生まれた国を滅ぼした俺は奴隷少女と旅に出ることを決めました。

柚木

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城塞の国 カルラギーク

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 地の国を出発してから二日、前方には天に届くほどの塔が見え始めていた。
 そして三日目には、塔を囲むような段々となっている城壁が見えてきた。

「アリルドよりも、城壁が小さい気がしますけど」

 操舵席で操舵を続けるアルシェが、隣に座る俺に声をかける。
 どうも振動が少なく眠くなるとのことで、この三日間常に誰かがアルシェの隣に座り話し相手をしている。

「それは当然だ、あまりにも城壁が高すぎると、塔の攻撃が十全に発揮できないからな」

「でも塔を直接狙われたら終わりですよね?」

「それが、城壁の役目でもあるな。城壁の上から塔への攻撃を防ぐ。城壁が壊される前に塔が敵を倒す」

「それは火の国でもやられたみたいだ、資料にも残っていたしね」

 サラが話に入ってきた。

「魔法による障壁、大砲による迎撃、あの城壁は塔が正常に動作するためのものだよ」

「私なら、あの城壁を守るために攻撃してしまいますね」

「それが普通だと思うぞ、城壁は自分達を守ってもらう物、自分達が逃げ兵が駆けつけてくれるための時間稼ぎだからな」

 守ってもせいぜい門を開かないようにするだけだ。

「だから陣形としては城壁の前に兵士、城壁、塔って陣形になるのかな」

「そこまで皆さんが知っているのに、いまだに負けが無いんですか?」

「向こうも秘策くらいあるってことだ」

「城壁も中々分厚いらしいし、そこにも仕掛けがあるんじゃないかと僕は考えているよ」

 俺もサラもこんな基礎情報でこの国が負けるとは思っていない。
 こんな情報は、俺が水の魔法を使いで特攻するルリーラを援護する。その程度の情報でしかない。
 それで負けていれば俺達は今頃生きていない。

「隠し玉があるってことですか?」

「それか桁違いに兵隊が強いかだな。わかりやすく言うと、アリルドが数十人在籍している感じだ」

「……それはその、なんというか……」

 流石のアルシェも納得したようで言いよどむ。
 一度でも手合わせした連中なら誰もこんな顔をして言いよどむだろう。

「旦那様、それはないです」

「なんでだ」

「アリルド殿クラスの兵隊なら、城壁を築く必要は全くありません」

「ものの例えだって」

 よほどアリルドに扱かれたのだろう。
 俺もアリルドの扱きを受けるのは拒否している。

「門が見えてきましたね」

 アルシェの言葉通り門が見えてくる。
 それは普通の国ではありえないサイズの門だった。
 大きいのではなく小さい。縦と横の幅が馬車が一台通れるサイズ。操舵を誤れば間違いなく壁にぶつかる。

「小さいですね」

「防衛のため、あの門の上にもう一段階大きなサイズの門があって、行商人の馬車の場合はそこから中に入る様になっているんだ」

「そうなのか、サラはよく知っているな」

 俺はそこまでの情報を知ってはいなかった。

「火の国総帥の娘にして、クォルテ・ロックスの妻ですから。それくらいは勉強しています」

 流石は大国の子女と褒めたいが、サラのその程度も知らないのかとアルシェを見下す視線に褒めるのをやめる。

「サレッドクインさんは凄いですね。私も勉強しているのですが、どうしても覚えられないんです。ご迷惑でなければ教えていただけませんか?」

「ああ、いいよ……」

 サラは無駄に対抗心を抱いていたのか、素直に賞賛され呆気に取られてしまう。
 普段喧嘩を売られたら買うルリーラが相手だし、こういう風にやられるのはやりづらいだろう。
 相手のテンポをズラすということに関しては、アルシェとフィルが上手だ。

 軽くサラの話を聞きながら馬車の並ぶ最後尾に車をつけ列が進むのを待つ。

「入国の理由はなんだ?」

 最後尾についてすぐに憲兵の一人がやってくる。

「仕事です。おい、オレイカ起きろ出番だぞ」

「ん、ふあー、もう着いたの? ちょっと待ってね」

 荷台が外から見えないのをいいことに、だらしない恰好をしていたオレイカは一度伸びをした後に、上着を羽織る。
 ピコピコと頭の耳が動き操舵席に体を乗り出す。

「これです、ちゃんと地の神ガリクラの印もあります」

「お、おお」

 小さな窓から乗り出したオレイカはだらしない服装だったせいか胸元が緩く、豊満な胸元が窓と自重に押しつぶされ全開になってしまっている。
 憲兵も職務を全うしているが、流石に目を奪われてしまっている。
 上着を着た意味がないな。
 そんなことを思っていると、書類を見た憲兵が急に姿勢を正した。

「オレイカ・ガルベリウス殿でしたか。その特徴的な耳の魔道具気づかずに申し訳ありません」

 姿勢を正し丁寧な言葉に変わる。
 その光景にオレイカの凄さを知る。やはりシェルノキュリで一番の職人というのは伊達ではないらしい。

「こちらの方々は、仕事のお手伝いかな。通ってもよろしいでしょうか?」

「申し訳ありません。規律ですのでこのままお待ちください」

「わかりました。では入国しました城主とお話させていただいてもよろしいですか?」

「この者たちもでしょうか? そうなると難しいと思います。オレイカ殿だけでしたら」

 やっぱり厳しいか、オレイカもこっちを見る。
 俺は無理なら一人で頼むと合図をする。

「わかりました。ご挨拶ですし、私一人でも構いません」

「ご理解感謝します。では、一応ご希望の人数をお伺いいたします」

「そうですね、一応四人です」

「かしこまりました。それでは失礼します」

「お疲れ様です」

 深く礼をして憲兵は門の方に走っていく。

「知ってはいたが本当に凄いんだな」

「僕もびっくりだ」

「これでもサラと同じく、皇女だよ。それにここには何回か来てるしね」

 それから俺達の順番が来るのは早かった。

「オレイカ殿ご一行ですね。失礼ですが、荷物の確認をさせていただきます」

「はい、どうぞ」

 俺達は全員車から降りる。
 それと入れ違いに憲兵が数人入っていく。

「代表者はオレイカ様でよろしいですか?」

「それは王様、そこのクォルテ・ロックス氏でお願いします」

 一瞬怪訝そうな表情を見せるが、言われた通りに俺の元にやってくる。

「クォルテ・ロックスさん、この書類にサインをお願いします」

「わかりました」

 沢山の文字の羅列。
 そこには注意事項と禁止事項が書かれていた。
 ようは、禁止事項を破ったら国を挙げて殺しに来るってことか。
 見たところ破壊行為や工作行為が禁止されているだけで見学程度なら問題はなさそうだな。
 俺はサインをして憲兵に渡す。

「あなたはなぜ、オレイカ殿と一緒にいるんですか?」

「旅は道連れ世は情けって感じですね。旅をしている俺達と、気が合ったから一緒に旅をして依頼をこなす。変なことじゃないでしょう」

「あなたはどこかの国の王様なんですか?」

「まあ、アリルドの国王です」

 その言葉に、検閲している全ての人間の動きが止まる。
 俺は何か悪いことを言ったのか?
 不安になりオレイカを見ると首を傾げられた。
 どうやらオレイカも理由はわからないらしい。

「あなたがアリルドの現国王、豪傑のアリルド・グシャを下したあの」

「そうですね、私一人の――」

「凄いです! かの豪傑の王。我らが国王と対等に渡り合える人物を下したお方とは!」

「えっと……」

 突然の歓声に今度は俺の動きが止まる。
 失言かと思ったがそうではなく安心したが、安堵よりも驚きが勝っている。

「あの、そろそろ、進めていただけますか?」

「なんの騒ぎだ」

 体が総毛立つような威圧感を携えた大男がやってくる。
 俺よりも二回り以上大きな巨体。その巨体を堅牢な鎧で覆い兜により顔はわからないが、背にはその体躯に見合う巨大な剣。
 突然現れた男の言葉に、憲兵は静まり返る。

「は、アリルド国の現国王がいらっしゃったのでつい騒いでしまいました」

「この男がか」

 兜の奥に見える瞳は見定める目でこちらを覗く。
 ゆっくりと背中の剣に手を伸ばす。

「なにしてるの?」

 一瞬風が走り大男の肩にルリーラが乗っていた。
 肩に跨り大男の手を掴んでいる。
 二人の空気にその場の全員の動きが止まる。

「小娘、自分が何をしているのかわかっているのか?」

「そっちこそ殺気立ったまま剣を持つのはなんで?」

 正直怖くて動くどころか立っているのも辛い、それでも動かないわけにはいかない。

「出会い頭に剣を抜こうなんて、カルラギークはどういう教育をしているんだ」

 俺が動いたことにみんなが驚くが、もう止まる必要はないだろう。

「この門を通す通さないは俺の匙加減だ。無駄に刃向かうのはやめた方がいいぞ。先ほども動けない腰抜けが、貴様ごときがアリルドの現国王などありえん」

「あんた、大方昔アリルドに負けた口か」

 その言葉に怒りが見えた。
 やっぱりそうか、だから俺が通るのを許さないってことか。
 そんな先を考えない奴にアリルドは倒せない。

「だろうな、見たところあんたは馬鹿そうだしな、門番というよりも暴徒の鎮圧って名目でこっちに流されたんだろ?」

「ほう」

 見るからに怒っている。
 逆上しやすいのか。それなら何の問題もない。

「ルリーラ、もういい」

「えっ、うん」

 すっとルリーラが離れる。

「俺とやりあうつもりかか?」

 俺は周りから人が消えた瞬間に水を大男に降らせる。
 頭の天辺から水を被った大男の怒りが、鎧の上からでもわかる。

「何のつもりだ、小僧」

「頭が冷えないと話もできないだろ? それで、検閲終わりましたか? 仕事があるので早く入国したいのですが」

「殺す!」

 巨大な剣を抜き振り下ろす。それを手の動きから変化もないただただ振り下ろす一撃。それを避けると地面に剣が埋まる。

「水よ、氷よ、敵の動きを止めよ、アイシクル」

 次の瞬間には男は氷に埋まり動けなくなる。

「力の差がわかったか、こっちは暴れる気はない」

「俺に手を出したな、そういう行為は禁止事項だ! お前達こいつらを拘束しろ!」

「俺が何か壊したか? 誰かを怪我させたか? 俺がやったのは身を守るために捕縛した。それだけだぞ」

「こんな氷、すぐに壊してやる!」

 しかしいくら動こうとしても氷はびくともしない。

「一番力が入らない姿勢だろ。攻撃直後で溜めもできない。その氷を壊すならその姿勢から脱出するんだな。ちなみにアリルドは凍った直後に平気で動く。断言するが、お前は死んでもアリルドに勝てやしない」

 兜で顔は見えないが、怒り心頭なのは顔が見えなくてもわかる。

「問題ありません」

「じゃあ、通るから」

「覚えているよ、クォルテ・ロックス!」

「忙しくてそんな余裕はない」

 門を抜け俺達は入国した。



 カルラギークの最初の門を通過し、憲兵の一人ラーグ・ハリスは第二の門への道を教えてもらいながら最初の町を進む。
 はっきり言って最初の町はあまり面白くない。
 行商人や交易がこの町で行われているらしく、飲食店や露店などの小売店は少なく宿や卸売など店に対する商売が半数以上あり、観光には向いていなかった。

「あそこまで挑発しなくても、よかったんじゃない?」

「自分も冷や汗をかきましたよ、あ、そこ曲がったほうが近道です」

 ハリスは最初アルシェの隣で緊張していたが、段々とこちらの話に入ってきている。

「あのままやってたら、ルリーラがぶっ飛ばしかねなかったからな」

 ルリーラが負けるとは思っていないが、変に手を出して戦争になられても困る。
 そのために仕方なく俺が喧嘩を買った。

「それにしても、さっきの大男はいつもああなのか?」

「そうですね。戦時は頼りになるのですが……」

「プライド高そうだもんな」

 きっと昔から体の大きさが自慢で、喧嘩では負けなしだったんだろう。
 それがアリルドに惨敗。それを破ったのが見た目普通の俺だもんな。

「それで、あいつの名前は何て言うんだ?」

 カルラギーク王に間違った報告をされないように、あらかじめ知っておかないと。
 こちらは何も壊してはいない。という主張ができない。

「カラ・シリウス中隊長です」

「カラ・シリウス……、ああ、それでか……」

「どうしたの、クォルテ」

「元クラスメイトだ」

 カラ・シリウス、育った国である学者の国クレイル合衆国で机を並べた級友。
 そう言えば、クラスでは一番の巨漢で運動は得意で、なぜか俺によく絡んできていた。その度に俺は適当に相手してたな。
 そんな関係の俺が、自分が惨敗した相手に勝っているんだから面白くはないか。

