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番外編
やらかした人々のその後(本人視点)
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いつも以上に長めで胸糞が悪いです。苦手な方はご注意ください。
*******
――その1 料理くらい簡単っすよ(マルセル視点)
料理は簡単だと思っていた。そんなものは、レシピを真似すればいいのだから。
そうすれば簡単にできると思っていた。あとは金を貯めて店をやるか、宮廷料理人にも簡単になれると思っていた。もちろん、貴族の家の料理長にも。
だがそれは、簡単なことではなかった。
年に一回、王宮で料理人の募集がある。王宮で料理人になることができれば、自分で店を持ったときに料理の腕のお墨付きになるから。
ただ、いきなり王宮で働くことはできず、貴族の家で五年修行してやっと試験を受ける資格ができるという、とても狭き門だった。
簡単な料理ならできるからと、まずはガウティーノ家で修業させてもらえることとなった。下働きからだが、師匠になってくれた人のためにも頑張ってきた。
渋々ながらも許可を出してくれた師匠。それを嬉しく感じていざ試験を受けに行った。
だが、料理長は、自分の料理を見たあと、味見をする。そして溜息をつき、首を振った。
それが不思議でならなかった。料理など簡単ではないか。レシピ通りに作ったというのに、それにダメ出しされたのだ。
「王宮で働くためにはその選民意識は邪魔だ。自分よりも身分の高い者に媚び諂い、情報漏洩されるのも困る。それに君は決定的なことが欠けている」
「決定的なこと……」
「そうだ。食材選びの目、そして独創性がない。他にもあるが、主にそのふたつがなっていない。その才能がないと、王宮料理人など無理だ」
「……っ!」
恐らく、貴族家での料理長も無理だと言われ、衝撃を受けた。自分の腕はそこまで酷いのだろうか、と。
そして他の受験者の味見をしてみろと言われてしてみれば、自分よりもはるかに美味しいと感じた。そしてアレンジもされていたのだ。
同じレシピであるはずなのに、こうも違うのかと驚いた。
そのことに呆然としていると、やはり不合格と言われた。次回までに腕を上げて受けたいと思っていたが、「君に料理人は向かない。次回以降来る必要はない」と言われ、拒否されたのだ。
なにが悪かったのか、自分にはわからなかった。
そして何年かたったある日、エアハルト様が独立するとかで料理人を募っていた。もちろん、すぐに手を上げた。自分よりもあとから来たハンスも手を上げたが、結局自分が行くことになった。
だが、エアハルト様と懇意にしているという平民の薬師のほうが、自分よりもはるかに料理が上手だった。それが悔しかった。
普通ならそこで奮起するのだろうが、自分はそれを利用しようとしてレシピを教わったが、どれも同じように作ることはできなかった。作れたのは、リンちゃんと一緒に作ったときだけだ。
なにが悪いのか、どうして同じ味にならないのか不思議だった。自分なりのアレンジとして、調味料を増やしたり減らしたりもしたが、それでも同じ味にならず、逆に不味くなるばかり。
そして旦那様もロメオ様も、自分ではなくリンちゃんに料理指導してくれとまで言い出したのだ! どうして自分じゃなくリンちゃんなんだと憤った。
まあ、リンちゃんに話をふられて断ったのは自分だが。
そして珍しい料理も教わり、これは旦那様にも食べてもらおうと連絡した。だが、王族であるローレンス様とエアハルト様に見咎められ、叱られてしまった。
そのうえ、平民であるリンちゃんを……いや、リンをバカにしているのがバレてしまい、余計に苦しい立場に立たされてしまった。
平民を利用するのは当たり前だろうに、なにを言っているんだろう、ローレンス様もエアハルト様も。そしてその場にいる全員から冷ややかな目で、そして蔑む目で見られた。
まるで実家にいたときと同じような、とても居心地の悪いものだったが、どうしてそんな目で見られるのか、自分はまったく理解できなかったのだ。しかも、主家であるガウティーノ家ばかりか王族にも謝罪することもしなかったからか、そのままガウティーノ家の領地に連れていかれたのだ――ボルマン様に「修業のしなおしをしろ」と言われて。
どうしてだ? 自分のどこが悪いというんだ?
