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奈都姫様が来てから、一月が過ぎた。未だ彼女の名前を聞くことができずにいたから、そう呼ぶしかないのだが。
そして居合いの噂が流れているのか、襲撃らしい襲撃はあの日以来なかった。だからといって安心などできぬし、警戒も怠ってはいない。
(警戒しているのか、それとも……)
着々と準備しているのか。だとしたら、相当の手だれになる可能性もあるし、そうではないかも知れない。
尤も、この屋敷にも警護の者が巡回しているので、そうやすやすと侵入を許しはしないのだが。
(そろそろ次の襲撃があってもおかしくはないでござるが……)
そう考えながら、ちらりと横を向く。少し離れた場所にいるのは奈都姫様だ。
彼女を警護しながらその様子を見ていた。
奈都姫様を問いただした翌日。
『奈都姫様のように振る舞ってはくれぬか』
と、彼女に無茶なお願いをしたのだ。彼女はしばし逡巡していたものの、結局は「是」と頷いてくれた。
それから思いつく限りの行動や言動を奈都姫様に伝え、表情も立ち居振舞いも最初の頃よりは奈都姫様らしく振る舞ってくれているのは知っている。
だが、最近はなぜか拙者と二人きりになると拙者との距離を置き、尚且つ本来の性格である奈都姫様に戻ってしまう。
(はて……拙者は何かしたのでござろうか……?)
少し離れた場所に座って猫と戯れてい奈都姫様を、とても大事だと思うし可愛く思う。
だが、奈都姫様は主君の姫君だ。それは重々わかっている。
――では中身である奈都姫様はどうなのだ……?
そこまで考えてぐっと拳を握りしめ、自問し続ける。最近は、こんなことばかり考えている拙者が情けない。
「痛っ!」
そんな時に声が聞こえ、我に返って奈都姫様の側に向かう。猫は彼女の声に驚いたのか、低木の方に逃げ隠れてしまった。
「いかがなされた!」
「猫が嫌がることをしたみたいで……引っ掻かれてしまったんです……」
溜息をついた奈都姫様の右の手の甲には、引っかかれたであろう赤い筋が何本か走っていた。
「すぐに手当てを」
「そ、その、自分でできますから、大丈夫です」
「左手で手当てなど……」
「いえ、できますから! 私のことは放っておいてください!」
「あっ! 姫!?」
立ち上がると、手を押さえたままバタバタと走って逃げる姫を追いかけ、城の廊下に上がる前に二の腕を掴むと、正面を向かせた。だが、姫は俯いていて、その顔は見えない。
「姫! どうされたのです?!」
「……なさい」
「は?」
「貴方の大事な奈都姫さんの身体に傷をつけて、ごめんなさい!」
いきなりそう言われ、頭を下げられた事に動揺する。
「何を、言って……」
「……いつも私を見るのとは違う目で、奈都姫さんを見てますよね?」
「……は?」
意味不明なことを聞かれて、つい問い返してしまった。だが、顔を上げて拙者を見た奈都姫様の顔は、後悔をその目に浮かべ、今にも泣きそうな顔をしていた。
何故そのような顔をなさるのか、拙者にはわからない。
「え……気付いていないんですか……?」
「言われていることがよくわかりませぬが? それより手当を」
「わからないなら、いいです。それに、手当は」
「ご自分でできるはずがないでござろう? でしたら、拙者が」
して差し上げましょう、と言おうとしたところで、ちょうどいいところ明石殿が来てしまった。
明石殿は奈都姫様が『じい』と呼ぶお方で、姫の世話係兼教育係でもある。
「おお、よいところに来たのじゃ。じい、猫に引っ掻かれてしまったのじゃ。手当をしてくれぬか」
「お珍しいですな。いつもは」
「引っ掻くほうだ、と言いたいのじゃろう? ふん、煩いじじいめ」
「煩いとは何事ですか! わしは姫のためを思い、進言しておるのですぞ!」
「それが煩いと申すのじゃ!」
「姫のほうこそ、お声が大きいですぞ。……どれ」
小言を言いながら、明石殿がてきぱきと消毒して薬を塗って行く。そしてあっという間に手当てが終わり、手に包帯が巻かれた。
さすが、幼少の頃から姫と接しているだけあって、手際がいい。
「きつくありませぬか?」
明石殿にそう聞かれた奈都姫様は、右の手のひらを握ったり開いたりして、包帯のキツさを確かめている。
