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1巻
1-3
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最後に残った【ライニグング】は浄化用の魔法。今までの三つと違って、これはいきなり最上級のものが使えるようだ。
光魔法を使える者であれば誰でも使用可能な【ピュリフィ】が初級のはずなんだが……私の場合、なぜか【ライニグング】以外、【ピュリフィ】をはじめとするその他の浄化魔法がすべて白い文字になっている。尚且つ、その横に赤い文字で「使用不能」と書かれているのだ。
不可ではなく不能。使っちゃダメじゃなく使えないってこと。なんでよ!
憶測になるけれど、世界中を旅して浄化して回るからじゃないかと思う。だって神獣と、彼らの棲み処や本拠地の穢れを祓うんだよ? しかも、神域にいるバステト様や他の管理者の穢れをも浄化するのだ。
初級の【ピュリフィ】では、何度も使用する羽目になって浄化が追いつかない、または浄化しきれないんじゃなかろうか。……神獣どころか、神さえ穢すほどのものだしね。正解な気がする。
とにかく、視界の隅に蠢いている気持ち悪い靄を消すべく、【ライニグング】をやってみよう。
魔法使用には詠唱が必要なのかな。そう思いつつ、【ライニグング】をタップする。
すると、厨二病チックな長ったらしい詠唱文が出てきた……が、なんと白い文字になっている。その横に「詠唱破棄可能」と書かれているではないか!
【聖域展開】と同じかよ!
「え~……いいんだ、しょれで……」
ま、まあ、サ行がきちんと発音できない幼児の舌足らずな詠唱で、魔法が不発になるよりいいか。下手すれば暴発する可能性だってあるし。
詠唱破棄が可能なら、【ライニグング】と言葉に出す必要もない? 無詠唱でもいけるんじゃね? なんて考え、靄を見ながら心の中で【ライニグング】と唱えた。
すると……。
「ギャァァァァッ!!」
痛がるように激しく蠢いた靄はなぜか悲鳴を上げ、輝く光をまとって消えていく。そして光の粒子となって、天に昇っていった。
おおぅ……一発で穢れの浄化ができてしまった! なんというチートだ、神族! さすが、光魔法に特化した種族だ~!
「……にゃはは~」
乾いた笑いをこぼしたあと、溜息をつく。
誰かに見られてもいいよう、浄化するときは無詠唱でやろう。そうしよう。そうすれば知らん顔して誤魔化せるかもしれないしね。
決意も新たにしたところで疲れを感じる。不思議ななにか……たとえるなら経験値が流れてくる感覚と同時に、超有名なRPGのレベルアップ音がした。……いいのかよ、それ。
もう一度溜息をつくと、お腹が鳴った。魔法を使ったことで、エネルギーを消費したんだろうか? 考えても仕方がないと、中断していた作業……夕食選びに戻る。
すぐに食べられる食料として、鞄の中にはパンや果物があった。パンといっても、菓子パンやロールパンなど多岐にわたっている。どれにしようか迷い、真ん中にバターが入っている、干しブドウ入りのロールパンを出す。
大きさは日本で市販されていたものと同じくらい。ただ、幼児が食べるには大きすぎるのよねぇ。
まあいいかと今度は水筒を出す。なんと、水筒にはいくつか種類があったのだ! 私が今まで飲んでいたものの蓋には、いつの間にか、「緑茶」と書かれたシールが貼られていた。緑茶の他にも紅茶が三種類と水、ヨーグルトと牛乳まであるではないか!
ちなみに蓋の色は、緑茶は緑、紅茶は紅と薄いピンクと黄、水は半透明の水色で、ヨーグルトは白色だ。牛乳は蓋だけではなく水筒のボトルも他と色が違い、白と黒の牛柄であ~る。
「ばしゅてとしゃま、ありあとー!」
これはテンションが上がる! なんてウキウキしつつ、私はヨーグルトをコップに注いだ。
牛乳は明日の朝、起きたら飲むことにしよう。
水筒の中身だが、さっきからかなり飲んでいるにもかかわらず、重さが変わらない。どうやら中身が減らない仕様になっているみたい。ありがたや~。
パンをもぐもぐと齧っては、ヨーグルトを飲んで流し込む。幼児一人での食事は、はっきり言って一苦労なのだ。
食べ終わるころにはすっかり疲れてしまい、それなりに歩いたこともあって、とても眠い。
寒くなる前に眠ってしまおうと水筒を鞄にしまい、毛布をかぶって寝転がる。
どれくらいこの森を歩けば、人がいる場所に辿り着けるんだろう……。そんな不安からちょっと泣けてきたけれど、首に巻きっぱなしだったタオルで涙を拭き、そのまま目を瞑る。
あっという間にウトウトしてきた。
〈穢れ――……いる?〉
「うにゅ……」
〈それに……――気配がする。やはり、――。だが、我も――、あやつ――、試練を――〉
ん……なんだかテノール寄りのバリトンボイスが聞こえる。誰か来たんだろうか。
なにか言っているみたいだけれど眠すぎて、目が開けられそうにない……なんて考えていると、ふわりと温かいものに包まれる感覚があった。
なんだかとっても安心感がある。どういえばいいのかな。父親に抱っこされて護られているような感じ? 誰がいるにせよ、私はその安心感に身を任せ、眠りに落ちた。
❖ ❖ ❖
ふと目を開けたら、こちらを覗き込む金色の目が見えた。縦長の瞳孔で、猫のような目だ。あたりが暗いからか、瞳孔はすぐ真ん丸になり、虹彩はほぼ見えなくなった。
「……うにゅ?」
〈おはよう、幼子よ。よく眠れたか?〉
「おあようごじゃいましゅ。あい、よくねむれまちた」
〈それは僥倖〉
つい流されてしまったけれど、よくわからないものと会話をしてしまった。そっと見上げれば、真っ黒いなにか、よーく見ると虎だ。真っ黒で銀色の縞模様があるタイガー。
昨日の靄みたいなゾワゾワは感じなかった。
肉食獣を目の前にして、絶体絶命の状況であるはずなのに不思議と焦りはない。
黒虎からはバステト様のような神々しさを感じる。魔物ではなく、神獣だろうか。……エジプト神話に黒い虎っていたっけ?