本当にわからなかった。
そして一週間かけて領地に戻ると、師匠にぶん殴られた。そしてそのまま、料理の腕が上がったか見てやると言われ、言われた料理を作った。
「……ハァ……、お前、料理の腕が落ちてるじゃねえか。今までなにをしてきたんだ? そんなだから、本職が薬師の子にも負けるんだ。しかもあとから入ってきたハンスのほうがお前よりもずっと熱心に勉強しているし、腕も上だ」
「……っ」
「ちっ、反省もなしかよ。まあいい」
舌打ちをした師匠に、また殴られるかと首をすくめたもののそれはなかったが、すぐに料理の下ごしらえを手伝えを言われ、実行する。が、そのたびに「そうじゃない!」と何度も叱責され、野菜選びをしてもダメ出しがくる。
「野菜だけじゃない、肉も果物も、選び方がなってねえじゃねえか! 何度言えば覚える? 何度言えばメモを取るようになる? そういったことをしないでいながら、料理がきちんとできると思うな!」
「……」
「これが最後だ。ホーンラビットのトマト煮を作れ。ただし、アレンジしろ。それができなければ、下っ端からやり直しだ。できたら、前から懇願されていた出店の許可も出してやる」
「はいっす!」
師匠にそう言われてはりきったし、自分なりのアレンジもして料理したつもりだった。だが……。
「味が薄い、肉が中まで火が通ってねえじゃねえか! 屋敷の人間を殺す気か!?」
「そ、そんなはずは……!」
「てめえで食ってみろ!」
自分は完璧だと思っていたが、師匠に差し出されて食べたものは、言われた通り味が薄いばかりでなく、肉の真ん中は生のままだった。
どうしてだ? 確かにあの分量で間違ってなかったはずだ。
だが、師匠はそこも指摘してきた。
「マルセル、味見はしたか? 最初に肉の処理をしたか? 俺が見ている間、それすらもしてねえよな。大事なところをメモしていたら、そこを失敗することはないし、忘れたならレシピやメモを見て料理をするもんだ。だが、お前はそれができていない。ある意味独創的ではあるが、料理として成り立っていない以上、お前を料理人として認めるわけにはいかない」
「そ、そんな……!」
「串焼きならばまだ見込みがある。それなら屋台として出店を許可してやるが、それ以外は許可できねえ。それが嫌なら料理人を辞めて別の職に着くか、下働きだ」
料理がしたいなら、きっちりとレシピを見て料理を作り、他の連中がやっている作業をきちんと見ろと言われ、項垂れる。
そんな面倒なことはできないし、レシピは頭の中に入っている。
そう、思い込んでいたのだ、自分は。
串焼きだけの屋台なんて冗談じゃない。ハマヤキならできるかもと師匠に提案してみたものの、シューユや魚貝類はどうするのか、自分で採ってくるのかと言われたが、項垂れるしかなかった。
魚貝類を自分で採れない――戦うことができないから。
結局、あとから入ってきた人間たちにどんどん追い抜かれ、死ぬまで下働きのまま、過ごすことになる。
***
――その2 どうしてこうなったのかしら……(とある子爵令嬢視点)
わたくしはエアハルト様をお慕いしておりました。父には「身分違いだから無理だ。諦めなさい」と言われましたが、それでも諦めきれませんでした。
ですが、あるときを境に、エアハルト様が騎士を辞めて冒険者となったとお聞きして、それならばわたくしでもお近づきになれるかもしれないと思いましたの。
けれど、それは浅はかな考えだと思い知らされましたわ。
騎士であれば、訓練場にいけば一目見ることが叶いますが、騎士を辞めたとあっては、そこでお姿を拝見することも叶わないのです。それに、ガウティーノ侯爵家とはお付き合いがございませんから、勝手に伺うこともできませんし、夜会にお呼びすることもできませんでした。
そんなある日、エアハルト様をお見かけいたしました。しかも、ローレンス様の婚姻式のパーティーで。
話しかけようにも、その周囲はローレンス様と親しくされている方ばかりでしたし、エアハルト様はさらにその奥にいらっしゃるのです。どなたかをエスコートなさっておいでのようでしたが、お相手の方のお姿すら拝見できませんでした。
ただ、お連れ様と一緒にローレンス様や王太子ご夫妻ともお話されておりましたので、きっとエアハルト様と同じ高位貴族の方だと思っておりました。のちに平民と伺って唖然としたと同時に、怒りも湧きました。