「知ってれば適当にやったのにな」

 後悔先に立たず。
 そんな言葉が頭をよぎった。

「ご主人、その隊長はどんな人だったの?」

「負けず嫌いで面倒くさい。自分が勝つと威張るし負けると勝つまで挑戦してくる」

 だからこそ適当に相手をしていたわけだけど。

「じゃあ、また来るの?」

「あいつの性格上は来るだろうけど、この国でそんなことしている時間ってあるのか?」

「あると思います。この国を落とそうなんて輩は滅多にいませんので、その分門番って暇なんですよ」

 俺の問いにハリスが答える。
 それを聞いてまた気持ちが落ちる。
 あれとこの国いる間ずっと戦うことになるのか。

「でも、シリウスといえばそれなりに名門だったはずですけど、なぜこの国いるのでしょうか」

「名門だからだろ」

 ミールの言葉に俺は答える。

「ここは強いて言うなら地の神のおひざ元で、それでいて世界に知られている強国。そこで名前が知られれば家の名は上がる」

 要は家のために出てきて上を目指している。
 俺に突っかかってきた理由はそれもあるのか。ロックス家を潰した俺を倒す。アリルドを倒した。この二つの名声が欲しかったのだろう。

「なんで俺は手を出したんだろうな」

 余計に話をややこしくしてしまった。

「珍しいねクォルテがそういうの」

「今回は完全にやらかした。迷惑かけるかもなすまん」

「そんなの気にしないよ」

 ルリーラが俺の謝罪に即答すると、他の皆も素直に頷く。寧ろ、なぜ謝っているのかと言いたげに一様に首をかしげている。

「凄いですね、皆さん。そんな風に言えるんですね」

「本当にありがたいよ」

 ハリスの言葉に俺は照れてしまう。

「ここが二つ目の関所になります。皆さんの手続きは一般とは違うのでそちらに並んでください」

 ハリスのおかげで、並ぶ列から外れ人の少ない方に並ぶ。
 その列は見るからに身分の高そうな人や、俺達の様に作業員や行商人が並んでいる。

「こっちが通行や観光じゃない商売の列というわけか」

「ええ、主にこの国へ傭兵を借り出し。オレイカ殿と同様の作業人。後は国王への献上品を届けに来た方々です」

 一般に比べて人数は少ないとはいえ、それでも結構な人数だ。
 見たところ傭兵の依頼と献上品が多いように見える。つまりそれほどに国王が凄いってことなんだろう。

「少なくないよ、全然多いじゃん」

「そう見えますが、隣に比べると格段に速いですよ。こちらの方々は荷物検査くらいで終わりますから」

 ルリーラの言葉にも丁寧に返すあたり、ハリスは良い奴のようだ。

「それはありがたいが、なりすましとかされたらどうするんだ?」

「それは杞憂ですよ。こちらに並ぶ方々には、必ず自分の様に憲兵の一人が付き添う形になっています。憲兵の顔は張られていますし、憲兵がいない場合はどのような身分でも一般の列に並んでもらっていますから」

 偽造不可の通行証代わりがこの憲兵ってことか。
 他にも何か見分けるために必要な何かがあるんだろう。

「じゃあ、ここもすぐ抜けるんだな」

「そうなりますね」

 俺の質問が終わった所で、憲兵が一人車の壁を叩く。

「クォルテ・ロックス様ご一行で間違いありませんか?」

「はい、問題ありません。このラーグ・ハリスが証明します」

「承認しました。では、クォルテ・ロックス様、この書類に目を通しサインをお願いします」

 言われるまま書類に目を通す。
 内容は最初の関所で書いた書類と同じ。
 これで文字の癖とかも見ているのか、他にも細かい部分でこちらの確認をしていそうだな。
 関所の対応に感心しながら書類にサインを終える。

「ありがとうございます。それと、こちらをどうぞ」

 俺に渡されたのは一枚の木札。
 通行手形か、各関所で貰っていくと、荷物が嵩張っていきそうだな。

「オレイカ・ガルベリウス様はどちらでしょうか、後はルリーラ様とアルシェ様もですね」

 呼ばれた三人も手形を受け取る。
 そしてそれ以外には手形は無いらしい。

「国王より手形を与えた四名の謁見を認める。との通達がありました。城へおいでの際にはその手形の持参をお願いいたします。それでは失礼いたします」

「わかりました。わざわざありがとうございます」

 敬礼をして衛兵は門に戻って行った。

「全員ではなかったんですね」

「いや、四人分も貰えれば十分だよ。一人だったら、さっきのカラ・シリウスの件をオレイカに任せないといけないところだった」

「それは本当によかったよ。私に弁明は無理。機械いじり以外は無理!」

 オレイカの必死な言葉に俺達は笑ってしまう。

 それから少しして俺達は二つ目の関所を通過した。

「今日はこの辺りで終わりですかね。宿のご注文とかはありますか? 精一杯探させてもらいますよ」

「じゃあ、一軒家。それが無理なら三部屋以上を横並びで借りられる宿がいいな」

「それでしたら、良い所がありますよ」

 そう言われ案内された場所には一軒の家があった。
 部屋数は五、キッチンも完備され車を置くスペースも十分な庭のある物件だった。

「良い所だな。理想通りだ」

「八人で泊まるなら安いですし、あまり人気が無いですからね」

「何か不人気な理由があるのか?」

 化け物退治になるなら、いくら良くても遠慮したい。そうでなくても欠陥住宅とかなら最悪だ。

「いえ、ニーズが無いんですよ、身分が高い方々ですともっと立派な屋敷を借りますし、人数が少ないなら宿の方が安い。そんなどっちつかずなんですよ」

「なるほどな」

 観光とかなら安い宿屋、仕事なら見栄を張って豪邸ってことか。
 庶民的な金持ちは少ないってことか。

「では明日迎えに参りますのでこれで失礼します」

「ありがとう。また明日も頼む」

「はい!」

 元気のいい返事をしながらハリスは一人で帰って行った。

「じゃあ、荷物をさっさと運ぶぞ」

 みんなで荷物を運びながら俺は考える。
 カラ・シリウスならいつ来るか。
 調べれば二つ目の関所を抜けたことはわかるだろう。
 しらみつぶしに宿を探し続けるのか、それとも次の関所で待っているか。
 そんなことを考えながら荷物の運び出しが終わり、俺達は眠りについた。



 自分の体の不自然さに目を覚ました。

「目が覚めましたか旦那様」

 甘えた声でサラの声が聞こえる。

「気分はどうでしょうか」

 そう言われ、自分の体に感じる不自然さの正体に気が付いた。
 身動きが取れない。
 体を捻ろうとしてもぎしりとベッドと手足にまとわりつく物が軋む。

「僕は考えました。なぜ旦那様が僕に靡いてくれないのか」

 予想よりも危ない現状に冷や汗が出てくる。
 手足に巻き付くそれはザラザラと目が粗く、太い。

「旦那様は攻めるよりも、責める方が喜ぶのではないかと」

 つまり現在俺は、サラに縛られて身動きが取れない状況になっている。

「サラ、俺にはお前が何を言っているのかわからん」

「旦那様は、ルリーラやらからのわがままにも耐えている。そこで僕は気が付きました。旦那様は責められるのが好きなのだと」

「その気づき方はおかしい。俺にそんな趣味は断じてない」

「ええ、わかっています。そのような趣味をお持ちなのをあまり知られたくはないのでしょう」

 どうしよう……、今何を言っても聞く耳を持たない。
 手足に縛られる縄は太く、俺の腕力では千切ることは不可能だ。

「僕はどんな旦那様でも、愛しています」

 この問答無用な暴走にに頭を抱えたいが、残念なことに抱える手は縛られている。

「ストレスの発散のためにお手伝いしますよ」

 パジャマの代わりにしているシャツの裾を捲る。
 俺の腹部が夜の空気に触れる。
 その腹部をサラは細く冷えた指でそっとなぞる。手慣れない動きのせいで爪が俺の皮膚にたまに触れひっかいていく。
 その度に体がピクリとわずかに反応してしまう。
 なんとか拒否しようにも手足は封じられされるがままの状態になる。

「このようにされるのはお嫌いですか?」

 すすすとサラの白い指先が、俺の腹部から徐々に上に向かう。
 軽くだけ捲れていた裾はサラの指に少しづつ上へと押し上げられていく。
 段々とサラの指はすぐにシャツに隠れてしまい感覚だけが体を這っていく。
 腹部から鳩尾、鳩尾から肋骨と見えないせいで、どこに触れられているのかがはっきりとわかってしまう。

「軽く引き締まり、適度な肉付き。鍛錬のほどが見えますね」

 捲れていく裾はやがて俺の肌を覆わなくなり、俺の肌は胸筋まで晒される。
 俺は男でたまに上着が無いままでいることもあるため、別段見られても恥ずかしくはないが、徐々に捲られているせいか恥部を晒すような羞恥心が生まれる。

「もじもじと可愛らしいですよ、旦那様。やはりお好きみたいですね」

 サラの表情は、恍惚に染まっている。
 身動きできない俺を辱める現状に酔っているのか、頬は紅潮しうっとりとしている。

「好きじゃないから、やめて欲しいんだけど」

「そうですか? 悦んでいただけていると思いますけど」

 サラの指は胸筋の周りをもどかしい力でなぞっていく。
 そのなぞりは徐々に回る範囲を狭めていく。

「中々お綺麗ですね」

 胸の中心に近づきやがて触れる。
 焦らしに焦らされたせいで、わずかにサラの爪が触れただけで体が反応する。

「やはり気持ちよかったのですね。どうぞ我慢せず私の責めを堪能してください」

 サラの言葉が俺の耳に吹き付けられる。
 今までも眠っている最中にこういう状況はあったが、それとも違う。
 明確に俺の耳に語り掛けられる誘惑する一言。
 全身に電撃が走る衝撃に襲われる。

「やはり、お嫌いではないですよね。次はどこに触れて欲しいですか? 唇ですか?」

 そう言うとサラの指が唇に触れる。
 唇を軽く愛撫するようになぞり細く長い指先は優しく口内に入ってくる。

「お口はお好きですか?」

 わずかなしょっぱさ、サラの指の味が口の中に広がっていく。
 噛み切るわけにもいかず侵入した指は俺の歯や舌に触れる。

「熱くて柔らかいですね。この硬いのは歯ですね。こちらの柔らかいのは舌、緊張していますか? 中が少し乾いていますよ」

 実況されてしまうと否が応でもそこに意識が集中してしまう。
 触れられ口内が侵されていく感覚はどうしようもないほどの屈辱感がある。

「そんなに舌を動かしてどういたしましたか?」

 口内が異物を感じ取り俺の意思とは関係なく舌が動く。
 サラの指先から味が消え、棒状の感覚だけが残る。

「旦那様の唾液に濡れてしまいましたね」

 小さな水音と共にサラの指が俺の口から取り出される。
 てらてらと唾液に濡れた指がわずかに糸を引く。

「もういいだろ、やめろ」

「何故ですか? 旦那様も楽しんでいらっしゃったのに」

「水よ、刃となり、拘束を解け、ウォーターソード」

 水の剣は俺を拘束している縄を切る。
 自由になった俺は体を起こす。

「やはりお嫌いでしたか?」

「いや、結構楽しかったけどな」

 ああやって責められるのは新鮮だったのは確かだ。

「僕はどうしたら、旦那様の一番になれる?」

「今は無理だな。誰かが一番と決めるつもりがない。話したと思うが、俺は仲間達全員と世界を見ていたい。そしてそれが終わるまで誰かと伴侶になるつもりはない」

 俺の気持ちは何も変わっていない。
 旅の最初に決めた俺の最低限のルールを今更変える気はない。

「ルリーラみたいに助けて貰ったわけじゃない、アルシェの様にスタイルがいいわけでもない――」

 突然の言葉に俺の思考はわずかに鈍る。

「――フィルの様に大人な対応はできない、ミールの様に過去を知らない、セルクの様に純粋で居られない、オレイカの様に技術がない、ここで一番強いわけでもない。そんな僕はどうしたら旦那様の一番になれるの?」