中国神話の怪物で四凶の一角に、似たような姿をしているものがいるのは知っているが。
まあ、いっか。
「……わたちをたべりゅ?」
〈幼子をか? 食べはせん。我はバステト様の使いだからな〉
「ばしゅてとしゃまの?」
〈ああ。そなたからは、主神であるバステト様の気配がする〉
「……」
寝起きにいきなりの展開で頭が混乱している。バステト様を知っているってことは、もしかしたら私のことも聞いているかもしれない。
この大きな黒虎に、ここに来た経緯を話してもいいんじゃなかろうか、と思う。
まあ、その前にね? ボヤいていいかな?
「トラしゃんと、しょうぐうしまちた……」
私の呟きをスルーした黒虎は、優しく言う。
〈夜明けまでまだあと少しある。幼子よ、もう少し眠るがいい〉
「あい……ありあとでしゅ」
黒虎に促されて目を瞑ると、すぐに寝入ってしまった。
朝が来て、完全に目が覚めた。黒虎におはようと挨拶をし、毛布やラグなどを片づけて鞄にしまう。
〈ずっと幼子と呼ぶのもな……。名前を教えてくれるか?〉
「ステラでしゅ。トラしゃんのおなまえは、なんでしゅか?」
〈虎と呼ばれる動物ではない、ティーガーという魔物だ。我の名はバトラー。バステト様につけていただいた名で、バステト様の名前から二文字をもらっている〉
「しゅてき! あの、わたちといっちょなの。わたちもばしゅてとしゃまのおなまえから、いちぶをいたらいたの」
〈そうか。我と一緒だな〉
穏やかで渋い声。耳に心地いい声だ。ずっと聞いていたくなる、私好みの声。
しかも執事ときたもんだ。とてもよく似合っていると思う。
って、そうじゃなくて。和んでしまったけれど、魔物なのか。しかも、言葉を話す魔物で、虎はまた別にいる、と。
……ヨーロッパにある某国に、ティーガーという名の戦車があったよなぁと思ったのは内緒。
バステト様に名づけてもらい、彼女の使いだと話すバトラーさん。きっと、神獣だと思うんだけれど……私には本当に神獣かどうか判断できない。
勝手に鑑定するわけにもいかないし、「鑑定してもいいですか?」と聞けるほど仲良くなったわけでもない。正体が確かめられないため、浄化する対象かどうかすらもわからないのだ。
とりあえず、必要ないと思うものの、警戒だけはしておこう。
お互いに名乗り合ったところで、朝ご飯。バトラーさんは空腹じゃないとのことなので、昨日同様にパンを一個出し、牛乳を飲む。うまー。
「あ、しょうだ。バトラーしゃんはまほうのちゅかいかたを、しっていましゅか?」
〈ああ、わかるが……〉
「わたちにおちえてほしいでしゅ」
〈それは構わんが、この姿ではステラに教えるのは難しいな〉
そんなことを言ったバトラーさんの体がいきなり光った。光のシルエットが横長から縦長になっていく。
光が消えると、そこには金色の目に短髪ツーブロックの黒髪で、三十代後半か四十代くらいの見た目をした渋くて素敵な壮年の男性がいた。
服装は剣と魔法のファンタジー世界らしい装いだ。
名前など、詳しい装備はあとから教わったんだが。
肘上から手首を覆うガントレットに、手は指先が出ている革の手袋。ちなみに、この世界のガントレットは二種類あり、腕に装備し防具として使う籠手と、手首から先に装備して武器として使う手の甲から棘や爪が出ているものだそうだ。
膝上から足首まであるグリーブ。
胸からお腹にかけての急所を覆う鎧。
防具類は全部、金属と革を合成したような形のもので、要はハーフプレートアーマーっぽい見た目なの。
腰には剣を吊るすための剣帯があり、左腰には黒い鞘に入ったロングソード、右腰の背中側には短剣を佩びている。また、サバイバルナイフのような大振りの武器が太ももに固定されていた。ロングソードの柄部分の柄頭は菱形で蒼い宝石が嵌められ、握りには革が巻かれていて、鍔は……よくわからない。多分十字かT字のような感じで左右に延びているんだろうが、私の視点からだと見えないのよ。
それだけ身長と腰の位置が高い――足が長いってこと! くぅっ! 早く大きくなりたい!
