銀狼【R18】

弓月

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獣の愛

獣の愛_3

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 その時

「──?」

 セレナが背を預ける大岩の、その陰からヒョコリ現れた頭。

 それは一匹の焦げ茶の狼だった。

 その狼はいささか小さめ……というより、まだまだ子供のようである。

 だがセレナにとっては恐怖の対象であることにかわりはない。

「…っ…この狼…!! 」

グルル…

「…きゃ…ッ」

 ゆっくりと近付いてきた仔狼に、セレナはたまらず持っていたパンをくるんだ布ごと投げつけてしまう。

すると仔狼は驚いたのか、身を縮こまらせた。どうやら怯えているのは彼女だけではないようだ。

 セレナの方を気にしながらパンに近づき

 そして、その狼は布に顔を近付けて中の匂いを嗅ぎ始めた。

「……?」

パンが、狙いなの…?

「…あなた…お腹減ってるの?」

 思わず問い掛けたセレナに答えるように仔狼はパンを鼻で押し返す。

 ……それは返すというより、せがむような素振りだ。

グルッ、グルル…ッ

 仔狼は小さく唸りながらパンを突っつく。

「…わかった…わかったから…!」

 セレナは恐る恐るパンを彼から取り戻すと、無造作にちぎり、そして狼の前にコロンと転がした。


──パクっ


「あ、食べたわ…」

 転がったパンはあっという間に狼の腹のなかにおさまった。

“ 肉でなくても食べるのね… ”

 もう一口分、先程より手前に転がす…。

 狼はひょこひょこ歩いてくると迷わずそれも口にした。

 もう一度、もう一度…

 繰り返すごとに狼の警戒心も和らぎ、少しずつ彼女に近付いていた。



 その光景を見た時

 セレナの脳裏に、古い記憶が蘇った。



 彼女がまだ五歳のころ……

 大人の目を盗んでは、朝食の残りをこんなふうに一緒に食べた相手がいたのだ。





......




「何をしている」



───!!!



 セレナが懐かしさに目を細めた時

 彼女の頭上に影がかかり、冷たい声が投げかけられた。


「‥‥っ」


 顔を上げたセレナの目に映ったのは、その声と同様の冷たさを持った鋭い視線──。

 彼女が声をあげるのより早く、目の前の影から伸びた手が足元の仔狼を鷲掴む。

「あッ──!! 」

 そして勢いよく横に投げ飛ばされたその狼はキャンという鳴き声と共に地面に叩き付けられた。


クゥン… 


 身体が小ぶりな分、落ちた衝撃も小さいと思われるが…。仔狼は痛そうに地面にうずくまった。

「ひどい、なんて事を……!」

 セレナは立ち上がり、投げた男の前を横切って飛ばされた狼のもとへ駆け寄ろうとする。

「──っ!! 」

 だがそれも叶わず、振り返ったその男にいとも容易く抱きかかえられ

 彼女を捕らえた男は有無を言わせぬ早さで飛び上がった。



 ──彼の銀髪が聖地上空に弧を描いてなびく。



 そして彼は自身の寝床である洞穴に着地し、奥に進んでセレナを毛皮の上に転がした。

「いたッ…!! 」

 転がされたセレナは急いで上体を起こし、銀狼を見上げて座ったまま後ずさった。

 銀狼は彼女の目の前にパンを落とす。

「この中身はお前の食糧として用意したものだ。……我等が食す物ではない」

「……ッ」

「あの子供には、まだ理解できぬようだがな」

「…どうして…っ…駄目なのですか…!? パンでお腹を満たせるならそれで何よりじゃない」


パンで満たせるなら…

人を食べずにすむのなら…!!


「むやみに人を殺さなくてもよくなるじゃない……!! それの何が悪いの!?」

「……」


 納得できないセレナは恐怖を吹き飛ばすように声を大きく反論した。

 この男の邪魔さえなければ少なくともあの瞬間、子供の狼と自分は、喰う喰われるの関係ではなかったのに──と。

 ──しかしそれを聞いた銀狼は、口の端を僅かに上げると非憎気に笑ってみせた。


 我等がパンを食べる?


「──とすれば我ら狼に、貴様ら人間のおこぼれを糧に生きろと言うのか」

「……ち、違います」

「馬鹿馬鹿しいことだ」

 辺りの空気がピリリと痛い。

 怯えるセレナは少しずつ後退し、その背が洞穴の壁についてしまった。


「……覚えておけ」

「……っ」

「人間など我々にとって、数ある獲物の内の一種に過ぎない」


 我等にカテを与えようなどと……

 あまり図に乗るな


「……何故、むやみに人間を殺すのかと聞いたか」

「……!! 」

「簡単な話だ……其れは我等が、生き残るため」


 その低い声に心の臓までを握られるような錯覚を起こし、セレナの息が詰まる。

 彼の怒りを全身で感じ、ガタガタと肩が震えてしまう。

 やっぱり……怖い。

 たとえ姿が人だとしても……やはりこの男は恐ろしい狼だ。



「──…な、なら……どうして
 ……あなたはわたしを食べない、の……!? 」



 身を小さくした彼女は今にも消え入りそうな声を、辛うじて絞り出した──。



《 どうしてわたしを食べないの……!? 》



「──…」



 セレナの言葉を受けて

 男の目が一瞬……宙を彷徨う。

 頬から皮肉な笑みが消え去り

 張り詰めていた空気に、何かが穴を開けた。





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