらでやっておきますので」
「すまないね。じゃぁ‥‥契約書はこれかな?」
「はい、一応ですね、広さとしては1180㎡、約360坪です。坪20万ベルとお安くさせて頂いております。端数は切って7100万ベルでよろしいでしょうか」
「坪20万ベル?安すぎないか?あの辺りは土地だけで坪80万ベルほどでは?」
「いえいえ。まぁそちらにいらっしゃるお2人にも、いつぞやは失礼をしましたし、わたくし共は代金の回収が出来ればそれで大満足ですから」
「そうか。名義は平民よりも田舎子爵だが私の方が良いだろう。これでいいかね?」
契約書にサインをした元夫人の兄は田舎子爵と言いながらも【俺、凄いでしょ】とよいしょして欲しいオーラを振りまいている。商人たちも逃げられて堪るか!と手付金で2千万。残りは来月から分割で12回払いという書面を作成すると即座に王宮へ使用人を走らせその契約を成立させた。
「仕事が早いね。謄本などは後日屋敷に届けてくれ」
「はい、お任せください。ではご案内いたしましょう」
「乗り心地の良い馬車にして頂戴。あと貴方、このお茶は何?渋くて飲めないわ」
そう言って元夫人は茶を商人の付き人に浴びせた。
元ライアル伯爵もかつての威厳を取り戻したかのように別の商人の付き人に靴を磨かせている。
そして一行は馬車に乗りやってきた。
「整地されたと聞いたが‥‥この木々や花はなんだ。これも潰してくれ」
元夫人の兄は商人に言った。しかし商人は当然のように言い放つ。
「そんな事出来ませんよ。あぁ、そこには入らないでください。他人の土地ですから問題になります。この細い道を20mほど抜けた先が先程契約成立した土地になります」
「はっ?いや、待て。どういう事だ」
「どういうも何も‥‥土地の形状について一番よく判っているのはそちらにおられる元ライアル伯爵夫妻でしょう?特に元ライアル伯爵はご自分で切り売りする部分を承諾されてるんですから。本当にこの土地が売れて良かったです。なんせ土地に行くにもふらつきでもしたら他人の敷地に入ります。あぁ、来週にはフェンスが出来るそうなのでふらついても大丈夫ですが、奥の土地には建物は建てられません。資材が運べないと言うのは勿論ですが、建築の許可が下りませんからね。でも大丈夫。土地は更地です」
案内された土地は、ただ広いだけの更地。
当然怒りだす元夫人の兄は土地として活用するためにランス男爵家を訪れた。
「土地を売ってくれ?」
「そうだ。入口分の20mほどだから‥‥6、7坪で良い。売ってくれ」
「無理ですよ。そんな無茶なことを言わないでくださいよ。ランスさんすみませんね」
「何故だ!たった6、7坪だろう?!」
「奥には人が住むための家屋を建てるんでしょう?」
「そうだが。そうしなければ意味がないだろう」
「だったら尚の事無理です。7坪でも約23㎡。一括ならなんとかですがローンは組めませんよ。銀行は公にはしていませんが40㎡未満の土地には住宅ローンは組ませませんからね」
「さっきの土地があるじゃないか」
「結果的に買う人が同じでも契約は売り主ごと。先程のは契約成立しています」
「あのですね。取り込み中かと思いますが当家は売りませんよ」
「えぇっ!どうして?!」
「どうしても何も…勝手に売ってくれるみたいに話をしていますが所有者の私は何も返事してませんでしたよね。まぁどうしてもというなら1坪30億程度なら考えてもいいですけどね」
「さ、30億?!ボッタクリもいいところだろう!」
「ボッタクリって。あそこは当家の土地。国の区画整理なら兎も角‥‥花も植えたばかりですし何より思い出も出来たので、はいそうですかと手放す事は出来ません。30億も検討するだけです。下がる事はないですが上がる事はあるかも知れません。建物基準法に接触しない建物なら建てられるのでは?10㎡以下なら基準法には接触しません。あ、ダメだ。廃屋は解体撤去したんですよね。改築、増築じゃなく新築なのでやはり建てられませんね」
悪い笑みを浮かべるマルクス。彼もインシュア並みに冷たい男なのだ。
単に大損をしただけの元夫人兄。元ライアル伯爵夫妻を置いて領地に帰ってしまったのは言うまでもない。
旗竿地、狭小地の購入には気を付けなければならないのだ。