なぜ、貴族であるわたくしを無視して、平民と一緒にいるのかと。
なぜ、わたくしは王家の方からお声をかけていただいたことなどないのに、平民には気さくに話しかけているのかと。
一緒にパーティーに参加した兄は、その平民に用があるようでしたので、帰るときに一緒にあとをつけたのです。もしかしたら、エアハルト様とお近づきになれるかもしれないと。
けれど、侯爵家に行けば追い払われて、騎士にまで追い払われて……。呆然としながらも家に帰れば、怒りをあらわにした父が待っておりました。
「そなたたちはなにをやっているのだ! ガウティーノ家からお叱りを受けたぞ!」
「「え……?」」
許可なくガウティーノ家の馬車のあとをつけたことで、ガウティーノ家から反意ありと見做されてしまったようで、父はかなりご立腹でした。
しかも、一緒にいたのは薬師だというではありませんか! 平民風情が王家や侯爵家と懇意にしているなど、許されることではありません。
それでしたら、わたくしがエアハルト様のお側にいたほうがはるかにいいと考えたのです。ですから、その平民を排除しようとしましたが、兄に止められましたの。兄はその平民の薬師に、痩せる薬を作ってほしいから、僕にちょうだいと仰いました。
でしたらとすぐに行動しようと考えておりました。
まさか、王家やふたつの侯爵家が後ろ盾をしている凄腕の薬師だと知らずにいたのです……父にもそのように話をされていたというのに。
わたくしも兄も、いかに排除するか、いかに手元に呼び寄せるかを考えておりましたので、父の言葉を聞いておりませんでした。
そして次兄と一緒に買い物に行ったマルケス商会で、偶然エアハルト様と薬師を見つけ、つい頭に血が上ってしまいました。
「平民風情が、どうしてここにいるのかしら」
その言葉は、我が国では言ってはいけない言葉。わたしはそうは思わなかったけれど、マルケス商会の従業員と懇意にしている貴族の家、そして高位貴族の女性や男性から睨まれてしまったのです。
そしてエアハルト様からも。
「まあ……これだから、下級貴族の方は……」
「わたくしたちが貴族として暮らしていけるのは、領民や平民がいるからですのに」
「きっと知らないのですわ。下級貴族ですし、親兄弟は王宮で働いていないのでしょう」
「働いていたら、あのような言葉は出ませんもの」
「え……?」
わたくしの言葉のどこが悪かったというのかしら! 平民は平民でしかありませんし、貴族が好きにしていい存在でしてよ?
そう言い返しましたら、余計に嫌悪されることとなりました。
「可哀想な方ですわね」
「あの家の父親と後継者は立派なのに」
「下二人が不出来だと聞いていたが、まさにまさに」
「申し訳ありませんが、これ以降はお付き合いを控えさせていただきますわ」
「え、どうしてですの!」
男性たちからも蔑む視線をいただいただけではなく、その場にいた、一番仲のよかった女性たちからも絶縁されてしまいました。
「平民を大事にしない方など、我が国では嫌われますのよ? 家庭教師からも学院でもそのように習いましたのに」
「そのような傲慢な態度と思考ですもの。きっと、高位貴族の家でもやっていけると思っていらっしゃるのではなくて?」
「高位貴族などもっての外ですわ、身分違いでしてよ? それに、法でも定められておりますわ」
「そんなこともわからないのかしら」
「それとも、自分の都合のいいように考えているのではなくて?」
「エアハルト様にも選ぶ権利がありますのにね」
「もっとも、お付き合いのない家の令嬢など、エアハルト様は知りもしないでしょうけれど」
「そ、そんな……」
彼女たちの言葉はとても不思議でしたの、どうして平民風情を庇うのかしらと。わたくしがお慕いしているのだから、エアハルト様もわたくしを知っていると。
そう思っておりました。けれど。
「あら……もしかして、エアハルト様が貴族籍を抜けたことをご存知ないの?」
「え……?」
「噂では冒険者になったそうだ」
「ローレンス様たちと組んで上級ダンジョンに潜っているらしい」
「エアハルト様が平民風情になったと? あり得ませんわ!」
