15 / 44
第15章 深紅の再来と、黒い蛇の紋章
しおりを挟む
数日後の深夜。 六本木のペントハウスに、極秘の来客があった。
堂島さんが手配した、窓ガラスを防弾仕様に改造したハイヤーが地下駐車場に滑り込む。 専用エレベーターで最上階へ上がり、扉が開くと、そこにはスカーフで顔を隠したエレナと、数名の屈強な護衛官が立っていた。
「……お久しぶりです、柏木様」
リビングに通され、スカーフを取った彼女は、以前会った時よりも少し痩せたように見えた。深紅のドレスではなく、動きやすいパンツスーツ姿だが、その碧眼(へきがん)に宿る気品は変わらない。
「ええ。よく来てくれました。……どうぞ、楽にしてください」
私がソファを勧めると、彼女は緊張した面持ちで座った。隣には、護衛官の中でも一際鋭い眼光の男――以前、ホテルで転ばせてしまったあのSPのリーダー、ベルンハルト氏が直立不動で控えている。彼は私を一瞥し、複雑そうな顔で軽く会釈をした。
「さて、単刀直入に伺います。エレナさん、貴女の国で何が起きているんですか?」
一ノ瀬が紅茶を出しながら、鋭く切り込んだ。彼女は相手が王族だろうが容赦しない。
エレナはカップを両手で包み込み、意を決したように口を開いた。
「……私の国、ルクセンブルクを中心とした欧州連合体で、現在『プロジェクト・アイギス』という計画が進んでいます。これは、次世代のクリーンエネルギー発電システムを構築する、国家規模のプロジェクトです」
「クリーンエネルギー……ですか」
「はい。その発電タービンの核心部分に、極めて高い耐熱性と耐久性が求められるのです。既存の素材では、どうしても数ヶ月で劣化してしまう。……ですが」
彼女は一ノ瀬の持つタブレット――オリオン社の技術データが表示されている――を見つめた。
「貴社の『青い金属板』……あのナノコーティング技術があれば、理論上、タービンの寿命を十年以上に延ばすことが可能です。これは革命なのです」
「なるほど。それは光栄な話だ。それで、問題というのは?」
私が尋ねると、エレナの顔が曇った。
「……このプロジェクトの利権を狙っている企業があります。『サーペント・ダイナミクス』。軍需産業を主軸とする、世界最大級のコングロマリットです」
サーペント・ダイナミクス。その名は私でも聞いたことがある。世界中の紛争地域に兵器を供給し、「死の商人」とも囁かれる巨大企業だ。
「彼らは自分たちの技術(粗悪だが、政治力で採用させようとしている)をねじ込むため、競合となる優れた技術を持つ企業を……あらゆる手段を使って排除しようとしています」
「排除、ですか。……買収、脅迫、あるいは……」
一ノ瀬の言葉に、ベルンハルト氏が低く答えた。
「物理的な破壊工作も含めて、です。実際、候補に挙がっていたフランスの研究所が先月、原因不明の火災に見舞われました」
部屋の空気が凍りついた。 不審車両、無言電話、嫌がらせ。それらはすべて、この巨大な「黒い蛇」の先触れだったのか。
「彼らはオリオン社の技術に気づいています。そして、それが彼らの利益を損なう最大の脅威であることも。……柏木様、このままでは貴方も、貴方の大切な人たちも危険です」
エレナは悲痛な目で私を見た。
「どうか、技術供与の話はなかったことにして、手を引いてください。私は、恩人である貴方を巻き込みたくないのです」
彼女はわざわざ、警告のために来日したのだ。自国の利益よりも、私の安全を優先して。
沈黙が降りた。 一ノ瀬が厳しい表情で考え込んでいる。彼女のロジックでは、世界有数の軍産複合体を敵に回すのは「リスクが大きすぎる」という判断になるだろう。
だが。 私はゆっくりとコーヒーを啜った。
「……面白い」
「え?」
エレナが目を丸くした。
「世界最大の『死の商人』が、日本の小さな町工場の技術にビビって、コソコソと嫌がらせをしてくるわけだ。……随分と、小物臭い話じゃないか」
「か、柏木様!? 相手は国家予算並みの資金力と、私兵を持つ組織ですよ!?」
「関係ない。俺たちが売るのは、人を殺す兵器じゃない。人の生活を豊かにする技術だ。それを邪魔するなら、相手が誰であろうと引くつもりはない」
私はニヤリと笑った。 不思議と恐怖はなかった。むしろ、腹の底から熱いものが込み上げてくる。 リストラされた時、私は何も言い返せずに逃げ出した。だが、今は違う。守るべき仲間がいる。城がある。そして、最強の「運」がある。
「一ノ瀬。サーペント社の株価と、財務状況を洗ってくれ。弱点の一つや二つ、あるはずだ」
「……ふふっ。承知いたしました。柏木様ならそう仰ると思いました」
一ノ瀬は楽しそうに眼鏡を直した。
「彼らは巨大ですが、その分、組織は硬直しています。私の分析(ロジック)と、貴方の豪運(ラック)があれば……巨大な蛇の急所を突くことも不可能ではありません」
その時、私のスマホが震えた。 六郷社長からだ。
『か、柏木社長! 大変だ! 工場のメイン電源が、突然落ちた! 予備電源も動かねぇ! このままじゃ、製造中のロットが全滅しちまう!』
――来たか。
「ベルンハルトさん。プロの護衛が必要だ。手を貸してくれますか?」
私が尋ねると、強面の護衛隊長は、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「……姫様の恩人の頼みとあらば。それに、私もあの『蛇』どもには個人的に借りがありましてね。害虫駆除なら任せていただきましょう」
私は立ち上がった。 さあ、戦争の時間だ。ビジネスという名の、仁義なき戦いの幕開けだ。
堂島さんが手配した、窓ガラスを防弾仕様に改造したハイヤーが地下駐車場に滑り込む。 専用エレベーターで最上階へ上がり、扉が開くと、そこにはスカーフで顔を隠したエレナと、数名の屈強な護衛官が立っていた。
「……お久しぶりです、柏木様」
