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天使が逃げ出した ~クリストファー~

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ベッドの上のグレイスの姿を見た途端、軽いパニックに襲われた。

夜着の上からガウンは羽織っているが、チラチラ見える天使の素肌がおそれ多くて。

思わず横を向いて口元を掌で覆う。
自分が何を叫ぶか判らない。
これでは、俺はデートの時から何も成長していない。


落ち着け、落ち着け……、落ち着けない!

7つも下の天使は落ち着いてるじゃないか。
つぶらな紫の瞳が、じっと俺を見ている。

そうだ、そうだ、白い結婚の話だ!

俺は君を大切にしたい。

絶対に傷つけない、無理はさせない。
愛してる、愛してる、愛してる……

うまく言わなくてもいいんだ。
誠意、いや、精一杯の愛を伝えて、だ。



「き、君とは白い結婚だ!」


……俺は今、何を叫んだ?
イーサンに言うなら最後に言えよ、と忠告されていたのに。


グレイスの反応がないので、余計に慌ててしまう。
ただ、無言で俺を見つめている。

自分でもよく判ってなかったが、もし君が応えてくれるなら、今夜!
後継は、君と!


違う、こんなことを言いたいんじゃないんだ!
侯爵家の後継の話なんて、するつもりなかったのに!
それが一番の目的みたいに受け取られてしまう!

何を口走ってるのか、混乱した俺は、俺は。
どうしたらいい?
初めて見かけた時から好きなんだ。

天使に助けて貰いたくて、彼女に手を伸ばそうとしたら。

いきなりグレイスが、泣きながら部屋を飛び出した!


「グレイス、待って!」


俺の声が届いていたのか判らない。

最初からトップギアのスピードの走りに呆気に取られた。
あっという間に俺の目の前から消えた。
彼女の運動神経の良さは、初等部の校庭で何度も目にしていた。
しかし間近で見ると、爆走としか言い様がないくらいだ。


取り敢えず、俺も彼女の後を追う。
彼女が客室まで迷わずに戻れたらいいが、間違ってホールの方へ行ってしまったら、まだ残っている酔客達にあの妖艶な姿を見られてしまう。

そんな事になったら、俺はあいつらをここから帰さない。


俺が客室前の廊下から見えたのは、翻ったガウンの裾だった。

良かった、ちゃんと部屋に戻れてる。

客室の扉の前にたどり着くと、彼女が内側から鍵を掛けた音がした。
当然、外からも開けられる鍵だが、俺は今夜はこのままにしておこうと思った。

そのまま扉を背にして座った。


……どうしてこんなことになったかな。
イーサンから見た俺は、グレイスに関するとポンコツらしい。
その通りだ。
何でこんな大事な場面で?

自分が情けなかった。
この日が来ることを何年待ちわびた?


父からは「気持ち悪い男」と言われ。
母からは「ちょっとアレだから」なんて残念がられて。
妹には痛いモノ扱いされた。
親友には最初「お前何言ってんの」とムカつかれて。
主には「秘密にしてていいんだよ」と気遣われた。


10年だ。
10年かかって、この夜にこぎつけたのに。


俺の身体の中には、水分がまだ残っていたみたいだ……


廊下の片側には、大きな飾り窓が続いていた。
そこから青い月の光が差し込んでいた。


今夜はここで眠ろうか。


……今の君から一番近くで。




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