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過去篇
始まりは過去 参
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『居合いができるなら、居合いの稽古をしたい』
いきなり、しかも初めてそう言った姫のために、道場に着いてすぐ支度を始める。邪魔にならないよう、部屋の隅で姫は刀を前に置き、目を瞑ってじっと座っている。瞑想……というやつだ。
(昨日も思ったが……やはり何かがおかしいでござる。本当に奈都姫なのでござろうか? ……もしかして本当に頭を打ったれたか、或いは別の要因か……)
そんな自分の考えに頭を横に振る。いずれわかる時が来るのだろうか……?
支度が終わり、姫に声をかける。
「姫、支度が整ってでござる」
そう声をかけると、姫がスッと瞼を開け、「ありがとうございます」と微笑んだ。そして立ち上がると、藁で作られた物の前まで静かに歩き、その前に立つ。
(なんと儚げな微笑みなのか……。あんな顔をなさる方だったか?)
普段の姫を思い浮かべながら、自身の掌をギュッと握る。
彼女は主君の姫だ。そして殿から賜った拙者の仕事のひとつでもある。姫がどこかの大名子息に嫁ぐまで、お育て申し上げると誓った。
なのに……。
揺らぐ。わけのわからぬ己自身の感情に。
その時、薄く姫に重なる影の存在に気付いた。
銀色の長い髪に、真紅の目。
その姿にスッ、と目を細める。
やはり、姫は頭を打ったのではなく、もののけの類いに取り憑かれていたのだと思案する。
どうすれば取り除くことができるであろうか?
いや、このままにしておけば、淑やかな姫のまま……。
ひゅっ!
ざっ!
ざっ!
チン!
考えに耽っていたそんな自分を引き戻したのは、そんな音だった。
いつの間にか刀を構え、鋭い刀捌きで藁を切断していた。
***
そっと息を吐くと刀の鍔に左手の親指をかけ、音を立てずにそっと上に上げる。
鍔の持ち手側には右手。そのまま金属が擦れるような音をさせながら刀を引き抜き、横に凪ぎ払う。
そして刃を返し、袈裟掛けに切る。
切っ先を鞘にあて、スッ、としまう。
チン、と言う金属の音とともに、藁がバサッと落ちた。
「ふぅ~……」
できたことに安堵して、詰めていた息を吐いた。
(久し振りだったけど、なんとかできた~。居合いを教えてくれたお爺ちゃんに感謝! けど……なんだろう? この雰囲気……)
私が刀を持って現れた時も瞑想をしている時もそうだったけど、居合いをしたあとはそれ以上にひどくて、息を飲む気配とひそひそ声も聞こえる。けど、今は無視することに決めた……私にとっては知らない人ばかりだし。
(刀が床の間にあったし、使っても問題ないと思ったんだけど……)
それとも、刀を使ったら駄目だったんだろうか……と考えていたら、その時地を這うような、低い怒りを帯びた宗重さんの声がした。
「ひ~め~……!」
「はっ、はひっ?!」
「やればできるではござらぬか! 何故に今までやりませなんだ!」
「え、えと、あの、ですね……」
そんなことを言われても、私のは身に覚えのないことなのでそれを説明しようとしたんだけど、宗重さんに遮られてしまった。もう……昨日からこの人に話しを遮られてばっかだよ。
「ほう……? 拙者に言い訳をなさると? ……どうやら姫には、長ーいお説教が必要でござるな」
「お、お説教?!」
「さぁ、いざ参いらん!」
「ち、ちょっと!」
待ってと言う暇もなく腕をぐっと引っ張られ、私を引き摺るように道場から連れ出された。
「庭に出よう。そこなら誰かに聞かれる心配はないでござる」
「……はい……」
道場を出たあと、どこに行くのだろう? と考えていると、宗重さんはそう言って私を庭に連れ出してくれた。まあ、あそこにいるよりはマシだからいいんだけど……。
(どんなお説教されるんだろう……)
私のせいじゃないんだけどなあ……なんて思いながら、彼のあとをついていく。そして庭の真ん中で池がある辺りに来た頃、突然宗重さんが立ち止まり、こちらに振り向いた。左手は腰に刺した刀に添えられていることから、かなり警戒されていることが窺える。
「……そなた、奈都姫ではないでござるな」
「えっ?」
いきなりそう指摘されて驚く。
「姿形は奈都姫でも、性格はまるで違うでござる」
「……」
「拙者はずっと、陰に日向に姫をお守り申していた。拙者に知られずに入れ代わるなど、あり得ん」
「……っ」
入れ代わった? ことを指摘されて息を呑む。わかってくれた人がいることが少しだけ嬉しくなる。
だけど、そこから続く宗重さんの言葉は、ナイフのようにとても鋭いものだった。
「それに、あの居合い。奈都姫には教えてはおらぬ故、あのような鋭い居合いはできん」
「……っ!!」
「しかも……抜刀直前、銀の長い髪、紅い目のおなごが奈都姫に重なって見えたでござるよ」
そう指摘されて俯くと、池の水に映った私じゃない奈都姫の顔が、哀しげに歪む。
「そなた……物の怪か? いつ、どうやって奈都姫に憑いた?」
わかってくれたけど、わかってくれなかった……それがなんだか哀しい。水に映る哀しげな瞳を一旦閉じると、奈都姫はそのまま考えを巡らし、目を開ける。
正直に話したほうがいいと思ったからだ。
「信じてもらえないかも知れないけど……」
そういって話し始めた内容は、俄かには信じられない内容だったと、後日宗重さんに言われた。
いきなり、しかも初めてそう言った姫のために、道場に着いてすぐ支度を始める。邪魔にならないよう、部屋の隅で姫は刀を前に置き、目を瞑ってじっと座っている。瞑想……というやつだ。
(昨日も思ったが……やはり何かがおかしいでござる。本当に奈都姫なのでござろうか? ……もしかして本当に頭を打ったれたか、或いは別の要因か……)
そんな自分の考えに頭を横に振る。いずれわかる時が来るのだろうか……?