で、鎧下となる服装は白い長袖のシャツと黒革のパンツ。ブーツは紐できっちり結い上げるタイプの黒い軍靴で、これも金属と革を合成したみたいな見た目になっている。
一番外側は魔法使い用のローブと外套を掛け合わせたようなコートだった。胸のあたりまでは短いケープ状、丈は足首まであって前開きのフード付き。横は腰のあたりまでスリットが入っているから、動きやすそうである。
それに、ローブはいい布を使っているらしく、光沢がある萌黄色だ。襟ぐりと裾、前の合わせとフードの縁は濃い緑色で刺繍がされていて、とても豪華になっている。森の中にいてもそれほど目立つような色じゃない。
執事服じゃないのか……名前が名前だけに期待してしまったよ……残念。
とにかく、なにもかもがめっちゃ私の好みで、つい抱き着いてしまった! 海外の俳優さんにたとえるのであれば、ニューヨークを舞台にしたクライム・サスペンスドラマの捜査官。淡々と仕事をこなす冷徹な雰囲気がそっくり!
「おやおや。ステラは甘えん坊だな」
「えへへ……」
私の頭を撫でながら、バトラーさんが言う。
「で、こちらからも質問をしたい。どうしてこの森にいた?」
「えっとね……」
魔法を練習できる機会に期待しつつ、舌足らずながらバステト様によって別の世界からこの世界に転生したことを伝えると、バトラーさんはどこか納得した顔をする。
なんでも、ここ千年ほどは見かけないけれど、昔は転生者がちらほらいたんだって。おおう……先駆者がいましたか。つか、千年? バトラーさんはいったいおいくつなんだと遠い目になる。
バステト様とどういう関係なのかとか、どうしてそんなに長生きなのかとか、聞きたいことは山のようにある。ただ、このあたりの事情は彼が言い出してくれるのを待とうと思う。少なくとも、しばらくは私を手伝ってくれるようだから。
バトラーさん曰く、この森は広く、とりあえず、武器か魔法を使って魔物を倒しながら進まないと抜けられないそうだ。
私は種族的にも体格的にも武器を扱えないから、魔法を鍛えよう。
魔法の訓練は、まず魔力を感じ取ることから始めるそうだ。ファンタジー小説のお約束ですな!
私の両手を握って、バトラーさんがこちらに魔力を流す。なんだか温かいものが伝わってきた。
「感じるか?」
「んと……あったかいものが、ながれてきましゅ」
「ああ。それが魔力だ。我の魔力を止めるから、それと同じものを自分の体内で探してごらん」
「あい」
手が離されると、ポカポカとした温かいものがなくなった。感覚を思い出しながら自分の体に意識を集中すると、ちょうど鳩尾のあたりに温かい塊を見つける。
バトラーさんにそう話すと、「それを循環させてみなさい」と言われた。循環……血液みたいなイメージでいいのかな。そんなことを考えていると、魔力と思われるものがゆっくりと動きはじめた。
「動いたか?」
「あい」
「なら、今度はそれを手のひらに集めてみろ」
動いて体中を巡っていくものを、左の手のひらに集めるイメージをする。左手がポカポカしてきた。不思議ー。
「できまちたー」
「よし。次は、一番簡単な生活魔法で火を熾してみようか。そうだな……ロウソクの火の大きさを目指すといい」
「あい。……おお、できたー」
ロウソクの炎の大きさを思い浮かべたら、手のひらの上に小さなサイズの火が出た。今は手のひらを使っているが、これは指先に点すこともできるという。
しかも、熱を感じない。熱くないのに火を熾すことができるなんて、どういう原理だろう。火魔法に至っては魔物を燃やすこともできるらしいし。
鑑定と【ライニグング】を使ったときも思ったけれど、本当に魔法って不思議。
「さすが、バステト様に見込まれただけのことはある」
それからバトラーさんは生活魔法を順番に教えてくれた。火と風を使い、濡らしたものを温かい空気で乾燥させてみせる。
おお、これはすごい!
森で火魔法や雷魔法を使うと火事になる可能性があるので、まずは風魔法だけを練習した。魔法を行使するには、想像力――イメージが大切だとバトラーさんに教わる。
イメージなら任せろ。伊達にアニメや漫画、ゲームやラノベがあふれた日本で生まれ育っていない。
風刃……いわゆる【ウィンドカッター】だってお手の物だ。
私が【ウィンドカッター】を放つと、バトラーさんは感心したように目を細め、微笑みを浮かべた。おお、素敵な微笑だー!
