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第2章 調教
5.お渡りの夜(1)
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大名家の嫡男にとって、夜の営みは私事ではなく公の義務だった。
正室・千鶴の月の道や体調を御殿医が診察し、懐妊の可能性が高い日取りを見定める。
それをもとに、湯浅家から千鶴に付いてきた乳母や侍女らが、澄長側の近習衆と日程を調整し、お渡りの予定が組まれる。
澄長は好きなときに千鶴に会えるわけではない。
予定された夜の、予定された時刻に千鶴の寝所を訪ね、儀礼的な手順を踏み、襖一枚隔てて上級侍女らが息を潜め、聞き耳を立てる中、粛々と事をいたす。
それが跡継ぎをもうけるという義務の中身だった。
世嗣誕生の期待が高まる中、懐妊の可能性がもっとも高いとされる時期には、五夜連続でお渡りの予定が組まれることもあり、今宵はその初日であった。
夕闇が近付くにつれて、竹丸は明らかに落ち着きを失っていった。
思いつめるように一点を見つめ、澄長が声をかけると、はっと顔を上げ、ぎこちない笑みで取り繕う。
すがりつくような目で主の横顔を見つめていたかと思えば、目が合うと怯えたように視線をそらす。
そんな竹丸の様子を、澄長は、一途な少年のかわいらしい焼きもちと、優しく誤解した。
「竹丸」
澄長は呼び寄せると、竹丸の大腿の上に置かれた手に手を重ねた。
「私は嫡男だ。跡継ぎをもうけねばならぬ。これはお役目なのだ」
「……はい、若様」
竹丸は小さく頷いた。
その顔には、何を考えているのか気取られまいとする依怙地な表情が貼り付いている。
「私の心は、そなたのものだ」
澄長は竹丸を強く抱き寄せた。
竹丸は、されるがままに抱かれ、ただ震えるだけで、澄長の背に腕を回そうとはしなかった。
廊下に控えていた小姓が、声をかけた。
「若様、お時間にございます」
竹丸は慌てて澄長から離れる。
障子が開き、そこにいたのは、澄長より五、六歳年上の大小姓、弥三郎と清太郎であった。
澄長は部屋を出ると、二人の小姓に前後を挟まれ、廊下の奥へと進んで行く。
その背中を見送ると、竹丸は震える足で立ち上がった。
──今夜も、またあそこに行かねばならない。
本丸常御殿の中奥、小座敷。
お渡りのある夜は、決まって藤田に呼び出された。
虎長の座敷に入ると、竹丸はいつも平伏すように深々と頭を垂れた。
儀式めいた服従だった。
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それをもとに、湯浅家から千鶴に付いてきた乳母や侍女らが、澄長側の近習衆と日程を調整し、お渡りの予定が組まれる。
澄長は好きなときに千鶴に会えるわけではない。
予定された夜の、予定された時刻に千鶴の寝所を訪ね、儀礼的な手順を踏み、襖一枚隔てて上級侍女らが息を潜め、聞き耳を立てる中、粛々と事をいたす。
それが跡継ぎをもうけるという義務の中身だった。
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夕闇が近付くにつれて、竹丸は明らかに落ち着きを失っていった。
思いつめるように一点を見つめ、澄長が声をかけると、はっと顔を上げ、ぎこちない笑みで取り繕う。
すがりつくような目で主の横顔を見つめていたかと思えば、目が合うと怯えたように視線をそらす。
そんな竹丸の様子を、澄長は、一途な少年のかわいらしい焼きもちと、優しく誤解した。
「竹丸」
澄長は呼び寄せると、竹丸の大腿の上に置かれた手に手を重ねた。
「私は嫡男だ。跡継ぎをもうけねばならぬ。これはお役目なのだ」
「……はい、若様」
竹丸は小さく頷いた。
その顔には、何を考えているのか気取られまいとする依怙地な表情が貼り付いている。
「私の心は、そなたのものだ」
澄長は竹丸を強く抱き寄せた。
竹丸は、されるがままに抱かれ、ただ震えるだけで、澄長の背に腕を回そうとはしなかった。
廊下に控えていた小姓が、声をかけた。
「若様、お時間にございます」
竹丸は慌てて澄長から離れる。
障子が開き、そこにいたのは、澄長より五、六歳年上の大小姓、弥三郎と清太郎であった。
澄長は部屋を出ると、二人の小姓に前後を挟まれ、廊下の奥へと進んで行く。
その背中を見送ると、竹丸は震える足で立ち上がった。
──今夜も、またあそこに行かねばならない。
本丸常御殿の中奥、小座敷。
お渡りのある夜は、決まって藤田に呼び出された。
虎長の座敷に入ると、竹丸はいつも平伏すように深々と頭を垂れた。
儀式めいた服従だった。
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