わたくしがそう叫ぶと、呆れた視線と蔑む視線で見られてしまいました。そして他の方からは嫌悪の視線も。視線がどんどん厳しくなっているのはなぜでしょう? わたくしにはそれがわかりません。
「ガウティーノ家と懇意にされておりませんもの、茶会や夜会、パーティーでの発表を知らないのは無理ありませんわね」
「わたくしたちも懇意ではありませんけれど、それくらいの情報は得ておりますわ」
「情報収集ができないのは、致命的でしてよ?」
「……っ」
同じ子爵家の子だけではなく、男爵家の子にも言われてしまいました。
そんなはずはないともやもやしたものが広がりますが、そこにエアハルト様とさきほどの平民が奥から現れました。そしてそのまま店を出たのです。
それをいいことに、わたくしもすぐに兄と一緒に追いかけました。お声をかけようと思いましたが、エアハルト様は平民とずっと話しており、そこに高位貴族と思われるご夫婦がエアハルト様に話しかけましたの。
平民とも仲よさげに話しておいででした。それがとても不思議で不快だったのです……どうしてわたくしを無視するのかと、怒りさえ湧きました。
そうこうするうちに、お二人はそのご夫婦と一緒に馬車に乗り込みました。その紋章はユルゲンス侯爵家のもの。
そのことにイラつきました。これではエアハルト様とお話ができない、と。がっかりしていると、兄が私兵を呼び寄せたと言いました。
ここではなく、帰る途中で待ち伏せして、二人を我が家にさらってしまえばいいと。
とてもいい考えだと思いましたわ。そして実行いたしましたが、私兵はエアハルト様と魔物に呆気なくやられてしまい、逃げようと思ってもなにかが邪魔をして逃げられないばかりか、すぐに騎士がやってきて、そのまま捕らえられました。
そして王宮に連れていかれ、牢に入れられてしまい、両親を呼ばれて叱責されました。
「お前たちは……なんということをしてくれたんだ! 王都で私兵を勝手に動かすなど、王家に反意ありと見做されるんだぞ!」
「「え……?」」
「しかも、マルケス商会で平民をバカにしたそうじゃないか! 何度言えばわかる、平民はいなくてはならん存在で、我らが暮らしていけるのは平民あってのことだと!」
「別にいなくてもいいではありませんの。いても利用するのが当たり前ですわよね?」
わたくしの言葉に、父は溜息をついたあと、とても冷たい目でわたくしを見ました。それは娘を見るような目ではなく、犯罪者を見るような目でした。
わたくしは犯罪者ではありませんわ!
そう言ったとて、父には「犯罪者だ」と冷たい声音で言われ、騎士からも蔑むようにわたくしを見ただけです。
そしてわたくしは、社交界を追放されました。家で再教育をされるそうです。
ですが、わたくしはどうして平民が必要なのかさっぱりわかりませんでしたの。
食事を作っているのも、その材料となるわたくしの大好きな野菜を作っているのも平民だと聞いても、わたくしのために作るのは当然と思っていたのです。
結局わたくしは、矯正不可能ということで、修道院に送られました。「平民と同じ仕事をして、自分でなにもかもやって、反省しなさい」と、父に言われましたの。反省することができれば、家に戻ることもできるからと仰って。
もちろん兄も同じような罰を受け、反省しなかった故に鉱山送りとなりました。兄は王都で勝手に私兵を動かしたことで王家に対する反逆罪に問われ、犯罪奴隷となってしまったのです。
「どうしてわたくしが、そのようなことをしなければなりませんの!?」
「それがお前に対する罰だ。どうしてなのかわからないのであれば、一生ここから出ることはない」
「そんな……お父様! 助けてくださいまし!」
「なぜ助けなければならない? お前は罪を犯した。それを償うのは当然だろう」
罪とはなにか聞いてみれば、父は「今まで散々話してきたことだ」と仰るだけで、わたくしにはわかりませんでした。
単にわたくしはエアハルト様とお近づきになりたかった。平民の薬師をエアハルト様の近くから排除したかった。
それだけですのに……どうしてこうなったのかしら。
いくら考えても、さっぱりわかりませんでした。
結局わたくしは、死ぬまで修道院を出ることはかないませんでした。王が代わって恩赦の話もあったそうですが、わたくしに反省の色がみられないとのことで、その恩赦も取り消されたそうです。
