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第三話『勝てよ、絶対』
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「今度、テレビに出るんですよ、俺」
出し抜けに洋介がそう口にすると、彼は、南瓜のスコップコロッケを弁当の容器によそる手を一旦止めて、此方に視線を移した。
「街角インタビューかなにか?」
「もう、ちゃんとした取材ですよ」
「ごめんごめん……ちゃんと受け答え出来たの?」
「はい、案外平気でした」
「へぇ」
「あれ、興味ゼロですか?」
「そんな風に見える?……案外浮かれてるけどな、いま」
「えー……本当ですか?」
分かり辛いなぁ、と洋介が眉を顰めると、彼はそれをくすりと口許だけで笑ってから、再び弁当を作り始めた。洋介は、暫くぼんやりそれを眺めながら『嘘だよ』だとか『冗談だよ』とかいう、否定混じりの言葉が返ってくるのを待った。だが、いつまで待っても此方を揶揄する様ないつもの可愛がりが返ってこないので。紛れも無くそれが彼の本心だと知った。
面映ゆい感覚が、じわじわと足先から伝ってくる。だから、多少声が掠れるのも仕方ない事だった。
「……その内、取材がこの店にも来たりして」
「え?どうして?」
「ここが、いま話題沸騰中の的場選手行きつけのお店です……って」
「やめてくれよ、繁盛すると俺が困るから」
彼が従業員の風上にも置けない言葉を吐くので。おいおいと内心で突っ込みながら、はたり、と思った。多分自分は、聞かれても、この店の名前を出す事は無いだろうと。
「……あー、やっぱいいです。止めときます」
「ふふ、なにそれ。お前の情緒どうなってるの」
尻すぼむ様に口にすれば、呆れた風に笑われて。だけど洋介は、それに何かしらの反応を示す事が出来なかった。普通なら、世話になっている店が注目されたり繁盛したりすれば嬉しい筈だ。だが、洋介はそれを素直に喜べない自分がいる事に気が付いた。
勿体ない。自分だけが知っていればいい。秘密にしていたい。名前の付けようのない感情が渦巻いて。
なんか俺、気持ち悪いな、と。洋介は、ただ俯いて口を噤んだ。
「洋介?」
訝しむような声が掛けられて、洋介は思考の海から抜け出した。彼が、ショーケースの向こう側から、此方を心配そうに見つめてくる。そんな彼を真っ直ぐに視界に入れる事が何故か難しくて。洋介は、つい、ぶっきら棒に突っ返した。
「なんでもありません」
しまったと思った時には、もう遅かった。だが、口を突いて出てしまったものはもう仕方がない。洋介は罰が悪くなって視線を落とした。すると、額に温かな何かが触れた。
柔らかいと思った。
次いで心地良いと思った。
それは掌だった。
「熱は、ないな」
あまりにも驚き過ぎると、人は無反応になるらしい。いまの自分の様に。
「普段元気な子が黙ってると、こっちの調子が狂うもんだね」
額から頬を。
頬から顎先を。
「ちゃんと食ってるか?少し痩せただろ」
人差し指と中指の先端が、するすると辿る。
「試合近い……ですし」
喉仏を、く、と押されて。洋介は思わず口内に溜まった唾液をごくんと嚥下した。それを合図にして、その温かな指先は離れていった。
途端に全身から、どっと汗が吹き出した。心臓が胸の内側を目一杯使って脈打ち、ついさっき、くたくたになるまで走ってきたばかりだと言うのに、わぁわぁと喚きながら走り出したくなる衝動に駆られた。説明のつかない感情が昂ぶって、混乱に乗じて頭が勝手にその感情に名前を付けようとしている。
ーーー『その感情』とは、有り体に言うならば。
いやいやいや、ないないない。それ以上を考えないように。洋介は緩々と頭を振った。
「じゃあ、また暫く来なくなるんだ」
「……はい、でも、売り上げに響くわけじゃないでしょう?」
「寧ろ、お前が来るとなると、赤字かなぁ」
「なら、別にいいじゃないですか」
「ふふ……うん、別にいい」
あっさり告げられて、胸がつきり、と痛んだ。呼び水をしたのは紛れも無く自分だったのに。返答も、分かりきっていたはずなのに。どうやらそれでも自分は、ショックを受けたらしい。彼の言葉選びに、此方への揶揄いが含まれている事なんて沢山あるのに。今日は何故だか無視する事が出来なかった。洋介は、その理由を定かにするつもりなど無かったけれど。
「なに、寂しいとか言って欲しいの?」
他ならぬ彼が、そそくさと物陰に逃げ込もうとする『その感情』の尾を、むんずと掴んで離さなかった。
「え?いや、そんな訳……」
「寂しい」
かつん、と。頭に星屑がぶつかった様な衝撃を食らって、蹌踉めく。
「……え」
洋介が、小さく戸惑いを漏らすと。彼が。
「ふふ、真に受けてやんの」
などと口では言いながらも、穏やかに顔を綻ばせた。
慈愛に満ちた温かな笑みと。相反する冷たい態度との温度差。その隙間で生じた、一陣の風が。洋介の胸の内側を、ざぁと靡かせていった。