「うん、大丈夫のようじゃ。ありがとうなのじゃ、じい」
「……」
「ん? じい、どうかしたかえ?」
「おお……姫が……っ、姫がありがとう、と言うてくださるとは……! 苦節ウン十年、この明石、嬉しゅうございますぞ!」
よよよ、と泣き真似をする明石を、奈都姫様はあっけにとられながら見ていた。
そんな二人の様子を、会話を聞きながらも拙者は奈都姫様を観察する。
苦笑しながらも、どこか寂しげな様子の、奈都姫様を。
その時、後ろから『カサリ』と小さな音がした。
二人から離れ、刀を抜き様に後ろを振り向き、相手の首筋に刃をピタリとあてる。
「お、おい、脅かすな!」
その声の主を見て溜息をつき、刀をしまう。幼馴染であり、親友でもある藤堂 政親だったからだ。
「気配を殺して後ろから近づくからだろうが」
「うっ……それは悪かった。ただ、最近のお前はいつも考え事をしているようだから、気配すらも読めないかと……」
「そんなはずなかろう?」
さすがは幼馴染、よくわかっている。だが、考え事をしていたからといって気配を察せられないほど、没頭しているわけではないのだ。
「そうだよなぁ。なあ、宗重」
「なんだ?」
「最近、姫様の様子変わったよな」
「そうか?」
「それとも、お主が変わったのか」
「……なぜ、そう思う」
何かを探るような政親は拙者のほうを見ると、思いっきりはぁ~、と溜息をついた。……意味がわからん。
「そんな顔して姫様を見てるくせに、無自覚か?」
「拙者はもともとこういう顔でござるが」
「……わからんのか? まぁ、いい。ただ、噂になってるぞ」
「……どのような」
いきなり拙者の肩を組み、内緒話をするかのように顔を近づけ、小さな声で教えてくれた。
「『堅物の中邑 宗重が、姫に懸相してる』ってな」
「っ!!」
その内容に衝撃を受け、危うく声を出すところだった。
「あんなに『姫は主君だ! 懸相などありえん!』と言ってたのになぁ~」
「おい……お主、そんなことを言うために、わざわざ気配を殺してまで近づいて来たのでござるか?」
憮然としながら問いかけれが、政親は肩を竦めた。
「そういうわけではないんだが……。はぁ……この堅物めが! 本当は気付いているのだろう? 押し殺しているだけで」
「さてな」
「ここだけの話だが、姫に輿入れの話が来ている。殿はすごく乗り気だぞ」
「そうか」
宗重のそっけない言葉に一瞬眉を顰めながらも、政親はひそひそと声を落としてそう告げると、肩をポン、と叩く。
「嫁に行ってからでは、遅いぞ? じゃあな」
そう忠告し、「はははっ」と笑って歩いて行った。
「奈都姫様を見ていたわけではないでござるがなあ……」
そう一人ごちたものの、政親のせいで気付いてしまった。モヤモヤとしていた、自身の気持ちに。
(拙者は……)
拙者は奈都姫様を見て、密かにある決意を固めた。
そして居合いの噂が流れているのか、襲撃らしい襲撃はあの日以来なかった。だからといって安心などできぬし、警戒も怠ってはいない。
(警戒しているのか、それとも……)
着々と準備しているのか。だとしたら、相当の手だれになる可能性もあるし、そうではないかも知れない。
尤も、この屋敷にも警護の者が巡回しているので、そうやすやすと侵入を許しはしないのだが。
(そろそろ次の襲撃があってもおかしくはないでござるが……)
そう考えながら、ちらりと横を向く。少し離れた場所にいるのは奈都姫様だ。
彼女を警護しながらその様子を見ていた。
奈都姫様を問いただした翌日。
『奈都姫様のように振る舞ってはくれぬか』
と、彼女に無茶なお願いをしたのだ。彼女はしばし逡巡していたものの、結局は「是」と頷いてくれた。
それから思いつく限りの行動や言動を奈都姫様に伝え、表情も立ち居振舞いも最初の頃よりは奈都姫様らしく振る舞ってくれているのは知っている。
だが、最近はなぜか拙者と二人きりになると拙者との距離を置き、尚且つ本来の性格である奈都姫様に戻ってしまう。
(はて……拙者は何かしたのでござろうか……?)
少し離れた場所に座って猫と戯れてい奈都姫様を、とても大事だと思うし可愛く思う。
だが、奈都姫様は主君の姫君だ。それは重々わかっている。
――では中身である奈都姫様はどうなのだ……?