本当に、どうしてなのか……。わたくしは、死ぬその瞬間まで、ずっとわかりませんでした。
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――その1 料理くらい簡単っすよ(マルセル視点)
料理は簡単だと思っていた。そんなものは、レシピを真似すればいいのだから。
そうすれば簡単にできると思っていた。あとは金を貯めて店をやるか、宮廷料理人にも簡単になれると思っていた。もちろん、貴族の家の料理長にも。
だがそれは、簡単なことではなかった。
年に一回、王宮で料理人の募集がある。王宮で料理人になることができれば、自分で店を持ったときに料理の腕のお墨付きになるから。
ただ、いきなり王宮で働くことはできず、貴族の家で五年修行してやっと試験を受ける資格ができるという、とても狭き門だった。
簡単な料理ならできるからと、まずはガウティーノ家で修業させてもらえることとなった。下働きからだが、師匠になってくれた人のためにも頑張ってきた。
渋々ながらも許可を出してくれた師匠。それを嬉しく感じていざ試験を受けに行った。
だが、料理長は、自分の料理を見たあと、味見をする。そして溜息をつき、首を振った。
それが不思議でならなかった。料理など簡単ではないか。レシピ通りに作ったというのに、それにダメ出しされたのだ。
「王宮で働くためにはその選民意識は邪魔だ。自分よりも身分の高い者に媚び諂い、情報漏洩されるのも困る。それに君は決定的なことが欠けている」
「決定的なこと……」
「そうだ。食材選びの目、そして独創性がない。他にもあるが、主にそのふたつがなっていない。その才能がないと、王宮料理人など無理だ」
「……っ!」
恐らく、貴族家での料理長も無理だと言われ、衝撃を受けた。自分の腕はそこまで酷いのだろうか、と。
そして他の受験者の味見をしてみろと言われてしてみれば、自分よりもはるかに美味しいと感じた。そしてアレンジもされていたのだ。
同じレシピであるはずなのに、こうも違うのかと驚いた。
そのことに呆然としていると、やはり不合格と言われた。次回までに腕を上げて受けたいと思っていたが、「君に料理人は向かない。次回以降来る必要はない」と言われ、拒否されたのだ。
なにが悪かったのか、自分にはわからなかった。
そして何年かたったある日、エアハルト様が独立するとかで料理人を募っていた。もちろん、すぐに手を上げた。自分よりもあとから来たハンスも手を上げたが、結局自分が行くことになった。
だが、エアハルト様と懇意にしているという平民の薬師のほうが、自分よりもはるかに料理が上手だった。それが悔しかった。
普通ならそこで奮起するのだろうが、自分はそれを利用しようとしてレシピを教わったが、どれも同じように作ることはできなかった。作れたのは、リンちゃんと一緒に作ったときだけだ。
なにが悪いのか、どうして同じ味にならないのか不思議だった。自分なりのアレンジとして、調味料を増やしたり減らしたりもしたが、それでも同じ味にならず、逆に不味くなるばかり。
そして旦那様もロメオ様も、自分ではなくリンちゃんに料理指導してくれとまで言い出したのだ! どうして自分じゃなくリンちゃんなんだと憤った。
まあ、リンちゃんに話をふられて断ったのは自分だが。
そして珍しい料理も教わり、これは旦那様にも食べてもらおうと連絡した。だが、王族であるローレンス様とエアハルト様に見咎められ、叱られてしまった。
そのうえ、平民であるリンちゃんを……いや、リンをバカにしているのがバレてしまい、余計に苦しい立場に立たされてしまった。
平民を利用するのは当たり前だろうに、なにを言っているんだろう、ローレンス様もエアハルト様も。そしてその場にいる全員から冷ややかな目で、そして蔑む目で見られた。
まるで実家にいたときと同じような、とても居心地の悪いものだったが、どうしてそんな目で見られるのか、自分はまったく理解できなかったのだ。しかも、主家であるガウティーノ家ばかりか王族にも謝罪することもしなかったからか、そのままガウティーノ家の領地に連れていかれたのだ――ボルマン様に「修業のしなおしをしろ」と言われて。
どうしてだ? 自分のどこが悪いというんだ?