ここまでやればとりあえず大丈夫とのことなので、樹洞から出て森を歩くことに。
「ステラを歩かせるには、足場が悪い。我が抱き上げて移動するが……いいか?」
「あい。おねがいしましゅ」
「よし。もし魔物が出ても、ステラは戦わなくていい。我がすべて屠るから」
「あい」
魔物といえど、私はまだ命を奪う覚悟ができていない。とてもありがたい申し出だったので、魔物の討伐はバトラーさんにお願いした。
バトラーさんからの試練
森の中を歩いていると、バトラーさんが立ち止まった。なんでも、近くの茂みに生えている植物が、癒し草という薬草であるらしい。
せっかくなので地面に下ろしてもらい、鞄の中に入っていたナイフで丁寧に切り取っていく。手でちぎるよりもナイフで切ったほうが品質がよくなり、ギルドに持っていくとより高く買ってくれるんだそうだ。
「ギルドってなんでしゅか?」
「ふむ……なんでも屋、とでもいうのかね。まあ、いろんな意味があるようだが」
あれかな、ファンタジー小説に出てくるようなやつかな。ラノベ的な冒険者ギルドのイメージを説明すると、驚きながらも「そうだ」と頷くバトラーさん。
この世界には冒険者が加入するものの他にも、商人や職人などさまざまな職種のために職業別のギルドがあって、それらを統括している商業ギルドがあるそうだ。だから、いずれかの職業に就いている人は全員商業ギルドのタグを持っていて、それが身分証になっているんだとか。
もちろん、冒険者ギルドのタグも身分証にはなる。
ただ、年齢制限ありのため、私はギルドに登録できないと言われた。
「わたち、みぶんしょうがほしいでしゅ……」
「幼子だからな、そこは仕方がない。ステラを一人にしないから、安心していい」
「え……? これからもいっちょにきてくれるんでしゅか?」
「ああ。ただし、我の試練に成功したら、だが」
「しれん?」
「ああ」
あ~、これ、同行するに相応しいかこっちを見定めようってことじゃない? 私が試練に失敗したところで、バトラーさんは幼女をほっぽりだしはしないだろう。ただ、好感度は下がるよね。
まだ正体さえ教えてもらっていないのに、さすがにそれはまずい。しっかりとこなしたいと思います!
「がんばりましゅ!」
「そうか。我が出す試練に成功した暁には、昼間はこの姿で移動を手伝い、夜はティーガーの姿で一緒に眠るという報酬を約束しよう。どうだ?」
「おおお、みりょくてきでしゅ! しょれでおねがいちましゅ!」
「ははっ! ああ、わかった」
てっきりバトラーさんといられるのは森から出るまでだと思っていたのに、まさかずっとついてきてくれるつもりだったなんて。二、三歳の幼児が一人でいたら、確実に誘拐されるのでありがたい。
バトラーさんのようないい人ばかりとは限らないわけだし。魔物より、悪知恵が働く人間のほうが怖いかも。
人ではないけれど、いい人に巡り合ったなあ。きっとバステト様のおかげだね!
ということで、さっそくどんな試練か聞いてみた。
「今採取した癒し草の他に、これから名を挙げる薬草を自ら探し出し、採取してもらいたい」
「やくしょう、でしゅか?」
「ああ。このあたりに生えているものだから、すぐに見つかるだろう」
「みつかるだろうって……」
ちょっと待って? いきなり難易度の高いのが来たな、おい。普通に考えて、幼児にそれができるとは思えないんだが!
だけど、これは試練なんだよね。私には鑑定があるから、名前さえわかればなんとかなるかもしれん。私は頷くと、試練の詳細を質問する。
「やくしょうはいくつでしゅか?」
「癒し草、エキナセア、アナソーン、馬尾草、アンゼリカ、火炎草、カーミレ、魔力草の八種類だ」
「わかりまちた」
ずいぶん多いなあ。あと気になったのが、日本でもお馴染みのハーブや生薬の名前が交じっていることだ。実際に鑑定すれば正体が判明するはずなので、ひとまず横に置いておこう。
採取している途中で魔物に襲われないかだけが不安だ。それを聞くと、バトラーさんが護衛してくれるとのことで、胸を撫で下ろした。
てなわけで、薬草探し開始!
まずは近くに生えている草に鑑定をかけてみる。すると、すぐにさっき採取した癒し草と、魔力草、エキナセアが見つかった。
再び鞄からナイフを取り出し、茎を五センチほど残して慎重に採取する。その数、計十本。
それを一束にまとめてバトラーさんに渡すと、満足げな顔をして「正解だ」と言ってくれた。やったね!
二人で歩きつつ、採取した薬草にはどんな効能があるのか、どんな薬になるのかバトラーさんから教えてもらう。すごく博識だから、私も勉強になる。
幼児にできることなんて、高が知れている。こういった薬草採取と、料理や掃除、片づけの手伝いくらいだ。その手伝いだって、体力がないから本当にできるかどうかわからない。
ただ、バトラーさんによると、【料理人】スキルは、レシピさえ知っていれば年齢に関係なく発動でき、調理をサポートしてくれるらしい。あとで料理ができるか実験してみようと思う。
一番不安なのが、この紅葉のような手で包丁が持てるかどうかなのよね。
一応鞄の中に入っているんだよ、三徳包丁と牛刀が。まあ、包丁が無理なら、バステト様にいただいたナイフがもう一本あるから、それで料理してみよう。
手を繋いで歩きながら、楽しく話をする。次に見つけたのは、アナソーンとアンゼリカ、火炎草だ。
採取しようと茂みに近づいた私に待ったをかけ、バトラーさんがピタリと足を止めた。私を抱き上げると、じっと前方を見る。
遠くでガサガサと葉っぱや草が擦れる音がする。
光魔法を使える者であれば誰でも使用可能な【ピュリフィ】が初級のはずなんだが……私の場合、なぜか【ライニグング】以外、【ピュリフィ】をはじめとするその他の浄化魔法がすべて白い文字になっている。尚且つ、その横に赤い文字で「使用不能」と書かれているのだ。
不可ではなく不能。使っちゃダメじゃなく使えないってこと。なんでよ!