「勝てよ、絶対」
「今度、テレビに出るんですよ、俺」
出し抜けに洋介がそう口にすると、彼は、南瓜のスコップコロッケを弁当の容器によそる手を一旦止めて、此方に視線を移した。
「街角インタビューかなにか?」
「もう、ちゃんとした取材ですよ」
「ごめんごめん……ちゃんと受け答え出来たの?」
「はい、案外平気でした」
「へぇ」
「あれ、興味ゼロですか?」
「そんな風に見える?……案外浮かれてるけどな、いま」
「えー……本当ですか?」
分かり辛いなぁ、と洋介が眉を顰めると、彼はそれをくすりと口許だけで笑ってから、再び弁当を作り始めた。洋介は、暫くぼんやりそれを眺めながら『嘘だよ』だとか『冗談だよ』とかいう、否定混じりの言葉が返ってくるのを待った。だが、いつまで待っても此方を揶揄する様ないつもの可愛がりが返ってこないので。紛れも無くそれが彼の本心だと知った。
面映ゆい感覚が、じわじわと足先から伝ってくる。だから、多少声が掠れるのも仕方ない事だった。
「……その内、取材がこの店にも来たりして」
「え?どうして?」
「ここが、いま話題沸騰中の的場選手行きつけのお店です……って」
「やめてくれよ、繁盛すると俺が困るから」
彼が従業員の風上にも置けない言葉を吐くので。おいおいと内心で突っ込みながら、はたり、と思った。多分自分は、聞かれても、この店の名前を出す事は無いだろうと。
「……あー、やっぱいいです。止めときます」
「ふふ、なにそれ。お前の情緒どうなってるの」
尻すぼむ様に口にすれば、呆れた風に笑われて。だけど洋介は、それに何かしらの反応を示す事が出来なかった。普通なら、世話になっている店が注目されたり繁盛したりすれば嬉しい筈だ。だが、洋介はそれを素直に喜べない自分がいる事に気が付いた。
勿体ない。自分だけが知っていればいい。秘密にしていたい。名前の付けようのない感情が渦巻いて。
なんか俺、気持ち悪いな、と。洋介は、ただ俯いて口を噤んだ。
「洋介?」
訝しむような声が掛けられて、洋介は思考の海から抜け出した。彼が、ショーケースの向こう側から、此方を心配そうに見つめてくる。そんな彼を真っ直ぐに視界に入れる事が何故か難しくて。洋介は、つい、ぶっきら棒に突っ返した。
「なんでもありません」
しまったと思った時には、もう遅かった。だが、口を突いて出てしまったものはもう仕方がない。洋介は罰が悪くなって視線を落とした。すると、額に温かな何かが触れた。
柔らかいと思った。
次いで心地良いと思った。
それは掌だった。
「熱は、ないな」
あまりにも驚き過ぎると、人は無反応になるらしい。いまの自分の様に。
「普段元気な子が黙ってると、こっちの調子が狂うもんだね」
額から頬を。
頬から顎先を。
「ちゃんと食ってるか?少し痩せただろ」
人差し指と中指の先端が、するすると辿る。
「試合近い……ですし」
喉仏を、く、と押されて。洋介は思わず口内に溜まった唾液をごくんと嚥下した。それを合図にして、その温かな指先は離れていった。
途端に全身から、どっと汗が吹き出した。心臓が胸の内側を目一杯使って脈打ち、ついさっき、くたくたになるまで走ってきたばかりだと言うのに、わぁわぁと喚きながら走り出したくなる衝動に駆られた。説明のつかない感情が昂ぶって、混乱に乗じて頭が勝手にその感情に名前を付けようとしている。
ーーー『その感情』とは、有り体に言うならば。
いやいやいや、ないないない。それ以上を考えないように。洋介は緩々と頭を振った。
「じゃあ、また暫く来なくなるんだ」
「……はい、でも、売り上げに響くわけじゃないでしょう?」
「寧ろ、お前が来るとなると、赤字かなぁ」
「なら、別にいいじゃないですか」
「ふふ……うん、別にいい」
あっさり告げられて、胸がつきり、と痛んだ。呼び水をしたのは紛れも無く自分だったのに。返答も、分かりきっていたはずなのに。どうやらそれでも自分は、ショックを受けたらしい。彼の言葉選びに、此方への揶揄いが含まれている事なんて沢山あるのに。今日は何故だか無視する事が出来なかった。洋介は、その理由を定かにするつもりなど無かったけれど。
「なに、寂しいとか言って欲しいの?」
他ならぬ彼が、そそくさと物陰に逃げ込もうとする『その感情』の尾を、むんずと掴んで離さなかった。
「え?いや、そんな訳……」
「寂しい」
かつん、と。頭に星屑がぶつかった様な衝撃を食らって、蹌踉めく。
「……え」
洋介が、小さく戸惑いを漏らすと。彼が。
「ふふ、真に受けてやんの」
などと口では言いながらも、穏やかに顔を綻ばせた。
慈愛に満ちた温かな笑みと。相反する冷たい態度との温度差。その隙間で生じた、一陣の風が。洋介の胸の内側を、ざぁと靡かせていった。
「勝てよ、絶対」
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