【R18版】饕餮的短編集 ―ファンタジー・歴史パラレル編―

饕餮

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二角獣は乙女を望む

中編

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 目が覚めると見知らぬ天井だった。


 ――なんてテンプレな展開など全くなく、王城に来るといつも泊まる部屋のベッドに寝かされていた。まあ、泊まるといっても、隣には必ず婚約者が一緒に寝ているのが解せぬ。
 ただ、身体が酷く怠く、ブラックアウトした後に婚約者の彼が何か仕出かした気がしなくもないけど、怠いからといって例の症状が治まったかといえば、そんな事は全くないわけでして。

「あぁ……っ、あんっ、はぁっ」

 実は、余計に酷くなっていたりする。日に日に酷くなって行く症状に内心混乱というか、覚悟を決めなきゃならないわけでして。

 何の覚悟かって? 婚約者に抱かれる覚悟だよ!

 婚約して初めて彼と一日一緒に過ごす事になった日に言われたんだよね。

『私の愛撫と魔力を受け入れると、成人が近付くにつれて身体に魔力が少しだけ溜まるようになり、その魔力が愛撫をしている時と同じ症状をもたらす』

 って。しかも、

『最低でも週に一度、最長で十日に一度は愛撫と魔力を受け入れないとその魔力が暴走する。そうなってしまうと成人前と言えども私に抱かれ、精を胎内に受け入れなければ治まらなくなるから、身体が変調をきたしたならば必ず知らせなさい』

 と。最悪の場合、身体の状態によっては、娼婦に身をやつすしかなくなるとも言われたのだ。
 だから私は半年前までその通りにしていたし、彼は私の身体が変調しないように魔力を制御し、その分愛撫の回数を増やして暴走しないようにしてくれていた。流石に真っ昼間の執務中に

『おっぱい揉ませろ、乳首吸わせろ、秘部を舐めさせろ(意訳)』

 と言われた時はビンタしてやったけど、その分夜が長くなった。……結局は逃げられなくて、何度か強引に真っ昼間から愛撫されてしまったが。
 けれど、半年前のあの日から、変わってしまった。


 ***


 いつものように王城に来て、女性の護衛騎士の先導で彼がいつも待っている東屋に行く途中の事。東屋に行く途中にある薔薇のアーチの側で、彼に頭を下げている赤毛の女性がいた。赤毛の女性の少し先には、二十代後半くらいの栗色の髪の女性がいて、彼女は彼に頭を下げる事なく、不貞腐れた顔をしている。そして薔薇のアーチを少し入ったところに女官が二人がいて、どちらも怒った顔をしながら女性二人を睨み付けていた。
 赤毛の女性と栗色の髪の女性はどっちも知らない人だが、女官二人は知っている。二人とも彼についている何人かいる女官のうちの二人で、私が王宮に長期滞在する場合に世話をしてくれる人だった。いつも朗らかに笑っている二人があんな表情をするなんて、初めてみた。
 彼が赤毛の女性に何か言ったのか、深くお辞儀をすると栗色の髪の女性に「ヴィルヘルミーナ様」と名前らしきものを呼んだ。
 それを聞いた栗色の髪の女性は不貞腐れた顔から一転して顔を嬉しそうに輝かせて側に寄ってきたものの、彼が彼女に何かを話すと彼女は再び不貞腐れた顔をし、赤毛の女性と一緒に薔薇のアーチから遠ざかった。
 それを見るとはなし見ていたら私が来た王宮の方へと行ったが、すれ違いざまに

「誰だか知らないけど、わたしの婚約者に付きまとわないで」

 と言って去っていった。

 なんで初対面の人間にそんな事を言われなければならないのか。しかも薔薇のアーチよりも先は、彼の許可がないと入れない場所なのに。それを知らずに入り込んで彼か女官二人に見つかって怒られ、もしかしてそれで八つ当たりされたんだろうか。

 確かに私は夜会にそれほど多くは出席しているわけではないし、夜会の時は彼の魔力を纏っているから銀髪に十六、七くらいの姿だ。しかも今は本来の姿――黒髪に見た目が三十代――になっているせいか、印象が全く違う。
 そもそも、何故彼女は婚約者に近付くなと言ったのだろうか。しかも、私と同じ名前だ。もしかしたら、私以外にも同じ名前の女性がいて、他にも婚約者になっている女性がいるんだろうか。それとも、彼女が本命で、私は……。

