オカマ上司の恋人【R18】

饕餮

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圭視点

Clover Night

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 お正月休みも終わり、穂積 圭となって三日が過ぎた。

 役所から帰って来たあとでそれぞれの親に電話をして籍を入れたこと、式はまだ考えてないことを伝えると、式をできるだけ早く挙げることと穂積家との食事会を開いてほしいと言われた。それを泪に伝えると、「アタシも同じことを言われたわ」と言っていた。

 休み明け早々に「お圭ちゃんと入籍したから」と泪が事務所にいたメンバーにそう告げると、皆……特に、既婚者である飯田や岡崎に「おめでとう」と言われた。名字が変わったからといって何かが急に変わったわけではないけれど、事務所内での呼び名が『在沢』から『穂積』に変わり(泪は元から『泪さん』と呼ばれていたので変化なし)、そのことで特に何か言われたわけではないけれどなぜか太田一人だけがどんよりとしていた。
 具合でも悪いのかと首を傾げたものの、飯田や岡崎に『現実を見なかった太田こいつが悪い。ほっとけ!」と意味不明なことを言われ、そんなものかと二人の言う通りにほっとくことにした。


 ***


 泪と一緒に商談に出かけたその帰り。直帰してもいいことにはなっていたけれど、「たまにはデートしましょうか」と泪が言ってくれたのでどこに行くか相談するために喫茶店に入った。とりあえずコーヒーを頼むと、泪が「電話来ちゃった」と席を立ったので、「いってらっしゃい」と声をかける。
 それを待っている間、暮れなず逢魔が時おうまがどきをぼんやりと見ていると、椅子を引く音がして誰かが座った。
 泪かと思って顔を向けると、座っていたのは高林 充だった。その顔はなぜか怒っていた。

「君が羽多野 圭だったんだな。道理で見たことがあると思ったよ。君のせいで、高林うちは大変な目にあった」
「えっと……充さん?」
「学を歩けなくさせておきながら、自分も事故にあったと私や泪君に嘘をつくのか?」

 どうしてここで私が怪我をする原因となった学が出てくるのだろう?

「学……くん? それに、事故は嘘なんかじゃ……」
「嘘をつくな! ……上手く取り入ったもんだ! そんなに高林が……私や学が嫌いだったのか?!」
「一体何の……」
「圭に言いがかりを付けるの止めたら? みっともないよ、充さん」

 わけがわからなくて、充に何のことかと問おうとしたら別の声が割り込んだ。声のしたほうを見ると、佐藤 和哉だった。

「かずくん?」
「お、前……?」
「佐藤 和哉だよ、学の同級生の。覚えてない?」
「和哉……」
「かずくん、どうして……」
「実は商談の帰りなんだ。喉が渇いてここに来た。あっちでコーヒー飲んでたら、穂積さんと圭が入って来たんだ」

 座っていたほうに親指を向けて手を二度動かした。大丈夫だからと言って私の頭をポンポンと軽く叩き、佐藤は充に顔を向ける。

「みっともない、だと?!」
「ああ、みっともないね。あんた、なんであの町にいられなくなったのか知ってるのか?」
「こいつのせいだろう! 事故にあったと嘘を……」
「嘘じゃない。そして、嘘つきはあんたの弟だぞ?」

 佐藤の言葉に充が激高する。

「学が嘘をつくわけがないだろう!」
「嘘つきだよ。あの町の大人たちも、事故にあった子供やその親も、全員知ってる。それを学やあんたの親に言っても聞く耳を持たなかった。だからあの町の大人たちは呆れ返り、あんたの親から離れた。どうして離れたのかわけがわからず、一部の親からは敵意を向けられて、居た堪れなくなったあんたの親は引っ越した。まあ当然だよな……事故の当事者とその親兄弟を敵に回したんだから」
「嘘だ!」

 冷静に当時のことを話す佐藤に、充は怒りで顔を真っ赤にしている。

(何? 何の話? それに、充さんの弟が学くん、って……)

 学の兄は、刑事になった卓という人じゃないのかと疑問を持つ。
 そして思い出す……当時の事故のことを。

 あの事故は何人もの人が怪我をしたと聞いていた。私が生死の境を何日もさ迷っていたことも、入院している間に学がいつの間にか引っ越したことも、聞いてはいた。尤も、学が引っ越したと聞いたのは佐藤からだったのだけれど。

「じゃあ聞くけどさ、学はなんで歩けなくなったわけ?」
「学は、こいつが突飛ばしたから膝を打ち、歩けなくなったと……」
「はあ? たかが膝小僧擦りむいただけで? それに、どうやって家に帰ったんだ? 歩けないなら家になんて帰れないだろうが。学に甘いあんたや親のことだ、歩けないと聞けば迎えに行くだろう? どうせあんたのことだ、学の話を鵜呑みにしてその理由すら聞いてないんじゃないのか? それとも聞いたのか?」
「……」

 佐藤の問いかけに充が黙り込む。

「なんだよ、聞いてないのかよ。聞いてないくせによくもそんなことが言えるよな。それに診断書は? アイツが歩けないって言ってたんなら、杖や車椅子を用意するのに病院くらい行ったんだろ? あんたの家なら診断書を元に医療費請求くらいするだろが」
「……っ!」
「まさか、医療費を請求するどころか、病院にすら行ってない……なんて言わないよな?」
「それは……っ」

 佐藤は一旦言葉を切って溜息を吐くと、冷やかな視線を充に向ける。

「その感じだとどっちもやってなさそうだよな。……学が突き飛ばされたのは、靴紐を直していて、『ふらふらしてる車がいて危ないからこっちにこい』と言っても聞かなかったからだ。圭が突き飛ばさなかったら怪我をしたのは学で、下手すりゃ学は死んでた。ふん……どうせならアイツが死ねばよかったのにな。そうすりゃ嘘つきが治ったかも知れないよな」
「ちょっ、かずくん?!」
「なっ……!」