リビングに通され、スカーフを取った彼女は、以前会った時よりも少し痩せたように見えた。深紅のドレスではなく、動きやすいパンツスーツ姿だが、その碧眼(へきがん)に宿る気品は変わらない。
「ええ。よく来てくれました。……どうぞ、楽にしてください」
私がソファを勧めると、彼女は緊張した面持ちで座った。隣には、護衛官の中でも一際鋭い眼光の男――以前、ホテルで転ばせてしまったあのSPのリーダー、ベルンハルト氏が直立不動で控えている。彼は私を一瞥し、複雑そうな顔で軽く会釈をした。
「さて、単刀直入に伺います。エレナさん、貴女の国で何が起きているんですか?」
一ノ瀬が紅茶を出しながら、鋭く切り込んだ。彼女は相手が王族だろうが容赦しない。
エレナはカップを両手で包み込み、意を決したように口を開いた。
「……私の国、ルクセンブルクを中心とした欧州連合体で、現在『プロジェクト・アイギス』という計画が進んでいます。これは、次世代のクリーンエネルギー発電システムを構築する、国家規模のプロジェクトです」
「クリーンエネルギー……ですか」
「はい。その発電タービンの核心部分に、極めて高い耐熱性と耐久性が求められるのです。既存の素材では、どうしても数ヶ月で劣化してしまう。……ですが」
彼女は一ノ瀬の持つタブレット――オリオン社の技術データが表示されている――を見つめた。
「貴社の『青い金属板』……あのナノコーティング技術があれば、理論上、タービンの寿命を十年以上に延ばすことが可能です。これは革命なのです」
「なるほど。それは光栄な話だ。それで、問題というのは?」
私が尋ねると、エレナの顔が曇った。
「……このプロジェクトの利権を狙っている企業があります。『サーペント・ダイナミクス』。軍需産業を主軸とする、世界最大級のコングロマリットです」
サーペント・ダイナミクス。その名は私でも聞いたことがある。世界中の紛争地域に兵器を供給し、「死の商人」とも囁かれる巨大企業だ。
「彼らは自分たちの技術(粗悪だが、政治力で採用させようとしている)をねじ込むため、競合となる優れた技術を持つ企業を……あらゆる手段を使って排除しようとしています」
「排除、ですか。……買収、脅迫、あるいは……」
一ノ瀬の言葉に、ベルンハルト氏が低く答えた。
「物理的な破壊工作も含めて、です。実際、候補に挙がっていたフランスの研究所が先月、原因不明の火災に見舞われました」
部屋の空気が凍りついた。 不審車両、無言電話、嫌がらせ。それらはすべて、この巨大な「黒い蛇」の先触れだったのか。
「彼らはオリオン社の技術に気づいています。そして、それが彼らの利益を損なう最大の脅威であることも。……柏木様、このままでは貴方も、貴方の大切な人たちも危険です」
エレナは悲痛な目で私を見た。
「どうか、技術供与の話はなかったことにして、手を引いてください。私は、恩人である貴方を巻き込みたくないのです」
彼女はわざわざ、警告のために来日したのだ。自国の利益よりも、私の安全を優先して。
沈黙が降りた。 一ノ瀬が厳しい表情で考え込んでいる。彼女のロジックでは、世界有数の軍産複合体を敵に回すのは「リスクが大きすぎる」という判断になるだろう。
だが。 私はゆっくりとコーヒーを啜った。
「……面白い」
「え?」
エレナが目を丸くした。
「世界最大の『死の商人』が、日本の小さな町工場の技術にビビって、コソコソと嫌がらせをしてくるわけだ。……随分と、小物臭い話じゃないか」
「か、柏木様!? 相手は国家予算並みの資金力と、私兵を持つ組織ですよ!?」
「関係ない。俺たちが売るのは、人を殺す兵器じゃない。人の生活を豊かにする技術だ。それを邪魔するなら、相手が誰であろうと引くつもりはない」
私はニヤリと笑った。 不思議と恐怖はなかった。むしろ、腹の底から熱いものが込み上げてくる。 リストラされた時、私は何も言い返せずに逃げ出した。だが、今は違う。守るべき仲間がいる。城がある。そして、最強の「運」がある。
「一ノ瀬。サーペント社の株価と、財務状況を洗ってくれ。弱点の一つや二つ、あるはずだ」
「……ふふっ。承知いたしました。柏木様ならそう仰ると思いました」
一ノ瀬は楽しそうに眼鏡を直した。
「彼らは巨大ですが、その分、組織は硬直しています。私の分析(ロジック)と、貴方の豪運(ラック)があれば……巨大な蛇の急所を突くことも不可能ではありません」
その時、私のスマホが震えた。 六郷社長からだ。
『か、柏木社長! 大変だ! 工場のメイン電源が、突然落ちた! 予備電源も動かねぇ! このままじゃ、製造中のロットが全滅しちまう!』
――来たか。
「ベルンハルトさん。プロの護衛が必要だ。手を貸してくれますか?」
私が尋ねると、強面の護衛隊長は、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「……姫様の恩人の頼みとあらば。それに、私もあの『蛇』どもには個人的に借りがありましてね。害虫駆除なら任せていただきましょう」
私は立ち上がった。 さあ、戦争の時間だ。ビジネスという名の、仁義なき戦いの幕開けだ。
33
あなたにおすすめの小説
辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい
ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆
気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。
チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。
第一章 テンプレの異世界転生
第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!?