 真剣な表情に涙が浮かぶ。
 何よりも劣る自分はどうしたら一番になれるのか。
 そんな卑下する言葉。

「一番だから好きになるわけじゃないだろ。まあ、決めないって言っている俺が言うのもなんだけどな。俺がルリーラを助けたのも何かが一番だったわけじゃない。可愛さとかだけなら囚われていた奴隷達の中に結構いたよ」

 ロックス家の地下での出来事を思い出す。
 子供のルリーラよりも大人で綺麗な人もいた。

「それでも俺がルリーラを助けたのは、なんて言うか、惹かれたから。ルリーラに世界を見せてあげたいって思ったからだ」

 ルリーラのこの世の全てを諦めた瞳が俺の心を動かした。ただそれだけだ。

「それはルリーラを選ぶってこと?」

「違う。何に惹かれるかなんてのに理由なんかないってことだ。一番だから惹かれるわけじゃないってことだ」

「僕にも、チャンスはある?」

 凛々しいサラは女性の表情を見せる。

「僕でも旦那様の一番になれるの?」

 気丈なサラは懇願する。

「可能性だけで言えばな。なんて、だいぶ上から目線で何様かって話だよな」

 俺は今サラに酷いことを言っている。
 選ぶ気はないが俺に気に入られる様に頑張れ。
 要約した結果自分が本当に何様なのかと問いたくなる。

「うん。旦那様のわがままに付き合えないようじゃ、妻としてダメだよね。旦那様は僕を選ぶんだからそれまでは我慢だ!」

 サラは納得したように拳に力を込める。
 そしてまたいつものサラに戻る。

「それで、今日のはどうだった、気持ちよかった?」

「ふざけるなって思った。だからとっとと部屋に戻れ」

 サラを追い出し俺は改めて眠りについた。

 翌朝、荷物を車に詰め直す。
 結構気に入ったのだがここにな宿を構えるのは得策じゃない。
 出かけるたびに門を超えるのは流石にしんどい。なので名残惜しいがこことは今日でお別れだ。

「ロックスさん、お迎えにあがりました」

「おはよう、こっちの準備もできてるからすぐに頼めるか?」

「了解しました!」

 今日も元気で気分のいいハリスに案内を頼み三つ目の関所に向かう。

「昨日は日も暮れていましたし、あまり街並みを見てなかったですが色々な店があるんですね」

「はい。主にこの二つ目の壁の中が生活部分ですので、生活必需品などはここで全て揃います」

 今日もミールや他のみんなの質問にハリスは律儀に答えていく。

「ハリス様は何でも知っているんですね」

「いやいや、この国での常識ですから」

 何となく荷台から見ていると違和感がある。
 妙にアルシェの方ばかり見ている気がするし、話しもしている。
 隣に座っているんだからそれは当然のはずなのだが、やはり違和感がある。

「ハリスって憲兵、アルシェに恋してるね」

 不意にサラが声をかけてくる。

「恋?」

「それはあたしも思ってた」

 更にフィルが混ざってくる。
 二人がそういうってことはそうなのか。
 違和感の正体は態度か、アルシェの時とアルシェ以外で確かに違うな。
 なんというか、顔がだらしなくなっている。

「ご主人はどうするの?」

「僕も聞きたいな」

「俺はどうするのがいいんだろうな」

 アルシェがハリスだと決めたなら、それをやめさせるのは違う気がする。
 そのための旅でもあるのだから。
 ただ、やっぱり寂しい気持ちもある。

「アルシェも好きならその気持ちは尊重したいけど、やっぱり寂しい気持ちもある」

 俺がそう言うとフィルとサラは顔をしかめる。

「「優柔不断」」

「反論できないな」

「あたしたちが出ても引き留めてくれないよ、きっと」

「寧ろ喜んで送り出されそう」

 この二人の中で俺の好感度は暴落したらしい。

「寂しいものは寂しいよ、それが仲間なら誰でも」

 本当にそれだけのことだ。
 もしアルシェが本当にハリスを選ぶならその時は素直に見送ろうと俺は心に決める。

「三つ目の関所です。またあちらにお願いします」

 次の関所に並ぶ人数に、俺達はまたかとため息を吐いた。



 三つ目の関所でも事件はなく簡単な荷物検査だけで終わる。

「何かあるかと思ったけど、何もなく終わったな」

 二つ目の関所は時間的に無理があったとして、三つ目の関所ではシリウスが何か仕掛けてくるかと思っていた。
 それが何もなく終わり妙な違和感がある。

「隊長殿も、私怨だけで職務を放棄しないでしょう」

「だといいけどな」

 徐々に近づく巨大な塔。高さは五十メートルを超えていて二十三層に分かれているらしい。
 ちなみに公表してもいい情報らしくハリスが教えてくれた。塔の各層にはそれぞれ役割があり流石にその役割については企業秘密とのことだ。

「城はこの先です。塔に入るにも城を通らなければいけませんので、結構人通りが多いです」

「ハリスさん、そんなことまで教えていただいていいのでしょうか」

「それってつまり、塔を抑えるなら城を押さえろってことだろ」

 それは結構重要な秘密だと思うが、それほどに自信があるってことだろうけど。

「アルシェさん、心配いりません。これも公開情報です」

「それならいいんですけど」

 俺には何もなしか。
 まあ、いいけどな。それにアルシェの事を好きだって言うのは十分にわかったし。

「クォルテは仲間外れにされたの?」

「そうみたいだ」

 ムカつくニヤケ面でルリーラが近寄ってくる。

「たまに私が感じる寂しさを味わうといいよ」

「お前の時とは事情が違うからな」

 ルリーラの場合は、理解しようとしないまま話に入ろうとしてくるからで、今回のとは大きく違う。

「着きました。ここからは徒歩でお願いします」

「わかった。じゃあ行くか」

 ちなみに今車に居るのは、手形を貰った四人だけ。
 他の四人はこの第三の門を超えた段階で宿を取り、その宿で待機してもらっている。
 何があっても良いように待機組は四人での行動と、ミールの指示で動くように言っておいた。
 シリウスが相手ならフィルとサラで問題はないはずだ。

「ではご案内します」

「今回の作業階はどこなの?」

「自分もそこまで聞いてはいません。国王に直接聞いてください」

「わかった」

 城が塔の入り口と言ってはいたがその表現は正しくないと思った。
 巨大な塔の入り口として城が建てられている。塔の出っ張っている部分が城として装飾されているだけだ。
 これは確かに公開情報だろうなと納得する。
 ここ以外に入口の体を成していない。

「凄いなこの塔は……」

「先代のシェルノキュリの王が、若い時に作ったのがこの塔ですから」

 その言葉にオレイカの方を向くと、オレイカは普通に頷いた。

「シェルノキュリって本当に凄いんだな」

 改めてシェルノキュリ連合の凄まじさを知った。

 城の前に行くと当然衛兵はいる。
 塔と城を囲うように広い堀に橋が一本だけあり、そこに三名。さらにその奥の城門の前にも三名。
 その衛兵に手形を見せ、ハリスによる身分証明が住みようやく城に入る。

「ここがカルラギークの城内です」

 城内は絢爛豪華とは言えないが、落ち着いて気品のがある。
 調度品は嫌味にならない程度に豪華だ。

「城内の警備は鎧が違うんだな」

「ええ、ロイヤルと呼ばれています。自分達とは違う王直属の兵になりますね」

「喧嘩売ったら買ってくれるかな?」

「やめろ、国際問題にするつもりか」

 俺とルリーラのやり取りにハリスも笑う。

「この階段の先が玉座の間になっています」

「ハリスは来ないのか?」

「案内はここまでです。外でお待ちしています」

 そう言うと、ハリスは俺達に背中を向けて立ち去った。
 階段を上ると扉の前に居た衛兵に止められる。

「面会の約束はあるのか?」

 俺達が手形を見せると、衛兵は扉を開けてくれた。
 俺達はそのまま玉座の間に足を踏み入れる。

「よく来てくれた。現アリルド国の国王クォルテ・ロックス殿とその奴隷ルリーラ殿とアルシェ殿。それと久しいなオレイカ殿」

 アリルドと同じ強者と言われ身構えていたが、目の前にいるカルラギーク王はそれほど高圧的ではなかった。
 確かに体格はアリルドと同じほどの巨体。しかしアリルドと違い黒い髪を整え、無精ひげは無く見た目にも気を使い、柔和な笑みを浮かべている。その微笑みはまるで既知の間柄の様に親しみを持って俺達に語り掛けてくる。

「俺がカルラギークの国王シシカ・ウォーカーだ」

「お初にお目にかかります。ご存知の様ですが、改めて名乗らせていただきます。アリルド国国王クォルテ・ロックスです」

 俺が膝を着くとルリーラとアルシェも同じ姿勢を取る。

「堅苦しいのはこのくらいでよいだろう。クォルテ、話はアリルドから聞いている」

「アリルドとはどのようなご関係なのですか?」

「友達は少し違うな、友達は友達だが喧嘩友達とでも思ってもらえればいい。それにしても驚いた、まさかアリルドが負けるとは思っていなかった。それもこんな若い連中に」

 俺達を優しく見つめ国王は席を立つ。

「立ち話も味気ないだろう。こっちに座ってくれ。茶や菓子もある」

 案内されるのは玉座の間に備えられている一組のテーブル。
 そこに座ると国王自ら紅茶を入れてくれる。

「不思議か? 友を招くのに使用人を使うのも気が引けるだろう」

 かちゃかちゃと手際よく準備をする国王を意外に思っていると、それに気づいたのか国王はそう答えてくれた。

「よくアリルドは来ていたんですね」

「唯一対等に話せる奴だったからな」

 準備を終え、国王は俺達にカップを置き自分も着席する。

「無礼かとは思うが、もう一度聞きたい。本当にお前達がアリルドを負かしたのか?」

 急に空気が変わる。
 嘘もごまかしも認めない威圧感が国王を包む。

「本当です」

「そうか、すまない。ベルタとプリズマがいるとはいえ、あの男が負けるとは信じられなくてな」

「わかります。それに勝てたのも辛うじてと言ったほうがいいでしょうし」

「どうだ? 俺と勝負しないか?」

「勝負ですか?」

「簡単なことだ、力比べ。ルリーラ殿がアリルドと対等に殴り合ったらしいな。俺とも立ち会わないか?」

 その言葉にルリーラは笑みを浮かべる。
 そして俺を見る。

「ルリーラは会う前からそれを望んでいました。国王がいいのであれば問題はありません」

「流石だ。本気で来いよ、失望だけはさせてくれるな」

 俺は何を見ていたのかと自分の見る目の無さに落胆した。
 国王の纏う覇気は逃げ出したくなるほどに高圧的で、大きな体がより強大に見える。
 アリルドの喧嘩友達。その言葉に嘘偽りなんてなかった。

「倒れたほうの負けでよいな」

「もちろん」

 二人の気迫が膨れ上がり、玉座の間を支配する。
 俺はそこから動けずにいた。

「いつでも来い、レディーファーストだ」

「遠慮なく」

 いつも通りの地面が破裂するほどの踏み込みでルリーラは突進する。

「ふん!」

 壁を平気で壊するルリーラの突進を国王は床に足をめり込ませながら止める。
 全力の力比べに床が悲鳴を上げ、二人の足が床に埋まっていく。

「なるほど、確かに怪力だ。訓練も欠かしていない」

「王様も流石だよ、おっちゃんと同じくらい強いね」

 ともに互いの手を掴み均衡するが、体重の差でルリーラが徐々に押され始める。
 先に攻撃に出たのはルリーラだった。
 咄嗟に手を引き国王の体制が崩れたタイミングでの蹴り。

