私の彼は、空飛ぶカエルに乗っている

饕餮

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怪我しました

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かなり痛い流血描写があります。苦手な方はご注意ください。



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 なんだかんだと月日はあっという間に過ぎ、バイトを始めて一ヶ月ちょっとたった。しかも、あと一週間でクリスマスだ。

 その間に乙幡さんが彼女と別れたらしくその噂が広まっていて、食器洗いの仕事中に話しかけてくる乙幡さんを食堂から悲しそうに見つつも私を睨んでくる彼女さん……というのが何回かあった。

 ……そんな顔をされても困るんだけどなあ。

 私には関係ないことなんだから、当人同士でやってほしいよ、ほんと。というか、いつ別れたのかも知らないし、それを聞いたのはつい最近なんだけど、私。
 で、そんな彼女さんだけど、十二月から糧食班のお手伝いに来てる。乙幡さんや兄たちと違って彼女は朝から一日中らしく、私が行くと忙しそうに動いていた。但し、どうしてかはわかんないけど、彼女がいない日以外は、木村さんを筆頭に田中さんや大山さんは不機嫌な日が多かった。
 私には全く関わりのない人だし、挨拶しても名前を教えてくれなければ無視もされたから、それ以降は私も知らん顔をしてお仕事してた。それを見てたらしい金本さんと木村さんは、「大人気ない」って叱ってたけどね。
 なんだかなあ……と思いつつも既に半月以上がたったんだけど、その間に変なことが起こってた。朝来るとロッカーの前にゴミが散乱していたり、長靴の中にゴミが入っていたり。田中さんや大山さんが来た時はそんなことはなくて、まるで私が来る時間を見計らったような感じでそういうのが何回かあったのだ。
 さすがにこれはおかしいと思って、三回目を過ぎたあたりに田中さんと大山さんに相談したところ、そんな兆候がないか見てくれることになった。それが二日過ぎたあたりでピタリと無くなったから、二人のうちのどちらかか、お二人が何かしらしてくれたんだろうとしか考えなかった。

 それからしばらくは何もなかったんだけど、今度は食器洗いの交代が来ない日があった。それは夜のことだった。

「あれ? 紫音ちゃん、時間過ぎてるわよ?!」
「そうなんですか? 交代の人が来なかったので、気づきませんでした」

 私の言葉に眉間に皺を寄せた田中さんは何か考えていたけどすぐに変わってくれて、帰ることができた。それが五回連続で続いたけど、それもいつの間にかなくなった。

「最近トラブルが続いてるみたいだけど、大丈夫か?」
「大丈夫です。ありがとうございます、乙幡さん」

 お昼の食器洗いの時に乙幡さんが心配そうな顔をして声をかけてくれたので、笑顔で返事をする。不可解なことだらけで、本当に困る。
 そして明日と明後日はお休みだからと頑張っていた今日のお昼。食器を洗っていたら今度は背中に何か当たって、「痛いっ!」って叫んだあとに金属音がしてそっちを見ると、ニヤニヤといやらしい顔をして「あら、ごめんなさいね。手が滑っちゃったわ」と、彼女さんに言われた。その顔を見る限り、絶対にわざとだろうと思っていたら、金本さんに呼び出されてどこかに行ってしまった。

「ったく……。紫音ちゃん、大丈夫?」
「当たった時は衝撃があって痛かったんですけど、今は平気ですよ」
「デカいおたまを投げるなんて、頭に当たったらどうするんだよ、アイツは」

 すっごい不機嫌な顔をした乙幡さんが、そんなことを言った。私が叫んだ時すぐに動いてそれを拾ってくれたらしく、おたまが当たったんなら痛いわけだよね……なんて考えていた。そしてお昼の交代で兄が来て、無言で頭を撫でてくれた。慰めてくれたんだろう。
 ただね……確かに自衛官たちに比べたら小さいけどそんな歳じゃないんだし、周りの視線が痛いからやめて。

 そして一時間の休憩を経てまた掃除に精を出し、食器洗いを始めた。手が空いたからと水を替えるべく自分のことろの栓を抜き、幹部食堂のほうにもあるシンクに手を入れて抜いた。そしてもうひとつのほうに左手を入れようとしたら、「紫音ちゃん、手を入れるな!」って乙幡さんの鋭い声がした。けど既に遅くて私は栓に手を伸ばしていて、急に背中が震えた。指先に何か当たって、切ったような感じがしたのだ。

「え……いた……っ!」
「紫音ちゃん!」

 乙幡さんの声がした直後、汚れていた水が見る見るうちに赤く染まり、慌てて手を引っ込める。左の手袋が切れていて、指も切っていたのだ。

「すぐに手袋を脱いで指を洗ったら、切った指の関節を押さえて上に上げて!」
「は、はい!」

 乙幡さんがすぐに指示をくれて、その通りにする。何事かと調理場にいた自衛官が集まって来た。皆が心配そうに見ている中で彼女さんだけがニヤニヤ笑っていて、すっごく気持ち悪い。

「誰か、医官に連絡して。急患だって伝えてくれ!」
「はい!」
「あと、岡崎司令と河野こうの三佐にも連絡を頼む」

 金本さんの指示に厨房内にいた人や食堂内にいて、その声が聞こえたらしい自衛官たちがざわめく。

「返事は!」
「はっ、はい!」

 金本さんの鋭い言葉に、大山さんが慌ててその場を離れて行く。そして彼女さんは金本さんの言葉を聞いて、徐々に顔を青ざめさせていた。

「乙幡一尉、紫音さんを医務室に連れてってあげて。他は業務続行。いいね?」

 金本さんの言葉にそれぞれが返事をして動く。

「ああ、君はこっちにきたまえ」
「……っ」

 すっごい低い声でそう言われた彼女さんは金本さんに腕を掴まれ、そのままどこかに行ってしまった。

「紫音ちゃん、行こう。田中三曹、悪いんだが紫音ちゃんの荷物をお願いしていいか?」
「いいですよ、一尉。紫音ちゃん、まずはこれを指に巻いて。それからエプロンを脱ごうか」
「は、はい」

