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第1章 蜜の罠
3.告白(1)
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数日後。
佐々木甚介が本丸を後にし、夕暮れの道を自邸へ向かう道すがら、御殿医と行き合った。
「先生、こんな時刻に……。いかがなされましたか?」
「ああ、佐々木殿か。少々、体に合わぬ薬湯を飲んだゆえ……。医術は仁術などというのは戯言、もうどうでも良いわ……」
医師からは酒のにおいがした。
その目は暗く、その言葉の後半は相手に聞かせるというよりも、独り言のようなつぶやきだった。
佐々木は不安を覚え、言葉をかけた。
「──よろしければ、今宵は拙宅へ。共に酒を酌み交わしましょう」
元和偃武と言われる泰平の世の始まりを迎えたとはいえ、この頃はまだ戦国の名残りが強く、山坂城は守りの固い山城だった。
馬廻──主君の護衛を務める精鋭の騎馬武者のひとり、佐々木の拝領屋敷は、山の中腹、城の外郭と二の丸の間にあった。
医師と佐々木は奥座敷で静かに夕餉を摂り、酒を傾けた。
二人は親子ほど年が離れているが、秘密を共有する中で、互いの胸に同じ苦悩を秘めていることを見抜いていた。
医師が盃を片手に、口を開いた。
「佐々木殿、わしは医者だ。人の命を救うのが、わしの役目であったはずだ」
「ええ、よく存じております。先生は長年、この山坂藩に仕え、その尊い使命をまっとうされてきた。誰もが知るところにございます」
「尊い使命、か……」
医師は自嘲を浮かべた。
「わしはあの日、あの者の最期を看取れなんだ。あの、実千代殿のな」
その言葉に、佐々木の頬がこわばる。
あの日の壮絶な情景は、悪夢として今も胸に貼り付いていた。
「わしは検分書を書いた。事故死として……」
医師の唇は、嫌悪に歪む。
「事故死だと? あの者は、人間が思いつき得る、もっともおぞましい方法で嬲り殺された。あれが事故死か?」
医師は怒りに震え、握りしめた拳で自らの大腿を強く打ち据えた。
「佐々木殿も御存知であろう。あの者は、殺されたのだ。長年の虐待で衰弱した身を賤民牢に投げ込まれ、囚人の群れに辱めの限りを受けて……」
そこで一息つくと、医師は口の中の苦いものを流し込むように、盃の中身を一気にあおる。
「だが、わしが知らなかったことがある。遺体から、針が出てきたのだ……二十三本の縫い針が」
佐々木は動揺し、酒をこぼした。
「針が、二十三本?」
「そうだ。性器周辺……陰茎、尿道、膀胱、前立腺、睾丸を貫いて残置していた」
医師は、その仕組みの残酷さを、かすれた声で説明した。
佐々木甚介が本丸を後にし、夕暮れの道を自邸へ向かう道すがら、御殿医と行き合った。
「先生、こんな時刻に……。いかがなされましたか?」
「ああ、佐々木殿か。少々、体に合わぬ薬湯を飲んだゆえ……。医術は仁術などというのは戯言、もうどうでも良いわ……」
医師からは酒のにおいがした。
その目は暗く、その言葉の後半は相手に聞かせるというよりも、独り言のようなつぶやきだった。
佐々木は不安を覚え、言葉をかけた。
「──よろしければ、今宵は拙宅へ。共に酒を酌み交わしましょう」
元和偃武と言われる泰平の世の始まりを迎えたとはいえ、この頃はまだ戦国の名残りが強く、山坂城は守りの固い山城だった。
馬廻──主君の護衛を務める精鋭の騎馬武者のひとり、佐々木の拝領屋敷は、山の中腹、城の外郭と二の丸の間にあった。
医師と佐々木は奥座敷で静かに夕餉を摂り、酒を傾けた。
二人は親子ほど年が離れているが、秘密を共有する中で、互いの胸に同じ苦悩を秘めていることを見抜いていた。
医師が盃を片手に、口を開いた。
「佐々木殿、わしは医者だ。人の命を救うのが、わしの役目であったはずだ」
「ええ、よく存じております。先生は長年、この山坂藩に仕え、その尊い使命をまっとうされてきた。誰もが知るところにございます」
「尊い使命、か……」
医師は自嘲を浮かべた。
「わしはあの日、あの者の最期を看取れなんだ。あの、実千代殿のな」
その言葉に、佐々木の頬がこわばる。
あの日の壮絶な情景は、悪夢として今も胸に貼り付いていた。
「わしは検分書を書いた。事故死として……」
医師の唇は、嫌悪に歪む。
「事故死だと? あの者は、人間が思いつき得る、もっともおぞましい方法で嬲り殺された。あれが事故死か?」
医師は怒りに震え、握りしめた拳で自らの大腿を強く打ち据えた。
「佐々木殿も御存知であろう。あの者は、殺されたのだ。長年の虐待で衰弱した身を賤民牢に投げ込まれ、囚人の群れに辱めの限りを受けて……」
そこで一息つくと、医師は口の中の苦いものを流し込むように、盃の中身を一気にあおる。
「だが、わしが知らなかったことがある。遺体から、針が出てきたのだ……二十三本の縫い針が」
佐々木は動揺し、酒をこぼした。
「針が、二十三本?」
「そうだ。性器周辺……陰茎、尿道、膀胱、前立腺、睾丸を貫いて残置していた」
医師は、その仕組みの残酷さを、かすれた声で説明した。
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