一旦はベンジャーの所有となっても遡ってみればベンジャーは爵位を失っている状態のため権利は元ライアル伯爵に戻った。インシュアに譲渡した土地も戻る筈だったが、爵位がある状態で善意の第三者に売買されていればもう手は出せない。この場合、盗品ではないが盗品が善意の第三者に売買をされていれば、被害者であっても善意の第三者から買い戻す以外に方法がないのだ。売るか売らないかは他人の自由。強要は出来ないのだ。
旨味のある土地はランス男爵家が所有しているし、ただ広い土地の価値を左右するのもランス男爵家である。二束三文の土地になったのは元ライアル伯爵の自業自得だし、碌に調べもせずに昔の価値観で契約をした元夫人の兄の安物買いの銭失い。インシュアは強かな女でもあるのだ。
★~☆
リアルではない創作なので建物基準法としています。
この章は最終章となりますので第一章から第四章のインシュアの保険販売とは読んだ時の受け取り方(感じ方)が変わるかも知れません。
中間にあるライアル伯爵家日記に近いと思って頂いて構いません。
架空、創作の話です。現実世界と混同しないようご注意ください。
◇~◇~◇
「どうも、ありがとうございました。これはわずかですがお礼です」
「いえいえ。構いませんよ。困った時はお互い様です。当家もあの廃屋が強風などで破片が飛んで来るような事になればと危惧しておりました。なんせ持ち主はどこにいるかも判らないんですから。このお菓子だけ頂きましょう。お金は工事の職人さんと打ち上げでもしてください。経済を回すのも金があればこそです」
菓子折りだけをもらってにこやかに対応をするのはマルクスである。
旧ライアル伯爵家の本宅があった場所の本格的な解体工事が始まったのはベンジャーの公判がまだ始まったばかりの頃だった。廃屋とも呼べないほどになった建物の残骸の処理は早かった。
整地をするにも伯爵家の庭に植えられていた木々はごっそりと抜かれて誰かが持って行っているだけでなく、どこかの残土をその穴に放り込んでいるので見た目は廃屋の残骸を片付ける程度だった。
しかし、問題はその後だった。
後手に回った商人たちはこの地に抵当を打つしかなかったのだが、とにかくこの土地が売れないのだ。買い手が付かないのは勿論だが、この土地は現状では売れないのだ。
裁判で全てを失ったと思われたが、土地については商人が抵当権を打っていた事で唯一の財産として残っている。ただ、売るには抵当権を外さなくてはならず担保にしてもう金を借りる事も出来ない。
商人たちは血眼になって平民となった元ライアル伯爵を探し回った。
廃屋が綺麗に片付いた1週間後、あの離れはワイワイと賑やかである。
非番のリンデバーグもヨハンを連れてやってきてインシュアと使用人さん達と【花壇】を作っているのだ。種から植える物もあれば、苗を買ってきて植える物もある。
道路に面している部分はどうも殺風景でいけないと花を植えたのだ。
「ヨハン、上手に植えられたわね。花も喜んでるわね」
「うん。ミミズもいたね」
「うっ…ミミズは土をフカフカにしてくれる働き者だけど…苦手よ」
和やかな雰囲気で花がどんどん植えられていったのだった。
インシュアはこの地を譲渡させる際に言った。
【離れと本宅に至るまでに小さな水路があるから水路から離れのほうの土地を譲渡しろ】と言ったので元ライアル伯爵とベンジャーは面積的にはさほど広くもないしと譲渡したのだ。
そこには住み慣れたが故に忘れていることがあった。
新興住宅地にあるような住宅ではあまり見かけないが、数代続いてその地に住み続けていると住むために便利だから、逆に不便だから、時に危険だからと自分から見て祖父であったり、その前の者が【素人工事】をしている事があるのだ。
住んでいる者はそこに溝がある事を認識しているので、荷物などを持って足元が見えなくても溝に足を取られることはない。しかし初めて来た人や乳幼児、子供は違う。
【こんな所に溝が?!】っと躓いて転んでしまったり、子供は溝を危険と認識していないので走っているうちに怪我をしてしまう事がある。
かつての当主たちによって「安全第一」で素人工事が行われていたのだ。
元ライアル伯爵もベンジャーも全く気にもしていなかったからサインをしたのだ。
そう、インシュアの名義になった地は形状としてはエル、アルファベットのLの形をしていた。
水路は何代か前の当主が危ないからと思ったのだろう。木の板を置いたり、桝の蓋のようなもの(グレーチングと思ってください)を被せていたのだ。