「やるな」

 でも流石にその攻撃が入るほど甘くはなく、国王の腕が蹴りを防ぐ。

 防いだ腕と反対の拳がルリーラに向かう。
 防ぐのかと思ったがルリーラは足に更なる力を込める。
 その蹴りを軸にして体を回転させ、国王の頭部目掛けかかとを向ける。

「なるほど、流石だ」

 防ぐすべのない国王の頭部にルリーラの一撃が炸裂する。
 みしりと嫌な音を立てめり込んだ国王はそのまま地面に顔からぶつかる。

「ルリーラやりすぎだ」

「気にするな、俺が選んだのだ。手を抜かなかったことをほめてやれ」

 あれほどの一撃を受け平然と立ち上がる国王は、ルリーラをたたえた。

「納得したよ、ルリーラは確かに強いな。これならアリルドの足止めはできるだろう」

 さっきとは違う嫌な雰囲気。まだあるんだよな、当然か。

「もう一つ挑戦を受けてくれるか、クォルテ」

「魔法は無理ですよね」

 黒髪の国王がプリズマと対決できるほどの魔法があるはずはない。

「俺が見たいのはクォルテの知恵だ。手合わせして感じたが、ルリーラは策を講じるタイプではないな。では作戦を組み立てたのはクォルテかアルシェだ。見たところ奴隷のアルシェがクォルテに命令できるとは思えない」

「正解です。それで、俺に何をさせるつもりですか?」

 その問いが合図なのだと気づいたのはこの後だった。
 玉座の間に扉が開く音が響き、ロイヤルと呼ばれていた王の近衛兵が俺達に武器を向ける。

「クォルテ・ロックス。お前に機密情報を漏洩させた罪がかけられている」

 カルラギーク王は俺にそう言った。

「なるほど。これが挑戦ってわけですか」

「真犯人を探せ。ただそれだけだ」

 犯人はおそらくカラ・シリウスだ。
 タイミングはいつだ? 最初からか、手形を貰った時か?

「俺がしたことは全て不問になりますよね?」

「もちろんだ。オレイカ殿はこのまま補修をお願いしたい」

「牢に入れておけ」

 衛兵に連れられ俺達は塔の内部にある牢屋に入れられてしまった。



 牢屋に入れられた俺は考えていた。
 まずミール達と合流することが優先だな。
 そしてそこから方針を考えないといけないが、俺達が囮になってミール達にシリウスを捕まえてもらうのが良さそうだな。
 そのためにはまず牢屋からの脱走が目標か。
 現状は、全員に手錠、牢の番が二人。

「国王も何を考えているのか、これが演習になるのか? 犯人もうここにいるじゃないか」

「まあ、こいつらの仲間も全部捕まえないといけないらしいしな」

 演習か、なるほど。

「ここって何階なんだ?」

「ん、悪いけど教えられないよ。仲間が来るまで大人しくしてな」

「なら、この塔は掘りに囲まれてたよな」

「そうだな」

 それなら正面よりも後ろから行くか、ぶっつけ本番だけどいつもの事だしな。

「ルリーラ、やるぞ」

「わかった!」

 ルリーラが力を込めると鉄でできた手錠は簡単に壊れてしまう。

「はっ!? 何してんの?」

 彼らが驚いた時にはすでにルリーラが次の行動を起こしている。
 拳を握り全力で壁を叩き壊す。
 そして俺達を抱え外に飛び出す。
 壁の外は十数メートル。

「炎よ、大鳥よ、我等を抱え地に導け、ファイアホーク」

 巨大な炎の鷹は俺達を掴み空を羽ばたく。
 慌てる憲兵を余所に俺達は人気の少なそうな街中に降り立つ。

「さて、まずはミール達を探さないとな」

 建物の影に隠れこれからの作戦を考える。
 派手に動くと憲兵に見つかる。でも、ちまちまやっていたら数の差に負けるかもしれない。

「動かないの? ここで、じっとしてても捕まるよ」

「私もルリーラちゃんに賛成です。このままだと捕まるのが遅いか早いかの違いです」

「真犯人って誰だと思う?」

 二人が顔を合わせる。

「シリウスさんでは?」

 アルシェの言葉にルリーラも頷く。

「やっぱりそう思うよな」

 二人は首を傾げた。
 俺もそう思った。思ったが本当にそれが正解なのか、確かにシリウスが俺を嵌めるためという動機はある、だがシリウスがやったのなら誰かが不審に思うはず。
 それが無いということは、シリウスじゃない。いや、シリウスだけじゃない。

「よし、まずはシリウスを探そう」

 それでもシリウスは何かを知っている。それならまずは手掛かりとして捕まえるのは決して無駄じゃない。
 俺達はしばらくは身を隠しながら街の中を探索する。
 しかし当然見つかることはない。

「中々見つからないですね」

「すぐに見つかるとは思ってない。だが流石に見張りが多い」

 建物から建物へと移動するだけでも時間がかかる。
 それにシリウスが居た場所は一つ目の関所、つまりここから車で一日かかった場所へ歩いて移動することになる。

「アルシェ、魔法であの城壁まで飛べるか?」

「そうですね、フィルさんの真似ならできます。後はルリーラちゃん頼みですけど」

 いくらか思案したものの答えは可能。
 頼みのルリーラに視線を向ける。

「私も行けるよ」

 こちらが質問する前の返答に俺は頷く。
 これで多少の余裕が生まれる。
 確認したわけではないが、城壁一つ一つの警備は地上程厳重ではないだろう。
 それに奇襲を受けようもないから守りやすい。

「とりあえず、あそこの城壁の上に行く。頼むぞ二人とも」

 大事なのはテンポと距離、ルリーラの感覚を理解しないとどうにもならない。
 俺とアルシェをルリーラが抱え、アルシェが魔力を溜める。

「いつでもいいよ」

「行くよ、ルリーラちゃん」

 二人を抱えたままルリーラが跳躍する。
 上昇から下降に変わる位置にアルシェが魔法で足場を作る。
 先出しで足場を作ってもいいのだが、奇襲に備え直前まで足場を出さないでいる。
 そしてほどほどの高さまで来たところで、今度は横の移動。
 上昇用に平らではなくわずかに傾いた足場の生成。
 それを常にルリーラの移動に合わせ何度も繰り返す。城壁についたのは、最初に跳躍してから数十分経った時だった。

「流石に疲れました」

「そうだね、私も疲れた」

「お疲れ、少し休んでいてくれ」

 城壁の上は驚くほどに警備が手薄だった。
 兵士が数名いたためルリーラが撃退し、現在は捕縛している。

「聞きたいんだけどさ、カラ・シリウスの居場所は?」

「シリウス隊長なら今日は非番だよ」

「家はどこなんだ?」

「最初の街に住んでるよ。詳しい場所はわからない」

 やっぱり最初の街か。後一つ城門まで行かないといけないのは流石に厳しいな。

「ぶっちゃけ犯人役って誰なの? シリウスだけじゃないのはわかったけどもう一人がわからない」

「自分達も聞かされていません。ただ知っているのは犯人役は聞かれたら素直に伝えること。それと質問には答えることだけです」

 尋問された体で対応しろということか。
 実際に尋問するよりも早く動けそうで助かるルールだな。

「じゃあ、俺の仲間はどこにいるか知らないか?」

 捕らえた数人は顔を見合わせ全員が首を振る。
 派手に行動はしていないってことだな。

「知らないですが、宿は襲撃したはずです。捕縛されているならこちらにも連絡が来るはずですので」

 ということは、まだ逃げ回っているということか。

「どこかで逃走があったならここから見ればわかりますから」

「まあ、そりゃそうだよな」

 これだけの高さ、塔を除けばこの国で最大の建造物。
 視界を遮る建物もなく見晴らしがとてもいい。
 見えていない位置でやっているのだろうか? でも俺達の泊まる宿はここからでも視認できるしな。
 シリウスを探すか、それともミール達と合流するか。
 どちらも手掛かりがなく両方困難だ。

「よし、決めた。これから最初の街に向かうぞ」

 ミール達も心配だが、逃げることくらいならできるはずだ。襲撃なら移動している場所もわからない。そのまま移動するよりも、俺達で最初に捕まえたほうがいいだろう。
 もう一人の犯人は当初の予定通りにシリウスを捕まえてからでいいだろう。

「もう少し休んだら二つ目の街に移動するぞ」

 ルリーラとアルシェの休息を取ったうえで二つ目の街に下りることにした。

 二つ目の街には三つ目の街程の警備はいなかった。
 適当な物陰に隠れまたタイミングをうかがう。

「さっきよりも少ない気がしますね」

「まだ三つ目の街に居ると思ってくれているだけだと思うけど、あんまりのんびりもしてられないだろうな」

 あれほどの人数だ、早々に俺達が二つ目の街に居ることがわかってもおかしくはない。

「これなら地上を正面突破でもよくない?」

「よくない。俺達はまだ三つ目の街に居ると思っていてもらわないとな」

 しかし、見ていると全員がこの訓練に本気ってわけじゃないんだな。
 衛兵の態度があまりいいものではない。
 欠伸をしていたり、雑談をしていたりで真剣さが足りていない。

「それが狙いでもあるのか」

 おそらく、この衛兵たちにも巡回のルートや、守備のための連携があるはずなのにこの体たらく。
 それのあぶり出しに手伝わされている。
 逆に言えば、警備に関してだけなら外側の街の方が警備は手薄。
 そう思った時体に何かが通り抜ける。
 サーチを使われた?
 アルシェに目を向けると、アルシェも感じ取ったらしくこちらを見ていた。

「二人とも、適当にローブを被って移動だ」

 早急にこの場所を離れたほうがいい。
 その時、唐突に空から叫び声が聞こえてきた。

「そこ、退いてーーーーー!!」

 その叫び声に咄嗟に避ける。そして俺達が居た場所に影が現れる。
 そして何かが墜落したらしい衝撃音とともに大きな土煙が辺りを包みこんでしまう。

「な、なに?」

 ルリーラ達もあまりの出来事に慌てふためく。

「パパ!」

 土煙の奥から叫びながら、大きな影が突進してきた。
 そしてそのまま俺に抱き付いてきた。
 俺はその巨大な影の持つ二つの巨大な二つの柔らかな風船に挟まれる。

「パパ、会いたかった」

 その呼び方に一瞬セルクがよぎるが、俺の知っているセルクはここまで大きくない。

「セルク、離れなさい。兄さんが困惑してるから」

 セルクと呼ばれ俺を抱きしめている人物から解放されると、目の前にいたのは一人の女性。
 確かにセルクらしい元気さがうかがえる無邪気な微笑みだが、セルクらしくない長身で女性らしく滑らかな曲線を描くスタイル。
 セルクだと確信したのは、頭についているねじれた二本の角と、魔力を魔力を抑えていたはずの腕輪。

「何がどうなってこうなったんだよ」

 セルクが成長したと見るしかない。
 そしてそれよりも驚いたのは異質な髪と目。
 髪の左は純白、反対の右は漆黒。
 その髪と反対に目は左が黒く、右が白い。
 前代未聞のその姿に、俺は疑問を持ちながらも盛大に崩壊した場所から急いでその場を離れることにした。

「説明してもらってもいいか?」

「そうですね。とは言え私も理由はわからないんです。いきなりセルクもこうなってしまい」

「パパー」

 どうやら成長は肉体だけで、内面は子供のまま。
 今現在も俺を呼びながら抱き付いている。

「セルク、少し静かにしてくれるか?」

「わかった」

 そう言ってセルクは俺の膝に座る。
 行動自体は昨日までと変わりない、変わっているのは圧倒的に肉が増えたことだ。
 胸の膨らみ、下半身にも柔らかさが増えた。
 男としては耐えたくない肉感を今は抑え込む。

「とりあえず、俺達と別れた後の話を教えてくれ」

「わかりました」

 ミールが話を始める。



 兄さん達が出て行って一時間ほどでしょうか、来客が来たんです。

「ノックがしても誰も出ないんですね」

 フィル先輩もサレッドクインも動かないなら仕方ないか。
 ドアノブに手を触れた時に違和感を覚える。
 兄さん達がいないのは知っているはず、それなのに来るか?

