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書庫

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 数日後、この国に激震が走る。

 東城ヒデアキが逮捕されたのだ。

 その事実が発表されるやいなや、あらゆる場所でトップニュースとして報道される。

 やっと本性を現したな…
 いや、これは警察側の陰謀だ…

 様々な憶測が飛び交い、噂が真実へと変わって騒がれた。

 当事者からすれば不快に他ならないこの現象も、東城ヒデアキという男の著名さと、この国における " ボディーガード " の存在の大きさを、国民に突きつける形となった──。



───



 体調が回復したミレイは、すぐに授業に復帰した。

 そして彼女はこの学園で……生徒や教官達の困惑を、耳と目と、そして肌でしっかりと感じていた。

 理事長が殺人の罪で逮捕されたのだ。

 とは言っても事件は14年も前のこと。罪を裏付ける証拠はない。

 このまま彼が起訴されるかは怪しいところだが、それでも大きな痛手であることに変わりない。

 いったいこの学園は、そして自分達はどうなるのか。そんな不安に支配された空間で、ミレイはじっと口を閉ざしていた。


 そんな環境で身も心も疲れはてた彼女は


コン、コン


 今、東城家の書庫を訪れていた。


 彼女にとって本は、落ち込んだ気持ちを紛らわし、心の休息をもたらしてくれる物だ。

 それは幼い頃からずっとだった。

 死んだ母を思い出して急に涙が止まらなくなった長い夜たち──そんな夜を、彼女は本とともに過ごしてきたのだ。

 そして今、あの頃と変わらぬ思いで入った書庫で

 ミレイは先客の姿を見つけた──。

「──…」

 先客はいつものように眠っていた。

 分厚い本が置かれた机に突っ伏して、彼は寝息をたてていた。

 その後ろでは、開いた小窓から吹き込む風が、白色のカーテンをパタパタと揺らしていた。

「……!!」

 ミレイは彼に気付いて立ち止まった後、急いで顔を背けた。

 自分の心臓が跳ね上がったのを感じたからだ。

“ カルロさん…… ”

 彼を見るのはあの日ぶりだった。

 もともと家にいること自体が珍しい人らしいから、どこか外に出ていったのかと思っていた。

 ここにいたんだ…。

 落ち着いた風合いの木調本棚が並ぶこの部屋。ミレイは懐かしむ目で、眠る彼を眺めた。

 彼はいつも寝ている。

 彼は毎日の大半を……夢の中で過ごしているのか。

 それを考えると、どんな夢を見ているのかが気になってくる。

「……?」

 そう思って近付いたミレイは、彼の顔を覗きこんで顔を曇らせた。

 カルロは眉間にシワを寄せ、その表情は決して安らかなものではなかったから──。

 こめかみに滲んだ汗も、彼の穏やかでない眠りを象徴している。

 夢の中でさえ、彼は苦しまないといけないのか。

 ミレイはとても悲しくなった。

 滲んだ汗をハンカチで拭ってあげたいと思う。

 けれど結局それもできずに、彼のほうに伸ばした手を中途半端な位置で止めるしかなかった。


 すると……

 カルロの片目がパチリと開いた。


「……」

「…っ…起こしましたか?」

 彼に睨まれた気がして、ミレイはすぐに手を引いて謝る。

 べつに睨んでいるわけではなかった。

 見たくもない夢のせいで疲れた様子のカルロは、重たい頭を持ち上げる気にもなれず、その状態のまま彼女を見上げた。

「……なに?」

 なに?なんて聞かれても、返せる答えを彼女は持っていない。

 ただ本を求めて来た場所で彼を偶然見つけてしまったんだから。

「何か……用なのか」

「カルロさんの顔色が悪いから、気になってしまっただけですけど…」

「……」

「…嫌な夢を?」

「…たかが、…夢だ……、
 ──ッ 触るな!」

「ぅ…っ」

 もう一度ミレイが腕を伸ばしかけると、カルロは条件反射でそれを拒む。

 机の上の本をはたき落とした。

 分厚い本だったので、落ちた時の音が大きい。

 ミレイは肩を寄せて怯む。

「……ゴクッ」

 でも──彼女は後ずさりそうになった足をなんとか引き留めて、落ち着いて唾を呑み込んだ。

「──…本、好きなんですか?」

 腰を下ろして本を拾い、机の上に戻しながら話しかける。

「あの時、学校の図書館で会ったのも何か理由がある気がします」

「……」

「カルロさんは、寝るのに邪魔が入らないからって言ってましたよね。でも、あそこにいたのは単純に本を読んでいたからじゃないのかな、って」

「気のせいだ」

「わたしも本が大好きなんですよ」

「…!? …聞いてない」

 ペラペラと喋りだした彼女に驚いて、一瞬だけ目を見開いたカルロ。

 不気味そうに顔をしかめた。

「あんた……何か企んでるのか?」

「……企んでますよ。どうにかしてカルロさんとお話しようって」

 そう言ったミレイが浮かべた笑顔は、これまた不自然なものだった。

 疲れ顔なのに無理やり上げた口角。

「趣味が同じだと嬉しいじゃないですか。カルロさんはどんな本を読むんですか?小説?あ、歴史とかは好きですか?」

「おい…──」

「こ、ここ…っ、座ります」

 質問攻めをしておいて、相手の返事も聞かずにミレイは隣の椅子を引いた。

 そこに座って、取ってきたばかりの本を開く。

“ 変に思われてるよね… ”

 強引だという自覚は彼女にもあったけれど、こうでもしないと、カルロに「消えろ」と言われるのが目に見えているからだ。

「……おい」

「う、うるさいなら静かに読みます。だからカルロさんは気にせず!寝ていてください」

「…ハァ」

 溜め息をつかれたってミレイは逃げるわけにいかなかった。

 ここの書庫にあるのは学問の専門書がほとんどで、彼女が読めるような内容はあまりない。

 そもそも何語かわからない文字を並べられている時点でお手上げで、その中でミレイが読み始めたのは、とある偉人の一生をつづった伝記だった。

 指の腹で紙をめくるとピラッと音がする。

 その音を聴くと……少しだけ落ち着く気がする。

 その間、カルロは彼女の横顔を警戒するように見ているわけだが、ミレイは知らんぷり。

 そうしてしばらく時間を過ごして──

 もしかしたら、ミレイがそう感じただけで、ほんの数分しか過ぎていなかったかもしれないが。

 カルロはまた溜め息を零して……

 そして、ようやく折れたようだ。

「一番、上」

「…?…ぇ」

「……左から、五番目」

「…!」

 驚いて振り向いたミレイと目を合わせて、不機嫌顔で呟いた。



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