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第2章 いつか、あなたに会う日まで

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 再会、ってことは、このオルは23歳のオル?
 え、13年時戻しをして来たの?
 それでヨエルを殺す、って?

 それ、それは魔法士の誓いを破ることになるんじゃ……




 突然のオルの乱入に、体勢を崩したヨエルが笑いだした。


「俺を殺す、って? お前には無理だろ! 
 クソみたいな誓いにガチガチに縛られたお前にはな!」

「いいんだよ、誓いなんて、どうにでもなる。
 お前は絶対に俺の手で殺すと決めた」


 叫ぶヨエルに対して、静かに応えるオル。
 その静けさが却って、彼の怒りを表しているようで。
 わたしに向けられたものじゃないのに、思わずゾッとした。


 わたしは、こんな怖いひとに。
 あーだこーだ文句を言った……


 オルの金色の瞳はわたしではなく、ヨエルを睨み付けたまま。


「ディナは、ここから出て行って。
 外にじぃじが居るから」

「モニカを連れて行かなきゃ……」


 本当はここに居たかった。
 オルがヨエルに負けるなんて思わないけれど、この場で見守りたかった。
 だけど、わたしが居たらオルの邪魔になるから、ここから離れるべきなのも分かっていた。


「あぁ、そうか……」

 そう言って、オルはヨエルに声をかけた。


「お前だってプライドがあるだろ、外れ。
 彼女達はここから出す。
 人質が居ないと俺に勝てないから、なんて泣き言は言わないよな?」

「……そうだな、残念だが、この女にお前の殺られるところを見せつけて壁に埋め込むのは諦める。
 だがな、お前を殺った後は、じいさんも含めて全員を嬲り殺してやる。
 おい、外に出ても、逃げられると思うなよ? ディナ。
 お前だけは必ず、這いつくばらせて泣かせてやる」
 

 その言葉はわたしを脅すより、オルに聞かせるように言ったように思えた。
 どうしてそこまでして、オルを怒らせたいのか分からない。
 そこに勝機があるの?
 とにかく、ヨエルの手には乗って欲しくない。


 オルが冷静に対決出来ます様に、と願わずにいられない。
 幸いオルはヨエルの挑発に乗ること無く、モニカの側に膝を着き、彼女の額に手を触れた。

 モニカがゆっくりと目を覚ました。


「あ、え……何?」


 ヨエルの馬車に誘い込まれた記憶がないのだろう。
 辺りを見回して焦っている。
 わたしは座り込んだままのモニカの腕を取った。


「ここを出るの、早く立って」

「え、ジェリー……」

「早く! 外へ出るから!」


 一応、オルの提案に乗った様なヨエルだが、信用出来ない。
 早くこの場を立ち去るべきだ。

 ただ、オルには声をかけて出たかった。


「何をしてもいいけど、あいつを壁や床に埋めないで。
 気持ち悪くて、もうここで踊れなくなるから」

「……いいよ、了解です。
 ここには何度も踊りに来たよ、俺達も」

「ディナ、いい加減にしろよ。
 お前は直ぐに殺して貰えると思うなよ?」


 久しぶりに会えた恋人同士の会話に口を挟むヨエルに、腹が立つ。
 こいつは1年前に戻って、9歳のオルの耳を引き千切ると言った狂人だ。
 絶対に許さない。


 だけど、わたしにはそんな力も無いから。
 ここは素直にオルに任せる。

 背中を向けたわたしに、オルが声をかけてくれる。


「好きだよ、すごく好きだ。
 これはお別れの言葉じゃないから」


 それは、ヨエルの馬鹿にしたような笑い声にかき消されたりしない。

 今回は、はっきり聞こえた。

 
 ◇◇◇



 後ろ髪を引かれる思いで、外に出る。
 大丈夫、オルは絶対に負けない。
 魔法学院の天才、次期女王陛下の魔法士。
 一線を退いて、私欲に走る黒魔法士とは出来が違う!


 よろよろとよろめきながら、外に出たわたしとモニカに見知らぬひとがかけよって手を貸してくれる。
 わたし達を囲んだ向こうに、じぃじとサイモンの顔が見えて、それが滲んで見えた。

 怖かった、本当は怖かった。
 あんな頭のおかしい男とずっと居て、わたしもおかしくなりそうだった。



「オルは何か言ってた?」

 何度か王族パレードで見たことがある専属魔法士の真っ白なローブを羽織った、年齢不詳の美女に腕を掴まれた。
 さっきまで一緒に居たオルが魔法士のローブを羽織っていたかどうかさえ、思い出せない。
 とにかく、彼の顔だけを見ていた。


「私はヴィオン。
 あいつは何て言ってた?」

「絶対に俺の手で殺す、と」

 わたしが答えると、本物の師匠が舌打ちをした。


「また問題になる……
 私はこれから中に入って、あの馬鹿が止めを刺す前に止めるから。
 貴女はお祖父様達と出来るだけ、遠くへ逃げなさい」


 それだけ言うと、師匠の姿がこの場からすっとかき消えた。


 不思議だった。
 勝手に、師匠は小柄なお爺さんのイメージがあった。
 あんなに綺麗な女性とは思わなかった。
 だけど不思議なことに、いつものわたしの呪いが発動しなかった。
 ただ。
 オルをお願いします、と思った。


 わたしも怒りに任せて、若干煽るようなことも言ってしまったが、オル本人の命が危なくないのなら、出来れば。
 オルの手を、あんな男の血で穢されたくない。
 問題にされて、後からオルが処罰を受けてしまうことも嫌だ。


 ただ、ただ。
 無事なオルに会いたい。

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