本当にわからなかった。
そして一週間かけて領地に戻ると、師匠にぶん殴られた。そしてそのまま、料理の腕が上がったか見てやると言われ、言われた料理を作った。
「……ハァ……、お前、料理の腕が落ちてるじゃねえか。今までなにをしてきたんだ? そんなだから、本職が薬師の子にも負けるんだ。しかもあとから入ってきたハンスのほうがお前よりもずっと熱心に勉強しているし、腕も上だ」
「……っ」
「ちっ、反省もなしかよ。まあいい」
舌打ちをした師匠に、また殴られるかと首をすくめたもののそれはなかったが、すぐに料理の下ごしらえを手伝えを言われ、実行する。が、そのたびに「そうじゃない!」と何度も叱責され、野菜選びをしてもダメ出しがくる。
「野菜だけじゃない、肉も果物も、選び方がなってねえじゃねえか! 何度言えば覚える? 何度言えばメモを取るようになる? そういったことをしないでいながら、料理がきちんとできると思うな!」
「……」
「これが最後だ。ホーンラビットのトマト煮を作れ。ただし、アレンジしろ。それができなければ、下っ端からやり直しだ。できたら、前から懇願されていた出店の許可も出してやる」
「はいっす!」
師匠にそう言われてはりきったし、自分なりのアレンジもして料理したつもりだった。だが……。
「味が薄い、肉が中まで火が通ってねえじゃねえか! 屋敷の人間を殺す気か!?」
「そ、そんなはずは……!」
「てめえで食ってみろ!」
自分は完璧だと思っていたが、師匠に差し出されて食べたものは、言われた通り味が薄いばかりでなく、肉の真ん中は生のままだった。
どうしてだ? 確かにあの分量で間違ってなかったはずだ。
だが、師匠はそこも指摘してきた。
「マルセル、味見はしたか? 最初に肉の処理をしたか? 俺が見ている間、それすらもしてねえよな。大事なところをメモしていたら、そこを失敗することはないし、忘れたならレシピやメモを見て料理をするもんだ。だが、お前はそれができていない。ある意味独創的ではあるが、料理として成り立っていない以上、お前を料理人として認めるわけにはいかない」
「そ、そんな……!」
「串焼きならばまだ見込みがある。それなら屋台として出店を許可してやるが、それ以外は許可できねえ。それが嫌なら料理人を辞めて別の職に着くか、下働きだ」
料理がしたいなら、きっちりとレシピを見て料理を作り、他の連中がやっている作業をきちんと見ろと言われ、項垂れる。
そんな面倒なことはできないし、レシピは頭の中に入っている。
そう、思い込んでいたのだ、自分は。
串焼きだけの屋台なんて冗談じゃない。ハマヤキならできるかもと師匠に提案してみたものの、シューユや魚貝類はどうするのか、自分で採ってくるのかと言われたが、項垂れるしかなかった。
魚貝類を自分で採れない――戦うことができないから。
結局、あとから入ってきた人間たちにどんどん追い抜かれ、死ぬまで下働きのまま、過ごすことになる。
***
――その2 どうしてこうなったのかしら……(とある子爵令嬢視点)
わたくしはエアハルト様をお慕いしておりました。父には「身分違いだから無理だ。諦めなさい」と言われましたが、それでも諦めきれませんでした。
ですが、あるときを境に、エアハルト様が騎士を辞めて冒険者となったとお聞きして、それならばわたくしでもお近づきになれるかもしれないと思いましたの。
けれど、それは浅はかな考えだと思い知らされましたわ。
騎士であれば、訓練場にいけば一目見ることが叶いますが、騎士を辞めたとあっては、そこでお姿を拝見することも叶わないのです。それに、ガウティーノ侯爵家とはお付き合いがございませんから、勝手に伺うこともできませんし、夜会にお呼びすることもできませんでした。
そんなある日、エアハルト様をお見かけいたしました。しかも、ローレンス様の婚姻式のパーティーで。
話しかけようにも、その周囲はローレンス様と親しくされている方ばかりでしたし、エアハルト様はさらにその奥にいらっしゃるのです。どなたかをエスコートなさっておいでのようでしたが、お相手の方のお姿すら拝見できませんでした。
ただ、お連れ様と一緒にローレンス様や王太子ご夫妻ともお話されておりましたので、きっとエアハルト様と同じ高位貴族の方だと思っておりました。のちに平民と伺って唖然としたと同時に、怒りも湧きました。