「……ナ、ミーナ!」

 彼の強い声で愛称を呼ばれて我に返る。

「先ほどから名前を呼んでいるのに、上の空でどうした? 体調が悪いのか?」

 いつの間にか彼に手を引かれて東屋に来たらしい事にも気付かないほど、深く考え事をしていたらしい。

「いいえ、大丈夫ですわ」
「本当に?」
「ええ」
「……本当に?」
「……っ、あっ、はぅ……っ」

 急に流れて来た魔力に、身体が熱くなる。私が何かを誤魔化したり嘘をついたりすると、彼はこんな風に急に魔力を流すのだ。

「話してごらん?」

 魔力を流した後は、私を膝にのせて胸を愛撫し始める。そうされてしまえば、愛撫に慣らされた私の身体が条件反射のように反応する。

「先ほどの女性は……あんっ」
「ああ……彼女ね。隣国の大使――伯爵家の娘だそうだ。勝手にこちらに来ようとしていたから叱責したんだが、反省の色がない」

 後で大使に抗議するつもりだ、と言った彼の表情は苦虫を噛み潰したような顔だ。それにしても。

「……大使の娘? 伯爵家の娘が何故わたくしにあのような事を……」

 なんで大使とはいえ伯爵家ごときの女性に、あんな事を言われなきゃならないんだ。それとも、我が家の爵位を知らないとか? 他国の人間なら知らないのは仕方がないのかも知れないけど……。
 なんかモヤモヤしつつも小さな声で呟いたつもりが、彼にはバッチリ聞こえていたらしい。目を不機嫌そうに細め、何を言われたのか聞いて来たので、言われた事をそのまま伝えた。

「……ほう? ……勘違いの上に身の程知らずが」

 と、低い、ひーーっくい声で怒りを表す彼に、思わず身体が強ばる。

「ああ……すまない、ミーナ。別にそなたを怒ったわけではないのだがな……」
「何かございましたの?」
「あるにはあるが、今はまだ話せない」

 許せ、と言った彼は、顔を上向かせるとキスをしてくる。落ちてくるキスは優しく、けれど徐々に熱を帯びた深いものになって行く。

「んぅ……、は、んっ……」

 追加された胸への愛撫に、思考が溶ける。それが終わる頃、漸く紅茶とお菓子にありつけた。
 そして次の日も、別の日に行っても、何故か彼女は私につっかかって来る。流石におかしいと彼に伝えれば、彼は「我慢してくれ」と言うばかりで、何もしてくれなかった。

 私は貴方の婚約者じゃないの?
 名前が同じならどっちでもいいの?
 魔力無しの私よりも、魔力がある人の方がいいの?

 何度それらの言葉を言いそうになっただろう。
 蔑ろにされているわけじゃない。けれど、彼を支えるために、そして彼の隣に相応しくあるために、どんなに辛くともずっと頑張って来た。その仕打ちがこれならば、私には彼の隣に立つのは無理なのではないか……そう思ってしまった。
 前世の記憶があるとはいえ今の私は公爵家の令嬢だし、その誇りも矜持もある。逃げたくはないけれど社交シーズンが終わってしまった今、私一人で王都の貴族館に留まるわけにもいかず、結局彼に領地に戻る事を告げて両親や兄達と一緒に王都を出た。

 いつもなら引き留められて五日間ほど王宮に滞在し、その後で彼が送ってくれていた。それはこの十五年間、変わっていない。そして身体の変調が来る前に彼に手紙を送っていた。けれど、今年は引き留められる事もなければ、何度手紙を送っても彼が来る事も、彼から手紙が来る事もなかった。
 社交シーズンではなくとも、他家からのお茶会のお誘いは来る。よっぽど体調がおかしくない限りは出席していたけど、そこで聞いた噂話には彼と彼女が仲睦まじくしていたという話もあり、私の友人達は痛ましそうな視線を向けるだけで、何も言わなかった。
 成人の誕生日のパーティーの招待状を出しても、返事どころか本人が来る事もプレゼントが贈られる事すらもなく、手紙すら来ない事から「ああ、そうなのか」と……きっと彼に呆れられ、婚約者も同じ名前の大使の娘に変更したんだとぼんやりと思った私は、とうとう彼に手紙すらも送るのを止めてしまったのだ。
 そのうち彼から婚約破棄の通達が来る事を予想して、暫く泣いた。こんなにも好きなのに……愛しているのに。前世も含め、私が好きになった人から愛されないのは辛いけれど、そんな星の下に生まれたんだろうと諦めた。

