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序章

12.信用

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 先程の音が思いだされて再度頭に響く。それはどうにも聞きなれない音で、あれは一体何処からか。
 そんな風に混乱する俺を置いて、ディオスさんは鎧姿の男を足で転がす。
 ぐるりと仰向けに体勢が変わると鎧姿の彼の首が向いてはいけない方向へ曲がっているのを見て、俺は小さく悲鳴を上げた。

「ひっ」

 し、死んでる、もしかして……殺した?
 立ったばかりだというのに、座り込んで尻もちをつく。明らかに彼の瞳に生気は無くて、あっさりと目にした他人の死に俺はただ見ている事しか出来なかった。
 俺を殺した男だ。そりゃ痛い目に合えばいいとは思っていたけれど、まさか死ぬ、なんて。しかもこんな簡単に。
 他者の死に衝撃を受けて動けない俺とは正反対のディオスさんは屈んで、素早く死体を探り始める。手慣れた手付きで鎧を外して、身体を探れば見つけ出したのは鍵だった。
 鉄製の輪にまとめてつけられた数個の鍵が、ぶつかり合い軽めの金属音が鳴る。ディオスさんはそこにある鍵を掴んで自身の手枷へと使う。
 枷が床に落ちる、重量感のあるドスンという音がその重さを俺にわからせる。
 ディオスさんは両腕をぐっと上へと伸ばしてから、屈伸を始める。
 ディオスさんの四肢には枷はもう無くなっており、俺が死体の衝撃を受けている間に既に自由となっていた。
 そんなディオスさんの姿を呆然と、見上げる。
 血のような真っ赤な髪色。それは着ているのが白のローブの為によく映える。
 立ち上がれば背丈も高い。黙って立っていれば、愛想の良さと整った容姿からも聖人のようにも思える。
 けれど、違う。
 あの時、ディオスさんは鎧の彼の首を折った。そして、それに対して哀れみもなく、後悔もない。

「さあ、いこうか」

 元は真っ白のローブを汚し、それを身にまとった赤い怪人は俺へ手を差し伸べる。
 俺はそれがとても恐ろしい誘いのように思えてすぐに手を伸ばす事は出来なかった。

「ああ、そうか……忘れていたよ。神子様の思考は清いもの、だったね」

 暫くは手を伸ばしたまま、なかなか手を取らない俺を不思議そうに見つめていた。しかし、ふと何かを思いだしたように微笑んだ。
 しかし、その微笑みは今までのモノとは違い、ぎこちなく弱弱しいものに見えた。
 一瞬で、すぐに消えてしまったのだが、それは悲しそうというより苦しそうに思えるものだった。
 だから、なのだろうか。
 伸ばした手を引こうとするディオスさんに罪悪感に似た胸の苦しさを感じて、彼の手を咄嗟に掴んでしまった。
 ぎゅっと力強く握る。怖がるかのようにびくりと震えたかと思うと、繋いだ俺の手を黙って見ていた。それこそ、手に穴が空くのではないかと思うくらいに。
 ずっとずっと。

「あの」

 俺の声で弾かれたように、手から目線が外れる。突如、ぐっと力強く手を引かれて俺は立ち上がった。
 少し様子の違うディオスさんを眺める。しかし、そんな俺に一瞥しただけで、すぐにれ目を逸らすと死体となった男を再度探り始めた。
 ……な、何をしているんだろう。
 手際良く、死体を裸にすると鎧の下に着ていた布の服を俺へと差し出した。

「これを着て。流石に今の服のままだと目立つからね」

 話しかけてきたディオスさんは先程の事は無かったかのように、変わらない楽し気な笑みを浮かべていた。
 俺は、差し出された衣服に少し躊躇う。奪った服だし、しかも死体からのものだ。どうにも悪い事をしているような気持ちになる。
 それでも現状が現状だ。自分を奮い立たせて、大きく頷いてからその服を受け取った。
 ここでゆっくりしている場合でもないはずだ。急いで渡された衣服と交換して着替えた。
 ディオスさんは着替えた俺をまじまじと眺めて、満足そうに頷く。

「思ったよりもピッタリで良かった。後は、ここから出るだけなんだが……」

 そう言いながらも、牢屋内の石壁を手に触れたり、耳を押し付けたりを繰り返している。
 そうしてどれくらいの時間が過ぎただろうか、動きがぴたりと止まる。耳を壁にしっかりと押し当てたままだ。
 何をしているんだろうか。早く逃げないとまずいと思うんだけれど。

「ここだ、ここ」

 そう言ってディオスさんは石壁に指先を突っ込んだ。一瞬、驚きはしたがどうやら石壁と石壁の隙間があるようだ。
 少しの間の後、石壁の一部が音を立てて外れる。外したのはディオスさんだ。両手で石壁を床へと下ろす。
 ま、まさか、外れるとは!
 外れた場所を覗き込んでみるとそこには、成人男性が一人が這って通れるくらいの大きさの穴があった。

「ああ、やっぱりまだあったか。ここから外へと繋がっているんだ」

 ディオスさんは特に驚いた様子もない。しかし、俺としてはこんな場所にこんなものがあるという事実に驚きは隠せない。
 ていうか、本当にここから出る方法を知っていたんだ。 でも、何故知っているんだろうか。ここにディオスさんを閉じ込めた人もここを知っていたのか?
 ……いや、普通は知ってたらここに入れたりしないような気がする。
 ディオスさんがわからない。自分を人殺しと語ってはいるが、教会の人間は彼を殺そうとしていない。
 教会だけでなく、神様の事にも詳しかった。そして、本当にいとも簡単に人を殺した。
 この人は一体何者、なんだろうか。俺は、この人を信用してついていっていいのか。
 思わず睨み付けるように真っ直ぐ見つめる。そんな俺の視線を気にした様子もなく、手招いた。

「ほら、一緒にここから出よう。おいで」

 俺は、今まで思考を振り払うように頭を振った。
 今の立場的に疑うのは……悪い事じゃない。けれど、俺は先程彼の手を取ったのだ。しっかり握り返したあの手を今は信じるようにしよう。
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