インシュアは離れの建物がある方にはフェンスを付けて境界をはっきりさせたが、屋敷への出入り口となる部分は桝の蓋のようなもの(グレーチングと思ってください)があったため、手前でフェンスを止めたのだ。
伯爵家に入る外門は大きな門扉が付いていたが、片方の門柱はインシュアの所有する土地の中。桝の蓋のようなもの(グレーチングと思ってください)があったばかりにベンジャーや元ライアル伯爵だけでなく、押し寄せてきた債権者も気が付いていなかった。騎士団は事前に確認をしていたが、逮捕、捕縛という事で侵入をしない事は不可避と判断をしているが、後日国から使用料がランス男爵家に支払われている。
旧ライアル伯爵家は四方をほぼ完全に隣地に囲まれた土地だった。
まともな旗竿地ならまだ良かったが道路に面している長さが30cmとなると使えない。
成人男性でも45、46cmの肩幅がある。それが奥行20m近くあるのだ。カニ歩きで通過するしかない。馬車も当然屋敷に入れず、馬車置場は別途に用意しそこから歩かねばならない。下手をすると馬車の意味がない。
その上、建物基準法では接道、つまり敷地が道路に面している長さが2m以上ないと建築の許可は下りない。現在は30cm。土地を買っても家は建てられないという事である。
それはランス男爵家が「仕方ないね、通行はしてもいいよ」と言っても通行が許可されただけで他人の土地を自分の土地だと偽る事は出来ない。
自分の家に入る度に他人に断りをいれて通らないといけない土地など買う者はいない。
その土地をまぁ、買ってもいいかな?と検討出来るのは3家しかない。
インシュアの譲渡されたL型の1方は道路に面しているからだ。
隣の子爵家か、裏の伯爵家かインシュアからこの土地を売って貰ったランス男爵家。この3家しか土地を利用できるものがいないのだ。
その内、裏の伯爵家は敷地の奥いっぱいに横長の屋敷を建築していた事もあって、その土地を買っても利用法がない。建物を建てるには住んでいる屋敷の一部を壊して通路を作らなければ資材も運べないからだ。
隣の子爵家もライアル伯爵家側には大きな池を作っていて土地を買って建物を建てるもしくは何かをしようとすれば自慢の池を埋めなければならない。
即答で2家は断った。
残るはランス男爵家だが【今は要らない】と首を縦に振らない。
商人たちは平民となった元ライアル伯爵を探しついに見つけた。
元ライアル伯爵夫妻は、夫人の実家に隠れるように住んでいたのを見つけ借金の返済を迫った。
そこで口を出さねばいいのに親族の中には頭の中に思い描いたあの広い土地が安く買えるのではと欲を出すものがいる一族もある。それが元ライアル伯爵夫人の兄だった。
「こんなに安いんだ。買い取ってやるよ。もう一度真面目に商売していい思いをさせてくれ」
「お兄様、ありがとう」
「義兄上、申し訳ないっ」
「いやいや、あの高効能水の時は毎月小遣いって1億、2億とくれたじゃないか。もう60になるんだから最後にひと花咲かせて贅沢させてくれ。平民になったからと笑ったヤツを見返してやれ」
元ライアル伯爵夫妻と夫人の兄は意気揚々と王都にやってきた。
これでやっと売った品物の代金が回収できると債権者も集まってきた。その中には結局抵当も打てずに泣き寝入りかと枕を濡らした者もいた。
「本当にあの土地を買ってくれるのですか?で、では土地の説明を――」
「あぁ、そんなものは要らない。時間の無駄というやつだな。ワッハッハ。立地もいいし。勝手知ったる何とやらで後でゆっくり現地を堪能させてもらうが、先に契約を済ませよう」
「ありがとうございます。抵当を外すのはこちらでやっておきますので」
「すまないね。じゃぁ‥‥契約書はこれかな?」
「はい、一応ですね、広さとしては1180㎡、約360坪です。坪20万ベルとお安くさせて頂いております。端数は切って7100万ベルでよろしいでしょうか」
「坪20万ベル?安すぎないか?あの辺りは土地だけで坪80万ベルほどでは?」
「いえいえ。まぁそちらにいらっしゃるお2人にも、いつぞやは失礼をしましたし、わたくし共は代金の回収が出来ればそれで大満足ですから」
「そうか。名義は平民よりも田舎子爵だが私の方が良いだろう。これでいいかね?」
契約書にサインをした元夫人の兄は田舎子爵と言いながらも【俺、凄いでしょ】とよいしょして欲しいオーラを振りまいている。商人たちも逃げられて堪るか!と手付金で2千万。残りは来月から分割で12回払いという書面を作成すると即座に王宮へ使用人を走らせその契約を成立させた。