「何か御用でしょうか?」

 ドアを開けないまま違和感を伝えるために声を出すと、二人も何かを察知してくれたのか身構えてくれる。

「憲兵だが、ドアを開けろ。クォルテ・ロックスに機密情報漏洩の罪がかかっている」

 兄さんが機密情報を持ち出そうとしている?
 そんなはずはない、それをする必要はない。旅の目的にもならないし、アリルドのためなら自ら情報を運ぶはずだ。
 諜報活動の罪ならまだしも漏洩。

「何をしている、早く開けろ!」

 ドアを全力で叩く。
 これは、カラ・シリウスの仕業と考える方が得策か。

「二人とも窓から逃げます。セルクを忘れないように」

 その言葉に二人は自分の武器を武器を持ち、窓を開けるが跳び出そうとはしない。

「どうかしましたか?」

 眼下には憲兵が十人ほど待ち構えていました。
 そして悪いことにドアも蹴破られ数名が部屋に入り込んでくる。
 右は森左は市街地、逃げるなら人の少ない森に……、いや違う。

「水よ、霧よ、我らを隠せ、ミスト」

 霧が生まれ一瞬で周りを飲み込む。

「出たらすぐに左へ、急いでください!」

 二人は迷うことなく私の意見を聞き入れ、窓から跳び出して左に向かい、私もすぐに後を追う。
 しばらく走り、空き家らしい建物に入りようやく一息つく。

「とりあえず、ここに居れば時間稼ぎくらいにはなるでしょう」

「ミール、一つ聞きたいんだけどなんで森じゃなかったの?」

「森は駄目です。人が少なく土は足跡が残りやすいです、足跡からは大体の身長体重に人数がわかりやすいので逃げ切るのは難しいです。それに比べて市街地なら足跡があってもそれが私達か街の人なのかはわかりにくいはずです」

 フィル先輩の質問に答えながらこれからの事を考え続ける。
 何も情報が無い今、無暗に動き回るのは愚策。それにさっきの人数は中隊規模。カラ・シリウスは中隊長でこの規模は動かせるはずだけど、ここまで連れてくる権限があるとは考えにくい。
 殺す、もしくは反撃できるなら逃げることはできるけど、それはやっぱり兄さんの足を引っ張ることになる。

「それでこれからどう動く? 兵がそれなりにこちらの市街地に入ってきた。あまり時間が無いように思えるぞ」

 外を伺っているサレッドクインからの進言に自分が追い込まれているのがわかる。

「そうですね、空き家だからと入りましたが、こうも埃が積もっていると追跡は楽でしょう。二人とも何を持ち出しましたか?」

「私は刀のみだ」

「あたしは短剣二本、それとセルクかな」

 私が魔法用に毒関連の物がいくつかだけ……、絶望的という他ない。

「方針としては兄さんとの合流を最優先にしましょう。このままだと事情が何もわかりません。ここからは速度を重視します。セルクは私が持ちます」

「それならあたしかサレッドクインが持つべきじゃない?」

「残念ながら私は二人ほど強くないので、私は体よりも頭を使います。そうなるとセルクは私が担いだ方がいい」

 これだけ騒いでいても目を覚ます気配がないセルクを抱きかかえる。
 このずぶとさは神ゆえなのかな。だとしたら少し羨ましい。

 未熟な私では兄さん程起用には動けない。動いて考えて実行するなんてできない。
 その思考を遮るように外で大きな音がした。

「何かありましたか?」

「塔から鳥が飛び出して来た。おそらく火の鳥だ」

 アルシェ先輩? だとしたらその着地点に兄さん達がいるってことだよね。

「おそらくアルシェ先輩です。どこに向かっていますか?」

 泊っている宿なら最悪ですけど、塔から飛び出して出るくらいだ、私達は宿に居ないと兄さんが気づかないはずはない。

「街中に降りたみたいだな、どうする落下地点に向かうか?」

 落下地点に向かうのは駄目、衛兵と遭遇する可能性が高い。
 兄さん達の狙いがわかれば行先もわかるけど……。

「ちょっと見せてください」

 サレッドクインを退かして外を見る。市街地の周りには何もない。

「兄さん達は真直ぐ市街地に降りましたか?」

「いや、多少蛇行しながらだな」

 蛇行しながらということなら、街の中に身を隠すつもりだろうか。
 兄さんがそんな消極的な行動に出る? それよりも元凶を捕らえるはず、つまりカラ・シリウスを捕まえに動くはず。
 それなら私にできることはその時間稼ぎ。

「フィル先輩、サレッドクイン。私達は盛大に暴れましょう、兄さん達は何かを探しているのでその手助けです」

 二人は武器を手に顔つきが変わる。
 逃げから一転打って出ることに決める。

「では、兄さん達の元に向かいます。さっき言ったとおりに私がセルクを――」

 セルクの名前を声に出すとみんなの視線がセルクに当然向かう。

「ここ、どこ?」

 でもそこに居たのはセルクではない。

「パパ達は?」

 着ている服、声、話し方。どれをとってもセルクなのに、容姿だけが変化していた。
 闇色の髪が白と黒の二つに分かれ、開かれた目は髪と対象の色に変わっている。
 それだけでも驚きなのに、十にも満たないセルクの体はフィル先輩ほどに成長している。
 ワンピースの服は上半身しか隠せず下着を隠せておらず、急な成長に下着は弾ける寸前まで伸び、辛うじて下腹部を守っている。

「フィルママ、ここどこなの?」

「え、えっと、ここどこなの?」

 成長し完全な大人の女性になったセルクは、相も変わらず未完成な子供の様にあどけない表情をする。
 普通の成長ではありえない共存することのない魅力にやられ、フィル先輩も頬を赤らめ困惑してしまう。

「ミールママ?」

 無邪気な魅了の矛先はこちらに向く。
 色の違う二色の瞳が私を見つめる。

「こ、ここは新しい国、今逃げてるから少し静かにしようね」

 完全と不完全が両立する美に私も言葉が詰まる。

「パパ達は?」

 年齢的に当たり前の幼い言葉遣いが、この美女から出ていると自分の中で開いてはいけない扉が開きそうになってしまう。

「今いないの、これから探そうと思ってるんだよ」

 開きかけた扉を閉じていつも通りを心がけるが、当然そんなわけにはいかない。
 自分よりも年上の容姿をした女性に子供に語り掛けるように話すというのは、倒錯感が凄い。

「じゃあ行こうよ」

「あっ」

 勢いよく立ち上がるセルクに限界まで耐えてくれていた下着は弾けてしまう。

「セルク、まずはお着換えしてからにしようか」

 結局街を知っているということでサレッドクインが服を一式買ってきてくれた。
 フリーサイズの黒いワンピースと下着の上下、それと髪と顔を隠すマント。
 それを身に着けようやく作戦を開始する。

「では、派手に暴れたいと思います」

「嫌だ、パパ達を探す」

 頬を膨らますセルはそう言うと、魔力を一気に放出させた。
 体全体を通り抜ける異様な感覚は間違いなくサーチ。
 それを詠唱もなく一瞬でやってのけた。

「いた!」

 それからは一瞬だった。
 私達を抱きかかえると、屋根を突き破り天高く飛び上がる。
 眼下には今しがたまで居た廃屋が豆粒ほどまでに小さくなる。
 雲に届くのではないかと思うほどに上昇するとそのまま急降下を始める。

「いやああぁぁああ!!」

 私の悲鳴なのか他の二人の悲鳴なのかそれさえもわからないほどに急降下していく中、一組の人影が見えた。

「そこ、退いてーーーーー!!」

 衛兵であろうと人を踏み潰すわけにはいかず、大声で非難を呼びかけ私たちは着地した。



「うん、よくわかった。意味不明だが、異常事態なのはよくわかった」

 俺達が城壁を登っている間に俺達を見つけ、そこまで一歩でたどり着いた。
 子供の姿に慣れたせいで忘れがちだけど、流石神だな。
 常識が通じない。俺達がやろうと思ったことをいとも簡単に遂行する。

「それでこれは一体全体どういうことなんですか?」

「俺達に掛かっている容疑を晴らせ、そうすればアリルドに勝ったことを認めるってさ」

「滅茶苦茶ですね」

 滅茶苦茶だが、正直アリルドの友達と考えると納得できる節がある。
 あいつも大概滅茶苦茶だ。

「少し、この力試しに参加する気はあったが、セルクがこうなった以上のんびりしてられないよな」

 セルクの急成長。これは俺達にとっては異常事態だ。
 すぐに水の神に話を聞きたい。これが正常だとしても流石にこの見た目は不味い。
 一目で人でないことがバレてしまう。

「セルク、カラ・シリウスって知らないか?」

「知らない」

 そりゃそうか、最近眠りっぱなしのセルクが知っているはずはない。

「なら、俺の魔力がわずかに残っている人を探せるか?」

 神のサーチならそのくらいはできるんじゃないだろうか。

「あるよ、あっちにパパの魔力がある、それとあっちにも」

 セルクは第一の門を指さす。
 大丈夫みたいだな。

「あっちで俺の魔力が残っていて一番大きい人の所に連れて行ってくれ」

「うん、わかった」

「じゃあ、どっかに隠れていてくれ。すぐに戻ってくるから」

 セルクの顔がバレないようにフードをしっかりと固定する。

「じゃあ行くね」

 俺を抱えたセルクは、トンっとまるで小さな段差を登るくらいの軽い一歩で空を舞う。
 地面も抉れず力も込めずに飛んでみせた。
 そして軽々と城壁を飛び越え目的地にたどり着く。

「本当に神様ってのは凄いな」

 小屋の前にたどり着いた俺は扉を開ける。

「早いな、何をしたんだ。クォルテ・ロックス」

 中にはカラ・シリウスが一人で待っていた。

「お前を捕らえてとっととこの国を出て行かないといけないんだ、大人しくしてくれ」

 俺の言葉にカラ・シリウスは青筋をたて怒る。

「俺に勝てれば大人しくしてやるよ」

 鎧を着たカラ・シリウスは手に武器を握る。
 長い槍と大きな盾。

「水よ、剣よ、我が敵を、っていきなりだな」

 こちらの詠唱を許さないようで詠唱中に槍が俺に向かって真直ぐ向かってくる。
 それを避けるがそのまま横に薙ぎ払ってくる。

「こっちにも武器使わせてくれないのか、決闘だろ?」

 そのまま後ろに何度か飛び退く。
 それを追うように何度も槍の穂先がこちらに向かって飛んでくる。

「貴様に魔法を使わせたらまた凍らされてしまうのでなっ!」

 執拗に続く攻撃を流し、一歩シリウスの方に近づき槍の懐に入り込む。

「槍って懐に入られたらどうするんだ?」

「こうするんだよ!」

 構えていた盾が飛び出してくる。
 この位置はわざと、狙ってやがったのか。背後には壁、避けようにも盾の面積は広い。
 そこで目に入るのは不自然な盾と床の隙間。
 そこに逃げろってことかよ……、でも逃げ道はないか。なら一か八かにかけるしかないよな。

 俺はシリウスの盾をそのまま体で受ける。
 足で盾を蹴り後ろに飛び壁にぶつかる。ミシミシと軋む壁は運よく壊れてくれる。
 地面を転がりながら広い室外に逃げることができた。

