リストラされた42歳、確率の向こう側へ。~なぜか俺の選択肢がすべて正解になる件~

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第17章 自白と缶コーヒー、そして反撃の狼煙(のろし)

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夜明け前の『オリオン・テクノロジー』事務室。  再稼働した工場の低い唸り音が響く中、パイプ椅子に縛り付けられた実行犯の男――名をジャックというらしい――は、ガタガタと震えていた。

「……ひ、ひぃ。頼む、殺さないでくれ……俺はただのフリーランスだ……」

 彼の目の前には、私とベルンハルト氏、そして一ノ瀬玲奈が立っている。  私は工場の自販機で買った温かい缶コーヒーを開け、彼の前に差し出した。

「まあ、落ち着けよ。寒いだろう? 飲みな」

「ッ!? (こ、これは……『最後の晩餐』か!? それとも毒入りか!?)」

 ジャックは恐怖に引きつった顔で私を見上げた。  私がただ親切心で差し出した微糖コーヒーが、彼には死刑執行の合図に見えているらしい。ベルンハルト氏が後ろでナイフを弄びながら「爪を剥ぐのと、熱した油を注ぐのと、どちらがお好みですか?」なんて冗談(だと思いたい)を言っているせいもあるだろう。

「……毒なんて入ってないよ。ほら」

 私が一口飲んでみせると、ジャックは恐る恐るコーヒーを啜った。温かさが染みたのか、少しだけ震えが止まる。

「さて、単刀直入に聞こう。サーペント社は次に何をしてくる?」

 私が静かに問うと、ジャックは観念したように口を開いた。

「……今回の破壊工作は、ほんの挨拶だ。『オペレーション・ヨルムンガンド』。奴らは本気だ」 「ヨルムンガンド? 北欧神話の世界蛇か」 「ああ。明日の朝九時、東京市場が開くと同時に、サーペント社傘下のヘッジファンドが、オリオン社の親会社……つまりあんたの資産管理会社に対して、大規模な空売りを仕掛ける手はずだ」

 一ノ瀬が息を呑んだ。 「空売り……! 破壊工作で『生産ライン停止』のニュースを流し、パニック売りを誘発させたところで、さらに売り浴びせて株価を暴落させる気ね」

「それだけじゃねえ。同時に、あることないこと書かれたネガティブキャンペーンが世界中のメディアにばら撒かれる。『オリオン社の技術は盗用だ』『環境汚染物質を使っている』……嘘でもいい、株価を紙屑にできればな」

 徹底している。物理攻撃で実態を損なわせ、情報戦で信用を毀損し、金融攻撃で息の根を止める。これが世界企業のやり方か。

「……そして、株価が底を打ったところで、サーペント社が救済合併(ホワイトナイト)を装ってTOB(株式公開買い付け)をかける。二束三文で技術を奪う算段だ」

 ジャックは全てを吐き出した。「だから助けてくれ」と懇願する彼を、ベルンハルト氏が警察(堂島さん経由の公安関係者)に引き渡した。

 事務室に重い沈黙が降りた。

「……まずいですね。柏木様の資産は数百億規模になりましたが、相手は兆の単位を動かすコングロマリットです。正面からのマネーゲームでは、資金量(ボリューム)で押し潰されます」

 一ノ瀬が悔しそうに拳を握る。彼女のロジックでは「勝率ほぼゼロ」の戦いだ。

「カシワギ様……」  エレナが泣きそうな顔で私を見ている。 「逃げてください。今ならまだ、資産を保護して身を隠すことができます。私の国へ……」

「逃げる? なんでだい?」

 私はキョトンとして聞き返した。  二人は驚いた顔をしている。

「だって、これから株価が暴落するんですよ!? 資産がなくなってしまいます!」 「金なんて、また稼げばいい。それより、売られた喧嘩を買わずに逃げる方が、寝覚めが悪い」

 私はスマホを取り出し、堂島さんにテレビ電話をかけた。  数コールで、豪快な笑い声と共に画面がつながった。

『ガハハ! 柏木! 聞いたぞ、工場を守り切ったらしいな! 犯人も捕まえたとか?』 「ええ。ですが、本番は明日の朝からです。堂島さん、少し……いや、かなり大きな賭けになりますが、乗りますか?」

