剣豪エルフは弟子がほしい!

水母すい

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第五章 長い夜の祈り

33.それぞれの戦場で

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 夜の地下深くで、火花が散っていた。
「クソっ、こいつ……!」
 魔晶石まであと一歩のところでハイライトに足止めされた魔族の少年は、彼女に苦戦を強いられていたのだ。というのも、地下と狭い通路という大剣を振るうには不利な条件下での戦闘を彼は想定していたからだ。
 だが現実は違う。
(この斬撃……魔法で防御できないだと?)
 エルフの少女が両手から放つ紅と蒼の斬撃は、彼が生成した血の爪はおろか魔法で生み出した防御壁すら切断してくる。つまるところ、防御という手札は彼には与えられていないのだ。回避行動を余儀なくされた彼は、予想とは裏腹に狭い空間で追い詰められていく。
「こんな……こんなものが魔法であっていい筈がない!!」
 牽制目的で飛ばされた斬撃の間を縫って進み、彼は直線の通路で彼女と距離を詰めていく。彼女の手の動きだけ見ていれば軌道は読める。最後の蒼い斬撃の下をくぐり抜けて、その場で直立していた彼女に肉薄する。
「っ、くたばれ!!」
 自らの血でリーチを拡張した爪で、彼はハイライトの喉元を狙う。が、それより速く形成された防御魔法が阻む。力を込めてそれを貫くよりも、彼の爪が折れる方が先だった。
(こいつの魔法……質が本人の魔力と比例していない?)
 魔族の少年は爪を失った手を引いて後退する。
 ハイライトは身を引く彼を見て追うことはせず、その場で斬撃を放ち続ける。彼の目的は魔晶石の破壊。彼がそう命じられている以上、ここで後に退くことはしないだろう。だから彼女はここで防衛戦に専念できる。
「そんなに逃げないでよ。キミも走り回ってると疲れるでしょ?」
「黙れ……図に乗るな!!」
 後退した少年は血で生成した爪を振りかざす。だが先程とは打って代わり、鋭利な爪の先端は弾丸のごとくハイライトを目掛けて射出された。
「へぇ……芸が細かいね、三下くん」
 瞬間的に召喚した大剣でそれらを弾き飛ばした彼女は、好戦的な笑みを浮かべる。少年の見せた奥の手にも彼女の余裕の表情は崩れない。遠距離攻撃に切り替えた少年の様子を窺いつつ、ハイライトは手にした大剣を大きく振り下ろす。
「せーのっ」
 石畳の床を盛大に破壊して、生み出された斬撃は弧を描きながら進む。少年は自らの身の丈ほどの大きさの斬撃を咄嗟に身を捻ってかわす。
 そこにハイライトは追撃が加わる。
 両手同時に放たれた斬撃。少年はそれらを迎え撃つ構えをする。が、彼女の狙いはそこではない。
「――結合チェイン
 少年の目前まで迫った二つの斬撃とハイライトの掌から伸びた光が繋がり、それは――光の鎖のように彼を拘束する。
「何っ!?」
「つっかまえた~」
 上半身を鎖のような光で拘束された少年は、身動きも取れずその場で立ち尽くした。彼の唯一の武器である爪が使えなくなった今、彼女に太刀打ちできる手段は残されていない。
 そしてこの鎖の持つ力によっては彼は完全に『詰み』なのだ。
「どうする? 無様に命乞いするなら今だよ?」
「フッ、その必要はない」
 彼が圧倒的不利に見えたこの瞬間。
 すでに彼の勝利への算段は整っていた。
「――お前の負けだ!!」
 ハイライトのまで少年は一瞬にして迫っていた。今度こそ勝利を確信したという表情で少年は鋭利な爪を血で作り出し、判断の遅れた彼女の懐に飛び込む。
 爪がハイライトの身体を貫通して終了――
 ……かのように見えた。
 だがやはり最後まで彼女の余裕は崩れなかった。
「がはっ……、」
 ハイライトの突き出した大剣で、少年は壁にはりつけにされていたのだ。剣の刃に貫かれた彼の腹から、血がドクドクと淀みなく流れ出ている。
「な、何故……」
「幻影の魔術で身代わりを作ってみたまでは、まあよかったかな。でもそれなら、不意打ちくらい背後からやるべきじゃない?」
 彼を壁に磔にしたまま、彼女は依然剣の柄を握っている。予想を裏切られて困惑する少年を見据えて。
「キミのその魔術を知ってなかったら、危なかったかもね。いい隠し玉だったよ」
「っ、ふざけるな!! 俺はまだ……」
 その瞬間、少年の頸をハイライトの手が包み込む。
 そしていとも簡単に、そして静かに、一筋の閃光が彼の頸を落としたのだった。頸が胴体から分離した身体は、力を失ったようにまるで消し炭のように灰となって崩れていく。
「任務完了っと」
 壁に突き刺さったままの大剣をハイライトは引き抜く。
 灰となって崩れかかっている彼の残りかすを視界の端で見つめながら、彼女は一つ溜息をついた。