憶測になるけれど、世界中を旅して浄化して回るからじゃないかと思う。だって神獣と、彼らの棲み処や本拠地の穢れを祓うんだよ? しかも、神域にいるバステト様や他の管理者の穢れをも浄化するのだ。
初級の【ピュリフィ】では、何度も使用する羽目になって浄化が追いつかない、または浄化しきれないんじゃなかろうか。……神獣どころか、神さえ穢すほどのものだしね。正解な気がする。
とにかく、視界の隅に蠢いている気持ち悪い靄を消すべく、【ライニグング】をやってみよう。
魔法使用には詠唱が必要なのかな。そう思いつつ、【ライニグング】をタップする。
すると、厨二病チックな長ったらしい詠唱文が出てきた……が、なんと白い文字になっている。その横に「詠唱破棄可能」と書かれているではないか!
【聖域展開】と同じかよ!
「え~……いいんだ、しょれで……」
ま、まあ、サ行がきちんと発音できない幼児の舌足らずな詠唱で、魔法が不発になるよりいいか。下手すれば暴発する可能性だってあるし。
詠唱破棄が可能なら、【ライニグング】と言葉に出す必要もない? 無詠唱でもいけるんじゃね? なんて考え、靄を見ながら心の中で【ライニグング】と唱えた。
すると……。
「ギャァァァァッ!!」
痛がるように激しく蠢いた靄はなぜか悲鳴を上げ、輝く光をまとって消えていく。そして光の粒子となって、天に昇っていった。
おおぅ……一発で穢れの浄化ができてしまった! なんというチートだ、神族! さすが、光魔法に特化した種族だ~!
「……にゃはは~」
乾いた笑いをこぼしたあと、溜息をつく。
誰かに見られてもいいよう、浄化するときは無詠唱でやろう。そうしよう。そうすれば知らん顔して誤魔化せるかもしれないしね。
決意も新たにしたところで疲れを感じる。不思議ななにか……たとえるなら経験値が流れてくる感覚と同時に、超有名なRPGのレベルアップ音がした。……いいのかよ、それ。
もう一度溜息をつくと、お腹が鳴った。魔法を使ったことで、エネルギーを消費したんだろうか? 考えても仕方がないと、中断していた作業……夕食選びに戻る。
すぐに食べられる食料として、鞄の中にはパンや果物があった。パンといっても、菓子パンやロールパンなど多岐にわたっている。どれにしようか迷い、真ん中にバターが入っている、干しブドウ入りのロールパンを出す。
大きさは日本で市販されていたものと同じくらい。ただ、幼児が食べるには大きすぎるのよねぇ。
まあいいかと今度は水筒を出す。なんと、水筒にはいくつか種類があったのだ! 私が今まで飲んでいたものの蓋には、いつの間にか、「緑茶」と書かれたシールが貼られていた。緑茶の他にも紅茶が三種類と水、ヨーグルトと牛乳まであるではないか!
ちなみに蓋の色は、緑茶は緑、紅茶は紅と薄いピンクと黄、水は半透明の水色で、ヨーグルトは白色だ。牛乳は蓋だけではなく水筒のボトルも他と色が違い、白と黒の牛柄であ~る。
「ばしゅてとしゃま、ありあとー!」
これはテンションが上がる! なんてウキウキしつつ、私はヨーグルトをコップに注いだ。
牛乳は明日の朝、起きたら飲むことにしよう。
水筒の中身だが、さっきからかなり飲んでいるにもかかわらず、重さが変わらない。どうやら中身が減らない仕様になっているみたい。ありがたや~。
パンをもぐもぐと齧っては、ヨーグルトを飲んで流し込む。幼児一人での食事は、はっきり言って一苦労なのだ。
食べ終わるころにはすっかり疲れてしまい、それなりに歩いたこともあって、とても眠い。
寒くなる前に眠ってしまおうと水筒を鞄にしまい、毛布をかぶって寝転がる。
どれくらいこの森を歩けば、人がいる場所に辿り着けるんだろう……。そんな不安からちょっと泣けてきたけれど、首に巻きっぱなしだったタオルで涙を拭き、そのまま目を瞑る。
あっという間にウトウトしてきた。
〈穢れ――……いる?〉
「うにゅ……」
〈それに……――気配がする。やはり、――。だが、我も――、あやつ――、試練を――〉
ん……なんだかテノール寄りのバリトンボイスが聞こえる。誰か来たんだろうか。
なにか言っているみたいだけれど眠すぎて、目が開けられそうにない……なんて考えていると、ふわりと温かいものに包まれる感覚があった。
なんだかとっても安心感がある。どういえばいいのかな。父親に抱っこされて護られているような感じ? 誰がいるにせよ、私はその安心感に身を任せ、眠りに落ちた。
❖ ❖ ❖
ふと目を開けたら、こちらを覗き込む金色の目が見えた。縦長の瞳孔で、猫のような目だ。あたりが暗いからか、瞳孔はすぐ真ん丸になり、虹彩はほぼ見えなくなった。
「……うにゅ?」
〈おはよう、幼子よ。よく眠れたか?〉
「おあようごじゃいましゅ。あい、よくねむれまちた」
〈それは僥倖〉
つい流されてしまったけれど、よくわからないものと会話をしてしまった。そっと見上げれば、真っ黒いなにか、よーく見ると虎だ。真っ黒で銀色の縞模様があるタイガー。
昨日の靄みたいなゾワゾワは感じなかった。
肉食獣を目の前にして、絶体絶命の状況であるはずなのに不思議と焦りはない。
黒虎からはバステト様のような神々しさを感じる。魔物ではなく、神獣だろうか。……エジプト神話に黒い虎っていたっけ?
