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第十章
砂塵に紛れ
しおりを挟む──…
それから十数日に渡り、キサラジャを激しい嵐が襲った。
季節の変わり目を知らせる風だ。こうして国は濃い砂塵に包まれ、陽の日を遮断された砂漠地帯は氷点下にまで気温を下げる。
こんな時期に街道を渡る商人はひとりもいない。安易な外出は命取りである。
「砂竜の国」と呼ばれるキサラジャの、もっとも過酷な季節が来たのだ。
そして、そんな嵐の訪れは、硬直状態だった帝国との対立にひとつの変化をもたらした。
国境で互いを牽制し合っていた両軍が撤退したのだ。
「──…意外だったな。侍従長がこうもあっさり撤退を認めるとは」
今、クオーレ地区の外にある小さな酒場で、バヤジットを含む数名の近衛兵が会合を開いていた。
「そうでしょうか?撤退の命がくだったのは当然かと。この嵐では帝国も攻めこめませんし」
「どうせ帝国に喧嘩を売ったものの勝つ見込みがなくなり、上げた腕を下ろせず途方に暮れていたのでしょう。むしろこの嵐は、タラン侍従長にとって好都合だったと思います」
「……」
内容は勿論、タラン侍従長と議会の動向についてだ。
近衛兵の撤退を認めたタランについて、部下達はあまり怪しむ様子がない。
そもそもカナート(地下用水路)の修復を妨害していたキサラジャだが、そうする事による自国へのメリットはひとつとして無かったのだ。
カナートの破壊が帝国の仕業という確証も無い。
帝国の低頭を狙ったのか、交渉を有利に進めようとしたのか……タランの狙いが何であれ、終わりの見えない対立に国はすっかり疲弊していた。
「今回ばかりは侍従長の目論み違いだったのでは?」
「…だと、いいがな」
確かにタラン侍従長はもともと、帝国との交易の不平等さに不満を抱いていた…。
しかし、切れ者のタランが勝つ見込みのない賭けに出るとはどうしても思えなかった。
勝算があった筈だ。
さらに言えば、その勝算が確信に変わったからこそ、奴は近衛兵を撤退させたのではないだろうか。
『 侍従長がこの件を操っているのだとすれば
その矛先は勝ち目の無い帝国では無く
むしろ──…皆の関心が帝国に向いた今の
この隙だらけの王都にあるのでは? 』
シアンの推測がバヤジットの脳裏をよぎる。
「バシュがそこまで気にしているのは、ウッダ村での一件が理由ですか?」
「ああ……そこの民兵から得た情報では、タランによって平民がクオーレ地区にも集められているらしい」
「その情報の信ぴょう性は疑わしいですね。クオーレ地区に平民を呼び寄せるなんて有り得るのか…」
「さてな」
ウッダ村から戻った後、バヤジットは密かに調査をおこなっていた。
クオーレ地区に爵位を持たない者が入るには、限られた者にのみ配給される通行手形が必要だ。家名と職名は門兵によって記録され、誰がいつ中に入り、いつ出たのかを厳しく管理される。
バヤジットはその記録を全て洗ったが、平民の不自然な出入りを見つける事はできなかったのだ。
「ではやはり嘘の情報であったと?」
「そうとも限らん。俺はそれと別に先月の徴税記録も調べさせた。近隣の村から姿を消した平民の数と名を把握し…ウッダ村にいる民兵達と照合したのだが…、数がまったく合わんのだ」
「…っ…合わないとは、つまり…!?」
「ああ…国民が " 何処か " へ消えている。行方不明者は全て独り身の男ばかりだった」
バヤジットの調査報告を聞いた部下達がざわついた。
「まさか本当にクオーレ地区に平民が隠されているのですか?隠れ場所の検討はつきませんが…!!」
「軽く探したが勿論見つからん。…だがこの場合もっとも怪しむべきは、何処に隠されたかよりも、" 何処から侵入したのか " だろう」
「…っ、確かにクオーレ地区の門はたったひとつ。門兵の記録に無いとなれば何処から…?」
「恐らくその謎が、有力な手がかりになる」
行方不明の平民達が本当にクオーレ地区に紛れているとすればな
と、バヤジットが最後に付け加えた。
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