エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました

青花美来

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1巻

1-3

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 惚れ惚れするほど綺麗な梨香子さんの幸せそうな表情が印象的だった。
 挙式のあとにウエディングレセプションが行われ、その会場に向かうとスタッフの方に席に案内された。
 隣には、懐かしい男性が座っていた。それは、随分と久しぶりに会う私の父親だった。
 私と傑くんは従兄妹いとこ同士。厳密に言えばお互いの父親が兄弟だ。しかし私の両親は私が幼い頃に離婚しており、私の親権は母親に渡ったためその後父親には全く会っていなかった。
 そういう場合は普通傑くんとも疎遠になることが多いのだろうが、傑くんの幼馴染だった梨香子さんとも仲良くしてもらっていたからだろう。私は未だに傑くんと連絡を取り合っていたのだ。

「唯香」
「……お久しぶりです」
「久しぶりだな。こんなに大きくなって。見違えたよ」
「……どうも」

 久しぶりに会った父親は、記憶上よりも大分老けている印象だった。当たり前だ。私と一緒に暮らしていた時から十年以上経ったのだから。
 父親は久しぶりに会った私といろいろと話したかったようだが、私は今更何を話したら良いか分からず。〝お父さん〟と呼ぶことすら躊躇してしまい、適当に返事をしながら出された食事に集中した。正直、どんな話をしたのかなんて全く覚えていない。
 パーティが終わり、何か言いたそうにしていた父親から逃げるように別れた私はそのまま二次会に顔を出した。まぁ、知り合いなんていないから傑くんと梨香子さんに挨拶だけしてすぐ部屋に戻ったのだけれど。
 その頃にはすでに外は暗くなり始めており、私はそのままホテルに宿泊するためフロントへ。傑くんと梨香子さんが用意してくれていた部屋にチェックインし、そこで一息つく。
 窓からはハドソン川の雄大な絶景を楽しむことができ、部屋も広くてとても豪華だった。

「すごい……! 綺麗!」

 それに興奮冷めやらぬ中、日が完全に落ちる前に絶景を写真に収め母親にメッセージで送信。そのまま母親とやり取りを続けながらゆっくりしていると、ふいに梨香子さんからのメッセージがスマートフォンに届いたのだ。

〝部屋に戻る途中にラウンジで美味しそうなワインを見つけちゃってね。一度着替えてからまたラウンジに来て今そのワインをいただいてるの。良かったら唯香ちゃんも一緒にどう?〟

 それを見て、せっかくだしと思い〝わかりました。今から行きます〟と返事をする。美味しいワイン、楽しみだなあ。
 部屋を出て、指定されたラウンジへ向かった。

「梨香子さん……?」

 しかしそこで予想外の事態が広がっていた。梨香子さんと傑くんは、メッセージで話していたワインの他にもたくさんのお酒を飲んでいたらしい。梨香子さんが大分酔ってしまっていたのだ。

「あ、唯香ちゃーん! こっち! 一緒に飲もう!」
「梨香子さん……」

 その頬は真っ赤で目がとろんとしており、言葉を失う。
 どれだけ飲んだのだろう。普段の梨香子さんからは考えられないほどに酔っており、テーブルの上を見るとそこには何本も空になった数種類のお酒のボトルが。そしてそんな梨香子さんはまだ飲もうとしているらしく、傑くんの持つワイングラスに新しい赤ワインを注いでいた。

「ほーら、唯香ちゃん、ここ! 早く座って!」

 口調はしっかりしているし聞き取れる。会話も出来ているからまだギリギリ大丈夫か……?
 そう考えて「梨香子さん、飲み過ぎですよ」と言いながら隣に腰掛けて梨香子さんが手に持つグラスを受け取った。

「あ! 唯香ちゃん! それ私の!」
「梨香子さん、飲み過ぎですって。すぐ二日酔いになるんだから、やめといたほうがいいですよ?」
「いいの! 結婚式の日くらいハメ外させてー!」
「もう……」

