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第2章 いつか、あなたに会う日まで

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 2度目の16歳、10月第2週目が始まった。 
 先月、シドニー王子の『お前の名前を言え事件』(と呼ばれていたらしい)があった帝国語の教室で、王子とわたしは同じ席を使用していたが、ただそれだけで。
 一月経っても、身分差には何の変化もないので、わたしへの陰口も減っていた。


 休み時間や食堂で、遠くからシドニーを見掛けると。
 配達をしている彼とは、まったく別人のようにも見えて。
 偽者というよりは、物語でよくある別々に育てられていた双子じゃないか、と言うくらい、取り巻きを引き連れた院内の王子様は不遜な雰囲気を纏っている。
 

 まぁともかく、偽者にしろ、双子にしろ、今回のわたしには関係がない。
 そう思いたいのに、前回とは違った意味で、やはりシドニー・ハイパー(本名は何と言うのか) が、気になっていた。

 今週の土曜日に、正体が判明する。


 ◇◇◇


 待ち遠しかった退勤時間が近付く。
 それに気が付いた先輩がわたしに『受け取ってから帰ってね』と言う。
 今日はわたしが配送を受け取ってサインをする、ということだ。
 あれからもシドニーが配達しているのだろうか。


 自分の出自を調べられているとは知らないシドニーが、やはり厨房裏口に居た。
 今日はまだ厨房担当者は出てきていなかった。


「ご苦労様です」

 わたしが目も合わせずに挨拶すると、シドニーも無言で頭を下げた。
 彼から差し出された注文書とわたしが持っていたその控えを先ず見比べて同じものだと確認した。
 荷馬車からひとりでクレイトンからの木箱を3箱降ろすと、シドニーは袖口で流れる汗を拭った。
 先月よりはましになったが、10月上旬の天気の良い日はまだ暑かった。


 厨房内がお忙しいのか、担当者はなかなか顔を出してくれなくて。
 重い沈黙がわたしとシドニーの間に流れた。


「あの……」

 その沈黙を破ったのはシドニーの方だった。


「……バラさないでいてくれて、助かった。
 直ぐに噂になると思ってた」

「……噂話をするような友達が居ないからです」

「……友達居ないのか?」

「そうですよ。
 でも、すごく信頼出来る友人がひとり居てくれるから、毎日楽しいです」


 わたしには、貴方のように多くの取り巻きは居ませんけど、と言外に滲ませる。
 彼にはメリッサのような心許せるひとが居ないのは分かっていたけれど。
 ……やはりわたしは意地悪なので。


「……キャンベルも働いてる、って言うことは……」

 言い掛けて、シドニーが口をつぐむ。
 裏口が開いて、厨房の男性が顔を出したからだ。


「お待たせして、ごめんなー」

「いえ、中身の確認お願いします」


 シドニーが丁寧に頭を下げて、いつもの納品チェックが始まって。
 それが終わって、わたしは退勤した。

 シドニーとは、1度も目を合わさなかった。


 ◇◇◇


 祖父の邸で出された夕食のメインは、兎のローストだ。
 幼い頃のわたしの大好物だったが、長い間食べていなかった。


 鴨が大好きなモニカに『兎を食べるの?可哀想だわ!』と泣かれてから、我が家では兎を食べなくなっていた。
 鳥も兎も生命に変わりはないのに、母がそう決めたのだ。
『ひとりでも、食べられないひとがいるのだから、我慢しましょうね』だったな。

 今から思い返すと、笑ってしまう。
 ……あの日の母の言葉さえ、はっきり思い出せるなんて。


「ジェリ、どうした?」

「いえ……食べ物の恨みは恐ろしい、ですね」


 恨みを忘れていなかったわたしは、笑っていたみたい。
 自分で思っているより、わたしは気持ちが直ぐに顔に出る質らしい。
 最近は『泣きそうな顔をしている』と、子供のクララやオルにまで言われているし、気を付けないと……


 シドニーの話はメインだから、食後に話そう、と祖父が食事中に出してきた話題はドアガールの話だった。
 彼の話は給仕が居る前では話せない内容だからなのね。
 ドアガールの研修について、思い付いたことを話してくれ、と言われる。


「周辺の有名料理店の人気メニューも把握しないといけない、と聞いたのですが。
 ホテルから少し歩くと、今は有名ではないけれど3年後には人気が出る飲食店が何軒かあるんです。
 3丁目の角にダンスホールが出来て、遊びに行く前に腹拵えとして通う安くて美味しい料理を出すお店で」

「3丁目の角の倉庫を改装して計画されているのは聞いていたが、ダンスホールは著しく風俗を乱す、と頓挫する噂もあったがな」

「大勢の警備員を近隣にも配置して、入場チェックやドレスコードもあって、新しい社交場として富裕層で連夜大盛況ですよ」

「3年先取りするくらいでは大きく儲けはないと思っていたが、その」

「駄目ですよ、余分にお金儲けしようとされるのは。
 神のお怒りに触れます。
 それで話を戻しますね」


 ビジネスに繋げたい祖父をいなして、話を続ける。
 祖父の言う通り3年先取りするくらいでは、大した儲けは出ない。
 ビッグプロジェクトは5年から10年以上先まで決まっているからだ。
 わたしが出来るのは、ちょっとした情報の手助けだけ。


「研修中のドアガール達のランチを、それらのお店から6品配達はどうですか?
 有名店はガイドブックに既に掲載されていますし、到着した夜と出立する前夜に食べに行くのはいいですが……
 ドアガールが紹介するなら、これからのお店の方が価値があると思うんです」

「6品をひとりずつ食べさせて、お薦めを決めさせるのか?」

「いえ、1品を少しずつ、6人でシェアします。
 男性には無理かも知れませんが、若い女性は個別の食器さえ用意されていれば、取り分けることを拒否しないと思われます。
 1品だけを食べるより、全部の試食が出来るのは魅力的ですし。
 皆で同じ料理を食べるので、連帯感が生まれます」


 無意識に自分を卑下してしまうメリッサが、ランチタイムに年上のお姉様方と打ち解けられたらいいな、と思った。



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