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出会い編

セクハラかーらーのー、告白されました

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 そして決定的な出来事があったのは、その一ヶ月後だった。
 その日も森川さんたちは宴会の予約をしていて、今回は二十人ほどだった。店長曰く、森川さんたちがいる部署の歓迎会なんだそうだ。
 そこで初めて、森川さんが一課の人だって聞いた。

(一課って何をしてるんだろう? ドラマだと殺人事件とかを扱っていたりするよね?)

 そんなことを考えながら開店前に座敷の用意をして、開店準備をして。そして開店した早々に森川さんたちが来た。いつもよりも早く来たから、驚く。

「また酔っ払うのかなあ……」

 変なことしなきゃいいけど、と思ったのがフラグになったんだろう。宴もたけなわな時にグラスや食器を回収しに行ったら、森川さんはいつも以上にはっちゃけていた。
 大丈夫かな、なんて思って廊下にいた人にグラスや食器が乗ったトレーを渡し、新しいトレーを持って中に入ろうとしたら、後ろから誰かに抱きつかれた。

「ちょっ、」
「こなちゅた~ん、元気~?」
「もう、森川さん、また酔ってますね……」
「酔ってないよ~」
「はぁ……」

 ケラケラ笑って酔ってないと言う森川さんに溜息をつき、離れてもらおうと腕を掴もうとしたら、それよりも先に何かが私の胸を掴んだ。よく見れば森川さんの手で、まるで感触を楽しむかのようにやわやわと揉んで来たのだ!

「ももも、森川さん?! やめっ」
「ん~、こなちゅたんのおっぱい、あのおもちゃよりおっきいし柔らかいね~。気持ちいい~」
「ちょっと、森川さんてば!」

 ペシペシと腕を叩いたり引き剥がそうとしたものの、腕は動かないうえに止めてくれず、その手つきがだんだん怪しくなってくる。そして、急に声が低くなって私にとんでもないことを聞いてきた。

「板長に毎日揉んでもらってんの? だからこんなにおっきいの?」
「……は?」
「毎日セックスしてるの? 俺もこなちゅたんとセックスしたいな~」
「せ、セクハラ!」
「はいはーい、森川~、そこまでな」

 この人は一体なにを言ってるんだろう? 兄とそんなことするわけないじゃん!
 そんなことを思っていたら、今回の幹事さん二人が森川さんの腕を掴んで引き剥がしてくれた。

「はい、森川ー。セクハラで逮捕なー」

 そして一人が彼の両手を掴んで固定すると、もう一人がおしぼりの端っこを幾つか結び、それを手錠代わりに結んでいた。そしてもう一人の人がすかさず『私は変態です!』って書かれているたすきをかけている。
 おおぅ……前の宴会の時もそうだったけど、どこであのおっぱいとかこのたすきと買ってくるんだろう? そして、おしぼりの結び目を解くのは大変なんですけど……っ!

「え~?」
「え~、じゃないよ、まったく。小夏ちゃんに謝れ」
「だって~」
「だってじゃないですよ! 板長は兄ですよ?! そんなこと、あるはずないじゃないですか!」

 ふざけんな、セクハラ親父! と思いながら呟いたら、森川さんたちがポカーンとした顔をして、眉間に皺を寄せている板長と私を見比べていた。

「……お兄さん?」
「そうですよ」
「…………恋人とか彼氏じゃないの?」
「違います」

 森川さんがどこか呆然としたような声で聞いてきたので、憮然としたままキッパリと答えると、おしぼりを巻いていた人が反応した。

「よく見れば、目や鼻筋、顎の輪郭がそっくりだな……」
「……っ、ごめんっ!」
「お酒の席のことなので別にいいですけど……二度としないでください」

 その言葉を聞いた森川さんがすぐに謝ってくれたのでそれを許し、「釈放です」とおしぼりを解くと、ついでに結び目も全部解いた。


 ***


 それらのことがあってから、森川さんは店に来ると一番最初に声をかけるようになっていた。
 ただ、パントリーに座った時はあまり話しをしないことにしているし、彼の相手は店長か別のホール担当の人に相手をしてもらってる。そうじゃないとドリンクのオーダーが滞るからだ。
 暇な時は相手をすることもあるけど、その時間になるとそのほとんどが森川さんは帰ったあとだしね。

 で、今日も今日とて、忙しい時に来て声をかけていったわけで、私は立て続けに来たお客さんのドリンクを作っていたので、相手なんかできるわけがない。

「小夏、喉渇いた。ウーロン茶くれ」
「はーい」

 板長からのお願いに返事をして、厨房とフロアの人の分も一緒にウーロン茶をグラスに入れる。声をかけてそれを渡し、私もお客さんから見えないよう座って飲んだ。
 飲み終わったので、洗い物をするかと立ち上がったら座敷からドリンクオーダーの声が飛んで来たので、それを作った。

「小夏ちゃん、時間だからあがっていいよ」
「もうじき作り終えるので、これを作ったらあがりますね」

 十一時になり、店長に声をかけられたので、途中になってるドリンクやカクテルなどを作る。この時間からラストまでいる人と交代して着替えた。
 森川さんたちは私があがる五分くらい前に店を出ていたので、今はもういない。

「お先に失礼しまーす」
『お疲れ様でした!』

 挨拶をして店を出る。地上に出ると湿気がすごくて暑かった。
 空を見上げれば雲が出ていて、今にも雨が降りそうだった。降られないうちに帰りますか、と歩こうとしたら、声をかけられた。

「小夏ちゃん」
「あ、森川さん……」

 誰かと思って横を見たら、森川さんだった。

「どうしたんですか? 忘れ物ですか?」
「いや、小夏ちゃんに話があって。お店でする話じゃないし……」
「別にいいですけど、長くなるなら喫茶店でも行きますか?」
「いや、すぐに済むから」

 私に話があるなんて珍しいし、夜中の十二時までやってる喫茶店がふたつ隣のビルにあるので、そこまで行こうと思ったらすぐに済むという。なんだろうと思って首を傾げたら。

「小夏ちゃんが好きだ。きみが俺に興味ないのは知ってるから、興味を持ってもらえるよう、店に来たら口説くことにするよ」
「……へっ?!」

 まさか、そんなことを言われるとは思わなくて、思わず顔が赤くなってしまう。

「おー、かーわいいー! うん、やっぱいいな、小夏ちゃんの反応」
「ももも、森川さん?!」
「楽しみにしててね~、

 じゃあね、と言った森川さんは、手を振って駅のほうに歩いて行ってしまった。
 そして私は。

「……………………うそ、でしょ?」

 呆然としたまま徒歩二分のところにある自宅マンションに辿り着き、玄関の鍵を閉めてから部屋に入ると、ベッドにダイブしてそんなことを呟いた。
 まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだ。

「……うん、きっと冗談だ。冗談に違いない」

 お風呂に入って一息つくと、なんとか落ち着いた。そして考えれば考えるほど冗談にしか思えなくて、一人で納得していた。


 ――まさか私が休みの日以外は週に二回店に来てパントリー席に座り、ことあるごとに口説いてくるとか、休みの日にデートに誘われるとか。
 結局私もそれに絆されてお付合いをOKしたりとかできちゃった結婚することになろうとは、この時の私はこれっぽっちも思っていなかったのだった。

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