「いってぇ……」

「馬鹿か、自ら受けるとは結局はだまし討ち専門か?」

「否定は、しないけどな。ちょっと急いでるんで読み合いはまた今度だ」

「ほざいてろ!」

 急に攻撃の速度を上げ何度も突いては薙ぎ払いをしてくる。
 広い個所に出ることは槍を存分に使えるということだ。
 そしてそれは自分が十分に動ければの話だ。

「その盾と鎧って結構重そうだよな。捨てたらどうだ?」

「そうやって懐から一気に畳みかけるつもりだろう。そんなのは知っているさ」

 更に攻撃を続けるが、いかんせん速度が出ていない。
 純粋な剣術での戦いなら攻撃が当たらないこちらが不利。

「どっちみちあっさり懐に入られたらダメだろ」

 今度は盾と反対側に回り込む。

「それなら払うのみ」

 薙ぎ払いを躱すと今度は完全に懐に入り込む。
 槍と盾の内側。俺とシリウスを妨げる物は何もない。

「実は、俺も槍使ってるんだ。お前のとは違って短いけどな」

 隠しておいた槍を構える。

「なんで持ってるんだ」

「街の中からくすねてきたんだよ」

 鎧の隙間へ一突き入れる。
 槍の穂先はシリウスの肩を貫く。重さに耐えきれず盾を落とす。
 槍を抜き、今度は足を指すと立っていられずその場に倒れ込む。

「俺の勝ちだろ? じゃあ、他の仲間について教えてくれと言いたいがお前を連行して終わりにする」

「なんで、なんでお前はさっき避けなかった?」

 兜の奥からシリウスの目がこちらを睨む。

「主導権を取り返したかった。おそらくお前はあの中にいくつか仕掛けていたんだろ? だから俺を室内におびき寄せた。そうじゃないとお前が俺を奇襲しない理由がない。それにお前はずっと俺の行動を操ってたからな、だからあの場から逃げるために受けた。こんなところか」

「なるほど、完敗だ」

 本当は時間がないため仕掛けを破っている時間が惜しかったための強硬策だったのだが、シリウスは納得してくれた。

 セルクにルリーラ達を呼んでもらい最初に城に向かった三人で国王の元に立つ。

「カラ・シリウスが俺の名前を騙り犯罪を行った。これで我々の疑いは晴れたでいいでしょうか」

「ここまで早いとは思ってもみなかった」

 セルクがいないともっと大変だったし、実際反則を使った結果だ。

「ここからは相談なのだが、同盟を結ばないか?」

「同盟ですか?」

「そうだ。近頃ここから少し離れた地点に魔獣らしい生物がいるらしいと情報があった」

 魔獣の言葉にルリーラとアルシェが国王の話に耳を傾ける。

「それはあり得ないのではないですか?」

「俺もそう思ってはいるのだが、噂が後を絶えない。それに神々に報告するにしても噂だけでは動いてはくれぬ」

「そうですね」

 魔獣の噂自体は意外と多い。
 実際は大型の肉食獣なんかが多い。稀に海沿いの国々から陸に打ち上げられた魔獣が確認されることはある。
 そしてこの国もヴォールから離れてはいるが、海から極端に離れているわけでもない。
 つまり確率はゼロではない。
 海の魔獣が川に身を隠しているなら頻繁な目撃もあり得るわけか。
 しかし被害なし目撃者のみで動けるほど神々は軽い存在じゃない。

「近くにはフリューもあるからな、確実にいないと断言できないのだ」

 泉の国フリュー、水の神より浄化の神器を授かり常に安全な飲み水、それを利用し観光資源として栄えている国。

「でもそれならヴォール様なら動いてくれるのでは?」

「そこにいるとも限らないのだ」

「それで、俺達を利用しているということですね」

「これに関しては素直に認めよう。神から信頼を得ている貴君を利用させてくれ」

 国王は頭を下げる。

「クォルテ・ロックス国王が頭を下げてるんだぞ」

「そうは言っても俺はすぐに動かないといけない。なので、俺の仲間を数名置いていきます。それで満足いただけないならこの話はなかったことにさせていただきます」

 魔獣に関しては確かに気になるが、セルクをこのままにしておくのも大問題だ。
 秤に乗せるなら俺は仲間を取る。

「それで構わん。貴君等の誰かが魔獣を見た。その事実でいいのだ」

「わかりました。それでは一度宿に戻ります」

 面倒事は重なるもんだな。と帰り道ルリーラとアルシェに零してしまうほどに俺は焦り、疲れているのかもしれない。



「というわけで、ヴォールに向かうのは俺とフィル、それとセルクだ。残りは魔獣の捜索に当たってくれ、くれぐれも一人で動かないように」

 戻ってきて話し合いをした結果こういう形に落ち着いた。
 フィルはヴォールに長いこといたので道案内。ルリーラとアルシェは魔獣討伐の経験から残る様に指示をした。

「クォルテ達はどれくらいで戻ってくるの?」

「早ければ二三日、遅いと七日はかかると思ってくれ」

 ルリーラの質問に俺は荷物を詰め込みながら答える。
 早ければ水の神に頼んで瞬間移動ができるが、水の神が来れない場合は倍の時間になってしまう。

 くそっ、中々荷物が詰められない。

「オレイカにも伝えておいてくれ、俺はもう一度国王に会って伝えてくる。車は置いていくからアルシェとオレイカ以外の運転は禁止だ」

 後は何か言っておくことはあっただろうか。
 移動中の武器に、食料に、他に何かあるか?

「ご主人、一度落ち着いたほうがいいよ」

「そうですよ、お茶を入れましたので少し落ち着いてください」

「そうだな、ありがとう。って熱っ!」

 フィルに言われアルシェから差し出されたお茶を喉が渇いていたので、飲み干そうとしたのにこの熱さ。舌が火傷してしまうほどの熱さだった。

「ゆっくり飲んでください。ゆっくりです」

「そうは言ってもな」

 自分でも焦っているのは気づいている。
 地の神からの依頼に、カルラギーク王の依頼、それにセルクの異常。
 全てが至急の依頼、そんな状態で落ち着けるほど肝は据わっていない。

「兄さん、焦りは魔性です。視野が狭くなり気づける異変に気づけない。今の兄さんは危なすぎて信用できません」

 ミールは俺の目を見つめ手を握る。

「旦那様、その傷はカラ・シリウスとやらと争い無茶をした傷だろ? それも焦った結果ではないか。相手が強大ならまだしも、ただ一人の知った相手との戦いでそれはらしくないのではないか?」

 自分に施された処置の後を見る。
 シリウスは強いが、確かにこうまでするほどの相手だっただろうか。
 慎重にシリウスの仕掛けを破っていたら無傷で終わったんじゃないか?

「みんな心配してるのはクォルテもわかるよね?」

「ルリーラに言われたら俺も落ちたな」

「なんだとー!」

 ルリーラの頭にいつも通り手を乗せる。
 細く柔らかい闇色の髪に指を通しそのまま撫でる。

「みんなありがとう、それでも一度国王に話は通しておきたい。戻ってきたら少し休む」

 気を抜くのも大切なことか。
 改めてお茶を手に取る。お茶は少し冷め飲みやすくなっており、少しだけ苦く、芳醇ないい香りがした。

 通行の際に行われる検問の免除を無事にカルラギーク王にとりつけ、なんとか一段落した。
 その日の夕暮れ、俺は街に出ることになった。

「それで、どこに行きたいんだ?」

「特に決めていませんよ」

「街を歩いて適当に入るのが今回のデートだからね」

 街に出た俺は例によってルリーラとアルシェに両腕を掴まれている。
 名目は俺が勝手にいなくならないようにとのことで、共謀して逃げ出さないようにフィルとセルクは留守番らしい。
 オレイカはカルラギーク王に追加で注文を受けたらしく、しばらくは帰ってこれないらしいので、ルリーラとアルシェ組とミールとサラの組に分かれ時間ごとに監視をしているらしい。

「服が買いたい!」

「珍しいな、ルリーラが服を欲しがるのは」

 ファッションに無頓着というわけではないが、そこまでこだわってもいないので珍しくはあるが不思議ではない。

「私もいいですか?」

「おう、二人が着替えている最中に俺がいなくなる可能性は気にしないのか?」

 少しだけ意地悪を言ってみる。

「その心配はないでしょ」

「はい、クォルテさんは自分が勝手にいなくなったら私達が悲しむの知ってますから」

「女の涙は武器だよ、殺傷能力高いよ」

「そうかもな」

 二人の涙は想像だけでも心が痛くなる。
 確かに俺にそんなことはできないみたいだ。
 本当に俺の事をよく知っている。

「それにクォルテは私とアルシェの可愛い姿が見たくて仕方ないからね」

「ルリーラちゃん、クォルテさんの表情が無になって歩き始めちゃったよ」

 やっぱりわかっていなかったらしい。

「待ってよ、本当に服は欲しいの」

 ルリーラに力で引っ張られ服屋に戻される。

「本当に欲しいのか?」

「うん。ほらこことかほつれてるし、ここは少し擦れてるの」

「私も直そうとしたんですけど、素材自体がもう限界みたいで」

「本当だな」

 確かによく見ると服のあちこちがほつれている。
 それによく動くからか、近づくとルリーラの肌がうっすらと透けて見える。
 これはルリーラも成長しているんだな。全体的に肉付きが良くなってきている。そのせいで生地にもダメージがあるんだろうな。

「クォルテさん、その、大変いい辛いのですが」

「どうした?」

「変態みたいだよ」

「は?」

 言われて初めて周りの視線に気が付いた。
 そして俺がルリーラの体を隅々眺める変質者になっている事態を理解した。

「他の店に行こう」

 俺達は足早にその場を立ち去った。

「いいのがあってよかったよ」

「私も可愛いのがあってよかったです」

 別な店に入り二人はそれなりに時間をかけて服や小物を選んだ。
 ルリーラはシャツだと動きにくいらしく、赤いノースリーブの服と少し緩めの黒いホットパンツを買った。
 アルシェは魔法使いっぽくなりたいからと、半袖の黒いシャツと黒の膝まであるキュロットスカートそれとローブや髪留めを買った。

「魔獣の捜索にはそれを着ていくのか?」

 俺の問いに二人は首をかしげる。

「最初にこれを着るのはクォルテと一緒の時」

「そうですよ、他の誰に見せるんですか?」

「そうだな、なんか俺が間違ってたみたいだ」

 ここで動きやすさよりも可愛さか。と突っ込まない俺は成長したと思う。

 楽しい時間はすぐに過ぎていくらしい。

「そろそろ交代ですよ、二人とも」

「今度は僕達の番だ」

 次の番であるミールとサラがやってきた。

「じゃあ、先に戻ってるから」

「ご飯はどうします?」

「兄さんは私と晩御飯を食べるので気にしないでください」

「わかりました」

 そう言って二人が帰っていくが、正直この二人と一緒というのは心が休まる気がしない。

「私と、などと僕の事を忘れているんじゃないか? 正妻の僕を」

「はっきり言わないと伝わらないですか? 邪魔だからその辺の犬と残飯漁ってろって意味ですよ」

 開始数秒で早くも喧嘩が始まった。
 さっきは楽しかったな、なんだかんだで仲いいしお互いに服を選んで着替える所とか微笑ましかった。

「政略結婚で不細工の王子と結婚したほうがお国の為じゃないですか?」
「そっちこそ、良い所のお嬢様なんだろ、ならとっととお家復興のために好色家に尻尾振ったらどうだ?」