支度が終わり、姫に声をかける。
「姫、支度が整ってでござる」
そう声をかけると、姫がスッと瞼を開け、「ありがとうございます」と微笑んだ。そして立ち上がると、藁で作られた物の前まで静かに歩き、その前に立つ。
(なんと儚げな微笑みなのか……。あんな顔をなさる方だったか?)
普段の姫を思い浮かべながら、自身の掌をギュッと握る。
彼女は主君の姫だ。そして殿から賜った拙者の仕事のひとつでもある。姫がどこかの大名子息に嫁ぐまで、お育て申し上げると誓った。
なのに……。
揺らぐ。わけのわからぬ己自身の感情に。
その時、薄く姫に重なる影の存在に気付いた。
銀色の長い髪に、真紅の目。
その姿にスッ、と目を細める。
やはり、姫は頭を打ったのではなく、もののけの類いに取り憑かれていたのだと思案する。
どうすれば取り除くことができるであろうか?
いや、このままにしておけば、淑やかな姫のまま……。
ひゅっ!
ざっ!
ざっ!
チン!
考えに耽っていたそんな自分を引き戻したのは、そんな音だった。
いつの間にか刀を構え、鋭い刀捌きで藁を切断していた。
***
そっと息を吐くと刀の鍔に左手の親指をかけ、音を立てずにそっと上に上げる。
鍔の持ち手側には右手。そのまま金属が擦れるような音をさせながら刀を引き抜き、横に凪ぎ払う。
そして刃を返し、袈裟掛けに切る。
切っ先を鞘にあて、スッ、としまう。
チン、と言う金属の音とともに、藁がバサッと落ちた。
「ふぅ~……」
できたことに安堵して、詰めていた息を吐いた。
(久し振りだったけど、なんとかできた~。居合いを教えてくれたお爺ちゃんに感謝! けど……なんだろう? この雰囲気……)
私が刀を持って現れた時も瞑想をしている時もそうだったけど、居合いをしたあとはそれ以上にひどくて、息を飲む気配とひそひそ声も聞こえる。けど、今は無視することに決めた……私にとっては知らない人ばかりだし。
(刀が床の間にあったし、使っても問題ないと思ったんだけど……)
それとも、刀を使ったら駄目だったんだろうか……と考えていたら、その時地を這うような、低い怒りを帯びた宗重さんの声がした。
「ひ~め~……!」
「はっ、はひっ?!」
「やればできるではござらぬか! 何故に今までやりませなんだ!」
「え、えと、あの、ですね……」
そんなことを言われても、私のは身に覚えのないことなのでそれを説明しようとしたんだけど、宗重さんに遮られてしまった。もう……昨日からこの人に話しを遮られてばっかだよ。
「ほう……? 拙者に言い訳をなさると? ……どうやら姫には、長ーいお説教が必要でござるな」
「お、お説教?!」
「さぁ、いざ参いらん!」
「ち、ちょっと!」
待ってと言う暇もなく腕をぐっと引っ張られ、私を引き摺るように道場から連れ出された。
「庭に出よう。そこなら誰かに聞かれる心配はないでござる」
「……はい……」
道場を出たあと、どこに行くのだろう? と考えていると、宗重さんはそう言って私を庭に連れ出してくれた。まあ、あそこにいるよりはマシだからいいんだけど……。
(どんなお説教されるんだろう……)
私のせいじゃないんだけどなあ……なんて思いながら、彼のあとをついていく。そして庭の真ん中で池がある辺りに来た頃、突然宗重さんが立ち止まり、こちらに振り向いた。左手は腰に刺した刀に添えられていることから、かなり警戒されていることが窺える。
「……そなた、奈都姫ではないでござるな」
「えっ?」
いきなりそう指摘されて驚く。
「姿形は奈都姫でも、性格はまるで違うでござる」
「……」
「拙者はずっと、陰に日向に姫をお守り申していた。拙者に知られずに入れ代わるなど、あり得ん」
「……っ」
入れ代わった? ことを指摘されて息を呑む。わかってくれた人がいることが少しだけ嬉しくなる。
だけど、そこから続く宗重さんの言葉は、ナイフのようにとても鋭いものだった。
「それに、あの居合い。奈都姫には教えてはおらぬ故、あのような鋭い居合いはできん」
「……っ!!」
「しかも……抜刀直前、銀の長い髪、紅い目のおなごが奈都姫に重なって見えたでござるよ」
そう指摘されて俯くと、池の水に映った私じゃない奈都姫の顔が、哀しげに歪む。
「そなた……物の怪か? いつ、どうやって奈都姫に憑いた?」
わかってくれたけど、わかってくれなかった……それがなんだか哀しい。水に映る哀しげな瞳を一旦閉じると、奈都姫はそのまま考えを巡らし、目を開ける。
正直に話したほうがいいと思ったからだ。
「信じてもらえないかも知れないけど……」
そういって話し始めた内容は、俄かには信じられない内容だったと、後日宗重さんに言われた。
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