 白いガーゼのようなものを渡され、それを指に巻く。それすらも徐々に赤く染まっていって、今になって指先に心臓があるみたいにじんじんと痛い。それを握ってエプロンの紐をほどこうとしたら近くにいた兄がやってくれて、エプロンも脱がせてくれた。
 そして腕の近くにまで垂れて来ていた血を見て、顔を顰めながらもペーパータオルを持って来て拭いてくれた。Tシャツは袖を捲っていたので汚れていなかったし、汚れても黒だから目立つことはないと胸を撫で下ろした。
 ロッカーに行くと制服のポケットから鍵を出し、自分でやろうと思ってたんだけど田中さんがやってくれると言うので謝ると、「いいのよ、気にしないで」と言われて余計に申し訳なくなる。片手でなんとかボタンを外し、着て来たものは畳んでもらってからトートバッグに入れてもらうと、コートを羽織って部屋の外に出る。

「田中さん、申し訳ありません。ありがとうございました」
「これくらい大丈夫よ。ほら、早く医務室に行って来なさい。一尉、お願いします」
「ああ」
「皆さんも、申し訳ありませんでした」

 配膳や掃除をしていたらしい自衛官たちにも声をかけると、「気にするな」とか「早く医務室に行ってきな」って声をかけてくれた。兄は目尻を下げながら心配そうに見ていたので笑顔を向けて手を振ると、なんとか笑って同じように手を振ってくれた。
 そして乙幡さんに連れられて医務室に行く。四十を過ぎたあたりに見えるこの人も自衛官で、自衛官のお医者さん。医官って言うんだと乙幡さんに教わった。そしてその医官は私の怪我の状態を見て顔を顰めた。

「あー、これは何針か縫わないと駄目だな」
「え……」
「僕もできるし病院に行くこともできるけど、どうする?」
「俺が保障するんで、縫ってください」
「君もそれでいいかい?」
「は、はい」

 縫う?! って驚いたんだけど、乙幡さんと医官の話を聞く限り、かなり深く切っているそうですぐにでも縫わないと駄目だそうだ。手袋をしてたからよかったものの、してなかったらもっと深く切っていたかも知れないと話していて、ゾッとした。
 台に寝てから手を伸ばすように言われ、その通りにする。

「広瀬三佐、俺は金本三佐に報告に行って来ます」
「ああ、わかった」
「紫音ちゃん、俺が来るまでここにいて。いいな?」
「うん」

 乙幡さんの言い方に医官――広瀬さんは片眉を上げたけど、何も言わなかった。そして彼が出て行くと、準備をしてあったもので何か始めた。

「じゃあ、先に消毒をしてから麻酔を打つからね。ちょっとしみるしチクッとするよ」
「……っ」

 指先が痛くてあまり感じなかったけど、それでも痛いものは痛い。そして麻酔が効いてくるまでしばらく放置するというので少しだけ話をした。

「乙幡一尉は君の何かな」
「うーん……今のところ、優しくしてくれる自衛官の一人です」
「ふうん……?」

 そう言った広瀬さんだけど、なんか一人でうんうん頷いてニコニコしてる。それに首を傾げつつ麻酔が効いてきたのか指先が何も感じなくなったころ、広瀬さんは私の指を縫い始めた。見なきゃいいのについ見ちゃったんだけど、針は釣り針みたいな形をしていて、それで縫っていた。一回縫うごとに縛ったあとは糸をハサミで切って、それを五回繰り返した。

「はい、終わり。五針縫ったからね」
「ありがとうございました」

 広瀬さんはわざわざ痛み止めと化膿止め、念のために解熱剤と増血剤や消毒するものなどを数日分出してくれて、お風呂に入る時の注意点などを聞いた。指は包帯でぐるぐる巻きだよ……仕事はどうしよう。

 今日を含めた三日間はお仕事禁止と言われてしまったので、乙幡さんが来たらそれも話さなくちゃ。
 来るまでにTシャツの上からチュニックを羽織ろうと思ったんだけど、出したものを畳めるとも思えなかったし、帰るだけだからとその上にコートを着る。何時ごろ来るんだろう……と思っていたら乙幡さんが来た。広瀬さんは私の指先のことや仕事のことも話してくれたみたいで、彼が難しい顔をしながらそれを聞いていた。
 そして外に出ると、金本さんに話をしたいからと乙幡さんに付き合ってもらい、食堂まで戻る。呼んで来てくれるというので待っていると、金本さんはまだ彼女さんと話をしているとかで出てこれなくて、代わりに片付けをしていた木村さんが外に出て来てくれたので、医官に言われたこと話した。

「明日と明後日のシフトはどうなってるのかな?」
「その二日間はお休みが入っています」
「なら、大丈夫か……。本当にすまなかった、紫音ちゃん」
「いえ。乙幡さんが声をかけてくれた時、すぐに反応できればよかったんですけど……」
「それは仕方がないさ、紫音ちゃんは自衛官じゃないんだから。だから気にしないで。三日後、ちゃんと来てね」
「はい。お疲れ様でした。乙幡さんも、ありがとうございました」
「いや。気をつけて帰ってね、紫音ちゃん」
「はい」

 二人が私を見送ってくれたので挨拶をし、その場をあとにした。 

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