中国神話の怪物で四凶の一角に、似たような姿をしているものがいるのは知っているが。
まあ、いっか。
「……わたちをたべりゅ?」
〈幼子をか? 食べはせん。我はバステト様の使いだからな〉
「ばしゅてとしゃまの?」
〈ああ。そなたからは、主神であるバステト様の気配がする〉
「……」
寝起きにいきなりの展開で頭が混乱している。バステト様を知っているってことは、もしかしたら私のことも聞いているかもしれない。
この大きな黒虎に、ここに来た経緯を話してもいいんじゃなかろうか、と思う。
まあ、その前にね? ボヤいていいかな?
「トラしゃんと、しょうぐうしまちた……」
私の呟きをスルーした黒虎は、優しく言う。
〈夜明けまでまだあと少しある。幼子よ、もう少し眠るがいい〉
「あい……ありあとでしゅ」
黒虎に促されて目を瞑ると、すぐに寝入ってしまった。
朝が来て、完全に目が覚めた。黒虎におはようと挨拶をし、毛布やラグなどを片づけて鞄にしまう。
〈ずっと幼子と呼ぶのもな……。名前を教えてくれるか?〉
「ステラでしゅ。トラしゃんのおなまえは、なんでしゅか?」
〈虎と呼ばれる動物ではない、ティーガーという魔物だ。我の名はバトラー。バステト様につけていただいた名で、バステト様の名前から二文字をもらっている〉
「しゅてき! あの、わたちといっちょなの。わたちもばしゅてとしゃまのおなまえから、いちぶをいたらいたの」
〈そうか。我と一緒だな〉
穏やかで渋い声。耳に心地いい声だ。ずっと聞いていたくなる、私好みの声。
しかも執事ときたもんだ。とてもよく似合っていると思う。
って、そうじゃなくて。和んでしまったけれど、魔物なのか。しかも、言葉を話す魔物で、虎はまた別にいる、と。
……ヨーロッパにある某国に、ティーガーという名の戦車があったよなぁと思ったのは内緒。
バステト様に名づけてもらい、彼女の使いだと話すバトラーさん。きっと、神獣だと思うんだけれど……私には本当に神獣かどうか判断できない。
勝手に鑑定するわけにもいかないし、「鑑定してもいいですか?」と聞けるほど仲良くなったわけでもない。正体が確かめられないため、浄化する対象かどうかすらもわからないのだ。
とりあえず、必要ないと思うものの、警戒だけはしておこう。
お互いに名乗り合ったところで、朝ご飯。バトラーさんは空腹じゃないとのことなので、昨日同様にパンを一個出し、牛乳を飲む。うまー。
「あ、しょうだ。バトラーしゃんはまほうのちゅかいかたを、しっていましゅか?」
〈ああ、わかるが……〉
「わたちにおちえてほしいでしゅ」
〈それは構わんが、この姿ではステラに教えるのは難しいな〉
そんなことを言ったバトラーさんの体がいきなり光った。光のシルエットが横長から縦長になっていく。
光が消えると、そこには金色の目に短髪ツーブロックの黒髪で、三十代後半か四十代くらいの見た目をした渋くて素敵な壮年の男性がいた。
服装は剣と魔法のファンタジー世界らしい装いだ。
名前など、詳しい装備はあとから教わったんだが。
肘上から手首を覆うガントレットに、手は指先が出ている革の手袋。ちなみに、この世界のガントレットは二種類あり、腕に装備し防具として使う籠手と、手首から先に装備して武器として使う手の甲から棘や爪が出ているものだそうだ。
膝上から足首まであるグリーブ。
胸からお腹にかけての急所を覆う鎧。
防具類は全部、金属と革を合成したような形のもので、要はハーフプレートアーマーっぽい見た目なの。
腰には剣を吊るすための剣帯があり、左腰には黒い鞘に入ったロングソード、右腰の背中側には短剣を佩びている。また、サバイバルナイフのような大振りの武器が太ももに固定されていた。ロングソードの柄部分の柄頭は菱形で蒼い宝石が嵌められ、握りには革が巻かれていて、鍔は……よくわからない。多分十字かT字のような感じで左右に延びているんだろうが、私の視点からだと見えないのよ。
それだけ身長と腰の位置が高い――足が長いってこと! くぅっ! 早く大きくなりたい!
