死神と真人

野良

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伊藤実2

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 実の家は、事故現場からさほど離れていない住宅街にあった。青い屋根の一軒家だった。

「中に誰かいますか?」真人まなとが窓から中を覗いた。
「おれの母さんがいますね」実も顔を覗かせる。
 リビングだろうか。テレビやテーブル、ソファがある部屋に、女性が絨毯の上に座っていた。洗濯物をたたんでいる。
 ふと、女性が仏壇を見る。そこには、実の写真があった。
「……っ」女性の目から涙がこぼれた。そのまま彼女は、タオルに顔を埋めたまま動かなくなった。
「……母さん」実が呟く。
 その肩を、真人が抱いた。

 しばらくして、母親は別の部屋へ行った。
「今がチャンスですよ」真人が言い、窓から入る。
 俺たちは霊の状態なので、人間から姿を見られることはない。そして、物質を通り抜けられる。しかし、霊になって間もない彼らはその状態を忘れているようだった。
 家の中に入って年賀状を探す。タンスの上、引き出しの中。
「ありました!」実が声をあげる。
 俺と真人が近くに寄って覗き込む。住所は隣の市だった。
 
「隣の市かあ……どうやって行きます?」真人が言った。
 ハガキを手に入れた俺たちは、実の家を出て、道路で顔をつきあわせていた。
「車ないし……電車とか?」
「……空を飛んでいけばいいだろ」
「ああ!」
 ふたり納得したように手を叩いた。
 俺はため息をついた。

「うわぁ、すごいですね!」空を飛びながら、真人がはしゃぐ。「実くんは怖くないですか?」
「大丈夫です」
 実はさほどはしゃいでいない。久しぶりに会う幼なじみを思って緊張しているのだろうか。
 飛行して20分ほどで、隣の市に着いた。
「さて、この住所はどこなんでしょう」真人が言った。
「待てよ、調べるから」俺はスーツのポケットからスマホを取り出す。
「死神さん、スマホなんて持ってるんですか?僕のは?」
「これは死神しか持てないんだよ。霊界に行けば持てるかもしれないけど……行くか?」
 真人は勢いよく首を横に振る。
「この住所だと、割りと近いな。行くか」
「……もう、やめませんか?」唐突に実が言った。「自分で言い出したことだけど……さくらは俺のこと覚えてないかもしれないし、もう彼氏がいて幸せにしているかもしれないから……」
「そんな……もう少しで会えるのに……死神さんからも何か言ってくださいよ」
「……別にいいんじゃねえ?ここで諦めて霊界に行くってことだろ。手間が省けて助かる」俺はタバコをくわえ、火をつけた。「でもお前、自分の決めたことに責任も持てないのか?」
「…………」
「ちょっ……なんてこと言うんですか!」
「……いえ、死神さんの言う通りです。」実が下を向きながら言った。「おれが悪いんです。行きます」
 そうしてまた3人で歩き始めた。
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