 それが二ヶ月前の事で、それ以降は体調不良を理由に、お茶会やちょっとした夜会すらも断っていた。
 そして今日、私の切ない気持ちとは裏腹に、彼は半年たった今頃になって領地にある私の部屋へと来た。


 ***


 ふと目を開けると、窓から射し込む光がオレンジ色になっていた。どうやら身体の変調を押さえるために考え事をしている間に、かなりの時間がたっていたらしい。
 喉が渇いてしまったからベッドから起き上がろうとしたら、ノックの音の後で扉が開いて彼が入って来た。

「目が覚めたか」

 執務が終わったばかりなんだろう。彼の服装は王に相応しく豪華なものだった。その彼の目を見れば、獲物を前にした猛獣のようにギラギラしていて、今にも私を襲いそうではある。

「へ、いか……、っ、あっ」
「……身体が辛いかも知れぬが、もう少々我慢してくれ」

 そんな事を言いながら私を抱き上げた彼は、一緒にいた護衛と侍従を伴って移動し始める。その動きと浮遊感が怖くて彼の肩に頭を乗せて首に腕を回すと、彼はふっ、と笑った。

「何処へ……」
「私達の寝所だ。……あの部屋では色々とまずいからな」

 私達の部屋とか色々まずいってなんですか。確かにあの部屋は王宮内でも特別な客室だと聞いた事がある。でも、一緒に眠っていたんだから今さらなんじゃないかと思って遠回しに聞けば、「後で教えてやろう」と言うだけで、それ以上は教えてくれなかった。
 右に左に何度か曲がり、階段を上り下りしながら王宮内を歩いていっているような気がする。気がするだけでそんな事はなく、ふわんと何かを通り抜けたような感じがして顔をあげると、ちょっと先には彼の執務室の扉が見えた。そこに行くのかと思ったらそれを通りすぎ、更にその先にある階段へと歩いて行く。

 後ろにいた護衛の騎士の二人がここで立ち止まり、今歩いて来た廊下を見つめる。彼が階段を上がって左右ある廊下のうちの左に曲がると、その先の正面に扉があった。
 扉の手前には左右に二つの扉があり、階下の扉よりも豪華に見える。そこの扉にも護衛の近衛騎士がいた。但し、右側にいたのは女性の近衛騎士だった。彼の存在に気付いた近衛騎士は頭を下げ、彼が通り過ぎるのを待っている。
 先導した侍従が正面の扉を開けると、近衛騎士は開け放たれた扉の横に立って頭を下げ、一歩だけ入った場所にいた侍従に頷くと、侍従は頭を下げて扉を閉めて行ってしまった。
 それを見届けた彼は奥へと歩いて行くと、更に扉があった。そこを開けると目の前にはキングサイズのベッドが鎮座しており、否が応にもこれから起こる事を意識してしまう。

「ミーナ……先に話をしたいところだが、そなたは今、それどころではないだろう?」
「ぁ……っ、……はい」
「……覚悟はいいな?」

 彼に抱かれる覚悟も、王妃になる覚悟も。
 そういう事なんだろう。

 まだ婚姻すらしていない、謂わば婚前行為。普通なら恥とされる行為。けれど、彼になら……例えこのあと彼に捨てられようとも、それが彼との想い出になるのなら、身体の状態に関係なく抱かれようと決めて彼の言葉に頷いた。

 ドレスも下着も全て脱がされ、彼も着ていたものを全て脱ぐと、先に私をベッドへと寝かせたあとで彼が覆い被さって来た。
 舌を絡めるキスをしながら乳房を掴み、乳首を指先で弄ぶ。

「あんっ、ああ……っ」

 彼が触れた時から、体内の魔力らしき流れが循環し始めたのか、いつも以上に身体が熱い。けれどいつもはこの段階で魔力を流すのに、今は彼から魔力が流れてこない。それほどに危険な状態だったのだと、今さらながら怖くなり、彼にしがみつく。

「ミーナ……」
「あっ、陛下っ、あんっ」
「名を……名前を呼んでくれ、ミーナ」
「マティアス様……っ、ああ……」

 首筋に彼の唇と息づかいを感じながら、私は彼から与えられる愛撫と快楽にその身を委ねた。

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