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第八章
堕落
しおりを挟む「あいつ…っ」
民兵を問い詰めていたバヤジットは、ふと振り返ったそこにシアンの姿が無い事に気が付いた。
“ また勝手な行動を……ッ、やはり兵隊の心得がなっておらん。王都に戻ったら基本から叩き込んでやる!…いや違うか。そもそもあいつは兵隊ではなかったな、なら…… ”
「あ、あのぉ~貴族さま?」
「…っ、なんだ!?」
「ひぇっ!いえ!なんでもございあせん!」
バヤジットに胸ぐらを掴まれている平民の男が、宙に浮きそうな足をガクガクと動かして縮こまる。
そんな二人の周りには、頭を土に付けて跪く他の民兵達──。プライドも何もあったものではなかった。
彼等はみなバヤジットが何を問うても平謝りで、何ひとつ情報をよこさない。
「貴様らはもういい時間の無駄だ!村に配属されている近衛兵はどこにいる?」
「ほかの貴族さまは今ごろっ……、えーーっと……」
「はっきり言え」
「…っ…村の北側に家屋がありましてそこに何人かが集まってやがります、はい」
口ごもった平民は、バヤジットの目に鋭く睨まれてストンと表情を失ったかと思うと、消えそうな声でごにょごにょと話し始めた。
「食いもんの支給もそこであります」
「天幕があった場所とは別か?」
「そりゃあ…貴族さまがおれらになんか近づきませんよ。近づくとしたら──…」
「……?」
含みのある言い方だった。バヤジットが怪しむと、周囲の男達も頭を下げたまま互いに目配せをする。
“ この者達、何を隠している……? ”
「貴様がそこへ案内しろ」
「ぅ……、へい!」
平民達の妙な一体感に薄気味の悪さを覚えるバヤジットは、男の胸元を引きずったまま近衛兵の所へ案内させた。
「──…!?」
そして連れられた場所で近衛兵を見つけたバヤジットは、ただならぬ状況を眼前にして、家屋の入口で立ち尽くした。
「あっ?貴方はまさかバヤジット・バシュ!?」
「ハァッハァッ…あ?バシュだと!? まさかそんなわけ──ッ」
バヤジットが訪ねたのは、ウッダ村の中でも比較的──まだ綺麗に整えられている方の家屋だった。
その中では有り得ない事に、隊服を来た兵士たちがそれぞれに女を侍らせて淫行におよんでいたのだ。
「貴様らっ…!! 言い逃れは考えているのだろうな!」
バヤジットは声を荒げて兵士達を叱咤した。何が起こっている?陛下の威光を示さなければならない近衛兵の──この蛮行はなんなのだ?
酒と体臭のむせかえる小さな家で、今にも殴りかかってしまいそうな衝動を堪えるバヤジットは、案内人の胸元を掴む拳をこまかく震わせていた。
「…ッひ、バシュ!どうして貴方がこのような場所にいらっしゃるのですか!」
「俺は質問を返せとは言っておらん。弁解ができるならしてみせろと言った筈だが?」
「弁解ですか。ええと、実はこの女達がですね無理やりせまってきまして…」
「嘘だった場合どうなるかわかっているな…!?」
「…っ、ぁ、ぃゃ」
若い女を後ろから犯していた兵士が相手を突き飛ばして敬礼する。
乱れた衣服すら直さないところを見るに、逃げ道は無いと腹をくくったのか。
「そもそもその女達はどこから連れてきた?もとよりウッダ村に娼館は無かったと記憶している」
「……っ」
「……!待て、まさかとは思うが…!」
きまり悪そうに下を向く近衛兵たちを見て、ある事を察したバヤジットは言葉を止めた。
その足元で、引きずられてきた平民がビクリと肩を震わせる。
肌をさらして組み倒され、涙を流している女達は、容姿も衣服も…娼婦にしては飾り気がない。
「自らの妻子を抱かせているのか…!!」
バヤジットは近衛兵ではなく、足元にいる平民の男に問うた。
「天幕の中で息を潜めていたのも共に村に来た妻子だな!? 貴様らがヘラヘラと訓練の真似事をしている間っ…自分の家族をこいつ等に差し出していたのか」
「しっ仕方なかったンすよ!」
「そんな訳があるか!一家の主ともあろう者が…ッ」
「だってこうでもしないと職を失うんです!仕事がねぇと…おれらは賤人になっちまう!」
「……!?」
「それよりは、ねぇ?賤人よりかずっとマシじゃねえですか…………ははは」
「マシだと?これが……」
バヤジットは男の言う事に呆れた……と言うよりは、率直に理解ができなかった。
今もこの男の顔にバヤジットへの媚びこそあれど、妻子を好きにされる事への悔しさがまるで無い。
本気で、今の状況に納得しているのか?
──これで、マシ?
「──…ウッダ村の現状を陛下に報告する」
「バヤジット様!それだけは…ッ」
「近衛隊としての任を放棄し陛下を侮辱した罪。日のある刻より性交におよび神を侮辱した罪。…罪状はまだ増えるだろう。覚悟しておけ」
バヤジットは片足にすがる男をゆっくりと引き剥がして扉の横へ転がした。
そして反対を見やると、まだ線の細い少女が乳房もあらわな姿で床に座って震えている。
彼はその姿に心を痛め、自らの肩布を脱いでかけてやる。
それが一時の気休めでしかならないと知っているから、余計に怒りが沸き立つのだった。
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