  §


 城壁の方から音がした。何かが崩れ落ちるような音と、それから戦闘音。明らかにこんな深夜にするような音ではなかった。
「始まった、のか……?」
 念の為俺は外に出て城壁の方を確認しに行った。昼間とは打って変わって、夜を迎えたメインストリートの人通りはまばらだった。俺の他に道にいた人達も、俺と同じく聴こえてきた異音に目を覚ましてやって来たらしい。
 家から様子を見に来る人々がちらほら見えてくる中、戦闘音に耳を澄ませていた俺のもとにフェルトがやってきた。勉強のあと一眠りしたらしく、若干眠そうに目を擦っている。
「お兄さん、この音ってまさか……」
「ああ、来たんだよ。魔族が」
 街からすればこれは一大事だが、野次馬のごとく外で様子を窺っている人々は至って冷静だった。それもそうだ。城壁には魔力結界が張られているから魔族は街までは入ってこれない、人々はそう思っているのだろう。
 そしてそれを信じている街の人々を危険から護るため、領主であるノアさんは自ら足止め役を買って出ているのだ。
「大丈夫なんですよね……?」
 不安げな表情を浮かべるフェルト。小刻みに震えた右手は握られ、速まる心臓を抑えるように胸の前に当てられている。
「大丈夫だよ、きっと。ノアさんなら問題ない」
 ハイル先輩の予知が当たった状況の今、ノアさんが無策で敵と立ち向かう筈はない。結界を守ることと魔族を退けること、双方の準備をしている筈だ。
 いざとなったら、というのも今は訪れないだろう。


