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第6章 血戦
5.逆転(2)
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誰もが言葉を失う中、四方田内蔵助がゆっくりと佐々木たちの前に歩み寄った。
その目には、もはや迷いはなかった。
佐々木の顔を見てひとつうなずくと、くるりと背を向け、居並ぶ重臣たちを見まわした。
「御一同、ご覧になったか」
内蔵助の声が低く響く。
「これが、我らが主君の狂気の証である。かように病んだ心を抱える主に、山坂藩の明日を託せようか?」
「否!」
一人の重臣が叫んだ。
「断じて否!」
また一人が続く。
その声が半数を占めると、態度を決めかねていた者たちも、なだれ込むように多数派にまわった。
藤田が慌てて叫ぶ。
「騙されるな! これは自作自演だ! 若様がやったのだ!」
「黙れ、藤田!」
宮田が一歩前に出た。
「それがしも見た。地下牢にて、貴殿が竹丸殿に針を刺し、嬲り者にするのを。竹丸殿が泣き叫ぶ様を、殿が笑いながら見ていたことを。それでもまだ、しらを切るつもりか!」
その告発が決定打となった。
重臣たちの目は、軽蔑と敵意の色を帯びて、上段の虎長へと向けられた。
もはや、虎長を守ろうとする者は、藤田と山本、ごく一部の側近を除いて誰もいなかった。
虎長は、なおも薄ら笑いを浮かべていたが、そのこめかみには青筋が浮かんだ。
自らが作り上げた「針の檻」が、今、自分自身を閉じ込める檻となって牙をむいたことを、悟った瞬間であった。
「何をしておる、者ども!」
虎長は怒声を張り上げた。
「逆賊澄長と、その徒党を捕らえよ! 我が命を聞けぬか!」
藤田重政が立ち上がり、馬廻たちに向かって叱咤した。
「動け! これは殿の命ぞ! 主君の命に逆らうは、誇り高き馬廻の面汚しぞ!」
しかし、この広間にいる数十名の馬廻たちは、誰一人として動かなかった。
彼らの眼差しは、虎長でも、藤田でもなく、竹丸の無惨な姿に釘付けになっていた。
彼らは、戦場では血を流すことを厭わない猛者である。
だが、目の前にあるのは、戦における負傷者でもなければ、罪人への刑罰でもない。
藩主の、底なしの狂気が生んだ、無辜の者への異常な虐待の結果だった。
「面汚しだと?」
佐々木が、低い声で藤田に問いかけた。
「面汚しとは、罪なきお小姓を針でいたぶり、嬲り殺さんとする殿の行いを、知らぬふりで拱手傍観することではあるまいか?」
そう言うと、佐々木はゆっくりと太刀を抜いた。
その切っ先は、虎長ではなく、藤田に向けられた。
「殿は、もはや正気を失われた。義を失った主君に、忠誠を尽くす義務はない。我らが仕えるべきは、人の道を守らんとするお方である!」
佐々木の決意に呼応したかのように、一人の馬廻が太刀を抜いた。
ついで一人、さらに一人と続き、七人目が抜刀した直後、残りの馬廻たちも一斉に刀を抜き放った。
その金属音は、虎長の権威が砕け散る音でもあった。
「若様! 我ら、殿の御乱行をこれ以上見過ごすことはできませぬ!」
澄長を制圧するために彼を囲んだ馬廻たちは、今度は澄長を守るために背を向けると、刃を外側に向けた。
評定の場の空気は、もはや若き嫡男の側にあり、虎長は、瞬く間に四方を敵に囲まれた、孤独な老獅子と化したのである。
虎長は、愕然とした。
彼は己の絶対的な権力を疑ったことはなかった。
恐怖と権威で縛り上げたはずの家臣たちが、一人の小姓の惨状によって、続々と離反したのだ。