なぜ、貴族であるわたくしを無視して、平民と一緒にいるのかと。
なぜ、わたくしは王家の方からお声をかけていただいたことなどないのに、平民には気さくに話しかけているのかと。
一緒にパーティーに参加した兄は、その平民に用があるようでしたので、帰るときに一緒にあとをつけたのです。もしかしたら、エアハルト様とお近づきになれるかもしれないと。
けれど、侯爵家に行けば追い払われて、騎士にまで追い払われて……。呆然としながらも家に帰れば、怒りをあらわにした父が待っておりました。
「そなたたちはなにをやっているのだ! ガウティーノ家からお叱りを受けたぞ!」
「「え……?」」
許可なくガウティーノ家の馬車のあとをつけたことで、ガウティーノ家から反意ありと見做されてしまったようで、父はかなりご立腹でした。
しかも、一緒にいたのは薬師だというではありませんか! 平民風情が王家や侯爵家と懇意にしているなど、許されることではありません。
それでしたら、わたくしがエアハルト様のお側にいたほうがはるかにいいと考えたのです。ですから、その平民を排除しようとしましたが、兄に止められましたの。兄はその平民の薬師に、痩せる薬を作ってほしいから、僕にちょうだいと仰いました。
でしたらとすぐに行動しようと考えておりました。
まさか、王家やふたつの侯爵家が後ろ盾をしている凄腕の薬師だと知らずにいたのです……父にもそのように話をされていたというのに。
わたくしも兄も、いかに排除するか、いかに手元に呼び寄せるかを考えておりましたので、父の言葉を聞いておりませんでした。
そして次兄と一緒に買い物に行ったマルケス商会で、偶然エアハルト様と薬師を見つけ、つい頭に血が上ってしまいました。
「平民風情が、どうしてここにいるのかしら」
その言葉は、我が国では言ってはいけない言葉。わたしはそうは思わなかったけれど、マルケス商会の従業員と懇意にしている貴族の家、そして高位貴族の女性や男性から睨まれてしまったのです。
そしてエアハルト様からも。
「まあ……これだから、下級貴族の方は……」
「わたくしたちが貴族として暮らしていけるのは、領民や平民がいるからですのに」
「きっと知らないのですわ。下級貴族ですし、親兄弟は王宮で働いていないのでしょう」
「働いていたら、あのような言葉は出ませんもの」
「え……?」
わたくしの言葉のどこが悪かったというのかしら! 平民は平民でしかありませんし、貴族が好きにしていい存在でしてよ?
そう言い返しましたら、余計に嫌悪されることとなりました。
「可哀想な方ですわね」
「あの家の父親と後継者は立派なのに」
「下二人が不出来だと聞いていたが、まさにまさに」
「申し訳ありませんが、これ以降はお付き合いを控えさせていただきますわ」
「え、どうしてですの!」
男性たちからも蔑む視線をいただいただけではなく、その場にいた、一番仲のよかった女性たちからも絶縁されてしまいました。
「平民を大事にしない方など、我が国では嫌われますのよ? 家庭教師からも学院でもそのように習いましたのに」
「そのような傲慢な態度と思考ですもの。きっと、高位貴族の家でもやっていけると思っていらっしゃるのではなくて?」
「高位貴族などもっての外ですわ、身分違いでしてよ? それに、法でも定められておりますわ」
「そんなこともわからないのかしら」
「それとも、自分の都合のいいように考えているのではなくて?」
「エアハルト様にも選ぶ権利がありますのにね」
「もっとも、お付き合いのない家の令嬢など、エアハルト様は知りもしないでしょうけれど」
「そ、そんな……」
彼女たちの言葉はとても不思議でしたの、どうして平民風情を庇うのかしらと。わたくしがお慕いしているのだから、エアハルト様もわたくしを知っていると。
そう思っておりました。けれど。
「あら……もしかして、エアハルト様が貴族籍を抜けたことをご存知ないの?」
「え……?」
「噂では冒険者になったそうだ」
「ローレンス様たちと組んで上級ダンジョンに潜っているらしい」
「エアハルト様が平民風情になったと? あり得ませんわ!」
わたくしがそう叫ぶと、呆れた視線と蔑む視線で見られてしまいました。そして他の方からは嫌悪の視線も。視線がどんどん厳しくなっているのはなぜでしょう? わたくしにはそれがわかりません。
