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第一章
証明の遊戯
しおりを挟む将官は、衛兵の背後に隠れて部屋に入ったシアンを見ると途端に顔を歪ませた。
「──まさかその小僧か?」
「は、はい…」
「何の冗談だ、汚らしい。その身なり…どう考えても平民であろうが」
「いや違うんですよ。いや、違わないですけど…」
「?」
俯いたまま顔を上げないシアンの代わりに、連れてきた男があわあわと答える。
「これです!この者が推薦状を持っておりまして」
「…!推薦状を?」
「そうです」
「なるほど久しい、《 クルバン 》か…。それを私に見せてみろ」
いきさつを聞いた将官は、あっさりと納得して男に命じた。と言えどシアンの身なりは変わらず不快らしく、しかめた表情は変わっていない。
「……ふむ、確かに」
手筒を確認し、指にはめたふたつの宝玉をカチカチと鳴らす。
少し面倒そうな態度をとった後…何食わぬ所作で手筒を裏返し、封蝋を見た。
「んん?これは…」
そして初めて、椅子に寄りかかっていた背を離し、男は一瞬声を荒げた。
“ この紋章は…! ”
「おい、貴様」
「……」
「顔を上げろ…」
命じられるまま、シアンは顔を上げた。
前髪の隙間から片目を覗かせたシアンが、怯むことなく男を真っ直ぐ見つめ返すと……スレマン・バシュの目が爛と光った。
口の端を吊り上げる。
「くくくく……おお、そうかそうか」
「……」
「稀に見る上玉であるなシアンとやら…。貴様は確かに、我が隊へ推薦されるに相応しい」
「光栄で御座います、将官」
「私は槍兵師団のバシュである。貴様が推薦を受けた騎兵師団のバシュは本日ジゼルにおらぬ故──代わりに私が入隊を許可しよう」
門での衛兵といい、この将官といい、態度の変わり味が明らかに不自然である。
それはシアンが持ちこんだ推薦状と、そこに押された封蝋のせいだ。
「だが──許可するためにはまだ証拠が足らん」
「…証拠、で御座いますか。その手筒では不足ですか?」
「この推薦状は本物に見えよう。…しかし、貴様がここに書かれた『シアン』であるという証拠があるまい」
「……フ、ではどうすれば良いのでしょう」
ここにきて初めて、シアンの口元が薄く笑った。
挑戦的な態度は…本来なら不敬にあたるが、将官は愉快そうに笑みを返す。
「証明してみせろ」
男は足を使って机を横に押しやった。
置かれた燭台がガタガタと揺れ、危うく倒れそうになる。
「推薦状の送り主はそれはそれは高貴な御方だ。我ら伯爵よりさらに上、公爵家の紋章が付いている」
「そう…でしたか」
「欲の無さそうな顔をして…公爵様に気に入られるとは、よほどの 腕を持つらしい。
それを、見せろ」
「……」
「貴様の腕を私に見せろと言っている」
「……承知しました」
部屋の奥と出入り口とで、向き合う二人。
「では──…念のための確認ですが」
「──…」
「此の場所に、穢れを落としても構いませんか」
「……クク」
何かのスイッチが切り替わった。
シアンの静かな声が、その瞳が……部屋の空気まるごとを一変させる。
「構わんさ。貴様が部屋に踏み入った時点で既に穢れている」
「……それを聞いて安心しました」
彼が一度目を閉じて……次に開けた時、同時に浮かべた笑みもまた、先程とは様子が異なる。
妖艶な微笑みだ。
相手を愉しませる為に貼り付けた笑みだ。
遊戯の始まりを告げるのに、特別な言葉は不要。一枚布でできた荷袋を肩から外すと、シアンはそれを床に落とした。
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