リストラされた42歳、確率の向こう側へ。~なぜか俺の選択肢がすべて正解になる件~

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第28章 「映画の墓場」の狂犬と、呪われた脚本

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皇(すめらぎ)興業との手打ちから数日後。  『K・プロモーション』のオフィスは、一転して戦場のような忙しさに包まれていた。  皇会長の「NG解除」の鶴の一声により、保留されていたオファーが雪崩のように押し寄せてきたのだ。

「CM契約5件、連ドラの主演オファー2件、雑誌の表紙……。電話が鳴り止みません」

 一ノ瀬玲奈が嬉しい悲鳴を上げながら、スケジュールを調整している。  だが、如月カレンはそれらのオファーリストを横目に、少し不安そうな顔をしていた。

「……オーナー。本当に、やるんですか? 自主制作映画」 「もちろんだ。言っただろう? 俺たちが『発注側』になるって」

 私はオフィスのソファで、分厚いファイルをめくっていた。それは一ノ瀬が集めた「映画監督候補」のリストだ。  だが、どれもピンとこない。ヒットメーカーと呼ばれる監督たちは、手堅いが面白みに欠ける。カレンの「復活」と「覚醒」を印象づけるには、もっと爆発力のある劇薬が必要だ。

「……一ノ瀬。このリスト、全員ボツだ」 「えっ? 国内のトップ層ばかりですよ?」 「優等生すぎる。もっとこう……常識をぶっ壊してくれるような、飢えた狼みたいな奴はいないのか?」

 私が無茶振りをすると、一ノ瀬は困ったように眉を下げ、タブレットの奥底にある「ブラックリスト」フォルダを開いた。

「……一人だけ、います。いますが……お勧めしません」 「誰だ?」 「我妻 譲(あがつま じょう)。かつて『映像の革命児』と呼ばれ、カンヌ国際映画祭で新人賞を獲った天才です。しかし、妥協を許さない性格が災いして制作費を3倍に膨れ上がらせ、プロデューサーを殴って業界を追放されました。現在は行方不明……通称『映画界の狂犬』です」

 狂犬。いい響きだ。  オリオン社の六郷社長や、ミナちゃんと同じ匂いがする。「才能があるのに、世渡りが下手ではじき出された人間」。

「その狂犬、どこにいるかわかるか?」 「……噂では、新宿ゴールデン街の場末のバーで、昼間から飲んだくれているとか」

「決まりだ。会いに行こう」

          *

 新宿ゴールデン街。  細い路地が入り組むその一角にある、看板も出ていない古びたバー『煉獄(れんごく)』。  重い扉を開けると、紫煙とカビの混じった匂いが鼻をついた。

 カウンターの隅に、その男はいた。  ボサボサの長髪に無精髭。ヨレヨレの黒いコート。死んだ魚のような目で、琥珀色の液体を揺らしている。我妻譲だ。

「……なんだ、あんたら。ここは観光地じゃねえぞ」

 私とカレンが入っていくと、我妻はギロリとこちらを睨んだ。その眼光は鋭く、まさに狂犬のそれだった。

「我妻監督ですね。仕事の依頼に来ました」 「仕事ぉ? 俺はもう引退したんだ。帰れ」

 彼は手で追い払う仕草をした。  カレンが私の後ろで怯えている。無理もない。この男からは、世界に対する呪詛のようなオーラが立ち上っている。

「単刀直入に言います。予算は五十億。主演は如月カレン。内容は自由。……一本、撮りませんか?」

 私が条件を提示すると、我妻の手が止まった。  彼はゆっくりと顔を上げ、私を値踏みするように見た。そして、鼻で笑った。

「五十億だァ? ……おいおい、成金のお遊びかよ。如月カレン? ああ、あのお人形さん女優か。ケッ、どうせ『アイドル映画』を撮ってくれって話だろ? 可愛い顔をアップで映して、涙を流させりゃ客が入るってな」