『ほう? 世界のサーペント相手にか? ……面白え。俺の隠し資産、五百億までなら即金で動かせるぞ。使いな』

 話が早すぎる。この人も大概おかしい。

「ありがとうございます。一ノ瀬、サーペント社のグループ企業リストを出してくれ」

 一ノ瀬が慌ててタブレットを操作し、膨大なリストを表示させた。  軍需、エネルギー、海運、鉱山開発……世界中に数百の子会社がある。

「この中から、奴らの『急所』を探すんですか? 時間がありません、分析には数週間かかります!」 「いや、一秒でいい」

 私は画面をスクロールさせた。文字の羅列が流れていく。  その中で、ふと、ある社名が目に留まった瞬間に、指が勝手に止まった。

『エルドラド・レアアース・マイニング』。  南米にある、レアアース採掘会社だ。サーペント社の収益の柱の一つであり、優良企業として知られている。

「ここだ」 「は? その会社は……業績も安定していますし、リスク要因は見当たりませんが」 「いや、ここが臭う。……なんとなく、嫌な予感がするんだ。泥のような」

 根拠はない。だが、私の背筋に走る悪寒が、ここは「地雷原」だと告げていた。

「一ノ瀬。堂島さんから借りる五百億、そして俺の全資産。これを担保に、この『エルドラド社』に対して、全力で『空売り』を仕掛けてくれ」

「なっ……!? 正気ですか!?」  一ノ瀬が絶叫した。 「優良企業の株を空売りするなんて、自殺行為です! もし株価が上がれば、青天井で損失が膨らみます! 破産どころか、一生かかっても返せない借金を背負うんですよ!?」

「構わない。……俺の選択肢は、いつだって正解なんだろう?」

 私はニヤリと笑った。  一ノ瀬は私の目を見つめ、数秒間硬直した後、狂気じみた笑みを浮かべて眼鏡を押し上げた。

「……わかりました。もう、毒を食らわば皿までです。貴方という『特異点』に、私のキャリアと人生、すべてベット(賭け)します」

「ベルンハルトさん、エレナさん。明日は忙しくなりますよ。勝利の祝杯の準備をしておいてください」

 窓の外、東の空が白み始めていた。  決戦の朝が来る。

          *

 午前九時。東京株式市場、オープン。

 開始の鐘と同時に、市場はパニックに陥った。  『オリオン・テクノロジー、技術盗用疑惑』『環境基準違反の疑いで査察へ』  真偽不明のニュースがネットを駆け巡り、サーペント系ファンドによる強烈な売り浴びせが始まった。

 オリオン社の親会社の株価は、垂直落下するように急落していく。

「売り注文、止まりません! 資産価値、開始十分で二十パーセント消失!」  ペントハウスに設置した即席のディーリングルームで、一ノ瀬が悲鳴のような声を上げる。

「構うな。俺たちの注文は?」 「とっくに通しています! ロンドン市場の時間外取引を使って、エルドラド社への空売りポジション、限界まで積み上げました! もう後戻りできません!」

 画面上のグラフは、私の破産へのカウントダウンを示していた。  だが、私は悠然とコーヒーを飲んでいた。

 午前九時十五分。  その時だった。

 ロイター通信、ブルームバーグ、CNN。  世界中の主要メディアが、一斉に『速報(BREAKING NEWS)』を打った。

『南米エルドラド鉱山にて、大規模な崩落事故発生』 『違法な採掘による地盤沈下か。周辺の村が土砂に埋没』 『内部告発! サーペント社、数年にわたり環境破壊データを隠蔽していた事実が発覚』

 ――来た。

 一ノ瀬の手が止まる。  画面上の、別のグラフ――エルドラド社の株価が、崖から飛び降りるように暴落を始めた。  それだけではない。隠蔽工作の主体としてサーペント本社の名前が出たことで、親会社であるサーペント・ダイナミクスの株価も連鎖的に崩れ落ちていく。

「エ、エルドラド社、ストップ安……! サーペント本社も暴落! 売りが売りを呼んでいます!」

 市場の関心は、日本の小さな町工場の疑惑など吹き飛び、世界的大企業の巨大スキャンダルへと一気に移った。

「サーペント系ファンド、資金繰りがショートしました! オリオン社への売り攻撃、停止! ……い、いえ、買い戻しが入っています! 奴ら、損切りして逃げようとしています!」

 オリオン社の株価が、V字回復どころか、龍が昇るように急騰を始めた。  一方で、私が空売りしていたエルドラド社の株は紙屑同然に。  つまり、私は「暴落した株を安く買い戻して返す」ことで、莫大な利益(差額)を得ることになる。

「……ざっと計算して、利益は?」

 一ノ瀬は震える手で電卓を叩き、信じられない数字を弾き出した。

「……は、八百億円……。堂島様への返済と利子を引いても、五百億以上の純利益です……」

 五百億。  たった数十分で、資産が倍増した。

「……へえ。悪くない」

 私はコーヒーを飲み干し、空になった缶をゴミ箱に投げ入れた。  カラン、と乾いた音が、勝利の鐘のように響いた。

「言っただろう? 奴らの足元は泥だらけだってな」

 一ノ瀬はへなへなと椅子に座り込み、天井を見上げた。 「……ロジックの敗北です。でも、最高の気分です」

 こうして、世界企業サーペント・ダイナミクスによる乗っ取り劇は、彼ら自身の致命的な自爆と、一人の日本人の豪運によって、幕を閉じた。  だが、これはまだ、彼らとの因縁の始まりに過ぎなかった。
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