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第五章
狂宴
しおりを挟むやっと解放されたのは数刻後。外は既に夕闇が迫っていた。
肌に張り付く隊服に不快感を抱きつつも、今わざわざ出向けばかっこうの玩具にされると明白であるから浴場には行けない。
どうせ脚衣を脱ぐなら、上衣も脱いでしまえばよかったのだ。
零れた酒が染みて汚れた隊服。
そこに汗の臭いもまざっているから救いようがない。
「オメル?──…いないのか」
武具庫に戻ってきたシアンは、中に顔だけ入れてオメルを探した。
だがオメルはここにいないようだった。
…いつもの塔に行ったか。
今の姿をオメルに見せたくなかったシアンにとっては好都合だ。
彼は頭に巻いているターバンの留具をはずしてシュルりと抜き取り、襟元をゆるめながら武具庫に背を向けて歩き出した。
「……」
「待て」
「……?」
「どこへ行くつもりだ?」
しかし武具庫から離れようとした彼は、鋭い声色で呼び止められた。
「──…副官殿」
「日が落ちきっていないうちからターバンをはずし頭部を晒すとは無作法者めが」
シアンにとって面倒臭い男がそこに立っていた。槍兵師団の副官だ。
「命じた仕事が終わっていないようだが?どういう事か説明しろ。どこへ行っていた?」
「…お話するほどの用ではありません。仕事途中で抜け出した件についてはお詫びします。貴方がお命じになるなら、このまま、終わるまで続きを」
脱ごうとしていた上衣から手を離し、逆撫でしないよう神経を配った。
「…私に言えない用というわけか?」
「……?」
だが相手は納得しない。
──気のせいかもしれないが、何かを警戒されているような
ピリッと空気が緊張する。
この男は何か……勘づいているのか。
何を、どこまでかは知りよう無いが。
「先ほどまで僕がいたのはバシュの部屋です。貴方の上官に呼ばれて出向きました」
「スレマンか……チ、あの男。それで、貴様は奴の部屋で何を?」
「──…酒を運びました」
「ふん、近ごろ貴様が用意しているという怪しげな酒か…。鼠が作る酒など気味が悪くて私は飲めないがな」
「……」
そう言わずに飲んでみてください
口から出ようとした言葉は逆効果かもしれないので、やめておく。
「私について来るがいい」
「はい」
ことこの男に関しては、黙って従い、尋ねられた事にだけ答えるのが正解だ。
副官の後に続き、武具庫のある練兵所から引きあげるシアン。
仕事を投げ出した罰として折檻されるのか?
けれど副官の行き先は地下牢がある司令部ではなくて、宿舎の方だった。
どこに向かっているのかくらい尋ねてもいいかと、シアンが口を開きかけた時
「貴様、以前、剣術を誰かに教わった事はあるのか」
副官の唐突な問いに遮られた。
「剣術……などと大それたものではありませんが、僕のような賤人が生き残るに必要な術ですから、独学である程度は身に付けました」
「そうか。戦も反乱も無いキサラジャにおいて、我ら近衛隊は警備や徴税ばかりうけ負う……。実践を知らぬ部下たちに、貴様ら賤人が勝るのも不思議でないな」
「……。実践が無いのはよいことです」
聞くタイミングを逃したまま宿舎に入り、窓の無い廊下を進む。
「ぬるま湯につかり堕落した部下どもも情けないが…
それよりも嫌悪を抱く者が、兵団にはいる」
「──…」
「そのぬるま湯を求め、穢らわしい手段で次から次へと侵入してくる鼠どもだ」
「…………なる、ほど
──…それは仰るとおり、不快ですね」
シアンの足が止まる。
「止まるな。誰が止まって良いと許可をした?」
「……」
「さっさと進め」
進めと言われて示されたのは食堂の扉だ。
隙間から聞こえる音は大勢の話し声、笑い声……
それと、彼がよく知る声が、戸の内側で叫んでいる。
泣いている……。泣きながら叫んでいる。
「さっさと中へ入るがいい。拒められる立場なのか?薄汚い貴様らが……」
「いいえ…拒む気なんてありません」
シアンの背後に回った副官が彼の逃げ道をふさいだ。
他に選択の余地は無く、シアンは扉に右手を付ける。
ギイ.....!
.....
「やめてよぉぉぉ……!! もお、やだ
やめ、やっ‥‥ッ だ、ああ!やめてえ‥‥//」
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