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第4章 散り椿
5.密約(1)
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四方田家の屋敷の奥座敷には、張り詰めた空気が漂っていた。
上座では、着流しの小袖に羽織を着た四方田内蔵助と、嫡男の小十郎が、神妙に頭を下げている。
下座には、佐々木甚介を従えた澄長が座していた。
本来なら、主君の嫡男である澄長が上座に着くべきだが、あくまで「お忍び」での来訪という体裁と、協力を請う立場であるという澄長の強い意志により、この席次となった。
「内蔵助、夜分にすまぬ」
澄長が重い口を開いた。
「若様、勿体なきお言葉。して、かように急なご来訪、いかなる儀でございましょうか?」
内蔵助は顔を上げた。
老獪な彼は、澄長の背後に控える佐々木の緊迫した面持ちを見て、すでに事の重大さを察しているようだった。
「織部竹丸のことだ」
澄長は畳に両手をつくと、深く頭を下げた。
「私が守ってやれなかった。四方田家の大切な縁者である竹丸を、あような目に遭わせてしまった。主として、また人として、合わせる顔がない」
内蔵助と小十郎は、一瞬、目線を交わした。
彼らにとって竹丸は、先々代が女中に生ませた娘の孫に過ぎない。
大切な縁者どころか、家の恥部として、路傍の石ころ同然に切り捨てた存在だ。
だが、次期藩主である澄長がここまで寵愛し、四方田家の大切な縁者として扱っている以上、彼らもその建て前に合わせざるを得なくなった。
「若様、頭をお上げください。滅相もござりませぬ」
内蔵助は沈痛な面持ちを作った。
「遠縁とはいえ、竹丸は当家の血を引く者。陰ながら見守っておりました。その身に何かが起きたとあらば、我らとしても心痛に堪えませぬ」
「左様でございます。あの無垢な若者が、城内で難儀しているとあれば、親族として看過できませぬ」
小十郎もまた、殊勝な顔で追随する。
その言葉の裏にある冷徹な計算を知ってか知らずか、澄長は顔を上げ、悲壮な決意を目に宿して言った。
「竹丸は……手籠めにされた。私の父、虎長の手によって」
澄長の合図を受け、佐々木が先を引き継いだ。
不慮の事故として処理された実千代の遺体から、無数の針が出てきたこと。
そして今、竹丸が辱めを受け、心身共に破壊されつつある現状を、噛んで含めるように語った。
話が進むにつれ、四方田父子の表情から「演技」が消えた。
眉間の皺は深くなり、顔色は青ざめる。
「……針、でございますか」
内蔵助の声が震える。
「しつけや折檻の範疇を超えております。それは、正気の沙汰では……」
小十郎も言葉を失っていた。
藩主が好色であるのは知っていたが、これほどの加虐趣味、狂気を孕んだ嗜好の持ち主だとは想像もしていなかったのだ。
「内蔵助」
澄長は、宿老の目を射抜くように見据えた。
「藩主たる者、徳をもって藩を統べ、家臣を労るのが使命。己が快楽のために家臣の子弟である小姓を玩具として弄び、嬲り殺すなど、言語道断である」
座敷の空気が張り詰めた。
澄長の次の言葉が、決定的な一線を超えると誰もが予感したからだ。
上座では、着流しの小袖に羽織を着た四方田内蔵助と、嫡男の小十郎が、神妙に頭を下げている。
下座には、佐々木甚介を従えた澄長が座していた。
本来なら、主君の嫡男である澄長が上座に着くべきだが、あくまで「お忍び」での来訪という体裁と、協力を請う立場であるという澄長の強い意志により、この席次となった。
「内蔵助、夜分にすまぬ」
澄長が重い口を開いた。
「若様、勿体なきお言葉。して、かように急なご来訪、いかなる儀でございましょうか?」
内蔵助は顔を上げた。
老獪な彼は、澄長の背後に控える佐々木の緊迫した面持ちを見て、すでに事の重大さを察しているようだった。
「織部竹丸のことだ」
澄長は畳に両手をつくと、深く頭を下げた。
「私が守ってやれなかった。四方田家の大切な縁者である竹丸を、あような目に遭わせてしまった。主として、また人として、合わせる顔がない」
内蔵助と小十郎は、一瞬、目線を交わした。
彼らにとって竹丸は、先々代が女中に生ませた娘の孫に過ぎない。
大切な縁者どころか、家の恥部として、路傍の石ころ同然に切り捨てた存在だ。
だが、次期藩主である澄長がここまで寵愛し、四方田家の大切な縁者として扱っている以上、彼らもその建て前に合わせざるを得なくなった。
「若様、頭をお上げください。滅相もござりませぬ」
内蔵助は沈痛な面持ちを作った。
「遠縁とはいえ、竹丸は当家の血を引く者。陰ながら見守っておりました。その身に何かが起きたとあらば、我らとしても心痛に堪えませぬ」
「左様でございます。あの無垢な若者が、城内で難儀しているとあれば、親族として看過できませぬ」
小十郎もまた、殊勝な顔で追随する。
その言葉の裏にある冷徹な計算を知ってか知らずか、澄長は顔を上げ、悲壮な決意を目に宿して言った。
「竹丸は……手籠めにされた。私の父、虎長の手によって」
澄長の合図を受け、佐々木が先を引き継いだ。
不慮の事故として処理された実千代の遺体から、無数の針が出てきたこと。
そして今、竹丸が辱めを受け、心身共に破壊されつつある現状を、噛んで含めるように語った。
話が進むにつれ、四方田父子の表情から「演技」が消えた。
眉間の皺は深くなり、顔色は青ざめる。
「……針、でございますか」
内蔵助の声が震える。
「しつけや折檻の範疇を超えております。それは、正気の沙汰では……」
小十郎も言葉を失っていた。
藩主が好色であるのは知っていたが、これほどの加虐趣味、狂気を孕んだ嗜好の持ち主だとは想像もしていなかったのだ。
「内蔵助」
澄長は、宿老の目を射抜くように見据えた。
「藩主たる者、徳をもって藩を統べ、家臣を労るのが使命。己が快楽のために家臣の子弟である小姓を玩具として弄び、嬲り殺すなど、言語道断である」
座敷の空気が張り詰めた。
澄長の次の言葉が、決定的な一線を超えると誰もが予感したからだ。
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