剣豪エルフは弟子がほしい!

水母すい

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第五章 長い夜の祈り

34.そして、また

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んだ……?」
 俺たちが見据える方向――先程まで魔法同士の戦闘音が響いていた辺りから、ある時を境に音が聴こえなくなった。城壁に反響した地響きのような音もせず、街は再び普段の平穏を取り戻したように見えた。
『何だったんだろうな、さっきの音』
『さあな。近所迷惑な馬鹿どもが喧嘩してただけだろ』
 路上にたむろっていた野次馬たちは口々に軽口を叩いて去っていく。人々の興味はすっかり失せて、ここもまた普段の夜の風景に戻ろうとしている。俺はしばらく音のしていた城壁を眺めていた。
「お兄さん、あの……終わったんでしょうか?」
 同じように遠方を眺めていたフェルトが訊ねてきた。フェルトの幼げな顔と柔らかそうな髪を、夜風が撫でて吹き抜けていく。魔石灯の照らす道の真ん中で、俺とフェルトだけが立ち止まったままだった。
「そうだな。ノアさんならきっと」
「そっか、じゃあ勝てたんですね……」
 ささやかな一件落着の雰囲気に浸りつつ、背後にそびえ立つ時計塔に目をやった。時計の針は午前三時を指している。そろそろ夜も明ける。
 冷たい夜風に当てられながら、人の流れに従うように俺はその場で踵を返した。淡い光に照らされた石畳の道を戻ろうと、一歩を踏み出そうとしたその時。
 ――視界の端で、何かがぜた。
 はじめ、それはただの眩い光にも見えた。だが数瞬遅れてやってきた爆発音と爆風が、その甘い認識を否定したのだった。
 改めて気づいたときには、遠くに見えていた一軒家が黄色っぽい炎を上げて勢いよく燃えていた。
『おい! なんだ今の音!』
『見ろ、家が燃えてる!!』
 俺たちと同じく足を止めて振り返った人々が指差す方向で、一軒の家は激しく燃え上がっている。これはまずい、と言わんばかりにわらわらと集まってきた人々。夜道に喧騒が巻き起こる。
(火事じゃない……攻撃か?)
 たちまち人で溢れかえった道で、俺はある可能性について思案する。こんな夜中、しかも特定の一軒家を狙って爆薬を仕掛ける人物なんて思い当たらない。じゃあ今の爆発は……
 茫然とその場で直立していると、また同じやり口で今度は石畳が爆発した。一発、二発とそれが連鎖して近づいてくる。小規模な爆発はやがて民家を巻き込みながら、群がっていた俺たちの方へと近づいてきた。
 その場にいた人々は戦慄し、逃げ惑う。
 あまりに多くの人々が一目散に逃げ出したので、人混みの中で小さな子供や老人が転んで倒れた。人混みの最後列にいた俺は、向かってくる人混みに流されるようにフェルトの手を引いて走り出した。
「フェルト、逃げよう!」
「は、はい!」
 正面を向いて走り続けた。握り返してきたフェルトの手をしっかりと掴んで、開けた場所まで全速力で。その間も背後で爆発は続いている。
 悲鳴。怒声。泣き声。
 一気に混乱に陥った夜の街で、ただひたすらに迫り来る危険から逃げ続けた。
 後ろを振り返る。俺に手を引かれて走るフェルトのすぐ後ろで、爆発に巻き込まれた人が吹き飛ばされていた。
(やばい……ひとまず開けた場所に……!!)
 背後の光景に急かされ、再び前を向いて走り始めたそのとき。次の一歩を踏み出そうとした先の地面が火種となり、弾けた。
(――――――!!)
 目の前が一瞬眩く光り、次の瞬間には俺は道の端で横たわっていた。横向きになった視界。誰かの呼び声。回らない思考。
 だがすぐに危険で意識が跳ね起き、地面に打ち付けられて痛む身体を無理やり動かした。辺りは未だ火花が飛び散っている。呑気に眠っていられる状況じゃない。
「お兄さん! 大丈夫ですか!?」
「平気。それより、早く逃げないと……」
 ズキンと重い石をぶつけられたような痛みが頭を揺さぶる。でもそれも我慢して、脚に力を入れ直して立ち上がる。
『おいどーすんだよ! 挟み撃ちにされてる!!』
『立ち止まるな! 死にたいのか!』
『馬鹿、こっちももう来てんだよ!』
 一本道で前後を爆発に塞がれ、人々の混乱と恐怖心は頂点に達する。度重なる爆発で気が狂ったのか、言い争って掴み合いに発展した男達の姿が目に映る。
 今現在は爆発のピークは過ぎ去ったようだが、敵の思惑と戦術が分からない以上、これより先に進むのも愚策かもしれない。そもそも、この爆発が何者によって仕掛けられたものなのかも分かっていない今となっては。
「逃げようにも、これじゃ……」
 脳を揺さぶられるような痛みが続く。無意識に頭を押さえていた俺の右腕は、地面に強く打ち付けられて血まみれだった。
 何か策はないかと辺りを見渡す。次の爆発が起こる前に行動を起こさないと、最悪フェルトまで死ぬ。そうする訳には絶対にいかない。焦る思考回路がぐちゃぐちゃに入り乱れる。
(抜け道……!)
 三メートルほど前の民家の角を曲がった所に、狭い抜け道の入り口が見えた気がした。見えているのはその隙間とも呼べる入り口のみ。その先は行き止まりかもしれない。だが今は躊躇っている暇はない。
「フェルト、走れそうか?」
「えと……だ、大丈夫です」
 心もとない声だったので彼女の方を振り返った。 
 へたりと座り込んでいるフェルトの左足のくるぶしからふくらはぎにかけて、痛々しい火傷痕ができている。彼女のもとの白くほっそりとした脚と比べても、それはとても大丈夫などと言える状態ではないように思えた。
 一瞬戸惑いが生じたが、躊躇いの時間も惜しい。
「ごめん、ちょっと失礼」
「ほぇ? え、ちょっとって……えっ!?」
 その場で座り込んでいたフェルトの膝裏に手を通し、もう片方の腕で背中辺りを抱きかかえた。半ばお姫様抱っことも呼ばれかねないその状態で、さっきの抜け道の入り口に視線を移す。大丈夫、フェルトの体重が軽いのもあってこれなら充分走れる。
 タイミングを見計らおうとした矢先、背後からまた爆発音。刻刻と近づいてくる。それを皮切りにこちらに向かってきた人々から逃げるようにして、俺は全力で駆け出した。
(くそ……間に合え!)
 人混みの先頭に立った。そして目的地の一軒家まで爆風の中走り切り、急カーブ。人の波をよけながらその角を曲がった。
 見立て通り、その先は路地だった。
 なんとかそこまでたどり着いて、ひとまず安心……
「えっと……お兄さん?」
「ん、どうした?」
「降ろしてくれても、大丈夫ですよ……」
 割と近い距離でフェルトの声がして、ふと我に返った。抱きかかえられて赤面しているフェルトを見て、急に羞恥心が湧き上がってきた。
「ご、ごめん悪かった! 足怪我してたから咄嗟に……」
「い、いえ……」
(流石に嫌だったよな……)
 照れ隠しなのか単なる屈辱感からなのか顔を背けてしまうフェルトを見て、申し訳がなくなる。後ろに見えるはずのしっぽの動きも見えないから、感情が読めない。
「別に、嫌だったわけじゃ……」
 小さく呟かれたその一言を聞き取ろうとしたが、次の爆発音でそれはかき消された。状況を今一度確認する。
 ここは家と家の間の路地。路上で頻発していた爆発はここまで被害は及ばない。だがそれは言い換えれば、人々を追い込むように爆発が起きている、或いは起こしているようにもとれる。
 だがいずれにしろ、ここで事態が収まるのを傍観している訳にもいかない。この状況を打開する策を考えるのが先決だ。
「あの、お兄さんあれは……」
「あれ?」
 考え込んでいた俺は服の裾を引っ張られて、フェルトの指さしていた方へと目を向ける。そこに見えた石畳に目を凝らしてみると、それは見えてきた。
「あれは……つる?」
 魔石灯の消えた夜道を這うように進んでいたのは、一本のつるだった。だがそれは自然に生えているものとは違い、まるで蛇のように地面を突き進んでいる。奇妙な光景だった。
 より目を凝らして見ていると、もう一つ奇妙な点が見つかった。
 つるの所々に、赤黒い果実のようなものがついている。
 