で、鎧下となる服装は白い長袖のシャツと黒革のパンツ。ブーツは紐できっちり結い上げるタイプの黒い軍靴で、これも金属と革を合成したみたいな見た目になっている。
一番外側は魔法使い用のローブと外套を掛け合わせたようなコートだった。胸のあたりまでは短いケープ状、丈は足首まであって前開きのフード付き。横は腰のあたりまでスリットが入っているから、動きやすそうである。
それに、ローブはいい布を使っているらしく、光沢がある萌黄色だ。襟ぐりと裾、前の合わせとフードの縁は濃い緑色で刺繍がされていて、とても豪華になっている。森の中にいてもそれほど目立つような色じゃない。
執事服じゃないのか……名前が名前だけに期待してしまったよ……残念。
とにかく、なにもかもがめっちゃ私の好みで、つい抱き着いてしまった! 海外の俳優さんにたとえるのであれば、ニューヨークを舞台にしたクライム・サスペンスドラマの捜査官。淡々と仕事をこなす冷徹な雰囲気がそっくり!
「おやおや。ステラは甘えん坊だな」
「えへへ……」
私の頭を撫でながら、バトラーさんが言う。
「で、こちらからも質問をしたい。どうしてこの森にいた?」
「えっとね……」
魔法を練習できる機会に期待しつつ、舌足らずながらバステト様によって別の世界からこの世界に転生したことを伝えると、バトラーさんはどこか納得した顔をする。
なんでも、ここ千年ほどは見かけないけれど、昔は転生者がちらほらいたんだって。おおう……先駆者がいましたか。つか、千年? バトラーさんはいったいおいくつなんだと遠い目になる。
バステト様とどういう関係なのかとか、どうしてそんなに長生きなのかとか、聞きたいことは山のようにある。ただ、このあたりの事情は彼が言い出してくれるのを待とうと思う。少なくとも、しばらくは私を手伝ってくれるようだから。
バトラーさん曰く、この森は広く、とりあえず、武器か魔法を使って魔物を倒しながら進まないと抜けられないそうだ。
私は種族的にも体格的にも武器を扱えないから、魔法を鍛えよう。
魔法の訓練は、まず魔力を感じ取ることから始めるそうだ。ファンタジー小説のお約束ですな!
私の両手を握って、バトラーさんがこちらに魔力を流す。なんだか温かいものが伝わってきた。
「感じるか?」
「んと……あったかいものが、ながれてきましゅ」
「ああ。それが魔力だ。我の魔力を止めるから、それと同じものを自分の体内で探してごらん」
「あい」
手が離されると、ポカポカとした温かいものがなくなった。感覚を思い出しながら自分の体に意識を集中すると、ちょうど鳩尾のあたりに温かい塊を見つける。
バトラーさんにそう話すと、「それを循環させてみなさい」と言われた。循環……血液みたいなイメージでいいのかな。そんなことを考えていると、魔力と思われるものがゆっくりと動きはじめた。
「動いたか?」
「あい」
「なら、今度はそれを手のひらに集めてみろ」
動いて体中を巡っていくものを、左の手のひらに集めるイメージをする。左手がポカポカしてきた。不思議ー。
「できまちたー」
「よし。次は、一番簡単な生活魔法で火を熾してみようか。そうだな……ロウソクの火の大きさを目指すといい」
「あい。……おお、できたー」
ロウソクの炎の大きさを思い浮かべたら、手のひらの上に小さなサイズの火が出た。今は手のひらを使っているが、これは指先に点すこともできるという。
しかも、熱を感じない。熱くないのに火を熾すことができるなんて、どういう原理だろう。火魔法に至っては魔物を燃やすこともできるらしいし。
鑑定と【ライニグング】を使ったときも思ったけれど、本当に魔法って不思議。
「さすが、バステト様に見込まれただけのことはある」
それからバトラーさんは生活魔法を順番に教えてくれた。火と風を使い、濡らしたものを温かい空気で乾燥させてみせる。
おお、これはすごい!
森で火魔法や雷魔法を使うと火事になる可能性があるので、まずは風魔法だけを練習した。魔法を行使するには、想像力――イメージが大切だとバトラーさんに教わる。
イメージなら任せろ。伊達にアニメや漫画、ゲームやラノベがあふれた日本で生まれ育っていない。
風刃……いわゆる【ウィンドカッター】だってお手の物だ。
私が【ウィンドカッター】を放つと、バトラーさんは感心したように目を細め、微笑みを浮かべた。おお、素敵な微笑だー!