第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ!
第四章 魔族襲来!?王国を守れ
第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!?
第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~
第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~
第八章 クリフ一家と領地改革!?
第九章 魔国へ〜魔族大決戦!?
第十章 自分探しと家族サービス
失踪していた姉が財産目当てで戻ってきました。それなら私は家を出ます
天宮有
恋愛
水を聖水に変える魔法道具を、お父様は人々の為に作ろうとしていた。
それには水魔法に長けた私達姉妹の協力が必要なのに、無理だと考えた姉エイダは失踪してしまう。
私サフィラはお父様の夢が叶って欲しいと力になって、魔法道具は完成した。
それから数年後――お父様は亡くなり、私がウォルク家の領主に決まる。
家の繁栄を知ったエイダが婚約者を連れて戻り、家を乗っ取ろうとしていた。
お父様はこうなることを予想し、生前に手続きを済ませている。
私は全てを持ち出すことができて、家を出ることにしていた。
【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜
あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草
ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)
10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。
親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。
同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……──
※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました!
※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
聖女になんかなりたくない! 聖女認定される前に…私はバックれたいと思います。
アノマロカリス
恋愛
この作品の大半はコメディです。
侯爵家に生まれた双子のリアナとリアラ。
姉のリアナは光り輝く金髪と青い瞳を持つ少女。
一方、妹のリアラは不吉の象徴と言われた漆黒の髪に赤い瞳を持つ少女。
両親は姉のリアナを可愛がり、妹のリアラには両親だけではなく使用人すらもぞんざいに扱われていた。
ここまでは良くある話だが、問題はこの先…
果たして物語はどう進んで行くのでしょうか?
私が張っている結界など存在しないと言われたから、消えることにしました
天宮有
恋愛
子爵令嬢の私エルノアは、12歳になった時に国を守る結界を張る者として選ばれた。
結界を張って4年後のある日、婚約者となった第二王子ドスラが婚約破棄を言い渡してくる。
国を守る結界は存在してないと言い出したドスラ王子は、公爵令嬢と婚約したいようだ。
結界を張っているから魔法を扱うことができなかった私は、言われた通り結界を放棄する。
数日後――国は困っているようで、新たに結界を張ろうとするも成功していないらしい。
結界を放棄したことで本来の力を取り戻した私は、冒険者の少年ラーサーを助ける。
その後、私も冒険者になって街で生活しながら、国の末路を確認することにしていた。
ファンタジーは知らないけれど、何やら規格外みたいです 神から貰ったお詫びギフトは、無限に進化するチートスキルでした
渡琉兎
ファンタジー
『第3回次世代ファンタジーカップ』にて【優秀賞】を受賞!
2024/02/21(水)1巻発売!
2024/07/22(月)2巻発売!(コミカライズ企画進行中発表!)
2024/12/16(月)3巻発売!
2025/04/14(月)4巻発売!
応援してくださった皆様、誠にありがとうございます!!
刊行情報が出たことに合わせて02/01にて改題しました!
旧題『ファンタジーを知らないおじさんの異世界スローライフ ~見た目は子供で中身は三十路のギルド専属鑑定士は、何やら規格外みたいです~』
=====
車に轢かれて死んでしまった佐鳥冬夜は、自分の死が女神の手違いだと知り涙する。
そんな女神からの提案で異世界へ転生することになったのだが、冬夜はファンタジー世界について全く知識を持たないおじさんだった。
女神から与えられるスキルも遠慮して鑑定スキルの上位ではなく、下位の鑑定眼を選択してしまう始末。
それでも冬夜は与えられた二度目の人生を、自分なりに生きていこうと転生先の世界――スフィアイズで自由を謳歌する。
※05/12(金)21:00更新時にHOTランキング1位達成!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる