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二十六話目

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 九月に入ったある日の朝。商店街の皆にやっと本当のことが言えたと徹也と二人でほっとし、籐子は膨らみはじめたお腹を撫でていた。それに気付いた徹也が籐子の側へと近寄り、後ろから同じように籐子のお腹を両手で撫でる。起きたばかりだからか、二人ともまだパジャマ姿だった。

「だいぶ大きくなったな」
「そうね。先日病院に行ったら、順調に育っていると先生に言われたわ」

 嬉しそうに笑った籐子は、テーブルの上に置いてあった写真を徹也に手渡す。それは、赤ちゃんのエコー写真だった。その写真を見た徹也も相好を崩す。

「確かに、前に見た時よりも大きくなって顔立ちもはっきりして来たな。そろそろ五ヶ月くらいか?」
「十七週に入ったところだから、それくらいね」
「なら、そろそろ腹帯の準備だな。今度の戌の日はいつだ?」

 籐子にそう聞きながらも、徹也は自分でカレンダーを覗くと、それは今日だった。

「籐子、今日が戌の日みたいだぞ?」
「そうなの? まだ先だと思っていたからそこまで見ていなかったの。それに、まだ腹帯も買っていないし……」
「なら、ランチが始まる前に商店街で買って来る」
「忙しくない? 準備は間に合う?」
「仕込みはほとんど終わってるし、籐子が付け合わせの惣菜を作っている間に買って来るよ」

 そう言った徹也は、籐子のお腹をもう一度撫でたあとで抱き寄せ、頬にキスを落とした。
 そのあと着替えてから二人で店に行き、ランチの準備を始める。前日に仕込んでいたものに火を入れたり朝一で来る食材を冷蔵庫にしまったりしながら、徹也は腹帯が売っている店の開店時間に店に行く。
 腹帯がほしい、と伝える前に店主に腹帯を渡され、驚く。

「多分腹帯を買いに来ると思ってさ、どっちかが来たら渡そうと思ってたんだよ」

 笑顔でそう告げられて徹也は苦笑してしまったが。

 そんなことがあったその日の閉店間際。カウンターには嗣治の嫁となった桃香と、閉店作業を手伝っていた大空がいた。店の扉が開いた音を聞いた籐子は、その客を見ながら閉店であることを告げたのだが。

「ごめんなさい、もうじき閉店……あら?」

 その顔を見て、籐子は首を傾げた。真っ黒に日焼けしていたものの、その顔は見たことのある顔だったからだ。

「よう、籐子。元気か? って聞くまでもないな」
「「籐志朗さん?!」」

 その声は籐子の次兄の籐志郎とうしろうで、徹也と嗣治は籐志朗の名前を呼んで唖然としていた。
 籐子自身は籐志朗とたまにメールや電話でやり取りをしていたものの、仕事で海外にいたうえに商店街に帰って来ることも久しぶりだったのだから、いきなり顔を出した籐志朗に三人が驚くのは無理もない。

「おう。久しぶりだな!」
「うわー、籐志朗さん、真っ黒じゃないか!」
「まあな。そのへんの話はまたするが……籐子、おめでとう。やっと、だな」
「あ……、うん、ありがとう!」
「これ、お祝いな。紬屋ので悪いが……」

 籐志朗はそう言って持っていた紙袋を籐子に渡すと、籐子は早速中を覗いて嬉しそうな顔をする。中身はほしいと思っていたものだったからだ。

「あら、この巾着……! 買おうと思っていたやつなの。ありがとう、兄さん!」
「なら良かった」

 嬉しそうに笑った籐子に、籐志朗はホッとしたように笑顔を浮かべていたのだが、籐志朗のことを知らない桃香と大空は二人の会話を聞いて思わず声を上げた。

「兄さん?!」
「似てねえ……」
「籐子はお袋似だからな」

 驚く二人の言葉を全く気にすることなく、籐志朗はそんなことを言ってカウンターに近い席に座ると、籐子がおしぼりと小鉢、箸を持って目の前に置いている間に、大空が暖簾をしまう。
 籐子の妊娠を知ってからは、暖簾をしまう作業は大空が自主的に行っていた。

 落ち着いたところで、籐子は改めて籐志朗に二人を紹介すると共に籐子が結婚していることや妊娠していること……それを知っていることを驚いていたようだった。
 尤も、商店街の住人には既に話してあるからあまり意味をなさないが、籐志朗はそれを知るはずもなく、ましてや大空と桃香は商店街の住人が知っているとわかっていても、自ら話したりなどしない。

「話して良かったのか?」
「平気よ。どのみち大空くんには言っておかないといろいろと不都合が出るし、二人とも口は固いもの」
「へえ? それはすごいな」
「ええ。大空くんは将来弁護士になりたいそうだし、桃香さんは科捜研勤務だから」
「なんだ、嗣の嫁は同業者になるのか」

 驚いた籐志朗に桃香は首を傾げながら「同業者?」と呟くと、それを聞いていた徹也が「籐志朗さんは国際警察官だから」と教えると、大空と桃香どころか嗣治まであんぐりと口を開けた。

「聞いてないっすよ! まだ皇宮警察官だと思ってた!」
「皇宮警察官……それだってすごいのに。どっかの一課の人たちとは大違い!」
「一課の人、『たち』?」
「そうなんです! 聞いてくれます?!」

 びっくりしすぎて籐志朗をガン見する大空と、籐志朗の現在の職業を知らなかった嗣治と桃香はぼやく。特に桃香は日頃の恨みがあるのか、はたまた今日はたまたまだったのか、嗣治や籐子たちにぼやくいつも以上に饒舌に、時々嗣治に話を振りながらも籐志朗に愚痴をこぼしていく。
 それが気に入らないのか、或いは呆れているのか、嗣治の顔は不機嫌だ。それを知ってか知らずか

「嗣、いい婿さんもらったな」

 と、ニヤリと笑った籐志朗にそう言われた嗣治はガックリと項垂れ、桃香はオロオロしている。その様子を見た籐子と徹也と大空は、プッと吹き出して笑い始めてしまった。
 二人が結婚した当初はよく言われていたが、最近はそれを聞いていなかったためか、或いはそれを知らない籐志朗に言われたせいか、二人は本当にガックリしたりオロオロしたりしていたのだ。

「――っ! 籐志朗さんにまで嫁認定された……!」
「あ?」
「兄さん、とりあえず何か食べない? 食べながら説明するわ。徹也さん、兄さんに何か出してあげて。大空くんもたまにはラストまでいたら? 賄いを食べながらいろいろと聞いたらどうかしら」

 笑いながらそう提案した籐子は、ビールを頼んだ籐志朗にグラスやビールを渡す。そして、嗣治と桃香の馴れ初めから結婚までのことを聞いた籐志朗は口をあんぐりと開けたあとで笑顔を浮かべた。

「まあ、嗣らしくていいじゃねえか。今更だが、二人とも結婚おめでとう」

 ビールのグラスを掲げ、二人の結婚を祝う。

「「ありがとうございます!」」

 籐志朗は仲良くお礼を言った夫婦をからかいつつ、なんだかんだと話をしているうちに夜も更けて行ったのだった。


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