 梨香子さんは昔からお酒が強い分、大量に飲んでしまう。そして周りの人に絡みに行ったり飲ませようとしたりとなかなかタチが悪い。いわゆるからみ酒というやつだ。しかも翌日には二日酔いに悩まされ、前日の行動を全く覚えていないという特大のオマケ付き。そのため普段は傑くんも梨香子さんに人前でアルコールを飲まないように口酸っぱく言っていた。
 でも式のためにしばらく禁酒して、ダイエットを頑張っていたのも知っている。一生に一度のハレの日くらい好きなだけ飲みたい。その気持ちもわかるし、傑くんも今日だけ特別にということで許可したのだろう。そう思うとダメとは言えず、ほぼ意味がないとわかりつつも〝飲み過ぎないこと〟を約束の上でグラスを返した。
 その代わりに新しいグラスを手渡され、そこにたっぷりと注がれてしまったワイン。

「梨香子さん……? えっと……これは一体……」
「すごく美味しいワインだったから、唯香ちゃんにも飲んでほしくて。でもね? このワインおかしいのよ。美味しいからたくさん飲んでるのにすぐ無くなっちゃうの。ね、変でしょう?」

 梨香子さんは普段からふわふわしている人だけど、こんなにめちゃくちゃな言動はしない人だ。やはり相当酔っているよう。

「そりゃあ飲めば減りますよ……梨香子さんすごいペースで飲んでるでしょう。いいですか? ワインは飲めば無くなるんですよ!」

 私は当たり前のことを梨香子さんに言い聞かせるように伝えながら、内心焦りが出てきていた。

「やっぱり? まぁいいや。だからいっぱい入れとくね。早く飲まないと私が飲んじゃうからね!」

 ……それはまずい。
 これ以上飲ませたら、梨香子さんは明日まともに起き上がることすらキツくなるだろう。どんなにお酒が強くても、下手したら飲み過ぎて急性アルコール中毒にだってなりかねない。しばらく禁酒していたんだからアルコールの回りも早いはず。それは絶対あってはならないわけで。
 まだ半分以上ワインが入っているボトルを見て、手に持つたっぷりとワインが入ったグラスと何度も見比べる。
 ……でもこれ、梨香子さんの代わりに全部飲んだら私が酔いつぶれるんじゃない?
 梨香子さんの隣を見ると、すでに同じ理由で大量に飲んでしまったであろう傑くんは一人で意味も無く笑っている。しかも、梨香子さんと同じように誰かを呼んだのかスマートフォンを操作してはニヤニヤしていた。

「傑くん……」

 それに引いた視線を送りながらも、

「ほら唯香ちゃん! 早く!」
「あ、はい……」

 梨香子さんに勧められるがままにとりあえずグラスを口に運んだ。
 十分ほどしてやってきたのは、見目麗しい男性だった。切れ長の目が、呆れた様子で二人を見比べていたように思う。