  §


 城壁都市メイレスタの中心部、街の心臓とも呼べるその位置にそびえ立つのは、とある時計塔。街の人々からは【アトリウム・クロック】とも呼ばれ親しまれているその時計塔だが。
 巨大な四本柱に囲われた塔の上層部、少なくとも地上十メートルの高さのスペースに彼女は――『害悪』は、いた。
「アハハッ、そうよ! せいぜい逃げ回りなさい!」
 愉悦に満ちた表情で地上を俯瞰するのは、艶のある黒髪を肩のあたりで切りそろえ、その内に鮮烈な赤の色素を持つ髪を織り交ぜた少女であった。その病的ともとれる嘲笑に折り合いをつけるかのように、その頭部には禍々しい漆黒の角が湛えられている。
 魔族の少女は、街を見渡せる【アトリウム・クロック】の頂上付近に腰掛けていた。それはまるで、自身の足下に広がる街で逃げ惑う人々を見下しているかのように。
 ――自身で破壊したジオラマを眺めるように。
(今のところ、反撃してくるやつはいなそうね……退屈だわ)
 それでも、今この状況は彼女にとっては刺激的で快楽的なのだ。
 彼女が自身で生み出した爆ぜる果実――【暴虐の実】。その爆発は一歩一歩確実に人々を追い詰め、その果てに虐殺している。巣を破壊された蟻のように、行く宛てもなく走り回った挙句無惨にも潰される。
 そして、それを孤高の存在として悠然と見つめる自分。これが、この格差が彼女にとっての愉悦。
 妖艶ながらもどこか病的な笑みを浮かべる彼女は、眼下の住宅街に目をやった。自身の傍に置いていた【種】から生えた実の生った蔓が、時計塔を伝って地面へ、その先の道へと伸びているのが見える。
(?……あの子、まさかもう蔓に気づいたの?)
 彼女の見据える住宅街の路地、木箱の散乱した狭い抜け道にいたのは、黒髪の少年と獣人族ハーフビーストの少女。運良く隠れられる物陰を見つけたようだが、その視線は地を這う蔓を観察しているようにも見えた。
(へぇ、よくこの状況で……面白いじゃない!)
 そうして彼女の視線はその一点、彼らを標的として捉えた。狩るべき獲物というよりかは、『興味の湧く対象』として。

「――フフッ、いいわ……思う存分遊んであげる!!」
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