そこまで考えてぐっと拳を握りしめ、自問し続ける。最近は、こんなことばかり考えている拙者が情けない。
「痛っ!」
そんな時に声が聞こえ、我に返って奈都姫様の側に向かう。猫は彼女の声に驚いたのか、低木の方に逃げ隠れてしまった。
「いかがなされた!」
「猫が嫌がることをしたみたいで……引っ掻かれてしまったんです……」
溜息をついた奈都姫様の右の手の甲には、引っかかれたであろう赤い筋が何本か走っていた。
「すぐに手当てを」
「そ、その、自分でできますから、大丈夫です」
「左手で手当てなど……」
「いえ、できますから! 私のことは放っておいてください!」
「あっ! 姫!?」
立ち上がると、手を押さえたままバタバタと走って逃げる姫を追いかけ、城の廊下に上がる前に二の腕を掴むと、正面を向かせた。だが、姫は俯いていて、その顔は見えない。
「姫! どうされたのです?!」
「……なさい」
「は?」
「貴方の大事な奈都姫さんの身体に傷をつけて、ごめんなさい!」
いきなりそう言われ、頭を下げられた事に動揺する。
「何を、言って……」
「……いつも私を見るのとは違う目で、奈都姫さんを見てますよね?」
「……は?」
意味不明なことを聞かれて、つい問い返してしまった。だが、顔を上げて拙者を見た奈都姫様の顔は、後悔をその目に浮かべ、今にも泣きそうな顔をしていた。
何故そのような顔をなさるのか、拙者にはわからない。
「え……気付いていないんですか……?」
「言われていることがよくわかりませぬが? それより手当を」
「わからないなら、いいです。それに、手当は」
「ご自分でできるはずがないでござろう? でしたら、拙者が」
して差し上げましょう、と言おうとしたところで、ちょうどいいところ明石殿が来てしまった。
明石殿は奈都姫様が『じい』と呼ぶお方で、姫の世話係兼教育係でもある。
「おお、よいところに来たのじゃ。じい、猫に引っ掻かれてしまったのじゃ。手当をしてくれぬか」
「お珍しいですな。いつもは」
「引っ掻くほうだ、と言いたいのじゃろう? ふん、煩いじじいめ」
「煩いとは何事ですか! わしは姫のためを思い、進言しておるのですぞ!」
「それが煩いと申すのじゃ!」
「姫のほうこそ、お声が大きいですぞ。……どれ」
小言を言いながら、明石殿がてきぱきと消毒して薬を塗って行く。そしてあっという間に手当てが終わり、手に包帯が巻かれた。
さすが、幼少の頃から姫と接しているだけあって、手際がいい。
「きつくありませぬか?」
明石殿にそう聞かれた奈都姫様は、右の手のひらを握ったり開いたりして、包帯のキツさを確かめている。
「うん、大丈夫のようじゃ。ありがとうなのじゃ、じい」
「……」
「ん? じい、どうかしたかえ?」
「おお……姫が……っ、姫がありがとう、と言うてくださるとは……! 苦節ウン十年、この明石、嬉しゅうございますぞ!」
よよよ、と泣き真似をする明石を、奈都姫様はあっけにとられながら見ていた。
そんな二人の様子を、会話を聞きながらも拙者は奈都姫様を観察する。
苦笑しながらも、どこか寂しげな様子の、奈都姫様を。
その時、後ろから『カサリ』と小さな音がした。
二人から離れ、刀を抜き様に後ろを振り向き、相手の首筋に刃をピタリとあてる。
「お、おい、脅かすな!」
その声の主を見て溜息をつき、刀をしまう。幼馴染であり、親友でもある藤堂 政親だったからだ。
「気配を殺して後ろから近づくからだろうが」
「うっ……それは悪かった。ただ、最近のお前はいつも考え事をしているようだから、気配すらも読めないかと……」
「そんなはずなかろう?」
さすがは幼馴染、よくわかっている。だが、考え事をしていたからといって気配を察せられないほど、没頭しているわけではないのだ。
「そうだよなぁ。なあ、宗重」
「なんだ?」
「最近、姫様の様子変わったよな」
「そうか?」
「それとも、お主が変わったのか」
「……なぜ、そう思う」
何かを探るような政親は拙者のほうを見ると、思いっきりはぁ~、と溜息をついた。……意味がわからん。
「そんな顔して姫様を見てるくせに、無自覚か?」
「拙者はもともとこういう顔でござるが」
「……わからんのか? まぁ、いい。ただ、噂になってるぞ」
「……どのような」
いきなり拙者の肩を組み、内緒話をするかのように顔を近づけ、小さな声で教えてくれた。
「『堅物の中邑 宗重が、姫に懸相してる』ってな」
「っ!!」
その内容に衝撃を受け、危うく声を出すところだった。
「あんなに『姫は主君だ! 懸相などありえん!』と言ってたのになぁ~」
「おい……お主、そんなことを言うために、わざわざ気配を殺してまで近づいて来たのでござるか?」
憮然としながら問いかけれが、政親は肩を竦めた。
「そういうわけではないんだが……。はぁ……この堅物めが! 本当は気付いているのだろう? 押し殺しているだけで」
「さてな」
「ここだけの話だが、姫に輿入れの話が来ている。殿はすごく乗り気だぞ」
「そうか」
宗重のそっけない言葉に一瞬眉を顰めながらも、政親はひそひそと声を落としてそう告げると、肩をポン、と叩く。
「嫁に行ってからでは、遅いぞ? じゃあな」
そう忠告し、「はははっ」と笑って歩いて行った。
「奈都姫様を見ていたわけではないでござるがなあ……」
そう一人ごちたものの、政親のせいで気付いてしまった。モヤモヤとしていた、自身の気持ちに。
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