「おい、傑? 梨香子さん? ……マジかよ。二人とも馬鹿みてぇに酔ってんな」

 傑くんと同年代の男性、それが天音だったのだ。
 天音は目の前の酔っ払い二人を見て、深いため息を吐く。そしてふと視界に私が入ったらしく、

「……ん? お前誰?」

 と雑に声をかけてきた。

「……私? 傑くんのイトコ」
「へぇ。こいつに従兄妹いとこなんていたんだ?」

 物珍しそうな顔をして、私が飲んでいたワイングラスをひょいと持っていく。

「あ」
「んだよ」
「それ私の……」

 返して、と言うものの、すでに天音は私のワイングラスを口に傾けていた。

「ちょっと、勝手に飲まないでよ」
「……お前がどれくらい酒強いのかは知らねぇけど、飲み過ぎたらこいつらみてぇになるぞ」

 そんなことを言われても、実は天音が来た頃にはもうすでに梨香子さんにガンガンに飲まされてしまい、頭はふわふわしていた。

「だって、私が飲まないと梨香子さんがこれ全部飲むとか言うから。これ以上飲ませたら私が傑くんに怒られちゃう」
「いや、この調子じゃもう手遅れだろ」
「……」

 天音がワインを飲みながら指差した先には、いつのまにか寄り添うように寝てしまった二人の姿。

「ハメ外しすぎだろ。ガキかよ」
「まぁ、仕方ないでしょ。酒癖の問題で梨香子さん、滅多にお酒飲ませてもらえないって前に嘆いてたから。最近は今日のために禁酒してたし」
「へぇ。……まぁ、これは確かに彼氏や夫からすれば飲ませたくはないわな」

 そう笑った天音は、あっという間にグラスのワインを飲み干してしまった。

「……二人、どうしよう……」
「あー……こいつらの部屋の場所知ってるか?」
「知らない……」

 そうだ、運ぶにしても部屋がわからないとどうすることもできない。時間も時間だし部屋に一度戻ったって言ってたからチェックインはしてるはず。だけど肝心のカードキーは見当たらないし、部屋番号がわかるものも何も持っていなさそうだった。

「仕方ねぇな……おい傑! 部屋どこだ! 早く言え!」

 どうするのかと思っていたら、あろうことか天音は傑くんを無理矢理起こして部屋番号を聞き出した。どうやらカードキーもフロントに預けているらしい。
 果たしてその部屋番号が合っているのかは不安しかなかったものの、フロントまで天音が行ってくれて、無事にカードキーを受け取ってきてくれた。

「よし、じゃあ行くか」

 頷いて、とりあえず二人を部屋まで運ぶため私は梨香子さんを。天音は傑くんを連れて行くことに。

「梨香子さん、立てます?」
「んー……無理ぃぃ」
「部屋に着くまでの間だけでいいですから、ちょっと頑張って!」
「唯香ちゃん、連れてってぇー」
「連れて行きますから。だから立って歩いてくださいよー!」

 ラウンジのスタッフに天音が流暢な英語で声を掛けてくれて、とりあえず腕を肩に回してどうにか起き上がらせる。エレベーターの存在にここまで感謝したことはないだろう。そのまま二人の部屋に運んでベッドに寝かせた。キングサイズのベッドで寄り添って眠る二人を見届けて、サイドテーブルに書き置きを残して部屋を出る。二人の部屋の前で、天音と一緒にようやく息を吐いた。

「──さて、あの残ったワイン、どうする?」
「……どうするって言われても……もう片付けられてるんじゃ?」
「いや、スタッフに一応残しておいてくれって頼んである」
「そうなんだ……それならまぁ、もったいないから飲もうかな」
「お前も酔い潰れて寝るとかやめろよ?」
「大丈夫。まだ酔ってないし」

 そんな強がりを言って、二人並んでラウンジへ戻ることに。どちらも自己紹介をしなかったため、当時はお互いの名前すら知らない。会話も特に無いまま、ひたすらお酒を飲んだ。

「お前、部屋どこ?」
「二〇七号室」
「マジかよ。俺の向かいじゃん」
「へぇ……」

 すっかり酔ってしまっていた私は、相槌すら適当になっていた。

「ここももう閉まるって言うし、……俺の部屋で飲み直さねぇ?」

 普段なら、名前も知らない初対面の男からそんな風に誘われたところで、絶対についていかない。
 なのに、この日に限っては。
 潰れてはいないものの、今までにないくらい酔っていた私は、頭が全く働いていなかった。

「ん、いーよ。そうする」

 頷いた私に、天音は一瞬驚いた顔をした。もしかしたら、冗談のつもりだったのかもしれない。まさか私が頷くなんて思っていなかったのだろう。

「……お前、意味わかって言ってる?」

 そんなお伺いにも、「うん。わかってるわかってる。早く行こー」なんて、知ったかぶりして適当に返事をした。


 天音の言っていた通り、そこは私の部屋の真向かいだった。どこぞの貴族のような高そうな家具ばかりが並ぶ部屋は、当たり前だが私の部屋よりも豪華だった。
 そこで二人、ソファに座ってワインを飲み直す。口当たりがまろやかで、フルーティーな味がとても美味しい。

