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第1章 今日、あなたにさようならを言う

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 出来る限り、余分な現金は持たないように、と。
 クレイトンから出る時に、母から言われていた。


 明日からの週末をモニカと部屋で、だらだらと過ごすだけの予定だったわたしは、手持ちの70ルアで生きていけるはずだった。
 だけど、もう財布には20ルアしか残っていない。
 割り勘要員のモニカは居なくなったし、ひとりで全額払わなくてはいけない。
 これでは運賃ギリギリで、キャリッジの運転手へのチップは渡せない。


 ……そして銀行は週明けまで閉まっている。



 勿論パピーを助けたことは後悔なんてしていない。
 ただ、他にやりようはあったのに、身分を明かしてお金で解決しようとした。

 おじさんに泣き落としで許しを乞えば、どうにかなったかも?
 周囲の人達に助けを求める方が早かったかも?


 わたしはいつもこうだ。
 深く考えることをせずに行動して、発言して。
 後から後悔して、迷う。


「ごめんなさい、ごめんなさい、今はお金を返す宛がありません」

 情けないけれど、悔やんでいる気持ちが表情に出ていたのか、わたしのコートの裾を摘まんだパピーが謝ってくる。
 分かってる、返す宛が有るなら、盗んだりしない。
 小さい子供に気を遣わせて、わたしの方が謝りたい。


「……ずっと、ごめんなさいばっかりだね?
 こんな時は、ありがとうでいいんだよ」

「……ありがと」

 小さな声でパピーが御礼を言ってくれた。
 それで迷いを吹っ切ることが出来た。

 うん、これで良かったんだ。
 たった50ルアで、パピーは盗みをした不良児童というレッテルを警察から貼られずに済むのだから。
 わたしは良いこと、したよね?

 母はわたしを『よくやった、無駄に使った訳じゃないわね』と誉めてくれるだろう。


「君のおウチはどこ?
 送っていくから教えて?」

「……」

「じゃあ、警察に預けるしかないの。
 ごめんね、迷子だから連れていくからね」

「……連れていかないで」


 わたしはパピーを助けたいと思った。
 だけど、それはただ1回限りの同情で、これからもずっと面倒を見てあげられる訳じゃない。
 中途半端な真似をして無責任だと言われればそうなんだろう。
 
 警察に連れていけば、何処かの児童施設にパピーは預けられる。
 だけど、もう空腹の為に盗みを働かなくても済む。

 生き延びるために小さな犯罪を繰り返せば、段々それが当たり前になって、悪に手を染めることに躊躇が無くなる。
 やがて、犯罪のやり口は大胆に、内容は凶悪になっていって……

 そのせいで、いつかパピーは誰かの命を奪うようになるかもしれないし。
 反対に誰かによって命を落とすことになるかもしれない。


 施設に入ると、自由は奪われるだろうけれど。

 パピーの将来を考えたら、ここは心を鬼にしても、警察へ連れていかないといけない。

 
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