「仕事が早いね。謄本などは後日屋敷に届けてくれ」
「はい、お任せください。ではご案内いたしましょう」
「乗り心地の良い馬車にして頂戴。あと貴方、このお茶は何?渋くて飲めないわ」
そう言って元夫人は茶を商人の付き人に浴びせた。
元ライアル伯爵もかつての威厳を取り戻したかのように別の商人の付き人に靴を磨かせている。
そして一行は馬車に乗りやってきた。
「整地されたと聞いたが‥‥この木々や花はなんだ。これも潰してくれ」
元夫人の兄は商人に言った。しかし商人は当然のように言い放つ。
「そんな事出来ませんよ。あぁ、そこには入らないでください。他人の土地ですから問題になります。この細い道を20mほど抜けた先が先程契約成立した土地になります」
「はっ?いや、待て。どういう事だ」
「どういうも何も‥‥土地の形状について一番よく判っているのはそちらにおられる元ライアル伯爵夫妻でしょう?特に元ライアル伯爵はご自分で切り売りする部分を承諾されてるんですから。本当にこの土地が売れて良かったです。なんせ土地に行くにもふらつきでもしたら他人の敷地に入ります。あぁ、来週にはフェンスが出来るそうなのでふらついても大丈夫ですが、奥の土地には建物は建てられません。資材が運べないと言うのは勿論ですが、建築の許可が下りませんからね。でも大丈夫。土地は更地です」
案内された土地は、ただ広いだけの更地。
当然怒りだす元夫人の兄は土地として活用するためにランス男爵家を訪れた。
「土地を売ってくれ?」
「そうだ。入口分の20mほどだから‥‥6、7坪で良い。売ってくれ」
「無理ですよ。そんな無茶なことを言わないでくださいよ。ランスさんすみませんね」
「何故だ!たった6、7坪だろう?!」
「奥には人が住むための家屋を建てるんでしょう?」
「そうだが。そうしなければ意味がないだろう」
「だったら尚の事無理です。7坪でも約23㎡。一括ならなんとかですがローンは組めませんよ。銀行は公にはしていませんが40㎡未満の土地には住宅ローンは組ませませんからね」
「さっきの土地があるじゃないか」
「結果的に買う人が同じでも契約は売り主ごと。先程のは契約成立しています」
「あのですね。取り込み中かと思いますが当家は売りませんよ」
「えぇっ!どうして?!」
「どうしても何も…勝手に売ってくれるみたいに話をしていますが所有者の私は何も返事してませんでしたよね。まぁどうしてもというなら1坪30億程度なら考えてもいいですけどね」
「さ、30億?!ボッタクリもいいところだろう!」
「ボッタクリって。あそこは当家の土地。国の区画整理なら兎も角‥‥花も植えたばかりですし何より思い出も出来たので、はいそうですかと手放す事は出来ません。30億も検討するだけです。下がる事はないですが上がる事はあるかも知れません。建物基準法に接触しない建物なら建てられるのでは?10㎡以下なら基準法には接触しません。あ、ダメだ。廃屋は解体撤去したんですよね。改築、増築じゃなく新築なのでやはり建てられませんね」
悪い笑みを浮かべるマルクス。彼もインシュア並みに冷たい男なのだ。
単に大損をしただけの元夫人兄。元ライアル伯爵夫妻を置いて領地に帰ってしまったのは言うまでもない。
旗竿地、狭小地の購入には気を付けなければならないのだ。
一旦はベンジャーの所有となっても遡ってみればベンジャーは爵位を失っている状態のため権利は元ライアル伯爵に戻った。インシュアに譲渡した土地も戻る筈だったが、爵位がある状態で善意の第三者に売買されていればもう手は出せない。この場合、盗品ではないが盗品が善意の第三者に売買をされていれば、被害者であっても善意の第三者から買い戻す以外に方法がないのだ。売るか売らないかは他人の自由。強要は出来ないのだ。
旨味のある土地はランス男爵家が所有しているし、ただ広い土地の価値を左右するのもランス男爵家である。二束三文の土地になったのは元ライアル伯爵の自業自得だし、碌に調べもせずに昔の価値観で契約をした元夫人の兄の安物買いの銭失い。インシュアは強かな女でもあるのだ。
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リアルではない創作なので建物基準法としています。
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