 冷やかな視線を充に向けながら、佐藤は毒を吐く。
 あのころはこんなことを言う人ではなかった。とても優しい人だった。おそらく佐藤と学との間に何かあったのだろう……私が知らないだけで。それだけの年数が過ぎているのだから。

「車が直前まで迫ってたにも拘わらず、何度も……俺や圭や加奈、あきらやノブ――信之のぶゆきが何度も『危ないからこっちに来い!』って言っても学はこっちの話を信じなかった」
「何で和哉がそんなことを……」
「知ってるかって? 俺もその事故の当事者だからさ」

 そう言って佐藤は左のシャツの袖を捲り、充に傷を見せると彼は息を呑んだ。

「……っ!」
「今でもこっちの手の動きは鈍いが、俺はこれだけですんだ。そして他の連中も似たり寄ったりの傷だ。学は膝小僧を擦りむいたことに逆ギレして、こっちを見もせずに逃げた。当然、学は痕に残るような傷なんてないよな。だが、学を庇った圭は……っ!」
「全身に傷がある……女の子なのにな……。そして死にかけた」

 佐藤の言葉を引き継ぐように、別の誰かの声が割って入る。パッとそちらを見ると泪だった。手には先ほどまで持っていなかった紙を持っており、充に向ける視線は冷やかで、視線だけで射殺せそうなほどだった。

「泪さん……?」
「輸血が間に合わなくて、病院が献血を募るほどだった」

 泪がバサリと紙をテーブルに投げつけるよう、充の目の前に置いた。その紙にはひしゃげた店舗の柱と散乱したガラス、奥に座り込んでいる人々、担架に乗せられた人が救急隊員によって救急車に運び込まれようとしていた写真が貼りつけられていた。見出しには『男の子を庇った女の子、重体』と大きく書かれている。

「――っ!」
「これは当時の新聞のコピーだ。前嶋さんが持って来た。あとでみたらどうだ?」
「で……でっち上げ……」
「新聞の日付を見てからものを言えよ、充さん」
「でっち上げじゃない! それにっ、それにあれはなんだよ?! 学は今でも車椅子に乗ってるんじゃなかったのか?!」

 突然怒りをあらわにして外を指差した佐藤を訝しみ、眉を顰める。その手につられるように充は外を見て突然立ち上がったのでそれに驚いて私も外を見たのだけれど、薄暗くなっているうえにちょうど眼鏡を外してしまった私には、その人の顔はよくわからなかった。

「学?! なんでっ!」

 充は呆然と呟き、体を震わせている。

「まったく……嘘つきはどっちだよっ! 女の子に怪我させといて……命を助けてもらっておきながら見舞いにも行かず、身内の嘘も見抜けない最低野郎はどっちだよ!」
「く……っ!」

 充は顔面を蒼白にしながらコピーを掴んで出ていき、女性と腕を組んで歩いていた男めがけて走って行くと、その腕を掴んで何か言い合いを始めた。

「最低野郎が! 謝りもしねえで……胸糞わりい!」
「かずくん……」
「圭を庇ってくれてありがとう」

 泪の言葉に、佐藤は怒りを鎮めるように深呼吸すると、泪に顔を向けた。

「いや。ちょうど専務たちが入って来たから声をかけるタイミングを見計らっていたら、充さんが言いがかりをつけ始めたから。それに俺も当事者だし」
「かずくん……。って、あれ? どうして泪さんが専務って知ってるの?」
「ああ、俺、穂積で営業してるから」

 佐藤が告げた言葉に驚く。まさか同じ会社にいるとは思わなかったのだ。

「嘘っ!」
「ホント」
「泪さんは知ってたの?」
「初めて会った時に名刺を交換して、お互いに知った」

 それを聞いて、買い物に出かけた時のことを思い出した。
 泪から聞かされる話は、いつもあとになって聞かされている気がする。それがなんだか悔しい。それにしても……。

「かずくん、あそこに学君がいるってよくわかったね」
「俺もびっくりした。たまたま目線を外に向けたら、ちょうど学が通りかかったから」
「それにしたって……」
「日頃の行いがいいからってことにしといてくれ」
「なにそれ」

 ニヤリ、と笑った佐藤につい苦笑してしまう。

「いずれにしても助かったよ」
「いえ。あれは俺も頭に来てたから、ちょうどよかったですよ」
「アタシもあの胡散臭い男が嫌いだったから、胸がスカッとしたわ」

 いきなりオネエ言葉に戻った泪に、佐藤が驚いた顔をする。まあ……知らなかったらそうなるよね。

「え……?」
「あら。つい地がでちゃったわ」
「うわぁ……専務のあの噂ってホントだったんだ……」

 がっくりと項垂れた佐藤に、泪は「ナイショよ」と唇に人差し指を当てる。

「誰にも言いませんよ……てか、言えません……」
「アリガト♪ あと、圭と結婚したから」
「……はぁ?!」

 もののついでみたいな言い方をした泪にいきなり左手を掴まれ、手の甲を佐藤に向けられた。泪も自身で左手の手の甲を佐藤に向けている。

「社長は知ってるから。でも、社長から発表があるまでは、他の連中にはナイショね」
「……言えるわけないでしょうが……」

 頭を抱えてぶつぶつと呟いた佐藤はおもむろに顔を上げて笑顔で「おめでとう」と言うと、「俺も勇気出してアイツにプロポーズすっかな……」と呟いた。


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