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悪魔と天使

2話

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エルの後ろを歩く男は不思議なほどに足音が聞こえない。
「質素な教会なもので、きちんとした懺悔室ではないのです」
 教室のような質素な雰囲気の礼拝堂にエルは男を入れ奥に進み、一つの扉を開けた。
 そこは想像するような懺悔室とは違い、小さな机を挟んで一脚ずつ向かい合わせに質素な木の椅子が置かれた部屋。
 部屋の壁に大きな十字架があった。それがなければ用途がよくわからない窓もない小さな部屋。 懺悔するものと、話を受け入れ祈りを捧げるものの間にある仕切りもない部屋で、エルは男に椅子に座るよう促した。
「仕切りがないとお話しづらいですか? 普段この部屋で私に話をするのは子供が多いので、目を見て話したく仕切らなかったのです」
「いえ、大丈夫です。早速お話してもよろしいでしょうか」
 男が椅子に座り、エルも向かい側に座った。
 小さな部屋に男と二人になると部屋には男の香りで溢れて、エルは落ち着かない気持ちになった。ジャコウのそれとも似た香りはエルの頭をくらくらと妖しく揺らす。
「はい……どうぞお話下さい」
 なぜかじゅわりと口の中に唾液が溢れるような感覚に狼狽えながらエルは答えた。
「愛してはいけない人を愛してしまったのです」
 漆黒に濡れた瞳をエルに真っ直ぐに向けて黒い男は話し始めた。
「その人は、とても美しい人です。 白に近い銀のような髪を持ち、真っ白な肌で何処も彼処も白いのに時おり肌の下に流れる血液がうっすら透けて花のように色づく……」
 そこまで話されてエルは思わずぎくり、と身を強ばらせた。
 なぜなら、偶然であろうが、エルも白に近い銀髪を持ち、陽射しの下に居ても決して黒くならない白い肌の持ち主だったからだ。
 男はエルの動揺を知ってか知らずか話を続けた。
「見た目だけではなく、心も何処までも白く清らかで……あまりに白いので、 手折って私のものにしたくてたまらなくなりました」
 男の目がすっ、と妖しく細められた。
「彼も私に激しく惹かれていたはずです。なのに彼は私のものにはなれない、と言いました。神が決して許さない、と」
 エルはそう告げる男に
「神は如何なる愛も禁じません。愛であれば許すでしょう」
  早鐘のように鳴る心臓に落ち着くように言い聞かせながらエルは話した。
「本当に、そう思いますか……?」
「はい。神はあらゆる愛を許します」
エルが穢れを知らない瞳でそう告げると、男は血液そのものを思い出させるような昏く赤い唇の端を少し上げて嗤った。
 ぞくぞくするほど危険な嗤いに見えたのに、エルの心臓は更に激しく脈打った。
「たとえば、 それが、人の魂を喰らう悪魔であっても……?」
「……っ」
 男の声に思わずエルは喉を引き攣らせた。
「たとえば、ですよ。そんなに怯えないで……」
 男はエルの様子にさも面白そうに声を立てて嗤って、そして続けた。
「そう、私は神が許さないと泣く美しい彼を無理矢理に私のものにしました。無理矢理は、咎められることです。でも彼も心の奥底で私を望んでいたのです。そして、私がどんなに体液を注ぎ込んで犯しても彼は美しく変わらないので私は更に彼に夢中になりました……いえ、変わらない、ということはなかったですね。美しく白いままにもかかわらず、私に抱かれてとても淫らに変わりました。それは……壮絶に美しかった……」
 男はその様を思い出したのか、恍惚とした表情を浮かべた。あまりの艶かしい表情にエルの白い肌は絵の具を刷いたかのように色付いた。
 真っ白なエルの喉が溢れる唾液を飲む動きを、男は妖しく目を細めて眺めて続けた。
「その淫らな変化は白い花が優しく色付くようで、隠してはおけず、時を重ねるうちに彼の家族に気付かれてしまいました。そして彼の家族に彼は酷く罰され、私とは二度と会えないようにされてしまったのです。 これが私の犯した罪です。神に赦されるよう、祈って下さいますか」
エルの心臓はもう彼の声以外聞こえないほどに脈うち、混乱の最中にいたが、
「わかりました。神は如何なる愛も許しますが、同意を得ずに体を重ねることはとてもいけないことです。一緒に祈って許していただきましょう……そして、願わくばあなたが想い人との幸せを許されますように……」
と、何とか告げて、震える脚を叱咤しながら立ち上がった。
それから、 壁に掛けてある質素な十字架に向けて膝を折った。
「今から祈りを捧げますので、貴方も私の後ろに膝を突いて一緒に神に祈って下さい……」
 エルが男に背を向けてそう告げると、男もエルに倣ってすぐ後ろに膝を突いた様子が伝わってきた。
 エルが祈りを捧げようと十字架を見上げ口を開いたそのときだった。
「……っ!」
 後ろから妖しく腕が絡み付き、男の大きな掌が十字架を見つめるエルの視界をふさぎ、誘惑する悪魔のような声で耳元で囁いた。
 
「そんなもの、見ないでよ。妬けちゃうから。やっと見つけた……エル……会いたかったよ……」
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