「裏切り者どもが! 藤田、山本、斬れ! 全員斬り殺せ!」
虎長の怒号も虚しく、藤田の周囲には、ごくわずかな者しか残されていなかった。
その目には、もはや迷いはなかった。
佐々木の顔を見てひとつうなずくと、くるりと背を向け、居並ぶ重臣たちを見まわした。
「御一同、ご覧になったか」
内蔵助の声が低く響く。
「これが、我らが主君の狂気の証である。かように病んだ心を抱える主に、山坂藩の明日を託せようか?」
「否!」
一人の重臣が叫んだ。
「断じて否!」
また一人が続く。
その声が半数を占めると、態度を決めかねていた者たちも、なだれ込むように多数派にまわった。
藤田が慌てて叫ぶ。
「騙されるな! これは自作自演だ! 若様がやったのだ!」
「黙れ、藤田!」
宮田が一歩前に出た。
「それがしも見た。地下牢にて、貴殿が竹丸殿に針を刺し、嬲り者にするのを。竹丸殿が泣き叫ぶ様を、殿が笑いながら見ていたことを。それでもまだ、しらを切るつもりか!」
その告発が決定打となった。
重臣たちの目は、軽蔑と敵意の色を帯びて、上段の虎長へと向けられた。
もはや、虎長を守ろうとする者は、藤田と山本、ごく一部の側近を除いて誰もいなかった。
虎長は、なおも薄ら笑いを浮かべていたが、そのこめかみには青筋が浮かんだ。
自らが作り上げた「針の檻」が、今、自分自身を閉じ込める檻となって牙をむいたことを、悟った瞬間であった。
「何をしておる、者ども!」
虎長は怒声を張り上げた。
「逆賊澄長と、その徒党を捕らえよ! 我が命を聞けぬか!」
藤田重政が立ち上がり、馬廻たちに向かって叱咤した。
「動け! これは殿の命ぞ! 主君の命に逆らうは、誇り高き馬廻の面汚しぞ!」
しかし、この広間にいる数十名の馬廻たちは、誰一人として動かなかった。
彼らの眼差しは、虎長でも、藤田でもなく、竹丸の無惨な姿に釘付けになっていた。
彼らは、戦場では血を流すことを厭わない猛者である。
だが、目の前にあるのは、戦における負傷者でもなければ、罪人への刑罰でもない。
藩主の、底なしの狂気が生んだ、無辜の者への異常な虐待の結果だった。
「面汚しだと?」
佐々木が、低い声で藤田に問いかけた。
「面汚しとは、罪なきお小姓を針でいたぶり、嬲り殺さんとする殿の行いを、知らぬふりで拱手傍観することではあるまいか?」
そう言うと、佐々木はゆっくりと太刀を抜いた。
その切っ先は、虎長ではなく、藤田に向けられた。
「殿は、もはや正気を失われた。義を失った主君に、忠誠を尽くす義務はない。我らが仕えるべきは、人の道を守らんとするお方である!」
佐々木の決意に呼応したかのように、一人の馬廻が太刀を抜いた。
ついで一人、さらに一人と続き、七人目が抜刀した直後、残りの馬廻たちも一斉に刀を抜き放った。
その金属音は、虎長の権威が砕け散る音でもあった。
「若様! 我ら、殿の御乱行をこれ以上見過ごすことはできませぬ!」
澄長を制圧するために彼を囲んだ馬廻たちは、今度は澄長を守るために背を向けると、刃を外側に向けた。
評定の場の空気は、もはや若き嫡男の側にあり、虎長は、瞬く間に四方を敵に囲まれた、孤独な老獅子と化したのである。
虎長は、愕然とした。
彼は己の絶対的な権力を疑ったことはなかった。
恐怖と権威で縛り上げたはずの家臣たちが、一人の小姓の惨状によって、続々と離反したのだ。
「裏切り者どもが! 藤田、山本、斬れ! 全員斬り殺せ!」
虎長の怒号も虚しく、藤田の周囲には、ごくわずかな者しか残されていなかった。
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