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第4章 散り椿
4.懺悔と決意(2)
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「竹丸殿をお救いする手立てが、ひとつだけ残されているやもしれませぬ」
「申してみよ」
「竹丸殿の母方の祖母は、宿老、四方田家の出でございます。名を於松殿といい、四方田家の先々代が女中に生ませた娘にございます」
「四方田内蔵助の一族の者か」
澄長は身を乗り出した。
「はい。縁は薄いとはいえ、竹丸殿には重臣の血が流れております。四方田家が動けば、あるいは……」
澄長は、一縷の望みが見えた気がした。
だが、佐々木は言葉を切り、澄長の目を真っ直ぐに見据えた。
「しかし、若様。事を構える前に、覚悟を決めていただかねばなりませぬ。若様は、実千代殿の最期を、どこまでご存知でいらっしゃいますか?」
不意に投げられた問いに、澄長は眉をひそめる。
「実千代は、獄死したと聞いておる。父に飽きられたか、不興を買うかしたのだろう。おそらく、牢屋のひどい環境で病でも患い……」
「やはり……御存知なかったのですか……」
佐々木の顔に、深い悲しみが広がった。
「違うと申すか?」
「違いまする。病死などではございませぬ。拷問の末の嬲り殺しでございます」
「なっ……」
澄長は息を呑んだ。
佐々木は、己が見たこと、医師から聞いた真実を、すべて語った。
実千代は、賤民牢に投げ込まれ、囚人たちから凌辱の限りを受けたこと。
殴る蹴る、壁に叩きつけるなどの暴力と、素肌を蝋燭の火で炙られるなど、筆舌に尽くしがたい責め苦。
そして、その遺体から、二十三本もの縫い針が発見されたこと。
「針、だと……?」
澄長の顔から血の気が引いた。
「はい。殿は、実千代殿の性器の内側に針を仕込み、肉体が内側から傷つけられ、生きているだけで絶え間のない激痛が続く拷問を楽しんでおられたのです。そして今、竹丸殿にも同じ……いや、それ以上の地獄を用意しておられます」
話を聞き終えた時、澄長の顔からは、迷いは消え失せていた。
──父上は、もはや人の心を持たぬ鬼畜となり果てたか。
そこにあるのは、親子の情といった甘い幻想を断ち切った後の、燃えるような殺気だった。
「佐々木。礼を言う。そなたのおかげで目が覚めた」
澄長は立ち上がり、扇子を強く握りしめた。
「これは、戦だ」
その声は低く、しかし、聞く者の腹に響く凄みがあった。
「敵は、本丸にあり」
弥三郎と清太郎が、顔を緊張に引き締める。
澄長は彼らに目配せをし、佐々木のそばへと歩み寄った。
そして四人は膝と膝が触れ合うほど小さな輪になり、澄長は佐々木の耳元に口を寄せ、低い声で囁いた。
「よいか、この二の丸とて安全ではない。父の息のかかった者がどこに潜んでいるか知れぬ。壁に耳あり、だ」
佐々木は小さく頷いた。
澄長は身を起こし、毅然と言い放った。
「これより、四方田邸へ向かう。弥三郎と清太郎は竹丸を……留守を任せる。佐々木、そなたは案内せよ」
「はっ!」
三人の男たちの返事が重なった。
夜の闇の中、若き獅子が初めて牙を剥いた瞬間だった。
「申してみよ」
「竹丸殿の母方の祖母は、宿老、四方田家の出でございます。名を於松殿といい、四方田家の先々代が女中に生ませた娘にございます」
「四方田内蔵助の一族の者か」
澄長は身を乗り出した。
「はい。縁は薄いとはいえ、竹丸殿には重臣の血が流れております。四方田家が動けば、あるいは……」
澄長は、一縷の望みが見えた気がした。
だが、佐々木は言葉を切り、澄長の目を真っ直ぐに見据えた。
「しかし、若様。事を構える前に、覚悟を決めていただかねばなりませぬ。若様は、実千代殿の最期を、どこまでご存知でいらっしゃいますか?」
不意に投げられた問いに、澄長は眉をひそめる。
「実千代は、獄死したと聞いておる。父に飽きられたか、不興を買うかしたのだろう。おそらく、牢屋のひどい環境で病でも患い……」
「やはり……御存知なかったのですか……」
佐々木の顔に、深い悲しみが広がった。
「違うと申すか?」
「違いまする。病死などではございませぬ。拷問の末の嬲り殺しでございます」
「なっ……」
澄長は息を呑んだ。
佐々木は、己が見たこと、医師から聞いた真実を、すべて語った。
実千代は、賤民牢に投げ込まれ、囚人たちから凌辱の限りを受けたこと。
殴る蹴る、壁に叩きつけるなどの暴力と、素肌を蝋燭の火で炙られるなど、筆舌に尽くしがたい責め苦。
そして、その遺体から、二十三本もの縫い針が発見されたこと。
「針、だと……?」
澄長の顔から血の気が引いた。
「はい。殿は、実千代殿の性器の内側に針を仕込み、肉体が内側から傷つけられ、生きているだけで絶え間のない激痛が続く拷問を楽しんでおられたのです。そして今、竹丸殿にも同じ……いや、それ以上の地獄を用意しておられます」
話を聞き終えた時、澄長の顔からは、迷いは消え失せていた。
──父上は、もはや人の心を持たぬ鬼畜となり果てたか。
そこにあるのは、親子の情といった甘い幻想を断ち切った後の、燃えるような殺気だった。
「佐々木。礼を言う。そなたのおかげで目が覚めた」
澄長は立ち上がり、扇子を強く握りしめた。
「これは、戦だ」
その声は低く、しかし、聞く者の腹に響く凄みがあった。
「敵は、本丸にあり」
弥三郎と清太郎が、顔を緊張に引き締める。
澄長は彼らに目配せをし、佐々木のそばへと歩み寄った。
そして四人は膝と膝が触れ合うほど小さな輪になり、澄長は佐々木の耳元に口を寄せ、低い声で囁いた。
「よいか、この二の丸とて安全ではない。父の息のかかった者がどこに潜んでいるか知れぬ。壁に耳あり、だ」
佐々木は小さく頷いた。
澄長は身を起こし、毅然と言い放った。
「これより、四方田邸へ向かう。弥三郎と清太郎は竹丸を……留守を任せる。佐々木、そなたは案内せよ」
「はっ!」
三人の男たちの返事が重なった。
夜の闇の中、若き獅子が初めて牙を剥いた瞬間だった。
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