こんな三角関係だなんて聞いてません!

ゆなな

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5話

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 あつい、くるしい、いやだ、きもちよくなりたくない、こわい、でも。
 この仕事に何ヵ月掛けてきたか。それを今更全部白紙に戻すというのだ。
 千晶のせいで相馬の評価が下がるなんてあり得ない。
 色んな思いが千晶の中に渦巻く。千々に乱れて混乱している間にも御山の指はシャツのボタンを次々に開けていく。
「……っ」
 絶望に息を飲んだときだった。
「すいませんっ、御山さん、遅くなりました……っ」
 個室のドアの鍵がいつの間にか掛けられていたらしく、ガチャガチャと金属同士がぶつかり合う音の後、店内の雰囲気を裂くようにけたたましく開いた。
「そ……相馬さ……っ」
 シャツの首もとがはだけられ、御山にのし掛かられて、情けなくソファの端から半分落ちているし、御山の膝が千晶の脚の間に入り込んでいる。
 相馬が来たのでもう安心だという思いと、情けない姿を見られてしまった羞恥で千晶の鼻の奥がツンと痛くなるが辛うじて涙は耐えた。これで泣いてしまうなんてみっともないにも程がある。
「ちっ……」
 低い舌打ちは相馬のものなのか御山のものなのかわからなかった。
 相馬はあっという間に大股でソファの傍らにやって来た。相馬の姿を見て一瞬緩んだ御山の腕から、千晶を奪うように抱き上げた。
「あーぁ、セコムきちゃったかぁ。今日は上手く隠したと思ったのに。そんなに慌ててやってくるなんて、よっぽど大事なんだね。それにしても、場所までわかったとしても、よくこの個室入れてもらえたね」
 とんでもないシーンを見られたはずなのに、嗤いながら飄々と肩を竦める御山。
「ここのオーナーシェフ、高塚さんですよね? 高塚さんがフランスに出店する際、私が融資担当した縁がありますし、コンチネンタルグランドもうちがメインバンクなんで、このホテルの上層部で私の顔を知らない人はいないですから」
 相馬は千晶を下ろして後に隠すようにしながら言って更に続けた。
「あと大きなお声だったので聞こえたんですが、うちとのアドバイザー契約解除してトレジャックスとの業務提携の話を白紙に戻す、とか」
 相馬の顔は見えない。聞こえる声は普段の穏やかな声とは程遠く、皮膚がひりひりするほどに鋭い声だった。
「あれ? んなこと言ったっけぇ? わりぃ、わりぃ、お宅と今更契約解除なんて思ってないよぉ。あんまり千晶ちゃん強情だから、つい、ね」
 相馬の鋭い声に、悪びれもせず御山は笑う。
「そうですよね。ここまで煮詰めた案件を反故にするのルール違反もいいところですよね。うちに限らずどの銀行も御山さんのところと今後お付き合いしなくなるんじゃないですか? うちも御山さんの出方によっては融資全額即刻ストップさせていただきますが?」
 顔は見えないが、背中からも相馬の怒りが伝わってきて、守られているはずの千晶も足が竦んでしまうほどに。
「へぇ。帝都銀行は相馬くんにとってまだ『うち』なんだぁ。相馬くん、今出向中で帝都証券の社員じゃん。西園寺副頭取に楯突いて証券に出向になったって専ら噂だったけど、まだ本行の融資部に顔利くってこと?」 
 御山の目の色がほんの僅かに変わった。
「さぁ?どういう噂が出回ってるかわかりませんけど、出向は他の誰の意向でもなく、俺自身の意向なんですけどね。噂を鵜呑みにするなんて御山さんらしくもない。そもそも意向といえば、俺の意向が本店融資部でも通らなかったことなんて、今までないですよ? 俺が通せと言った稟議は今でも融資部で通るんで、俺がYNNへの新規事業への融資止めろっつったら即刻止まります。俺が下らない嘘は言わない性格なのは御山さんがよーくご存知ですよね」 
「ふぅん。ホント食えない男だよね。相馬君ってさぁ。俺が帝都銀行切ってでも千晶ちゃん欲しいって言ったら、あんたどうすんの?」
 御山がその瞳に挑戦的な彩を浮かべて相馬を見ると、相馬はあっという間に御山との距離を縮めてその胸ぐらを掴んだ。
「っせぇな。ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ。てめぇ今度千晶に触ってみろ。二度と東京で商売できると思うなよ」
 そう言うとまるで汚いものでも触ったかのように、ぱっと御山から手を離した。
 御山はすぅっと目を細めた。瞬間水を打ったかのように、部屋が静寂に包まれたのち、御山は腹を抱えて笑いだした。
「怖っ、相馬君、本気出したらホントに身ぐるみ全部剥がしにきそうだね。わかった、わかった。 千晶ちゃんみたいな優秀なオメガに自分の子、孕ませてみたかったけど、融資止められたらそれは本気で困っちゃうし今日は諦めるよ。ざーんねん」
 御山の露骨な言葉に千晶は反射的にびくりと躯を震わせた。相馬は眉をひそめて冷ややかに御山を見る。
「すみませんが、中原具合悪そうなので、今日は私たちはこれで失礼します」
 そう言って千晶を伴って部屋を後にした。

    
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