  §


 一方、城壁の外では一進一退の攻防が繰り広げられていた。メイレスタ領主のノアと、十三魁厄の第十一位スペクターの一騎討ちは熾烈を極めており、戦局は依然拮抗したままだ。
(この相手、思ったより厄介ですね……)
 血筋による優秀な魔力量と魔力操作で、ノアはスペクターに攻撃を仕掛けている。だが彼の優秀さがこの敵には仇となるのだ。
「流石はレゾナンス家……まだ飽きずに氷結の魔法を継承しているとは、滑稽だな」
「ええ、滑稽ですね。父からはそれ以外の魔法は教わりませんでしたから」
 ノアは自身の得物である長槍で敵に斬りかかる。先端の刃は彼の魔法による氷で覆われており、唯一無二の鋭さを誇っているようだ。
「――〈氷華ひょうか〉」
 彼の詠唱により空中で水分が凝結し、形作られた鋭利な刃が扇状に並ぶ。それらは氷点下の空気を纏いながら、彼の操作によって敵へと直進していく。
それと同時にノアの長槍による一撃。近接武器による斬撃と、遠距離による刺突。彼の戦法には一見死角がないように見えた。
 しかし、敵は魔族の中でも屈指の実力を誇る十三魁厄の一人。彼の魔法が優れていようと撃破は一筋縄ではいかない。
「今の魔法……三世代前の領主も使っていたな」
 ノアの繰り出す氷の刃をその身に食らうたび、スペクターはそれを学習して複製する。やられたらやり返す、まさしく【意趣返し】の要領で、スペクターはノアの魔法を相殺する。
 どこからともなく創り出した長槍でノアの一撃を受け止めながら、スペクターは平然と言った。
「三世代前の領主はたしか、私が殺したがな。貴様より魔法の扱いは数段劣っていた」
「そうですか」
 数瞬の鍔迫り合いのあと、ノアは飛び退いた。手にした長槍を前方に振り払うと、氷の矢は呼応して一斉に直進する。
「それでは私は、敵討ちといきましょうか」
 一方のスペクターはその動きをトレースし、全く同じ動作で氷の矢を射出する。空中で凝結した氷の矢はぶつかり合い、互いに砕け散った。
「ならばこちらは、返り討ちだ」
 再び二つの槍が衝突する。
 ノアが横に切り払う。スペクターはそれを避けるように上体を反らし、その勢いで回した脚で槍を蹴り飛ばす。得物を失ったノアは窮地に立たされたように見えたが、その場で生成した氷の刃を素手で掴んで敵の懐を狙った。
「ほう、そうくるか」
 躱しきれない刃を掌を穿かれながらも、スペクターは受け止めた。氷の刃の表面温度は氷点下を優に超している。穿かれたスペクターの手が、掌から凍結を始める。当然、それを素手で掴むノアの手も。
「――!」
 凍結された手をスペクターは長槍で切り離し、片腕で飛び退く。時間をかけてゆっくりと、その手首が修復されていく。
「なりふり構っていられませんから」
 空中で回転しながら落下してきた槍をノアはタイミングよく掴み、それと同時に宙空にさらに多くの氷の矢を出現させる。スペクターが宙空のそれを視認するよりも速く、矢は一斉に彼の身体目掛けて降下した。
 そのうちの数本が彼の身体に突き刺さり、肉体を抉った。ここで初めてスペクターの表情が歪む。
「見事なものだ。まさか、ここまでの冷気を操る逸材がレゾナンス家から生まれるとは」
 刃を掴んで凍りかけた左手を解きほぐしながら、ノアは冷気を纏った長槍を手のひらで回転させた。
「見くびってもらっては困りますね。氷を扱う魔法の性質上私たちは短命になりますが、その期間で魔族を倒すことに全力を捧げているのですよ。当然、私もですが」
「そうか。ならばその全力とやらを討ち果たしたあとで、貴様の街を蹂躙するとしよう」
「ええどうぞ。やれるものなら」
 ノアの目付きが険しくなり、冷気とともに長槍の刃が揺れる。距離を置いて睨み合っていた両者は、ノアの先攻によって再度刃を交えた。その背後で互いに創り出した氷の矢がぶつかり合う。
 その瞬間、刃を交えていたスペクターの槍が形を変え、巨大な鎌となる。三日月型の刃はノアの首をすんでのところで掠め、大きく振り下ろされた。魔族であるスペクターの武器は彼の魔力から生成されている。その形状すらも彼の思うがままだ。スペクターはその勢いのまま無表情で鎌による二撃目を繰り出す。
「――〈氷壁ひょうへき〉」
 ガキン、と高音を立てて氷の壁に鎌は打ち当たった。ノアの前に現れた分厚い氷の壁は、一見半透明で軟弱そうに見えるもののスペクターの攻撃を一切通さない。
(この魔力密度……一気にこの量の魔力を?)
 破砕を諦めてスペクターは彼の魔法を模した氷の矢を生成し、上空からノアの死角を狙った。壁で防御する面を増やせば、彼の魔力消費は速まる。
「解除」
 『上』を防御するかと思いきや、ノアは防御壁を解除してスペクターに長槍で特攻した。打ち上げられた氷の矢が地面に刺さる。
「チッ……」
 不測の事態にスペクターは先程の氷の壁をトレースして防御を図る。迫り来る槍が氷の壁に衝突する。
 ――だが、偽物はときに本物に劣る。
 氷の壁がひび割れ、削れていく。完全に壁を突き破ったノアの長槍がスペクターの腹部を捉えた。勢いのまま彼の腹を突き刺した槍。刃先から伝う冷気が彼の動きを封じる。
「――〈鏡花水月きょうかすいげつ〉」
 槍の刺さったスペクターの身体を、一瞬にして無数の氷柱が覆う。冷気という冷気を収束して爆発した氷は、スペクター一人の肉体を完全に閉じ込めて無力化した。
 まるで巨大な華のように生きたまま彼を封じ込めた氷の檻は、その場で莫大な冷気を放って佇んでいた。これが、ノアの持てる魔力を最大限つぎ込んだ決戦兵器なのだ。
(身動きがとれない……詰んだか)
 氷の結晶の中、身動きのとれないスペクターは無言無表情のままだ。
「魔力ももう残りわずか……では、貴方には最期にこれを捧げます」
 ノアの持つ得物――長槍の刃が魔法によって拡張し、巨大な三日月状の刃となる。それは皮肉にも、スペクターの創り出した鎌を『トレース』したかのように。
 大型化した白刃は、月の光を反射して鈍く光った。
「お休みなさい」
 ノアの呟きと同時に、振りかざされた鎌は氷の結晶ごとスペクターを横薙ぎにした。ただ、それは氷が氷を裂いただけのように、静かな現象の一つとして夜に余韻を残した。灰となって消えゆく彼の肉体とともに。
「もう、夜が明けますね……」
 静かな一夜の闘いが終わり、辺りにまた静寂が訪れる。
 空に登る月は輝きを増し、その静寂すらも照らしていた。

 
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