ここまでやればとりあえず大丈夫とのことなので、樹洞から出て森を歩くことに。
「ステラを歩かせるには、足場が悪い。我が抱き上げて移動するが……いいか?」
「あい。おねがいしましゅ」
「よし。もし魔物が出ても、ステラは戦わなくていい。我がすべて屠るから」
「あい」
魔物といえど、私はまだ命を奪う覚悟ができていない。とてもありがたい申し出だったので、魔物の討伐はバトラーさんにお願いした。
バトラーさんからの試練
森の中を歩いていると、バトラーさんが立ち止まった。なんでも、近くの茂みに生えている植物が、癒し草という薬草であるらしい。
せっかくなので地面に下ろしてもらい、鞄の中に入っていたナイフで丁寧に切り取っていく。手でちぎるよりもナイフで切ったほうが品質がよくなり、ギルドに持っていくとより高く買ってくれるんだそうだ。
「ギルドってなんでしゅか?」
「ふむ……なんでも屋、とでもいうのかね。まあ、いろんな意味があるようだが」
あれかな、ファンタジー小説に出てくるようなやつかな。ラノベ的な冒険者ギルドのイメージを説明すると、驚きながらも「そうだ」と頷くバトラーさん。
この世界には冒険者が加入するものの他にも、商人や職人などさまざまな職種のために職業別のギルドがあって、それらを統括している商業ギルドがあるそうだ。だから、いずれかの職業に就いている人は全員商業ギルドのタグを持っていて、それが身分証になっているんだとか。
もちろん、冒険者ギルドのタグも身分証にはなる。
ただ、年齢制限ありのため、私はギルドに登録できないと言われた。
「わたち、みぶんしょうがほしいでしゅ……」
「幼子だからな、そこは仕方がない。ステラを一人にしないから、安心していい」
「え……? これからもいっちょにきてくれるんでしゅか?」
「ああ。ただし、我の試練に成功したら、だが」
「しれん?」
「ああ」
あ~、これ、同行するに相応しいかこっちを見定めようってことじゃない? 私が試練に失敗したところで、バトラーさんは幼女をほっぽりだしはしないだろう。ただ、好感度は下がるよね。
まだ正体さえ教えてもらっていないのに、さすがにそれはまずい。しっかりとこなしたいと思います!
「がんばりましゅ!」
「そうか。我が出す試練に成功した暁には、昼間はこの姿で移動を手伝い、夜はティーガーの姿で一緒に眠るという報酬を約束しよう。どうだ?」
「おおお、みりょくてきでしゅ! しょれでおねがいちましゅ!」
「ははっ! ああ、わかった」
てっきりバトラーさんといられるのは森から出るまでだと思っていたのに、まさかずっとついてきてくれるつもりだったなんて。二、三歳の幼児が一人でいたら、確実に誘拐されるのでありがたい。
バトラーさんのようないい人ばかりとは限らないわけだし。魔物より、悪知恵が働く人間のほうが怖いかも。
人ではないけれど、いい人に巡り合ったなあ。きっとバステト様のおかげだね!
ということで、さっそくどんな試練か聞いてみた。
「今採取した癒し草の他に、これから名を挙げる薬草を自ら探し出し、採取してもらいたい」
「やくしょう、でしゅか?」
「ああ。このあたりに生えているものだから、すぐに見つかるだろう」
「みつかるだろうって……」
ちょっと待って? いきなり難易度の高いのが来たな、おい。普通に考えて、幼児にそれができるとは思えないんだが!
だけど、これは試練なんだよね。私には鑑定があるから、名前さえわかればなんとかなるかもしれん。私は頷くと、試練の詳細を質問する。
「やくしょうはいくつでしゅか?」
「癒し草、エキナセア、アナソーン、馬尾草、アンゼリカ、火炎草、カーミレ、魔力草の八種類だ」
「わかりまちた」
ずいぶん多いなあ。あと気になったのが、日本でもお馴染みのハーブや生薬の名前が交じっていることだ。実際に鑑定すれば正体が判明するはずなので、ひとまず横に置いておこう。
採取している途中で魔物に襲われないかだけが不安だ。それを聞くと、バトラーさんが護衛してくれるとのことで、胸を撫で下ろした。
てなわけで、薬草探し開始!
まずは近くに生えている草に鑑定をかけてみる。すると、すぐにさっき採取した癒し草と、魔力草、エキナセアが見つかった。
再び鞄からナイフを取り出し、茎を五センチほど残して慎重に採取する。その数、計十本。
それを一束にまとめてバトラーさんに渡すと、満足げな顔をして「正解だ」と言ってくれた。やったね!
二人で歩きつつ、採取した薬草にはどんな効能があるのか、どんな薬になるのかバトラーさんから教えてもらう。すごく博識だから、私も勉強になる。
幼児にできることなんて、高が知れている。こういった薬草採取と、料理や掃除、片づけの手伝いくらいだ。その手伝いだって、体力がないから本当にできるかどうかわからない。
ただ、バトラーさんによると、【料理人】スキルは、レシピさえ知っていれば年齢に関係なく発動でき、調理をサポートしてくれるらしい。あとで料理ができるか実験してみようと思う。
一番不安なのが、この紅葉のような手で包丁が持てるかどうかなのよね。
一応鞄の中に入っているんだよ、三徳包丁と牛刀が。まあ、包丁が無理なら、バステト様にいただいたナイフがもう一本あるから、それで料理してみよう。
手を繋いで歩きながら、楽しく話をする。次に見つけたのは、アナソーンとアンゼリカ、火炎草だ。
採取しようと茂みに近づいた私に待ったをかけ、バトラーさんがピタリと足を止めた。私を抱き上げると、じっと前方を見る。
遠くでガサガサと葉っぱや草が擦れる音がする。
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