一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

青花美来

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「……今日は、何か嫌なことでもあったんですか?」

「……え?」

「不躾な質問ですみません。でも僕と同じということは、貴女も何かあってここに来たのではないかと思いまして」

「……」


ビー玉みたいに綺麗な瞳に見つめられると、私のこのドロドロとした心の中まで見透かされているみたいで、ヒク、とこめかみが動く。


……あぁ。こういう内面から滲み出てくるもので、負けたのかなあ。


気が付いて、目の前の彼は関係ないのに。

そのビー玉みたいな目を見つめ返して、どうしてこうなってしまったんだろうと思っていたら段々と目に涙が滲む。

それに気が付いた彼が、慌ててポケットからハンカチを出して私の目元を拭いてくれた。


「申し訳ありません。初対面で失礼でしたよね。今のは忘れてください」


一気に眉を下げた彼に、口が開いた。


「……この間、フラれたんです」

「……え?」

「三年付き合った彼に、フラれてしまいました。二股かけられていたようで、そちらの女性を選んだらしいです」

「それは……おつらいですね」

「何が負けたんだろうって思ってたんですけど、きっと全部負けてたんだろうなって思ったら、自分がどんどん惨めに思えてきて。……ダメですね、もう何日も経つのに。こんな話、確かに初対面ですることではないかもしれません」

「いえ、僕が先に聞いてしまったんですから、どうかお気になさらず。つらいことをお話しさせてしまって、申し訳ありません」


宜しければどうぞ、と渡されたハンカチ。


「いえ、汚れてしまいますから」

「気にしないでください。……と言っても、初対面だから気にするのも当然ですよね」

「はい。もう会うこともないでしょうし」


今日会ったのも偶然だ。お互いが常連だったとしても、次に会うことがあるかなんてわからない。

一期一会というやつだ。

だから、と遠慮するものの、彼がその手を下げることはなかった。


「でしたら、今度お会いした時に返していただければいいですよ」

「え?いやだから……」


もう会うことはないって言っているのに。


「会えば良いだけじゃないですか」

「それは……そうかもしれませんけど」

「もう会えないかもしれないなんて、悲しいこと言わないでください」

「え?」

「僕は、また貴女に会いたいです」


ストレートな言葉に、目を見開いた。

酔った頭ではそれを理解するのに時間がかかる。

その間にも彼は言葉を続ける。


「僕は、この出会いをただの偶然にしたくはありません。最初で最後にしたくありません」


困ったような、でも真剣な顔でそう言われると気を遣っているのだとしてもなんだか照れてしまう。

落ち着け、落ち着け私。これは単なる社交辞令だ。

そうやって深呼吸をするものの。

彼の瞳は至って真剣で、冗談だとか社交辞令だとは到底思えなかった。


「……あ、え……っと。わ、かりました。……じゃあ、洗ってお返し……しますね?」


驚きつつもとりあえずそう答えて受け取ると、


「はい」


とても嬉しそうに笑った。

その笑顔に心臓が鷲掴みにされたようにドクン、と大きく一つ高鳴る。

可愛らしい笑顔。

子どもみたい。心の底から嬉しそうな笑顔に、胸が高鳴った。

受け取ったハンカチは、大人の男性を感じさせるシンプルかつ高級なブランド物のよう。

きっと相当良い企業にお勤めなのだろう。


「……あ、申し遅れました。僕、蒼井と申します」

「……あ、すみません。私今名刺持ってなくて……」

「いえ、大丈夫ですよ」

「すみません、頂戴します」


渡された名刺を受け取る。

そこに記載された名前を見て、驚いて叫びそうになった。


【AOI.corporation
代表取締役副社長:蒼井 彼方 kanata Aoi】


見慣れた社名と、普段見慣れない副社長の文字。

蒼井……彼方?

その名前は、どこか聞き覚えがあった。


「……AOI.corporation……副社長……」


思わず呟くと、彼は少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「えぇ、お恥ずかしいことにまだ就任したばかりで、その職に見合うだけの働きはまだできていないのですが」

「……そんな、ご謙遜を」


ぐるぐると、頭の中をたくさんの情報が駆け巡る。

まさか、この人がうちの会社の副社長だったなんて。

たしか、副社長は現会長のお孫さんで現社長の御曹司だと聞いたことがある。

元々は別の支社にいたものの、数ヶ月前に本社の副社長に就任。まだ副社長としての仕事には慣れていなく、日々忙しそうに働いていると聞く。

直接お会いするのは初めてだからか、当たり前だが私のことはどうやら気が付いていない様子だった。

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