 彼はグラスをドンと置いた。

「舐めんじゃねえ。俺が撮りたいのは、人間の臓腑(はらわた)を抉り出すような『映画』だ。お遊戯会のビデオ係をやるつもりはねえ!」

 拒絶。予想通りだ。  一ノ瀬が「やはり無理ですね、帰りましょう」と目配せしてくる。

 だが、私の直感が反応していた。  彼の足元。乱雑に積まれた雑誌や古新聞の下に、一冊の分厚いノートが埋もれているのが見えた。表紙はボロボロで、コーヒーの染みがついている。

「……一ノ瀬。ちょっとその辺で躓(つまず)いてくれないか」 「はい? 何を……」

 私が小声で指示する前に、私の足が勝手に動いた。  狭い店内で、私が何かに足を引っかけた――フリをして、足元の古新聞の山を盛大に崩した。

 ドサドサドサッ!

「うわっ、何しやがる!」 「おっと、失礼」

 崩れた山の中から、あの一冊のノートが滑り出て、私の足元に止まった。  開かれたページには、びっしりと書き込まれた文字と、鬼気迫る絵コンテ。  タイトルらしき文字は、乱暴に二重線で消されていた。

 『蒼きジャンヌ・ダルク(仮)』

 私はそれを拾い上げた。  パラパラとめくる。  ……凄い。素人の私が見てもわかる。このコンテからは、音が、熱が、叫びが聞こえてくるようだ。

「おい! 返せ! それは……!」  我妻が血相を変えて奪い取ろうとする。

「……これだ」  私はノートを掲げた。

「これを撮りましょう。この『ボツにされた企画』を」

 我妻が凍りついた。

「……てめぇ、どこでそれを……。それは、俺が十年前に書いた……どこの会社にも『暗すぎる』『売れない』って突き返された、呪われた脚本だ。俺のキャリアを終わらせた元凶なんだよ!」

「呪われた脚本、か。いいじゃないですか」

 私はカレンを手招きした。  彼女はおっかなびっくり近づき、私の手にあるノートを覗き込んだ。  その瞬間、彼女の表情が変わった。

「……これ」  カレンが震える指で、ヒロインの独白(モノローグ)をなぞる。

『私は誰にも従わない。神にさえも。私の魂は、私が決める』

「……私だ」  カレンが呟いた。「これ、今の私そのものです……」

 彼女は顔を上げ、我妻を真っ直ぐに見た。

「監督。私に、これを演らせてください。お人形さんなんて言わせません。私、この役のためなら、髪を切っても、泥だらけになっても構いません!」

 女優の魂が共鳴した瞬間だった。  我妻は、カレンの瞳に宿る本気の光を見て、言葉を失った。

「……本気か? 五十億だぞ? 全額ドブに捨てることになるかもしれんぞ?」 「構いません。俺は運がいい。ドブの中からでも、ダイヤを拾い上げることができる」

 私はニヤリと笑った。

「どうです? 貴方の『呪い』、俺の『豪運』で解いてみせましょう」

 我妻はしばらく沈黙し、やがて震える手でタバコに火をつけた。  紫煙を深く吐き出し、歪んだ笑みを浮かべる。

「……クックック。面白え。狂ってるな、あんたも、この嬢ちゃんも」

 彼はノートをひったくった。

「いいだろう。地獄を見せてやるよ。スタッフもキャストも、俺が選ぶ。口出しは一切無用だ。……その代わり、世界中が腰を抜かすような『怪物』を生んでやる」

「契約成立ですね」

 一ノ瀬がすかさず契約書を取り出す。仕事が早すぎる。

 こうして、私たちは「映画界の狂犬」を解き放った。  タイトルは『蒼きジャンヌ・ダルク』改め――『リベリオン・ガール』。  これは、一人の少女が世界に反逆し、自由を勝ち取る物語。  まさに、如月カレン自身のドキュメンタリーとも言える作品になるはずだ。

 だが、撮影初日から、私の予想(と予算)を遥かに超えるトラブルが待ち受けていることを、この時の私はまだ知らなかった。  狂犬は、やはり狂犬だったのだ。
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