「今時、自分のこと僕とか言ってるあんたに兄さんは勿体ないですよ」
「丁寧言葉で品が良く見せようとしているお前に言われたくないよ」

 この二人は本当に昼の騒ぎに連携取れていたんだろうか。

「そろそろ行くぞ、人も集まってきた。二人で喧嘩しているのが楽しいならしててくれ、俺は先に行く」

 俺が歩き始めると右にミール左にサラが並ぶ。そして俺を間に置いておきながら二人はにらみ合う。
 これがあとどれくらい続くんだろう……。

「兄さんこっちに行きましょう」
「旦那様、こっちの方にいいお店がありそうだ」

「どっちにもいかないから引っ張るのやめてくれる?」

 左右に俺を引っ張って裂こうとするのはやめてください。裂けてしまいます。

「サレッドクインは邪魔しないでください」

「ミールこそ邪魔しないでさっさと帰ればいいだろ!」

「腕が痛いから二人とも離してくれ」

 二人は俺の手首をがっちりと掴み、限界まで引っ張っている。

「兄さんはこっちに行きたいですよね」

「旦那様はこっちに行きたいよな」

「どっちにもいかないって言ってるよな?」

「ミールは従妹なんだろ、旦那様の相手は嫁に任せろ」

「兄さんのお嫁さんはお姉ちゃんです、部外者は引っこんでてください」

「痛い、痛いからもう離して、えっもしかして俺の言葉聞こえてないの? それとも処刑のつもりなの?」

 言い合いに夢中なせいか俺の言葉は二人に届いていないようで、どんな苦情も二人の耳には届いていない。

「それなら勝負をしましょうか、サレッドクイン・ヴィルクード」

「望むところだ、ミール・ロックス」

 二人は対決の話になり、ようやく俺から手を離した。



「こんな街中で決闘はやめろよ」

 突然対決を申し出た二人に声をかける。
 ただ聞こえてはいないだろうなと、俺は引っ張られ過ぎた腕を曲げながら話しかける。

「もちろんです、そんなことはしません」

「聞こえてるの!?」

「当然だ、旦那様の声が僕の耳に届かないはずはない」

 それはつまり俺を無視してたってことだよな?
 そんな言葉を飲み込み、俺は別の言葉を発する。

「それで勝負内容は?」

「兄さんのおもてなしで勝負です」

「ほう、それでそのルールは?」

 確実に俺が巻き込まれるのはわかってはいたが、おもてなしの勝負ならまあいいだろう。

「簡単なことです、食事とプレゼントを二人で選び兄さんに渡す。それを兄さんが総合でどちらが良かったかを決めるだけです」

「いいだろう、受けて立つ。妻としての本領を見せてやろう」

「付き合いの年季なら負けません。兄さんの趣味趣向、体型の推移、それに合わせて変化した性癖や行動、好みについて私に勝てるつもりですか?」

 なぜそこまで知っているのだろうか……。好みの変化とか俺自身でもわかってないところがあるんだが……。

「ではサレッドクインに先攻は譲りましょう、食事でもプレゼントでも好きな物からどうぞ」

「そうか。もちろん旦那様と一緒、二人きりとは行かないまでもこちらの邪魔をしない。そういうことでいいな?」

「もちろん、邪魔のない純粋な勝負ですから」

 サラがあっさりと細かいルールを決めた。
 とはいえ、すんなり受け入れた辺りミールにも作戦はありそうだな。
 巻き込まれているとはいえ、もてなされるのなら悪い気はしない。

「では旦那様、先にプレゼントでもいいか?」

「おう、順番は任せる。そっちのプランに任せるよ」

 お互いが勝つために策を練っているのは見ていて面白い。
 まずは食事かと思っていたが、サラの作戦はこれからどうするのか楽しみだ。

「私はここでプレゼントを買う」

 連れられて来たのは雑貨屋、見た目は正直言ってどこの国にもありそうな普通の古い雑貨屋。
 てっきり特別な物かと思い身構えていただけに少しがっかりだ。

「私が選ぶのは常に身に着けることができる物だ」

「なるほど」

 特別な物ではなく必要な物。好みを知っているというミールに特別な物では不利と判断しての日用品。華美ではないが堅実な物か。
 それにそちらの方が自分に有利に働くことを理解しての事か。
 俺が納得しているとサラはじっと俺を見つめる。

「どうかしたか?」

「足りないものを考えている。旦那様は必要な物は買っているようなのでな、自分で選んだものが被っては困る」

「そうだな、必需品って意味では一通り買っている」

 その俺の言葉にミールはにやにやと笑っている。
 兄さんは必要な物を買い忘れたりはしない。と言葉にしていないがそんな顔をしている。

「決めた、旦那様は色の好みなんかはあるか?」

「特にないな、ただ黒や銀が多いかな、どこにでもその色はあるしな」

「了解した。では少し待っていてくれ」

 そう言うとサラは店の中に消えていく。

「兄さんは暖色系が好きですよ。赤とかオレンジとか、その中でも淡くて明るい感じが好きです」

「断言するんだな」

「ええ、今も戦闘に使うものは別として日常使うものは暖色系が多めです」

 そう言われて考えてみると確かに多い気がする。

「なんでお前がそんなに詳しいんだよ」

「兄さんのことならなんでも知ってますよ」

「じゃあ、この勝負はお前の勝ちってことになるのか?」

 俺の好み知っているのなら、この勝負結果は考えるまでもない。

「そうなるといいです」

 自身がなさそうなミールに声をかけようとした時、中からサラが出てきた。

「待たせた、では食事に向かおうか」

「見せてくれないのか?」

 袋を持っているということは仕上げがあるとかではないのだろう。なのにまだプレゼントを受け取れてはいない。

「食事と一緒に提供だ。料理も美味い店をさっき聞いてきた」

「それでプレゼントが先だったのか」

 土地勘がないから地元の人におすすめを聞く、情報収集は大事だ。そのために長い間やっていそうな雑貨屋を選んだのか。

「旦那様は肉と魚はどっちがいい?」

「腹も減ってるし、肉だな」

「了解した、肉の美味い店はこっちだ」

 路地を進み奥まった場所に一軒の店があった。

「ここだな」

「不衛生っぽいですね」

 確かに年季が入った看板は汚れているし店自体も古びている。お世辞でも綺麗とは言えない。

「見た目はあまりよくないが、味は絶品らしい。今日の騒ぎの後に街の人間もここを押していた」

「そんなことしてたのか」

「当然だ。僕は見た目が女性としての魅力に欠けるからな、せめてこういうところを見せないと旦那様は振り向いてくれないだろ」

 サラはそう言って柔らかく笑う。
 正直俺から見るとサラは十分に女性だ。
 凜としていて中性的だが、表情や仕草は十分に女性だ。

「おすすめは厚切りのステーキだ」

「ちょっと、それを全て食べたら私の食事が食べれなくなるでしょ!」

「これでおあいこではないか? ミールも私がプレゼントを選んでいる間に、旦那様の動きから欲しそうな物を探していただろう」

「うっ……、気づいていたんですか?」

 なにか俺の知らないところで、自分が有利になるための工作は始まっていたらしい。
 ミールがなぜ先攻を譲ったのか疑問だったが得心がいった。現在の好みを確認するために自ら後攻を選んだ。それを知っていて逆に食事を多く取らせ満腹にする算段をサラは立てていた。
 なんでたかがおもてなしで、ここまで腹の読み合いをしているのかわからない。

「さあ、冷めないうちに食べてください」

 肉の焼ける音が徐々に小さくなっていく。俺は勝負だしなと、ステーキを一口分に分け口に入れる。

 熱いステーキは嗅覚を最初に刺激する。
 刺激の強いスパイスが嗅覚から脳を刺激し、次いでスパイスの辛味と野菜の甘味が舌に広がる。
 その肉を噛むとじゅわりと肉汁が広がり肉の旨味が辛味や甘味と混ざり合う。
 表面の香ばしさ、味付け、焼き加減はどれも絶妙。
 完璧に調理された肉を十分に堪能しそのまま飲み込む。

「美味っ!」

 スパイスのおかげか飲み込んだ後に残るのは旨味のみで、肉の臭さは消えており次を寄こせと腹が催促する。

「私にも一口ください」

「おう、食え食え。この肉、滅茶苦茶、美味い」

 行儀なんて考えられ程に頬張り次から次へと肉を胃袋に収めていく。

「本当に美味しいです。私でもそのサイズを食べれるかもしれないほどに美味しいです」

 次から次へと口に運び食いきれるか不安だったが、そんな心配は無駄だったと付け合わせまで完食してから思った。

「とんでもない満足感だ」

 背もたれに体を預け膨れた腹を撫でる。

「お腹も膨れたところで、プレゼントだ」

 渡されたのは小さな箱。袋の段階で気づいてはいたがこの小さい箱には何が入っているのか。
 その箱を開けると中にあったのは指輪が一つだった。
 飾り気のない指輪は店の弱い光の元でも光輝いていた。

「これは?」

「精霊結晶の散りばめられた指輪だ。立派な物も持っているのは知っているが、それにはウォーターソードとか弱い魔法を入れておいてくれ。前線で戦うことが多い旦那様には、詠唱できないという事態がよくあるだろう?」

 改めて見ると、確かに輝いているのは精霊結晶のようだ。

「それにその程度の精霊結晶ならアクセサリーで通るだろう? 身体能力が並みの茶色の私達にはそのくらいの護身がちょうどいい」

「ありがとう。これなら見た目も悪くないし、確かに役に立つ。詠唱できない時のために武器も買ったけど、今回みたいなことが無いとも限らないしな」

 いざという時のためにこれは嬉しい。それにしても精霊結晶入りとなると値段も張っただろうに。
 俺はもらった指輪を中指にはめる。

「これで私のおもてなしは終わりだ。さあ、ミール私に勝てるか?」

 完璧だろう。と勝利を確信した目でミールを見つめる。
 それを受けミールは目を閉じる。
 勝負を諦めた顔ではないよな。おそらくは勝つための算段を立てている最中だ。

「いいでしょう、私もサレッドクインに負けない物を準備します。行きましょうか兄さん」

 店を出た後でミールが向かったのは薬屋だった。

「ここでは何を買うんだ? 俺は毒魔法とかの使い方はわからないぞ」

 毒魔法は中々に難しい。
 殺傷を目的に使うなら水に溶くだけで十分だが、殺さずに使用する場合は知識が必要だ。用途に合わせた分量というのは全て計算で出される。ある意味で一番難しい魔法と言ってもおかしくはない。

「ここで買うのは毒ではないです。もちろん薬でもないですけど」

 中に入るとラベルの張られた瓶が壁一面に並ぶ。

「私が兄さんに送るのはその指輪を消す薬です」

「消すって、溶かすってことか? それはちょっと貰っても使えないな」

 プレゼント貰って溶かすなんて流石に酷いだろう。

「違いますよ、視認できなくするって意味です」

 視認できないようにする薬。
 そんな魔法があるんだろうか。

「その指輪は一見普通の指輪に見えますが、警備が厳重な場合には怪しいと没収されてしまいます。そうなってしまえば無意味な装飾になってしまいます。私からはその指輪自体に目が行かないようにする薬を送ります」

 言われればそうだな、こういう装飾は外される可能性がある。ミールのプレゼントはその確率をゼロにする贈り物ってことか。

「それで、その薬って言うのはどれなんだ?」

「これです」

 渡されたのは傷を修復する際に使う塗料。傷跡を隠すために使われるものだ。

「これの良い所は水に強い所です。お風呂に入っても落ちないそれをその指輪に付けて兄さんの指と同化させます」

 さっそく代金を支払い指輪に塗る。
 すると驚くほどに見分けがつかない。

「どれだけやっても完璧には消せませんね」

 傷口なんかと違い指輪なせいでよく見ると隙間などが見えてしまう。

「いや、十分だろ。戦いの時にここ一本だけを凝視するってありえないしな」

「より完璧にするために何か考えておきます」

「僕のプレゼントを利用してのプレゼントはズルくないか?」

「口を出さないでください、それを決めるのは兄さんですので」

 口実があれば喧嘩するなこいつ等。
 呆れながらもミールが動き出す。

「さて次は食事です。期待してください」

 流石に食事に関してはサラに軍配が上がるだろう。
 さっきの肉で満腹の状態ではさっきの衝撃を上回ることは難しい。

「私が紹介するのはこのお店です」

「なるほど、デザートか」

 さっきの肉屋とは違い、女性受けの良い外見。落ち着いていてお洒落、店員の服も綺麗だ。

「はいここなら少量で、強く残った肉の余韻を洗える食後の食事デザートです」

「デザートでさっきの満足感を敗れると思っているのか? 圧倒的な重量と完璧な味、少量のデザートで勝てると思っているのか!」

 サラはさっきの店の噂しか知らないよな。それに俺のを食べてもいない。
 なのになんでそんなに自信満々なのか……、満足感という点では確かにその通りだけど。

「見ていてください。毒魔法の使い手として計算は負けませんから」

 自信満々なのはミールも同じか。
 とりあえず言われるがまま店の中に進む。
 席に案内されミールが注文を済ませる。

「どうぞご賞味ください。私が出すのはこの品です」

 提供されたのは何の意匠もないただのバニラアイス。
 流石の俺も言葉が出てこない。

「どうぞ、召し上がり下さい」

「それじゃあ、いただきます」

 期待しないまま一口をスプーンで掬い口に運ぶ。

「美味い」

 衝撃的な物は何もないただのアイスだ。それでも舌触りが滑らかで優しく淡い甘さが口に広がりバニラの香りがふわりと口で花開く。
 じっくりと一口を楽しむとさっきまで残っていた肉の味は消え華やかなアイスの余韻だけが残る。