「このワイン旨いよな。近くにワイナリーがあって、そこから直接卸してるらしいよ」
「へぇー……そうなんだあ。私、このワインすっごく好き。フルーティーで美味しい」
「確かに、飲みやすくて女が好きそうな味だな」
「うん」

 普段はこんなにワインばかり飲むことはないのだけど。美味しさに負けて飲みすぎてしまった。

「……貴方は、傑くんの友達?」
「あぁ。大学の頃からのな」
「ふーん。じゃあ貴方もドクターなんだ?」
「まぁな。お前は?」
「私はただの大学生。まぁ、内定ももらったし四月から就職するけど」

 酔っていると、初対面で年上相手なのにどうも敬語が外れてしまう。
 でもタメ口でも怒らないみたいだからいっか。なんて。グラスを傾けながら微笑んだ。
 そのうち会話が途切れ、静かな時間が流れた。多分、私はそこで少し寝落ちしまったんだと思う。
 気が付くとベッドの上に寝ていて、目の前には男性の顔のドアップが。

「ひっ……!?」
「……あ、やっと起きた」

 驚いて小さく悲鳴を上げた私を、その男性、もとい、天音は呆れたように見つめた。

「人のこと誘惑しといて、自分は寝るんだもんな。良い身分だよなマジで」
「なっ……なに……」

 何が起こっているのかがわからなくて、言葉に詰まる。

「なにって……だからお前が誘ってきたんだろ?」

 そう言った直後に、全身を走るような甘い刺激が走って「あぁっ……!?」と甲高い声が漏れた。
 思わず手で口元を押さえるものの、途切れることなく襲ってくる刺激に漏れる声は抑えられない。
 一体何が起きてるの!?
 なんとか視線を動かすと、私の胸に吸い付くように舐めている天音がいた。

「な!? なんで!? ……あ、あぁっ……」

 胸の頂を口に含み、舌で転がされてまた甘い吐息が漏れる。
 天音の右手はもう片方を弾くようにいじり、左手はお腹を通って足へ向かい、内腿を何度も摩っていた。その動きがいやらしくて、それすらも刺激に感じてしまって身をよじる。

「いきなりキスしてきたのはお前だからな?」
「なっ……うそっ」
「嘘じゃねーよ」

 まさか、そんなわけ。
 しかし、状況に追いついていけていない頭に反して、身体は甘い刺激に正直に跳ねる。
 次第にワンピースの裾をたくし上げられて、左手は内腿を伝って中心にどんどん向かう。右手の動きはそのままに、いつの間にか唇は天音のそれに塞がれていた。

「ん……あ、あぁ……」

 舌を吸われ、ジュルジュルという水音が頭に響く。激しいキスに息切れしながら目を閉じていると、左手が私の中心にたどり着き、容赦無く刺激した。再び私を襲う甘い刺激。思わず大きな声があがる。指で何度も撫でられて、こすられて身体が跳ねる。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 肩で息をしていると、ベルトを外す音が聞こえてちらりと視線を送る。すると私をギラついた目で見下ろしながら、ゆっくりと私の中に入ってきた。

「あ、あ……ああぁぁぁ……んんーっ……あぁっ!」

 奥まで入ってきただけで、私の身体は数回痙攣した。

「っ、イッた?」
「はぁっ……はぁっ……んぁ、まって、まだ動かないでっ……」

 手で制するけれど、その手を取られて唇を塞がれる。

「んんぅ……ふぁ、あっ……ん、あ……んんっ、あぁん!」

 キスと同時に腰が動き始めて、私はもう抗うことができない気持ち良さと快感に虚ろな目でまた全身を跳ねさせた。それでも天音は止まってくれなくて。

「まだ、へばんじゃねぇぞ」

 どんどん早くなる律動。肌がぶつかり合う乾いた音が、辺りに響く。
 荒々しく塞がれた唇の端からこぼれ落ちるように伝う唾液が、私の耳を濡らして。
 それを掬うように舌を這わせた天音に、思わず身体にギュッと力が入った。