「ガウティーノ家と懇意にされておりませんもの、茶会や夜会、パーティーでの発表を知らないのは無理ありませんわね」
「わたくしたちも懇意ではありませんけれど、それくらいの情報は得ておりますわ」
「情報収集ができないのは、致命的でしてよ?」
「……っ」
同じ子爵家の子だけではなく、男爵家の子にも言われてしまいました。
そんなはずはないともやもやしたものが広がりますが、そこにエアハルト様とさきほどの平民が奥から現れました。そしてそのまま店を出たのです。
それをいいことに、わたくしもすぐに兄と一緒に追いかけました。お声をかけようと思いましたが、エアハルト様は平民とずっと話しており、そこに高位貴族と思われるご夫婦がエアハルト様に話しかけましたの。
平民とも仲よさげに話しておいででした。それがとても不思議で不快だったのです……どうしてわたくしを無視するのかと、怒りさえ湧きました。
そうこうするうちに、お二人はそのご夫婦と一緒に馬車に乗り込みました。その紋章はユルゲンス侯爵家のもの。
そのことにイラつきました。これではエアハルト様とお話ができない、と。がっかりしていると、兄が私兵を呼び寄せたと言いました。
ここではなく、帰る途中で待ち伏せして、二人を我が家にさらってしまえばいいと。
とてもいい考えだと思いましたわ。そして実行いたしましたが、私兵はエアハルト様と魔物に呆気なくやられてしまい、逃げようと思ってもなにかが邪魔をして逃げられないばかりか、すぐに騎士がやってきて、そのまま捕らえられました。
そして王宮に連れていかれ、牢に入れられてしまい、両親を呼ばれて叱責されました。
「お前たちは……なんということをしてくれたんだ! 王都で私兵を勝手に動かすなど、王家に反意ありと見做されるんだぞ!」
「「え……?」」
「しかも、マルケス商会で平民をバカにしたそうじゃないか! 何度言えばわかる、平民はいなくてはならん存在で、我らが暮らしていけるのは平民あってのことだと!」
「別にいなくてもいいではありませんの。いても利用するのが当たり前ですわよね?」
わたくしの言葉に、父は溜息をついたあと、とても冷たい目でわたくしを見ました。それは娘を見るような目ではなく、犯罪者を見るような目でした。
わたくしは犯罪者ではありませんわ!
そう言ったとて、父には「犯罪者だ」と冷たい声音で言われ、騎士からも蔑むようにわたくしを見ただけです。
そしてわたくしは、社交界を追放されました。家で再教育をされるそうです。
ですが、わたくしはどうして平民が必要なのかさっぱりわかりませんでしたの。
食事を作っているのも、その材料となるわたくしの大好きな野菜を作っているのも平民だと聞いても、わたくしのために作るのは当然と思っていたのです。
結局わたくしは、矯正不可能ということで、修道院に送られました。「平民と同じ仕事をして、自分でなにもかもやって、反省しなさい」と、父に言われましたの。反省することができれば、家に戻ることもできるからと仰って。
もちろん兄も同じような罰を受け、反省しなかった故に鉱山送りとなりました。兄は王都で勝手に私兵を動かしたことで王家に対する反逆罪に問われ、犯罪奴隷となってしまったのです。
「どうしてわたくしが、そのようなことをしなければなりませんの!?」
「それがお前に対する罰だ。どうしてなのかわからないのであれば、一生ここから出ることはない」
「そんな……お父様! 助けてくださいまし!」
「なぜ助けなければならない? お前は罪を犯した。それを償うのは当然だろう」
罪とはなにか聞いてみれば、父は「今まで散々話してきたことだ」と仰るだけで、わたくしにはわかりませんでした。
単にわたくしはエアハルト様とお近づきになりたかった。平民の薬師をエアハルト様の近くから排除したかった。
それだけですのに……どうしてこうなったのかしら。
いくら考えても、さっぱりわかりませんでした。
結局わたくしは、死ぬまで修道院を出ることはかないませんでした。王が代わって恩赦の話もあったそうですが、わたくしに反省の色がみられないとのことで、その恩赦も取り消されたそうです。
本当に、どうしてなのか……。わたくしは、死ぬその瞬間まで、ずっとわかりませんでした。
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