「どうですか? 暴力的な肉の後に頂く甘さは、まさしく甘美と言ったところでしょう」

「ああ、素直に驚いてる」

 肉のおかげで猛っていた体がアイスの冷たさに落ち着いていく。

「極めつけはこちらのアイスティーです」

「それは二品になるんじゃないか?」

「こちらはセットです。さっきのステーキにも野菜が添えられていましたし問題ありませんよね」

 ミールはにやりと笑った。
 さっき肉を食べてからこの食べ物を選んだのか。
 流石俺の従妹、相手の選んだものから自分へとつなげて一つの作品にした。
 そのままアイスティーを受け取り口に含む。
 アイスの残したわずかな甘みをアイスティーの味付けに使う発想力は素直に感心してしまう。

「これで終わりだな」

「兄さん、どちらが有能かこれではっきりしましたよね?」

「旦那様、ミールの使った手法は僕の完璧な計算あっての事だぞ」

「満足したので引き分けで」

 ここまでしておいて最初から考えていた結末を口にした。
 当然二人は呆然としていたが、大差がなければこの結末にするつもりはなかった。

「兄さん」「旦那様」

 二人は不服そうな声で俺を呼ぶ。

「「優柔不断」」

 二人の言葉でバッサリと切られ、俺達は宿に戻った。



「じゃあ、俺達はこれから発つから。ミール後は頼んだ」

「わかりました」

 翌早朝、俺達は宿で荷物の最終チェックをしていた。
 旅ではなく伝令の側面が大きいため、その間の食料と多少の着替えの数が合っているかだけだ。

「探索の予定は四日後。最速で戻ってこれれば何とか間に合う算段だ。俺がいないのは国王に伝えているから、考慮はしてくれるはずだ」

「わかりました。それに合わせて私たちも準備をしておきます」

 カルラギーク王も神がいた方が心強いと言っていたし、時期を早める事はまずないだろう。

「じゃあ、行ってくるから無茶はするなよ」

 ルリーラ以外は元気に返事をしてくれたが、ルリーラは立ったまま眠るという器用なことをしていた。

「アルシェ、ルリーラの事よろしくな」

「わかりました」

 苦笑いのアルシェにルリーラを託し、俺達は外に出る。

「パパ、これを飛び越えてもいいんだよね」

「ああ、寧ろ越えてくれないと困る」

 俺とフィルはセルクに掴まる。
 そして力一杯に地面を蹴る。
 すると自分が巨大化したような錯覚に陥るほどに、家々が小さく変わる。

 つくづく規格外だ。
 一瞬見えた足元は大きく地面を抉ることはなく、足の形にだけ穴が開いている様に見えた。
 あそこまで一点に力を込めた結果がこの跳躍力。
 手の平に収まるほどに国が小さくなり世界を見渡す。
 果ての無い地面が続き、所々に点々と何かの塊が見える。

「すげえ……」

「世界ってこうなってるんだね」

 俺の漏れた感嘆の声にフィルは続ける。
 それ以外に言葉は続かない。
 普段はその大きさから世界の端を隠す山々、行く手を遮る広大な森、その全てがとても小さい。
 鳥でないと見ることが叶わない景色を眺めていると上昇が止まる。

「止まった」

 一瞬は止まってよく見えるようになったと喜んだが、それは落下の前兆であると理解した。
 なにせ俺の体を襲うのは内臓や血液の全てが上へと大移動を開始したからだ。

「セルク! このままだと俺達が死ぬ!」

「あたし達死ぬの!? うっぷ、本当だ、口から全部、出そう……」

 フィルのその言葉を最後に意識が強制的に絶たれた。

 目が覚めると、フィルとセルクが心配そうにのぞき込んでいた。

「俺、生きてる?」

 自分の体を確認し手足と頭が胴体と別れていないことを確認する。
 どうやら無事みたいだ、ここまで危険なら俺は鳥じゃなくていい。
 俺は一瞬芽生えていた空への憧れを刈り取った。

「ごめんなさい。パパ達が目を覚まさなくなるって思ってなかったの」

「ああ、いいよ別に、こうなるなんて俺も思ってなかったから」

 少しだけ幼さの残る言葉に俺はそう伝える。
 急激な降下にこんなことがあるのか、上がるときはそうでもなかったんだけどな。

「それで、ここは森か?」

 辺りを見渡すと気が鬱蒼と生い茂る森の中。
 木漏れ日の中俺達が落ちてきたであろう個所はぽっかりと穴が開いている。

「そうみたいだね。ご主人に場所を聞こうと思って」

「それならセルクの方がわかると思うぞ、セルク異常な魔力を感じるのはどこだ?」

 少なくとも四か所、多ければ六ヶ所だが二か所ほどは容易く省けるはずだ。

「あっちとあっち、それと、あっちも凄いのが二個」

「その中で俺と似た魔力はどれだ?」

 セルクは少しだけ悩みながら一点を指さす。

「じゃあそっちに向かって進もう」

「ご主人、またあれやるの?」

「今度は平気だ。魔力で覆えば何とかなるはずだ」

 今度は魔力を纏いながらセルクに掴まる。
 一点に強力な力を込めた跳躍は成功した。
 不安だったが無事に成功したたため、続けて跳躍を続けていく。

「そろそろ着くよ」

 移動は二日で終わった。
 何度か、休憩して進んだが予定よりも早い到着だった。

「正門はこっちだね」

 流石に主要国の壁を無断で越えることは問題があるため、フィルの案内で正門を目指す。

「久しいな、クォルテ。フィルも壮健そうだな」

 正門に着くとなぜか水の神が仁王立ちで構えていた。
 褐色の肌に龍のような大きな角、服から覗く手には鱗生えており、人ならばありえない海のような青色の髪。

「来た用件はそれの事か」

 水の神は顎でセルクを指し、俺はそれに頷く。
 なぜここにいるのかは聞かなくてもわかる。セルクほどの魔力が接近していたら流石に気になるだろう。

「事情は察した、我の部屋に行こう」

 瞬きの間に俺達は全員玉座の間にたどり着いていた。
 転移の魔法は相変わらずのようで一安心だ。

「まあ座れ、色々話もあるだろう」

 進められるまま席に座る。

「それで、我にいくつ程話があるのだ?」

 頬杖を突き、こちらを見つめる。
 どこまで知っているのか……、地の神の事がバレていた場合、俺はどうなるのか想像するのも怖い。

「至急の用が二つほど、それと地の神に会いましたよ」

「あの婆さんは我の事をなんと言っていた?」

「好意的ですね。とてもよくしてもらいましたよ」

 俺の言葉に隣のフィルが一瞬反応するが、すぐに顔を戻した。

「フィルの雰囲気とお前の言葉から何となく察した。安心しろ、我の蒔いた種のようだしな」

「悟ってもらえてよかったですよ」

 水の神も心当たりがあったようであっさりとこの話は終わった。
 これで俺の命が無くなることはないだろう。

「クォルテも、一夜の過ちに気をつけろよ」

 水の神は心底面倒そうにしている。

「あたしも理由がわかった」

「俺が殺されてしまうから口外するなよ」

 そう言って元気に挙手をする。フィルに俺は釘を刺しておく。

 話し終えようやく一番の重圧から解放される。
 これ以上は俺には無理なので、地の神が自力で水の神を落としてくれるように祈ることにしよう。

「それで残りの二つというより、セルクを抜かせば残り一つか。その一つはなんだ?」

「魔獣についてです」

 魔獣の言葉に水の神の表情は一変する。
 姿勢を戻し、体を突き出す。

「それは海辺の事か?」

「違います。目撃証言があるのは、泉の国フリューです」

 その言葉を聞いて水の神は目を閉じ考える姿勢を取る。
 数秒考えた後、目を開く。

「魔獣がそちらに流れたという話はない。だとすると、まずありえない」

「俺もそう思います」

「だが、確実に否定する材料はない。わずかな可能性があるせいで無視できず現状は我を頼るしかない。だが、可能性が低すぎて我の手を借りられず既知の仲であるクォルテに伝言を頼んだ。そんなところだな?」

「正解です」

 今のやり取りだけで完璧に言い当てられてしまった。
 これなら来てくれるだろうか。

「無理だな」

 やっぱりそう甘くはないか。

「確かに我とクォルテは友と呼んで差し支えはない。だが、すまない。神としてはいけないな」

 がっくりと肩を落とす。
 もしかしたら助けてくれるんじゃないかと、甘く考えていた。
 いつもの軽薄な感じですぐに終わらせよう。そう言ってくれるかもしれないと思っていた。

「悪いな、可能性の問題だ。我が出るほどではないがこの国は頻繁に魔獣に襲われる。それこそ一昨日にも魔獣の討伐は行った。だがそちらは、魔獣の出る可能性は限りなく低い。そうなると我が国を捨ててまで助けに行くことができない」

「その通りですね」

 特級の魔獣がもしも居たら動いてはくれるだろうが、ただの噂で動けるほど神は暇じゃない。もしも魔獣が居なかったとして、その間に魔獣に襲われていた。そんなことになれば神は信仰されない存在になってしまう。

「安心しろ、我はお前を見ている。もし本当に魔獣がいたなら教えろ。すぐに駆け付けると約束しよう」

 真摯な目に俺は頭を下げる。
 それほどに俺を買ってくれているのだろう。友として。

「それで、最後はこいつの事だな」

「はい、つい先日急に成長したらしくて、どうしたらいいかわからないので頼らせてもらいました」

 暇そうに辺りを見渡しているセルクは、自分が話の中心だと気づいたのか視線を水の神に合わせる。

「心配はいらないが、そうだなちょっと待っていろ」

 そう言うと水の神は席を立ち、奥の部屋に消えて行った。

「もう終わったの?」

 セルクは無邪気な表情を向け隣に座る俺の膝に頭を乗せた。
 その頭につい手を置いて撫でてしまう。
 白と黒の二色の髪は、つやつやとしていて撫でやすい。

「ご主人、上手くはいかなかったね」

「まあ、しょうがないさ。セルクの事が解決するならとりあえずそれでいいさ」

「セルク、どこかおかしいの?」

 セルクは膝の上から俺を見上げる。

「おかしくはないけど、みんながビックリしちゃうんだよ。それで嫌われたら嫌だろ?」

「うん、嫌われるのはよくないよね」

「ご主人って本当にパパっぽいよね」

「言うな、気にしているところだ」

 未婚のパパとかおかしいだろ、しかも年上の娘とか俺の正気が疑われる。

「友の娘にプレゼントだ」

 戻ってくるなり水の神はそんなことを言う。

「やめてください」

「娘なら六人居るだろ」

「今は一人増えて七人です」

 水の神の言葉にフィルが返す。

「そうなのか、やるなパパは中々テクニシャンだな」

「俺、そろそろ泣きますよ」

 水の神とフィルにからかわれ俺は軽く涙目になってしまう。
 男としてこの美女だらけで、手を出さないというのはかなりしんどいのだ。

「全員嫁にすればいいだろう」

「そこまでの甲斐性はないですよ」

 言っていてなんて情けないことを言っているのかと思うが、本当なので仕方ない。

「お前の心を知っているだけに無理に受け入れろとは言わぬがな」

「それよりも、何を取りに行っていたんですか?」

「これだ。これを着けておけば髪と目は誤魔化せる」

 机に置かれたのは一つのリング。

「でも、それは」

「気にするな神の見た目を変えることを罰する法はない」

 髪の色は相手を知るうえで、重要な要素の一つになっている。
 そのため髪の色を偽ることは禁じられており、最悪の場合は死罪になってしまうこともある。

「このリングは角につける。それで見た目は完璧に普通の人間と変わりない」

「セルク、これつけるよ」

 セルクは目を閉じる。
 俺は一度セルクの腕輪を外し、角を確認してからリングを着ける。
 するとセルクの髪は闇色一色になり、瞳も元の青色に戻る。

「さて、これで用は済んだな。どうする、手伝ってはやれんが送ってやることくらいはできるぞ」

「はい、城塞の国カルラギークまでお願いします」

「わかった」

 俺達は用事を終え早めにカルラギークに戻ることができた。
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