それはとても、甘い罠

ゆなな

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それは、とてもあまい罠

5話

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 地下1階にある店を出て、更にもうワンフロア下にあるというこのビルの駐車場に向かう途中。
『悪い大人は、怖い?』
リョウが悠に尋ねると。
やや間が空いて悠は首を横に振る。
『リョウさんは……悪い大人じゃないです』
 数時間前までぞっとするほど冷たかった躯を信じられないくらい、温めてもらった。出会ったばかりの人なのに、この温かさを本能が拒否できない。
 こんな風に誰かに抱かれるなど、悠の記憶の底をひっくり返しても出てこない。
とても、安らぐ……
『そう』
 リョウはうっそりと笑う。
 あんまり安心されるのも、どうかとは思うんだけど
 ちいさな呟き。
『え───?』
『なんでもないよ』
 答えると、いつの間にか鍵が開いたのか、目の前の美しく黒く輝く車のドアをリョウは開けて……
『あっ──────』
すこしシートを倒して悠をゆっくりと下ろすとき、
リョウの吐息が首筋を掠めると、可愛らしい声が車内に響いた。
 瞬く間に悠の肌が耳までさっとピンクに染まる。
『ごめんなさ…俺……肌が人より凄く薄いみたいで……皮膚が過敏というか………』
消え入りそうな声。
 リョウの美しいラインを描く眉がへぇ……と驚くように軽く上がる。
(間違い、なかったな────)
 とんでもなく、可愛いものを、拾ってしまった。
 どうしてくれようか。込み上げてくる笑いを何とか耐えて。
 シートベルトを掛けるときも躯にくるりと腕を回して、わざと脇腹の辺りに触れると、悠は声は我慢出来たものの躯がびくんと脈打った。
『ごめんね。くすぐったかったかな。』
 運転席から柔らかな髪に指を潜らせてくしゃりとしながら謝ると躯が感じて震えるのを両手でぎゅっと自分の躯を抱き締めることで耐えていた。
───ああ、やっぱりすごく、イイ────
 リョウの脊髄を今まで感じたことがないようなゾクゾクとした感覚が走り抜けた。
 凄いモノを拾ってしまった。
 若紫を見つけたとき、源氏の君もこんな風に高揚したのだろうか────
 完璧なまでの美しいラインを描くそのくちびるを舐めたその仕種は彼の顔立ちを裏切って下卑たものであって悪魔のようであったが、躯に渦巻くあまい衝撃をやり過ごすことに必死な悠は気かつかなかった。

******
 そして、その日濡れた制服の着替えを借りた悠は、着替えを返すという目的で、数日後再びDeep blueに訪れることとなった。
 その日から悠がDeep blueに引き込まれるまでの間、其処に訪れる目的をリョウは悠に与え続けた。
 繊細な悠が高校生活で負った傷を癒してやって、うんと甘やかした。一人で訪れる控え目な彼が、店で過ごしやすいように、彼の定位置を作って、それから来てくれて嬉しいと然り気無く、しかしたっぷりと言葉に、態度に混ぜ込んだ。

 そのリョウの思惑どおり、悠はDeep blueにただリョウと話すためだけに通うようになるまで、そう時間は要しなかった。店の比較的空いている月曜日と水曜日。それが悠がDeep blueを訪れる時間であった。
 リョウに教えてもらったとおりに振る舞ううちに、悠は孤高の生徒会長と呼ばれるまでになった。ふと気が付くと悠を苛めていた面々も学校から姿を消していた。
 それが誰の仕業であるかなどは、今も悠には知る由がない───
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