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書庫
しおりを挟むカルロは片手で頭を支え、もう片方の手で本棚を指差す。
「……ん」
「…、あのー…っ」
一番上の、左から五番目──。
彼の言葉を頭の中で反芻し、ミレイは首をかしげて尋ねた。
「もしかして取って来いってことですか?」
「立つのがダルい」
「…わ…かりましたけど」
読んでいたところに栞を挟んで閉じる。
なんでこんな事を頼まれたのか理解もできずに、とりあえず立ち上がったミレイは、彼の椅子の後ろを通りすぎて本棚に向かった。
彼の方が近いのに
自分でとればいいのに
……その言葉を呑み込んで。
「これですか?」
「違う……。五番目だと言っただろう」
「あ、これか」
彼が指す場所を目で追って、見つけたそれにミレイは手を伸ばした。
書籍のつまった重そうな箱の隣に、カルロお目当ての本がある。
背伸びしてぎりぎり背表紙に指が届いた。
「これ……英語でもないんですね。──ン…っと…、何かの専門書ですか?」
「俺が書いた」
「ええ!カルロさんが?」
何の気なしにした質問に、まさかの答えが返ってきた。
本気にしてしまったミレイは大慌てで振り返り
「…!!」
──彼の表情を見て、冗談なのだと気付く。
「…クッ…あんた、やっぱ馬鹿」
「…ぁ」
“ カルロさんが笑ってる…… ”
こういうふうに笑ってくれたのは久しぶりだ。
授業のミッションで彼と手錠で繋がれた日、この笑顔にからかわれたのを覚えている。
「もう……そんな事言うなら取りませんよ?」
「それほど読みたいわけでも……ない」
「だったらわたしを使わないでください!」
「五月蝿い……」
カルロは頬杖の腕を変えて向こう側を向いてしまった。
ミレイはふふっと含み笑い、本棚に向き直る。
「……それにしても素敵な部屋ですね、ここ」
もう一度腕を伸ばして、本の背表紙に指の先を引っかけた。
そうして少しずつ引っ張り出す。
「今どき紙の書籍がこんなにそろっているなんて珍しいですよ。あっ、もしかしてカルロさんが集めたとか……?」
「俺ではない」
「そっか……なら、スミヤさんとか……」
「──…親父だ」
ビクッ…─!
「……っ」
「…あいつの趣味だ」
「…ごッ…ごめんな さい…!!」
聞いてはいけないことを……
“ また、自分は……! ”
焦ったミレイの手元が狂う。
半分ほど引き出した本が手から滑り落ちそうに。
「あ…!」
「──?」
反対の手でそれを防いだものの、勢いをつけすぎて本棚全体を揺らしてしまった
「‥‥ッッ」
取った本の横に置かれた箱が傾き
彼女の頭上に降ってくる──
“ 危なっ…─ ”
「──…!!!」
「チ…!!」
蓋が開き、中に詰まっていた書物がばらまかれた
ミレイは咄嗟に頭を庇った
目を閉じてしゃがみそうになった時──
横から強く腕を引かれ、彼女は本の落下地点から間一髪で退いた。
箱から出てきた本が、続けざまに床に落ちる。
それと同時に、カルロが立ち上がった時に後ろに突き飛ばした椅子が、壁に当たって倒れた。
「……」
「…ハァ…っ…ハァ」
ミレイは彼に抱き留められていた。
「…何、焦ってんの」
「だって…っ…ハァ、…わたしが、聞かなくてもいいことを──」
「べつに気にしていない」
危機をまぬがれたばかりの彼女の心臓は、ばくばくと早打っている。
しかしミレイの頭の中は……数秒前の自身の失態の事でいっぱいだ。
“ 今のカルロさんにとっては、何より辛いことなのに…! ”
カルロさんは読書が好きで
そして、同じく父である理事長も、こんな書庫を作るほど本にこだわりがある人なのだ。
こんなところにまであった親子の共通点。
そしてその事を、カルロさんは喜ばない──。
「ごめんな…さい…!」
ミレイは彼の服の胸元を、両手でぎゅっと握りしめた。
そんなミレイの声が震えているのを、カルロは聞き逃さない。
「俺が " あの男 " と似ている事が、嫌なのか」
彼女を抱き締めた腕をそのままに、床に散らばる本を見下ろしつつ話した。
「ハっ、そうだろうな……。あいつは……あんたの母親を殺した男だ」
「……っ」
「……ついでだ。よくよく……覚えておきなよ」
抱き締める腕に力をこめる。
それはミレイが……耳を塞げないように。
「俺はその男の息子だ。母親の仇と……同じ血が流れている」
「…し、…知って います…!!」
「……いいや、あんたは、まるでわかっていない」
東城ヒデアキはカルロ達の父親だ。
そんなことは、ミレイだってとっくに知っている。
それでも、あんたは何もわかっていないと、カルロは繰り返した。
「俺はあいつと、同類……」
「違う…っ、カルロさんは理事長とは違います!顔や趣味が似ているからって全部が同じわけじゃない!」
「──…クッ、そんなこと」
そんなこと……
俺が何より、望んでいたさ…──。
───……
それは13年前
病院に見舞いに行った俺に、母さんが言った。
『 お母さんはもう……明日、生きていないの 』
どうして?と聞くと、弱々しく笑った。
『 だって……あの女だけ、ずるいでしょう?
わたしもやっとあの人に殺してもらえる…… 』
ごめんね、と俺に謝りながら、それでも母さんは嬉しそうに……。
『 さようなら、カルロ 』
『 …さようなら 』
翌日
望んだとおりに死んでいった。
延命治療の中止同意書にサインをして。
そして、立会人の欄には、親父のサイン──。
母さんの希望によりそって、親父が、その手で終わらせた。
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