「っ……マジかよ、まだ締め付けんの?」

 うっすらと目を開けると、汗ばんだ天音のキラキラした顔が目に入る。ぼやけた視界の中でもそれははっきりと映し出されていて。
 どうして私は今、こんなに綺麗な人と身体を重ねているのだろう。
 そう、今更また疑問に思ってしまう。

「……お前、今違うこと考えてるな?」
「え……」
「この状況で俺以外のこと考えてるとか、マジでムカつく」
「ち、ちがっ」
「そんな余裕無くしてやるよ」
「や……ま、って……」
「待たねぇ、よっ」

 言葉と共に深く入り込む天音の身体。

「ひゃぁあああ!?」

 甲高い声を上げながら身体を仰け反らせ、襲ってくる甘く激しい刺激に頭がクラクラする。
 先ほどまでとは比べ物にならないほどの激しさに、上手く息ができずに

「っ、は、ま、って……ちょっ、くるしっ……」

 そう天音の肩をか弱い力で叩いた。しかし天音は

「……ハッ……悪い、もう止まれそうもない」

 バツが悪そうにそう口角を上げてから、汗で少し濡れた前髪を邪魔だと言わんばかりに掻き上げる。その姿がいやに妖艶で、色気が溢れていて。

「やべぇなっ……ハマり、そうっ」
「ま、ってっ……あぁっ、んんっああぁっ!」

 ぐ、っと。また一つ胸が苦しくなる。
 言葉通り止まることを知らない天音は、その律動をより激しくしながらも私の頬を優しく撫でた。
 切な気で、儚いその表情に何故か涙が溢れる私。フッと笑いながらその涙を舌でぺろりと舐めた天音は、一気に表情を歪めて突き上げるように腰を動かした。

「いやっ……! ま! って! なにっ……!」
「っ……ハッ……」
「それいじょ……、ダメっ、になるっ」
「ハッ……っ、ダメにっ、なれよっ!」
「ひゃっ……ああぁっ!」

 びくんびくんと何度も痙攣する身体。頭にビリッと電流が走ったように目の前がチカチカして、一瞬で目の前が真っ白になる。それで終わると思っていたら、まだ天音は身体を離してくれなくて。
 身体を横向きにされ、片足を上げられてもっと奥深くまで突き上げてくる。イッたばかりなのに、さらに奥を激しく突いてくるから本当におかしくなってしまいそうで。

「あぁぁぁあぁっ!? まっ、やぁぁっ!?」

 悲鳴に近い叫び声を上げることしかできない。襲ってくる快感をどうにか逃したくて、全身に力を入れるけれどそんなの無意味とばかりに律動は激しさを増し、気が付けば胸は手に包み込まれ、上げられた片足の指には舌が這う。至る所が犯されて、私はそれに甘く鳴いて。
 そのまま、朝まで私たちの濃密な情事は繰り広げられるのだった。


 これがシラフだったら、あんな羞恥はとても耐えられなかっただろう。気を失った私が目を覚ました時には天音の姿は部屋に無く、居た堪れなくて逃げるように自分の部屋に戻った。
 いっそ、記憶が飛んでいれば良かったのに。彼のキスもあの肉体美も滴る汗も、私を求めた時のあの獣のような熱い視線も。全てをばっちり覚えてしまっている自分に朝から目眩がした。
 下半身全ての筋肉を酷使したのか、腰はバキバキだし、足なんて立っているだけでも痛い。
 本当はその日は帰国前に観光に行く予定だったものの、私はあまりの羞恥と〝もし彼に会ってしまったらどうしよう〟というパニックで部屋から出られず。身体も痛いため、ベッドの中に潜り込んで悶々もんもんとしていた。
 後から聞いた話によると、案の定傑くんも梨香子さんも二日酔いで全く動けなかったらしい。お礼の連絡が来ていたけれど、それに返す気力すらなかった。
 そしてその日の夕方。痛む身体を庇いつつ、キャリーケースを引きながら恐る恐る部屋を出た私は、ホテルをチェックアウトしてタクシーで空港へ向かう。運転手さんにチップを渡して降り、そのまま夜の便で私は帰国した。傑くんと梨香子さんに会わずに帰ったのは薄情だったと思うけれど、とても誰かと会う気持ちになんてなれなかった。
 そうやって都内に戻ってきた私だけれど、あの夜を思い出す度にうるさく胸が高鳴ってしまい、しばらく困り果てていた。
 天音の声や息遣いを思い出すだけで、身体が熱を持ち疼いてしまうくらいだ。
 まさに一夜の過ちというやつだろう。それまでお酒で失敗したことがなかったため、まさか私がそんなことをするなんて思ってもみなかった。

〝忘れよう〟

 そう思うものの、しばらく天音のことが頭から離れてくれなくて。考えれば考えるほど天音の体温が伝わってくるような感覚がした。当時恋人もいなかった私は、何も考えたくなくてひたすらにバイトを詰め込んで忙しい日々を送る。
 忘れるんだ。あんなこと、ただの間違いだ。だから、忘れるの。
 そう自分に言い聞かせて毎日をやり過ごした。そして卒業して就職して。目まぐるしく変わる日常に、そんなことを考えている余裕もなくなり。ようやくあの一夜のことはすっかり忘れてしまったのだった。


 お風呂から上がってスキンケアを終え、三年前と同じようにベッドの中に潜り込む。三年前の出来事を全て思い出し、私は頭の中がぐちゃぐちゃでよくわからない感情でいっぱいだった。
 溜め息は止まることを知らず、何度息を吐いても気が付けばまた考え事に耽り、息をついている。
 溜め息を吐くと幸せが逃げる、なんて言うけれど。それが本当ならば、私は今日だけで大量の幸せを逃してしまった気がする。
 そんな馬鹿馬鹿しいことを考えているうちに、スマホが一度ブルっと震えた。それは通知で。

〝今日は時間をくれてありがとう〟

 天音から送られてきたメッセージだった。まさかそんな律儀な人だとは思っていなかったため、そのギャップに驚いてスマートフォンの画面を何度も見てしまう。

〝しばらくオペが続くから会えないけど、時間ができたら連絡する〟
〝だからまた美味い飯でも食いに行こう〟
〝逃げんなよ?〟

 その文脈から、天音がニヤニヤしながら送ってきたであろうことが容易に想像できた。

「……私、もしやヤバい男と関係を持ってしまったのでは……?」

 ポロッと口から零れ落ちた言葉は、誰にも拾われることはなく。私の手の隙間を抜けてスルッと地に落ちていった。


 数日後。私は朝出社してから黙々と仕事に励んでいた。あれ以来、特に天音からの連絡は無い。
 梨香子さん曰く、傑くんも常に忙しく動いているらしいから天音も忙しいのだろうと予想がつく。

「唯香、お昼行こう」
「うん。あ、駅前にできたカフェに行かない? あそこのランチが美味しいって先輩が言ってた」
「いいね、行ってみよ!」

 昼休み、営業事務をしている同期入社の堀井侑芽ほりいゆめと共にランチに向かう。侑芽とは入社前の最終面接の日に出会った。ガチガチに緊張していた私が侑芽の前でハンカチを落としてしまったことがきっかけ。そこで少し会話して、侑芽のおかげで緊張もほぐれて内定をもらうことができた。

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